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  8月20日(日)
引っ越しの日程。
21日 介護ベッド搬入。エアコン工事。新居での生活開始。
22日〜 荷物運搬、片付け。転居事務処理。
25日 業者による引っ越し作業終了。片付け。
26〜31日 借家および畑の片付け、清掃。
9月1日〜 新居での新生活。

電話の移設工事、PC移動のため、数日更新をお休みします。
まだまだ残暑厳しい折、みなさまお身体大切になさってご活躍ください。


  8月17日(木)
随分遅れるのではないかと心配していた矢先、いま生まれたという連絡が入りました。長男夫妻に第一子誕生です。約3200グラムの元気な女の赤ちゃんでした。
もう名前も決めているという長男の報告。お母さんからも直後に連絡があり、いかにもほっとしている様子でした。何はともあれよかったよかった。めでたいことです。
長男は、母親のお腹の中にいたときは元気いっぱいお腹を蹴っていたのに、出てきてからは実におとなしいと妙な心配の仕方をしていました。お母さんも「分娩室に入ってからはウンともスンとも音が聞こえずどうしたのかと心配でならなかったが、まもなく看護師さんが赤ちゃんを抱いて出てきた」のだという。要するに安産だったということです。
あああああ、これで3人目。いよいよジイさん、バアさんになっていくのですねえ。
でもですねえ、大町の中学2年生の子たちに言わせると、私はまだ50代なのです。若いのです。老けてはいられないのです。

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いつも里帰りの往き帰りに寄っていってくれる教え子夫妻が今回も少しの時間新しい家に立ち寄ってくれました。新築に際して彼らの家の見取り図を送ってくれたり、経過を逐一チェックしていてくれたり、こころやさしく律儀な家族ですから、こちらとしても精一杯のもてなしをして(豪華という意味ではありません。念のため。そうでしたね・・・)をいつもさせていただいています。
今回は豆腐責め。たくさんおとうふを食べていただき、おみやげも豆腐と相成りました。お昼に寄ったソバやでも同じ店の豆腐が出てきたのにはまいったまいった。


  8月16日(水)
「どうして首相が靖国神社に参拝してはいけないんですか」。27歳の会社員は、逆に問い返してきた。「国のために命を捨てた人を、国の指導者が追悼するのは当然じゃないですか」

拍手と批判の声が交じるなか、元会社役員太田康一郎さん(79)は「(靖国参拝は)よくやってくれた。戦争は賛美しないが、友たちの犠牲の上に、今の平和がある。それを忘れてはいけない」と話した。

24万人余の戦没者らの名が刻まれた沖縄県糸満市の「平和の礎(いしじ)」にいた奥間功さん(72)も複雑な気持ちだった。「外国を刺激してまで行く必要があるのか。でも、戦争で命を落とした多くの人がまつられている靖国に参るのも当然だ」 <朝日新聞Web版8/16>


さて、「国のために命を捨てた人を、国の指導者が追悼するのは当然じゃないですか」という意見にあなたはどう答えますか??
この質問はものすごく分かり易いですね。分かり易すぎるから逆に反論を許さないほどのインパクトがあります。しかしまた一方で27歳の会社員の発する問いだとしたら大変情けない。何にもわかっていないからだ。
「国のために命を捨てる」=最高の道徳、最高の価値という暗黙の了解がここにはある。しかも自らすすんで捨てるのであって強いられるのではない。そうでなければ成立しない論理ですよね。そしてそれがどこであるかは一切問われずに「国の指導者が追悼する」という行為だけが取り出される。ここでもまた「靖国神社=戦没者の慰霊・追悼の施設」というきわめて分かり易い、それ故に反論を許さないような「論理構造」が提示される。前提が崩れれば成立しない「論理」ではあるのだが。俗論というのはだいたいそのようなものなんですけどね。
「靖国--歴史記憶の形成と喪失」(世界9月号)という論文でロンドン大学助教授のジョン・ブリーンさんは、靖国神社が行う慰霊祭についてそこで行われる儀礼が何を記憶し何を忘却するのか、いかにして記憶の取捨選択が行われるのかについて注目すべき考察をしています。せめてこのくらい読んでから首相の靖国参拝の意味を語ってほしいものですよん。

私も認識不足でしたね。靖国神社秋の例大祭で宮司は次のような祝詞を唱えるのだという。その部分だけ抜き書きしておきましょう。

祝詞はまず「天皇の大御心(おおみこころ)をいただき、(中略)神聖なる供え物をお供えします」と切り出し、そして絹の衣、麻の衣、白米と玄米などを供えるかわりに、「天皇陛下のしろしめすこの国と天皇陛下の大御代(おおみよ)が、永遠に、そして威厳をもって続きますよう、今も将来も、守ってください」となる。英霊としての戦没者に与えられた主な任務は、軍人として戦っていた時の任務と何ら変わりはしない。あの世からも天皇、あるいは天皇の御国たる日本に仕え、天皇の「大御代」を護ることとされている。


  8月15日(火)
一国のトップとしての見識もなく、慎みもなく、ただ浅薄な個人的な感情に任せて今日を靖国参拝の日に選んだわがKOIZUMIさん。もっとも彼なりに周到に計算していたのかもしれませんけれど。
彼は記者会見で「過去5年間の私の靖国参拝に対する批判は3点(中国・韓国からの批判、A級戦犯の合祀、憲法違反)に要約される」としてそれに彼なりの「反論」を試みています。これらは彼がこれまで繰り返し言ってきたことで目新しいことは何もありませんし、とんでもない開き直りのこじつけにしかなっていませんが、敗戦記念の今日を靖国参拝の日に選んだというその一点で歴史に消すことのできない汚点を残したと私は思います。
恥の上塗り、最悪のアホ首相。彼にアジア諸国の人々の批判が行くのはいいとして、こっちまで同類と見なされてはたまりませんね。
NHKの討論会などを見ていると、靖国神社がどのような出自と歴史を持ち、靖国史観とさえいわれる戦争肯定の特殊な歴史観をふりまき、戦争肯定派の広告塔となっているかについて、日本の人々の間ではどれほども知られていないのではないかと危惧されます。さらには中国・韓国から批判があるから靖国参拝を辞めるべきだという「批判」がマスメディアの中で意図的に作り出されそれに機械的に反発する世論が誘導されるという構図さえ透けて見えます。
問題は中国・韓国の批判にあるのではなく、日本の国民が靖国神社という存在自体について明確に批判できない弱さをもっていることが問題だと私は端的に指摘したい。アジアの人々は痛烈な批判をこめて抗議の集会を開くが日本では大規模な抗議の集会やデモが行われたという話は聞かない。NHKの番組などで「靖国神社が戦没者追悼の場としてふさわしいかどうか」などという愚問が設問されるところにそれははっきり現れています。
戦争遂行を担った軍人・軍属のみが神として祀られ、しかも追悼ではなく顕彰の場であることはほとんど語られません。そして、靖国神社が侵略戦争遂行の精神的な支えとしての役割を果たしていたことも不問に付され、あたかもそれに参拝をすることが「内心の自由である」かのように語られる。結局のところ、どんな議論にせよその根幹に横たわるのはあの戦争に対する見方だと思わざるをえません。
あの戦争を肯定し改憲への道筋をつけるのか、侵略戦争として2度とあの愚をくりかえさない決意を新たにするのか、61年目の終戦記念日が問いかけるものは鋭く重い。


  8月14日(月)
昨夜は池田町の花火大会でした。新しい家から見えるのではないかと思って夕食を持参して二人ででかけました。母は家でお留守番。
予想通りちょうど正面に次々と花火が上がってなかなかのものでした。しかし目の前の電話ケーブルが全くじゃま。切ってしまいたいくらいです。
何台かの車も家のちかくに止まって花火見物をしていました。ちょうど小高い丘の上から町を見下ろす格好になるので絶好のポジションなのです。来年は子どもたちも呼んでいっしょに見ることにしましょう。


今日も朝から暑い1日。デイサービスはお盆で休みなのでヘルパーさんに母を見てもらって、白馬の展示会に妻と出かけました。
午後になると木立の影が沢山出来て空気もやわらかく感じられ、グリーンの芝生と木立に囲まれてたたずむチャペルはなかなか素敵な雰囲気を醸し出していました。
ちょうど写真の中央、建物の下の方が展示会場。展示場所としてはちょっと狭かったのですが、外でいろんなワークショップが行われていて、沢山の人たちが訪れていました。
私のつる細工が非売品であるために、せめて工房がどこにあるのかを知りたいと尋ねていた人がいたと展示の責任者のKさん。工房なんてないんですけどね。こうなるとなんか洒落た名前の工房を作らないといけないのかなあ。よしよし。新しい家の屋根裏にでもつくるとするか。



話は変わりますが、今日の朝日ウエブ版に「大人になっても神経細胞は新たに生まれ、学習や記憶に使われた神経細胞だけが生き残って神経回路に組み込まれる可能性が高いらしい」という話が載っていました。
これまでもこれに似た内容のデータは示されていましたが、神経細胞が新たに生まれるというところはなかなか心強い。これを支えにして何か一つやってみますか。
しかし、最近人の名前がすぐに出てこないのはどういうわけでしょうか?物忘れが激しいのは??私の頭の中は別なんじゃないかなあ。。。


  8月12日(土)
沖縄から取り寄せたスナックパインがたべごろ。授業で使おうと思って写真に残しました。パインにはヒマワリのたねや松ぽっくりと同じで右巻きと左巻きのらせんがあります。
この小さなパインは左巻きが13本、右巻きが8本。確かにフィボナッチ数列の隣同士の数です。


こんなことはよく知られた事実なんですが、いざ実際に自分で調べてみるとなかなかエキサイティングで面白い。ヒマワリのうずを数えてみるのも結構しんどいことではあるけれど興味津々です。ぜひ写真のヒマワリでやってみてください。確実な数え方は多分印刷して塗りつぶしていく方法でしょうね。私も実はそれでやってみたんですよ。


ところでフィボナッチの数列というのは
1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,・・・・・
というように前の二つの数字の和を次の数にするという規則でつぎつぎにつくられた数列のことです。
パイン、松ぽっくり、ヒマワリの渦(らせん)の数はこの数列のどれかになっているはずです。しかも不思議なことに右巻きの数と左巻きの数はフィボナッチ数列の隣同士の数になっているのです。
これだけであればまあ偶然ということになるのかもしれませんが、植物にはこのフィボナッチがいろんなところで見られます。
例えば庭に生えているアマランサスの葉の付き方を見てみましょうか。下の方の一枚の葉から太い茎にそって上の方にたどって葉の付き方をみてみます。すると下の葉から2回転して5枚の葉がついて6枚目でちょうど真上の葉になります。アジサイは一回転で2枚。このような茎上での葉の並び方を「葉序」といい植物の種類ごとにきまっています。そして葉の付き方で現れる数は例外なくフィボナッチ数列のどれかの数なのです。
数学の教養書を読んでいるとだいたいこのくらいは出ています。問題はこれから。

フィボナッチ数列の隣同士の数の比をとってみます。
2/1, 3/2, 5/3, 8/5, 13/8, 21/13,・・・のようにその比の値を計算していくと、その値は次第にに近づいていくんです。この値は黄金比として知られる有名な値で約1.618です。キャッシュカードやクレジットカードなどの縦横比と言ったらわかりやすいですか??
この比のことも実は昔から知られた事実だし、大学入試問題にもよく出題されていましたよ。ひところ東大が好んでこの数列の話題を問題にしていましたっけ。
この黄金比は均整のとれた絶対的な比としてギリシャの昔から建築や絵画・彫刻などでよく使われており、例のダビンチもその絵の中で使用しています。またこの比はペンタグラムにも頻繁に現れるため魔除けの図形としてよく出てきます。

黄金比というのはあくまで人間が最もバランスのとれた比とみなしたものにすぎないように見えます。
しかし、こうして植物の世界をのぞいてみると実は黄金比だらけ。あたかも植物は黄金比を生きる指針としているかに見えます。植物の遺伝子にこの黄金比が書き込まれているんですね。
もしそうであるなら動物の世界ではどうなのでしょうか。黄金比はある人間がたまたまバランスのとれた一つの比とみなしたというにとどまらず、人間がこれを均整のとれた比とみなす客観的な根拠が人間の遺伝子の中に書き込まれているのではないのか。私はこのような予測(Mooの大予測)をしているのであります。え〜〜長々とうんちくを傾けてきたのも、実はこの予測のことが言いたかったのでありました。
後で紹介する「はまぐりの数学」の著者は「私の説は、生物の成長の曲線を何百万年もの間、見てきた人類にとって、その極限である黄金比は、自然なものとして美しく感じるのではないかということなんです」と語っていますけど・・・。

ところで、DNAの2重らせん構造にも黄金比は現れるのでしょうか?螺旋と言えば2重螺旋から始まって貝殻や植物のつる、渦潮、台風、果ては宇宙の銀河にいたるまで頻繁に現れます。一体何がそれを統一している原理なのでしょうか。
このあたりになると私には全く見当もつきません。こうした話題については、次のサイトがとても参考になります。

生命のらせんの不思議

引っ越し作業のこのクソ忙しいときに何書いとんじゃ〜〜〜という声がどこからとも聞こえてきそうなので・・・終わり。


  8月11日(金)
相変わらず暑い日が続いています。おかげで畑のトウモロコシが急速に充実してきました。すでに3,4本収穫して食べてみたところ、ちょっと若いけれどなかなかの味。とにかく甘〜〜い。さあ、来るなら今だよ。


今日で塾の夏期集中講義は終わり。やっとしばらく塾からは解放されます。
最後の授業の後、白馬まで展示会の作品を運んできました。クラフト展が12日から15日までひらかれ、今日の午後がその搬入の日にあたっていたのです。


会場ではすでに沢山のクラフト作家が搬入を終えて作品が所狭しと並べられていました。私の作品はほんのわずかだったので、隙間を見つけて何とか並べることができました。


白馬はお盆にかけて人が急激に増えるようです。展示会場の協会が別荘地にあるため、お盆の休みを使って来る人たちが大勢いるのです。車で通ると、夕涼みがてらそれぞれに散歩を楽しんでいる様子でした。
今回私は作品を販売しないので気楽。あらためて14日に妻と見に行って来る予定です。






  8月9日(水)
毎日時間を見ては本やビデオ、寝具などを小さい車に乗せて運んでいます。とにかく暑いので仕事がはかどりません。
こんなにため込んだのかとびっくり。本やビデオの多さに呆れてしまいますね。運んでも運んでもなくならないのですから。東京からこちらに来たときもビデオはハンパな量ではありませんでしたが、今度は本がやたら増えている。さらに、妻の分もあるわけで、果たしてあと半月で片付けがうまくいくのかどうか。やるしかありませんね。

今日は原爆忌。原水爆禁止世界大会に出席するために2回ほど長崎に行ったことがありました。長崎はまわりの山にぐるりと取り囲まれて高台から見るとほんとうに変化に富んだ地形をしています。広島にくらべて被害の範囲が異なっているのはそのせいです。しかし被爆の実相は広島と変わるわけではありません。
大きな平和祈念像の前で式典は毎年行われ、高齢となった被爆者はつぎつぎとこの世から去りつつあります。それでも核戦争の脅威は去ったわけではありません。それどころか、イスラエルによる戦術核の使用さえささやかれている今日。ひと頃3分前だった核戦争時計は今何分前、何秒前をさしているのでしょうか。

2,3日前のことです。国会議員に「日本の核武装化」についてのアンケートを行った結果が報告されていました。「核武装をすべきだ」と答えた議員はさすがにいませんでしたが、「検討してもよい」と応えた議員が17%もあったことが報じられていました。このニュースを伝えていたキャスターも驚きの表情でしたけれど、広島・長崎の市民からも猛烈な反発の声が上がっていました。当然のことです。
そして同時に報じられていたのはあの戦争体験の「風化」、記憶の喪失です。
考えて見ればすぐにわかることですが、自然の風化とはことなって社会問題の「風化」は自然に起こることではありません。あたかも自然に起こるかのように使われているこの「風化」ということばは私は不適切ではないかと思っています。なぜなら正しく歴史を伝えようとせず、戦争の実相をねじ曲げ、美化する勢力の意図的「風化」を覆い隠してしまうからです。
家庭であれば祖父母の体験の語り聞かせを、学校であれば平和教育の実践を、自治体であれば平和へのさまざまな取り組みをもっともっと精力的に行うべきなのではないでしょうか。何にもしないで「風化」を防ぐことが出来ないのは当たり前のことだし、何もしないのであれば「風化している」のではなく「風化させている」というのが正しいのですから。
「風化」を阻止するとりくみはほとんどゼロに近いのに、「風化」などとあたり前のように言うマスメディアもその重い責任を負っていると言うべきです。


  8月5日(土)
暑い暑い。頭が溶けてしまいそうです。
朝早くから妻が予定通り栃木へでかけたので松川駅まで送って行きました。その後8時半からは工事現場で倉庫の建築の立ち会い。
今日はブロックで基礎をつくり、あさって本体を建て、そのあと中にコンクリートを流し込んで土間をつくるという行程になります。朝は設備やさんにも来てもらって井戸のポンプを設置する段取りをしました。
それから母をショートステイに送り出し、その後はいよいよ本やビデオの搬送。何度か往復してジープで運びましたが、とにかく暑い。水分を補給しながらの大変な作業です。1回で運ぶ量はたいしたことはありませんが、こうやって少しずつ運んでいけばいずれ何とかなるでしょう。


朝はとても気温が下がって朝露でびっしょり。靄がかかって田んぼは美しい光景でした。
昼からは真夏の天気になり、夕方には北アルプスはほんとうに久しぶりに夕焼けに染まりました。光のカーテンがすばらしい。思わず写真をとって、家に帰りコンピュータのデスクトップ画像にしてしまいました。新しい我が家の前で撮った写真ですよ〜〜〜。
下の光のカーテンはみなさんにも「おすそわけ」です。クリックして大きな画像をご覧ください。ダウンロードしていただいて結構です。サイズは1280×1024のみ。





ややや? 他人の禁煙の記録を見ていて、ふと昨晩見た夢を思い出してしまった。
どこだか分かりませんが、目の前にあるショートホープとおぼしき一本のタバコを無意識に口にくわえ火をつけて少し吸い込んだとたんに、「あ、禁煙中だった」と気がついて、そのとたんに目がさめたというアホな夢。
禁煙を始めてからタバコの夢を見たのはこれが初めてです。最近はガム中毒になっている以外はどうしてもタバコを吸わないとおられないという症状はありません。しかしどことなく物足りない感じはずっと続いていて、その上にこんな夢を見るくらいですから油断は禁物です。一体いつになったら完全に忘れていられるのでしょうか。


  8月4日(金)
夕方NortonAntiVirusでウイルス・スキャンをしたら、一匹見つかった。どこから忍び込んだか現在解析中。私の予想ではジャンクメールにくっついてきてそのままになっているヤツだろうと思います。ジャンクメールはすぐに処理をしていますが、Windows機でも複数のメールソフトが起動しているので、消さないまま読まないで残っているのがあるのでしょう。これからはこまめに不要なメールを消すようにしないといけませんね。
あるいはまた、ダウンロードしたフリーソフトにくっついているということも考えられます。危ないソフトはまず手を出さないのでこれまでは全く感染していませんでしたが、どうやらその神話も崩れてきたらしい。気をつけなければ。

さて、新築中の我が家がようやく完成し、今日引き渡しとなりました。晴れて実際に我が家です。もっともまだ支払いが完了していないし、登記もまだだし、庭も倉庫もまだ完成はしていませんけれど、ともかく家は私たちのものになりました。
それを待っていたかのように予約していた大型の冷蔵庫も到着し、キッチンに設置され中身を入れるだけとなりました。
建設会社の社長が強調していただけあって、外は33度近い気温でも、家の中は井戸からの冷気のおかげで26〜27度と涼しく、エアコンいらずの設計になっています。ただ、西日の当たる西側は日よけを考えないとやはり東側より暑く、今後の課題です。日よけさえうまくできれば東のキッチンルームとほぼ同じ環境になるはず。
引き渡し後は、精力的に荷物運びと関係機関への住所変更の手続き。8月は毎日が過密ダイヤになりそうです。
妻は出産を控えた長男とその嫁さんの顔をみるために明日から栃木に出かけます。母も4日間のショート。私は日曜の朝に町内の草取りがあるので、その際に転出のご挨拶をし、その後はせっせと荷物はこび。7日から11日まで昼に2時間ずつ中2数学の授業をしてほんのわずか小遣いかせぎという日程になります。

忙しかったのか、しばらく連絡が途絶えていたMikeから久しぶりにおたより。上の女の子はもう2歳。かわいい盛りなんでしょう。下のメールから親バカぶりがうかがえます。早く写真よこせ。

Baby Saem is doing really well as is Hannah who had a great 2 year birthday party recently. I started to teach her how to read tonight, very exciting! だって。ふんふん。

先のウイルス。予想通り外国からのメールに添付されてきたものでした。そのままAttachment folderに入っていて検出されたものでした。


  8月1日(火)
今日から8月。いよいよ引っ越し月になりました。あわただしく過ぎていく月になるのでしょう。
ところで今日妻と買い物に豊科まで行ったのですが、そのついでにガソリンを入れてきました。今日から猛烈に高くなっている。家計簿を付けている妻も、使いっぱなしの私もとにかくびっくりでした。中東情勢の不透明さから投機的な値上げが相次いでいるのは確かです。戦火の影で誰がほくそ笑んでいるのか、戦争の影でもうけるやからのことをやはり「死の商人」と言ってもいいのではないでしょうか。

多分このことと関係があるはずの、イスラエルによるレバノン避難民ーーその多くは子どもたちだーーへのむごたらしい無差別爆撃はどうしても取り上げなければならないニュースの一つです。
過激派をつぶすといいながら結局は無辜の民を無差別・大量に殺戮するイスラエルに対してアメリカの態度は一体どうでしょう。国連での非難決議に対する無様な対応。
ライスさんもさすがに国際世論を考慮せざるを得なかったと見えて、わずかの停戦というポーズをイスラエルに飲ませた。しかしこのアメリカの態度は恒久的な停戦・侵略行為の停止ということにはとうてい結びつかないイスラエルへの肩入れです。レバノン国民やアラブの人々のアメリカに対する憎しみをいっそう掻き立てることになるのは間違いのないことです。

今日届いたリバーベンド・ブログの中でリバーはつぎのように書いています。

反応がなく異様にひん曲がった子どもたちの屍骸がテレビに映し出されてい た。子どもたちの顔に凍りついたまま残っていたのは苦痛とショックの表情だった。わたしはテレビの真ん前に座り込んだまま泣き崩れていた。イラク人にとって毎日の現実になってしまっているこのようなことに対して、こんな悲しみをまだ感じるなんて思わなかった。

あまりの絶望感に、わたしはまともにものを考えることができなくなっている。怒りで爆発しそうだ。イスラエルに対して、アメリカ、イギリス、イラン、そして殆どのヨーロッパの国々に対して。無辜の者たちへの虐殺を許し傍観した罪で、世界は地獄へ堕ちるだろう。これでも、世界の人々はどうして「テロリスト」が生まれるのか、わからないのだ! 15歳のレバノン人の少女が、カーナー空爆で5人の兄弟姉妹と両親と家を失った・・・エフード・オルメルトはただちに、彼女も殺した方がいいことになる。なぜなら、この少女が彼や何であれ彼に代表されるもの全てに対して憎しみのかけらもなく成長すると考えているとしたら、それはとんだ勘違いというものだからだ。

この破壊行為というのは、どちらがやるかによって、テロリズムにされるか自国防衛にされるかが決まるのよね? 民兵や反乱分子や抵抗勢力の兵士であれば、それはテロリズムとされる(もちろん、民兵や反乱分子や抵抗勢力がCIAに特別に資金提供されている場合を除いてだけど)。もしそれが、イスラエルやアメリカやイギリスの軍隊だったら、先制攻撃か、「テロに対する戦争」ということになるのよ。何百もの無辜の生命が奪われることなどは問題ではないの。昨夜のように子どもたちの命が奪われたとしても―どうせ彼らは、たかがアラブ人なんだからいいじゃないかってこと、そうなんでしょ?

ちがう?


この激しい抗議に対して私たちはどう反応するのだろう。

いよいよクエートからバクダッドまで輸送機を飛ばし始めた航空自衛隊。米軍兵士の輸送を一つの任務とするなら、それはもう完全な参戦を意味する。イラクの人々からいっそう厳しい目を向けられることを覚悟しなければならないことになるでしょう。
私たちは黙ってこの参戦を見過ごしてしまうのか。それでもなお「人道支援」とうそぶくつもりなのか。




"Diary" by Mr. Blue Piano Man


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