八重山地区教科書採択問題について
沖縄八重山で教科書採択を巡って大きな問題が起こっています。八重山教科書採択地区協議会が自由社、育鵬社の歴史、公民の教科書を採択をしようとした問題です。
これには沖縄だけではなく全国からの強い批判が起こり、沖縄県も問題を重視し、「地区の識見が問われている。教科書を使う子どもへの視点が見えない。十二分な議論があったのか、憂慮している」と懸念を表明。 しかし、石垣市と与那国町の教育委員会は、県教委の懸念にも耳を貸さず、強引に育鵬社版公民教科書の採択を決め、反対の立場の竹富町を含めて地区として採択するように強要してきたのです。 9月4日現在、八重山以外の県内5地区では調査員の報告を尊重して「新しい歴史教科書をつくる会」系以外の教科書を採択しています。 なぜ沖縄の八重山地区でこのような問題が生じたのか、問題の所在はどこにあるのか、経過を沖縄タイムス、琉球新報でたどってみました。 1.教科書採択のしくみ
まず、前提として、現行の法令の下で義務制の教科書採択がどのように行われるのか知っておかなければなりません。
小中学校の教科書の給付については「義務教育の諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」(教科書無償法)の第13条で「採択地区内の市町村の教育委員会は、協議して種目ごとに同一の教科書を採択しなければならない」と定められています。沖縄八重山では、石垣市・竹富町・与那国町が1つの採択区域を形成しています。 教科書採択を行う際の留意点として、文科省文部省初等中等教育局長は平成2年3月20日付けで各都道府県教育委員会教育長に対して、次のような通達(「教科書採択の在り方の改善について(通知)」)を出しています。 ・教科書の採択に当たっては,地域の実情に応じ学識経験者の枠内で保護者の代表を委員に加えていくことが望ましい。(II.具体的な改善方策 1.教科用図書選定審議会について) ・採択地区において各市町村教育委員会は,都道府県教育委員会の指導,助言又は援助の下で教科書の調査研究を十分に行い,適切な教科書の採択を行うよう努める必要がある。このため,採択地区においては,各地域の実績に応じて各教科ごとに適切な数の調査員を配置するなど調査研究体制の充実を図ることが必要である。 ・また,教職員の投票によって採択教科書が決定される等採択権者の責任が不明確になることのないよう,採択手続の適正化を図ることも重要である。 八重山地区協議会では従来学校現場の経験を持つ教育委員会の専門職員を加え、さらに専門性の高い調査員が教科書を調査し推薦教科書の「順位付け」を行ってきました。協議会ではこれを参考に教科書を採択していたのです。 しかし、後で見るように同協議会はこの慣例を破り都合のいいように制度を変えてまで育鵬社版の教科書採択を強行したのです。 同協議会は現在、石垣、竹富、与那国3市町の各教育長(協議会役員を兼務)に加え、教育委員各1人と保護者代表、学識経験者の計8人の委員で構成しています。 2.八重山採択区で何が起こったのか @中学校の教科書採択をめぐり、自民党本部は、全国の都道府県連合に対し、各教育委員会の採択前の教職員による教科書の「絞り込み」や「序列化」の廃止に向けて取り組むよう要請していた。
A八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)は今回、協議会委員から学校現場の経験がある教育委員会の専門職員を外し、必ずしも教育経験者ではない教育委員と学識者を加えた。 専門性の高い調査員による推薦教科書の「順位付け」も廃止、順位を付けない複数推薦方式に変えた。また、調査員の推薦の有無にかかわらず、教科書は協議会の責任と権限で選ぶとした。 B調査員は約1カ月かけて教科書を比較研究し、今月1日、協議会へ報告書を提出。その中には「新しい歴史をつくる会」系の自由社、育鵬社の各社会科教科書は入っていなかった。 C教科用図書八重山採択地区協議会は8月23日、石垣市内で2012年度から4年間、中学校で使う教科書について協議を行い、「公民」で育鵬社、「歴史」で帝国書院を選定した。作業は委員8人による非公開・無記名投票で行われた。 D石垣市教育委員会(玉津博克教育長)は26日、定例会を開き、来年度から中学校で使う公民教科書として「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版を採択。玉津教育長を含む教育委員5人の投票で、3対2で決まった。 竹富町教育委員会(慶田盛安三教育長)は27日、育鵬社版「新しいみんなの公民」の不採択を決定。不採択の緊急動議が委員から出た。東京書籍「新しい社会公民」を採択。全会一致。 与那国町教育委員会(崎原用能教育長)は26日午後、臨時会を開き、育鵬社版公民教科書を採択。 E県教育委員会は8月30日、八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)に対し、9月2日までに合意形成を図るよう求める通知文を送付。 F31日に開催された地区協議会の役員会は、育鵬社版公民教科書を選定した同協議会の答申と違う教科書を採択した竹富町教育委員会を追及する場になった(琉球新報の表現)。1時間の議論で合意形成はできず多数決で竹富町に要請文を送ることにした。 G竹富町教育委員会(竹盛洋一委員長)は2日、臨時教育委員会を開き、育鵬社版を不採択とした8月27日の委員会決定を再確認し県に報告。 H教科用図書八重山採択地区協議会で、学識経験者として委員を務めた石垣繁氏が、玉津博克会長から「歴史は帝国書院に入れた方がいいんじゃないですか」などと投票の依頼があったと証言。 石垣氏は玉津会長の依頼について「育鵬社の歴史教科書を選ぶと県内で批判が高まるので、公民だけ選ぶために依頼したのではないか」と話した。公民についての投票依頼はなかったという。玉津会長は「ノーコメント」としている。 子どもと教科書全国ネット21の俵義文事務局長は、「教科書採択で多数派工作が表沙汰になった話は聞いたことがない。依頼された人の証言が出てきたのは初めてではないか。不公正な決定が協議会でされたことが明るみになった。県民や八重山地域の住民の信頼を大きく損なうものだ。少なくとも意見が分かれている公民は手続きを最初からやり直すべきだ」と指摘。 4.八重山地区協議会の選定資料と調査員の見解(沖縄タイムス) (八重山地区協議会) 育鵬社版公民教科書の選定理由として、「内容の説明に妥当性があり、領土問題がしっかり扱われていて、地区の教科書にふさわしい」「現代社会に存在するさまざまな問題を自分を主体として捉える公民としての知識・判断力を表すのに適切である」「改正教育基本法の主旨を反映している」の3意見がついた。 (調査員) 調査員の研究資料では、同社公民教科書に対し「沖縄の米軍基地に関する記述が全くない」「職場における賃金格差など男女差別について記述や資料はない」―などの問題点が指摘されていた。歴史教科書についても「天皇賛美が強すぎる」「神話と歴史を混同している」―などが問題視された。 調査員(現場教師)が2012年度から使用される7社の教科書の内容を調査・研究した結果、記述や内容に対する疑問や問題点が最も多く指摘されていたのが「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版の14カ所だったことが1日、分かった。次いで多かったのが、同会系の自由社版の7カ所。残り5社は2〜0カ所だった。 資料によると、疑問点として14カ所に上った育鵬社版は「沖縄の地図がさえぎられている」「沖縄の米軍基地に関する記述が全くない」など。次いで自由社版が「平等権という言葉がない」「9条が果たした役割の記述がほとんどない」など7カ所が指摘された。 教育出版は「沖縄の基地負担の現状が述べられていない」、日本文教出版は「イラストが暗くて重い」の各1カ所。清水書院は「普天間基地が分かりにくい」「イラストが雑」の2カ所だった。 5.育鵬社 公民教科書の問題点(沖縄タイムス) 教科書記述内容の対照表がリンク先の沖縄タイムスに載っています。 (日本国憲法) @憲法の成り立ちで、育鵬社と自由社が強調しているのが、連合国軍総司令部(GHQ)による「押し付け憲法」の側面。 教育出版や東京書籍、清水書院が、民間の研究者らの憲法案を参考にしたことを記し、帝国書院が「新しい時代に対する当時の国民の期待」があったと盛り込んでいるのとは対照的だ。 帝国議会議員がGHQの意向に反対できず憲法がほとんど無修正で採択された―とする育鵬社の記述について、琉球大法科大学院の高良鉄美教授(憲法学)は「25条の生存権などは衆議院の意見が取り入れられた。憲法制定までに、議会によって多数の修正や加筆があり、事実に反する」と指摘。 「現憲法はGHQに押し付けられたものだから、変えようという主張。特に9条をターゲットにしている」と延長線上に改憲の立場が鮮明に浮かぶとみる。 A自衛隊関連の記述が手厚いのも特徴で、戦車や迎撃ミサイルといった「新型装備品」、東日本大震災時の災害派遣なども多くの写真や説明文で紹介。 高良教授は「自衛隊配備が取りざたされている八重山で、この教科書が使われれば、子どもたちに与えるインパクトは大きい」と危惧する。 本島中部などの中学校で30年以上、社会を教えた元教員の男性(70)も育鵬社、自由社版を「内容が一方的だ」と感じた。「憲法の授業で大切なのは、基本的人権の尊重などの三大原則。教師はそれを押さえた上で、沖縄では今も軍事優先の考えが人権を踏みにじり、憲法が十分に機能していない歴史を補強して教えることが大事」と投げ掛けた。 (アジア太平洋戦争) @高良教授は、日本のアジア占領について「欧米支配からの解放と大東亜共栄圏の建設を掲げたが、実態は戦争持続のための資源確保。圧政により犠牲者を出した」と指摘し、「各社ともその歴史認識で記述している。しかし、視点が日本軍に置かれているか、地元民衆の立場にあるかで内容に際だった違いがみられる」と分析する。 各社が日本の残虐行為や抗日闘争に触れる中、自由社、育鵬社は『独立への夢と希望をあたえた』『自力で独立国になった』とも表記。新城氏は「日本軍の成果のごとく示した。両社の特徴は日本のアジア侵攻の正当化」とみる。 特に『日本を解放軍として迎えたインドネシアの人々』『現地の青年を集めたエンジニア養成所』などコラムや写真を多用したことについて、「写真はインパクトを与える。本文の表記は抑え、写真や資料で日本軍の東南アジアでの貢献を強調している」と語る。 東京書籍や清水書院などその他の教科書は、写真でシンガポールでの住民虐殺事件碑を載せ、『日本の支配はイギリスよりずっとひどかった』とするマレーシアの教科書などを掲載。 新城俊昭沖縄大学客員教授は「アジア解放という日本の欺まんを当国の立場、民衆の立場で記している」と指摘。高校と比べ情報量が少ない中学校の教科書だけに「足りない部分を肉付けする教師の技量が重要だ」と強調した。 (男女の平等) 「極めて観念的」。沖縄女性史家の宮城晴美さん(61)は、「家庭生活」「男らしさ・女らしさ」「(男女の)役割」などの言葉をちりばめた育鵬社、自由社の教科書は「家(家父長)制度」「ジェンダー」の教育を進めるテキストであり、戦前の教育をほうふつとさせる、と話す。 「憲法(24条)は…家庭生活を営むことを求めています」(育鵬社)の記述。「憲法は『家族生活における個人の尊厳と両性の本質的平等』をうたっている。『家庭生活を営む』ことを求めているわけではない」と指摘する。 宮城さんは「子どもの関心を引きやすいトイレを事例にしたジェンダー教育」と語り「戦前の家制度を基本に、国家に忠誠を尽くす国民づくり、戦争に向かう子どもを育てる教科書になるのでは」と危惧した。 元教員の女性(63)は、男女の脳科学研究を持ち出した自由社の記述に「話が飛躍しているように感じる。それほど男女の違いを強調したいのか」と首をひねる。沖縄市の男性(43)が勤める中頭地区の中学校は、五十音順の男女混合名簿を採用している。「法律が整備され、あらゆる場面で男女の差別をなくしていこうという社会の流れに、逆行する教科書だ」と話した。 (在沖米軍) 7社の文章やデータ、写真などに目を通した軍事評論家の前田哲男さんは、各社が基地問題を日米安保条約や歴史的な時系列の中で表記していることについて「歴史の流れの一つとして位置づけると、沖縄問題の意義や意味は浮かび上がらない。本来なら個別にきちんと取り上げるべき大きな問題」と物足りなさを指摘する。 中でも育鵬社や自由社は記述を最小限にとどめており「問題にすらならない」と議論の余地も見つけにくいとする。 自由社の『全国のアメリカ軍の専用施設面積および自衛隊との共用施設面積の23%(専用施設面積のみで計算すると74%)が…沖縄県に集中しており…』との記述について「23%は間違いではないが、住む人もいない北海道の原野にある演習場まで含めた数字。たいしたことないですよ、という意識を誘導しようとする意図が感じられる」とみる。 本島南部の元女性教員(67)は、普天間飛行場の県外移設は県民の総意と強調した上で「基地を沖縄に押し付ける表現を使ったり、ましてや基地にほとんど触れていなかったりする教科書で、どう自分たちの足元の問題を教えるのか」と育鵬社、自由社版に疑問を呈する。 (原子力発電) 原子力発電について、推進の立場を明確に打ち出しているのが育鵬社だ。『安全性や放射性廃棄物の処理・処分に配慮しながら、増大するエネルギー需要をまかなうものとして期待』などの表現で、その重要性を強調。自由社も太陽光など自然エネルギーの普及の必要性を説きつつ、原発は『安全性の高い技術を確立』したとの立場だ。 一方、育鵬、自由両社のほか、教育出版を除く他4社も『原発は二酸化炭素の排出がない』または『(排出が)少ない』と記しており、原発の危険性を訴えてきた京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は「核のごみの後始末にかかるコストや二酸化炭素の排出まで考えれば、原発は最悪の選択」と指摘する。 ただし、これらは3月発表の検定を通った見本本の段階での記述。東日本大震災や福島第1原発事故の発生を受けて、各社は来春から実際に生徒が使う供給本の印刷を前に内容を修正する見通しだ。 6.各団体の見解 (1)戦争マラリア遺族 沖縄戦での「集団自決(強制集団死)」で軍関与を記述しない「新しい歴史教科書をつくる会」系教科書に対し、反発を強めている。遺族らは戦時教育の異常さを指摘し、「戦争の真実を子どもたちに伝える教科書を使ってほしい」と叫ぶように訴えている。 沖縄戦時の八重山では、日本軍が住民をマラリア有病地帯の山間部や西表島へ強制疎開させた。住民は疎開先で次々にマラリアにかかり、地区全体で約3700人の死亡者を出した。 (2)県退職教職員会や連合沖縄などの4団体 八重山地区の中学校教科書の選定問題で18日、県退職教職員会や連合沖縄などの4団体が県庁で相次いで会見し、「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社、自由社の教科書採択に反対する声明を発表した。 各団体とも「戦争を美化し、侵略の歴史を偽る」「沖縄戦の犠牲者への冒とく」などと「つくる会」系教科書を厳しく批判、八重山地区での不採択を訴えた。同問題が県全体の教育界、八重山関係者に広がる中、八重山の市民らで作る「子どもと教科書を考える八重山地区住民の会」は同日、採択阻止に向けた行動を強めることを確認した。 (3)沖教組の山本隆司中央執行委員長 6日、石垣市教育委員会を訪れ、教科用図書八重山採択地区協議会の玉津博克会長・市教育長に対し、沖縄戦の実相をより正しく記述している社会科教科書を採択するよう要請した。山本委員長は県PTA連合会など7団体による「9・29県民大会決議を実現させる会」の緊急アピールも要望した。 (4)八重山校長会 八重山地区の中学校教科書の選定をめぐって、学校現場を預かる校長が動きだした。同地区中学、小学各校長会は19日までに、教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)に対し、選定や採択の際の説明責任の徹底、現場教員の意見尊重を求めて、異例の「お願い」文書を提出。 新田会長は「本年度から取り組む市の学力向上計画が軌道に乗りつつある矢先の教科書問題で、校長会としても憂慮している」とため息。「協議会は各教科に精通しているベテラン現場教員の意見を尊重してほしい」「子どもや地域住民が『どうしてこの教科書で学ぶのか』ということが分かるような、説明責任を果たしてほしい」と要望した。 (5)「子どもと教科書を考える八重山地区住民の会」や沖教組 市民集会で「新しい歴史教科書をつくる会」系社会科教科書の採択反対を決議した教育関係者らは同日、市教委を訪れ、決議文や署名603人分を玉津会長に手渡した。また、協議会の公開などをあらためて要望。 仲山忠亨共同代表は「八重山の教科書問題が全国に広がっている。住民の切実な要求を真剣に聞き入れて」と訴えた。 (6)八重山地区PTA連合会(平良守弘会長) 8月25日、石垣市、竹富町、与那国町の各教育委員長に対し、同教科書を採択しないよう要請。米軍基地に関する記述の少なさなど調査員による問題点の指摘が多い点から、「子どもたちへの悪影響を大変懸念している」としている。 育鵬社教科書については「天皇や自衛隊を大きく取り上げたり、男女共同参画についての記述などにも問題点が目に付く。戦争賛美のような意図を感じて怖い」と平良会長。教科書を採択する教育委員らに対し、「子どもたちのための採択」を強く求めた。 (7)杉並や横浜の市民団体 「まさか、沖縄で」。杉並区の看護師、東本(とうもと)久子さん(64)は、八重山で浮上した教科書問題に言葉を失った。沖縄戦「集団自決(強制集団死)」への日本軍強制記述の復活や、米軍普天間飛行場の県外移設を求める県民総意とは、対極にあるのが育鵬社や自由社版だ。「沖縄で選ばれることがあれば、誤ったメッセージを全国へ送ることになる」 2005年と09年、歴史教科書に「つくる会」主導の扶桑社版を採択した杉並区は今年、12年度から使う教科書に帝国書院版を選んだ。方針転換の背景の一つが区長の交代。事実上「つくる会」系を支持し、側近を教育委員に充てるなど自らの政治姿勢を教育現場に持ち込んだとされるのが、山田宏・前区長だった。 今月上旬、「杉並以外に出したことはなかった」という要請文をしたため、八重山地区の教育委員らに送付した。「偏った歴史観を押し付ける教科書を、まして沖縄で子どもたちに渡してはいけない。杉並は覆すのに6年もかかった」 こちらも影響力を発揮したのが、中田宏・前市長時代に任命された教育委員。横浜教科書採択連絡会事務局の佐藤満喜子さん(62)は、現場の教師や学識経験者でつくる審議会の答申が教育委員らによって覆されたり、区ごとの採択地区の一本化などこの間の経緯に強い不信感を抱く。 (8)「9.29県民大会」の実行委員長を務めた仲里利信前県議会議長(74) 「歴史をありのままに伝えるという、原点を忘れてはいけない」と訴えている。 沖縄で日本軍の「集団自決」への関与を否定する動きは「本来は別の話であるはずの自衛隊強化への障害を取り除こうという意図を感じざるを得ない。自ら県民が、つくる会系の教科書を選べば、基地を沖縄に押し込めたいと思う本土側の勢力に『県民が基地を受け入れたがっている』という誤ったメッセージを送ることになる」と指摘。 「体験者にはそれを伝える責務があるが、教育に関わる者は戦後生まれであったにしても、歴史に忠実であってほしい」と怒りを込めた。 (9)県内小中学校の退職教職員で構成する沖退教 平安常清事務局長は、07年9月の県民大会を挙げ「八重山を含め11万人が結集し、全市町村議会が検定意見の撤回を求めた。なぜ、県民自らが史実を正しく記述していない教科書を選ぶのか」と語気を強めた。 県中頭退職教職員会の崎浜茂副会長は「沖縄の教育制度は、米支配下でも教育委員が公選され、政治支配から一定、中立だった。今回の露骨な動きに背筋が寒くなる」と表情を硬くした。 県高校障害児学校退職教職員会の喜友名稔会長は「授業は教師と生徒の信頼関係で成り立つ。教科書を否定しながら進めるのか」と疑問を投げ掛けた。 (10)自治労県本部 比嘉勝太執行委員長は一連の動きに「市政交代からの政治的な背景があるのでは。恣意(しい)的なものを感じる。出るべくして出た問題ではないか」と政治的な関与を疑った。 (11)仲里利信・前県議会議長など 2007年の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委員長を務めた仲里利信・前県議会議長は「言語道断だ。07年の県民大会は何だったのかということになり、県民が全国に恥をさらすことになる。これだけは避けてほしい」と訴えた。 座間味島の集団自決を体験した退職教師も「地域に即した教科書を採択すべきだ」と断じ、ジェンダー教育に取り組んできた教師は「個の尊厳は人権教育の基本」と指摘した。 仲里氏は、最高裁が今年4月、集団自決が日本軍指揮官命令との記述は誤りなどとして元軍人らが提訴した岩波・大江訴訟の上告を棄却したことを挙げて、「文科省が検定意見を撤回しない論拠が岩波・大江訴訟だった。この論拠は上告棄却でなくなったのだから早く撤回すべき。そうすれば今の八重山問題の懸念の原因も絶たれる」と強調した。 (12)おきなわ教育支援ネットワークと沖縄・女性9条の会 8月22日、おきなわ教育支援ネットワークなど2団体が、県庁で自由社・育鵬社の教科書の不採択を求める声明を発表した。採択に反対する大学人は436人に上り、その声は韓国や台湾からも寄せられている。県教育庁も23日の採択には委員各自の価値観よりも県民の意思を尊重するよう求めた。 元教員を中心に構成するおきなわ教育支援ネットワークは、声明文で「沖縄戦という悲惨な体験をした沖縄県において、また戦争マラリアの犠牲を強いられた八重山において『戦争を美化する』教科書を採択することは、県民に対する冒涜(ぼうとく)」と批判。 沖縄・女性9条の会は要望書で、日本国憲法誕生の経緯でGHQの押し付けをことさら強調している点や、男女平等について現存する不合理な差別にほとんど言及していないことを指摘。真境名光共同代表は「憲法9条は決してGHQの押し付けではない。戦争は嫌だ、『命どぅ宝』という私たちの言葉を守るのが憲法9条。ぜひ歪曲(わいきょく)されない教科書を選んでほしい」と要望した。 7.世論調査 沖縄タイムス社は29、30の両日、八重山地区で電話による世論調査を実施。 石垣市、与那国町の教育委員会が「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版を採択したことに約6割が「反対」と回答した。また竹富町が東京書籍版を選んだ独自判断にも、6割の住民が「賛成」と評価した。 調査は、石垣、竹富、与那国の3市町で無作為抽出のオートコール(自動電話の簡易方式)で実施し、計251人から回答を得た。 石垣市、与那国町が育鵬社版の教科書を採択したことに141人、56.2%が「反対」と答えた。「賛成」は50人で、反対意見の約3分の1。「どちらともいえない」は全体の約2割にあたる60人で、多くの住民が同社の教科書を使うことに否定的であることが示された。 2市町と意見の異なる竹富町が東京書籍版を選んだことについても「賛成」は150人、59.8%に上り、多くが同町の判断を支持していることが判明。「反対」は51人の約2割にとどまった。「どちらとも言えない」は50人だった。 |