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  1月31日(火)
安倍首相は所信表明演説の中で次のように述べました。

格差を示す指標である相対的貧困率が足下で減少しています。特に子どもの相対的貧困率は2%減少し、7.9%。15年前の調査開始以来一貫して増加していましたが、安倍内閣の下、初めて減少に転じました。

この発言には前歴があって、昨年11月14日の参議院環太平洋連携協定(TPP)特別員会次のように「成果」を語っていました。

相対的貧困率のボーダーのところにいた人々の所得が上がったからということに他ならない。・・・私たちが進めている政策が一部の人を豊かにしているということではなくて、まさにこれは、この恩恵はもっと多くの人たちに及んでいる。

以前にも子どもの貧困率について書いたことがありましたね。ちょっと私自身のためにもおさらいをしておきます。
まず、相対的貧困という意味ですが、OECDでは「等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)が全人口の中央値の半分未満の世帯員を相対的貧困者」としています。簡単にいえば「所得の中央値の半分を下回っている人の割合」のことを「相対的貧困率」と呼んでいるのです。
(等価可処分)所得を低い方から高い方に一列に並べ、そのど真ん中の人の所得を「中央値」といい、その中央値の半分の値(所得)を貧困線と呼んでいます。
次は、10人のデータでモデル化してその意味を分かりやすくしたものです。(単位は100万円と考えればいいかもしれません)


下の図は総務省が昨年12月に発表した「平成26年全国消費実態調査」からのデータ。次は、それをちょっとだけ分かりやすくして、相対的貧困率はどのように出すのかを視覚化したものです。
3つめの表は、総務省ではなく厚労省のデータ。相対的貧困率が異なります。この違いについては、厚労相自身が次のように「弁明」しています。

世帯属性ごとのサンプルの分布(両調査の比較、参考3)
○(総務省の)全国消費実態調査は、相対的に 40 歳未満の世帯や単身世帯が多いなどの特徴がある。
○(厚労省の)国民生活基礎調査は、高齢者世帯や郡部・町村居住者が多いなどの特徴がある。


要はサンプルの取り方に違いがあるということなのでしょうが、もっと統一的にきちんとやってほしいものです。
この総務省のサンプリングについては研究者からの批判も出ていて、国際比較する際にも問題がありそうです。






ここでは問題があるにしても、ともかく安倍首相がよりどころとしている総務省のデータでみることにします。この総務省のデータで見てもアベ首相の発言がデタラメだということを示したいからです。
上の第1、第2の表を見ると、所得の中央値がこの15年間で下がり続け約50万円も差が出ていることがわかります。1999年から2009年までの10年間では、中央値が30万円も急速に下がり、そのために貧困線も急速に下がりました。相対的貧困率が急増したのは当然のことです。
2009年からの5年間では、可処分所得の減少は続き、従って貧困線も5年間で3万円低下。その低下が貧困層の可処分所得の低下以上に大きかったことによって、2009年と比べて0.2ポイント貧困率が上がりました。
このことを再三にわたって指摘しているのは私の見る限り「しんぶん赤旗」のみでしたね。下は1月29日付けの記事にあったデータ。


これらのことを踏まえて、上の安倍首相の演説や答弁を読み直してみましょう。
国民の暮らしがどんどん悪化し、貧困層が増え中間層がやせ細っているのを総務省が数字で示しているにもかかわらず、この嘘八百。要するにアベとはこのような頭の持ち主だということです。ウソをウソとは思わない。自分のにとって都合のよいデータだと思えばウソでも何でも飛びつく。間違っていようがお構いなし。トランプとどっこどっこいじゃありません?
ちなみに、OECDの調査で貧困率が日本より高いのはアメリカ、トルコ、メキシコくらいだそうです。
ついでに子どもの貧困率についても見ておきましょう。次は総務省のデータの続き。


子どもの貧困率の「改善」は上と全く同じ事情によるもので、「相対的貧困率のボーダーのところにいた人々の所得が上がった」などというものでないことはデータから明らかです。そのことは総務相や厚労省の官僚たちはよくわかっているはずなのですが、そのトップである大臣はこのことについて首相にどう伝えているのでしょうか。多分、大臣自身もよくわかっていないのではないでしょうかね。



  1月30日(月) その2
今日は朝食もとらずに、町の「中間検診」に行ってきましたよ。いつも6月頃に町の検診があるのですが、今年は冬の状態を調べる検診が行われたのです。
池田町は、高齢者の健康を守り病気を防ぐために結構こうした検診に力を入れているのです。中間ですから、体重、身長を測り、血圧の測定をして、そのあと採血をする簡単なもの。
8時からのところ8時半過ぎに中に入ると、すでに20人近くの町民が集まっていましたが、ほとんどが女性。おばちゃんたちでした。「今日は割と空いていてよかったね」などと話し合っている。
看護師や保健師の方のなかには知り合いもいて、なごやかに終了。体重は思ったより増えていなくてホッとしました。ところが身長が、測る度に減っている。どんどん縮まっている感じです。青年時代から見るともうすでに3センチほど身長が縮んだ。ま、それも仕方がないか。これが老いということだと合点して、帰ってきました。2月月末に血液検査結果の説明会があるので、今度は何を言われるか。

今日は珍しく妻の予定が何もなかったので、思い立ってまたまた富山に魚を買いに行ってきました。なぜ思い立ったかというと、昨日だったかテレビで寒ブリの料理の仕方をいろいろやっていたからなのです。そりゃブリといえば、氷見の寒ブリだろう、どう、見に行かない?となったというわけ。
幸い今日は妻の予定は空白で、しかも気温が高いときている。雨は降っていたものの、かえって凍結していないだろうから好都合。案の定、行きも帰りも道には雪もなくスムーズに通行できました。
いつもの生地魚の駅でお買い物。ブリは1万円とその半値くらいの2本箱に入っていました。「アルバイト代が少し入ったし、誕生日だし・・・」と考えて、1万円に手が出そうになりましたが、買ってもどうやって食べ切るか自信がない。それにそこにいた友達似のおじさんが、「あまり油が乗っていないので・・」とあまり売りたくなさそう。だからなのかこんなに安いんだろうな・・・。しかも太ったハマチが何本か横になっている。
あっちこっち見比べながら、結局名前に負けてエイヤッと安いブリを1本買ってしまった。「あとはインスタントラーメンだね」と語り合いながら帰ったのは言うまでもありません。
ブリ以外には、私の好きなナマコがいましたよ。今日初めて知ったのですが、裏の赤い「赤ナマコ」というのがやわらかいらしい。これまで買っていたのは普通のナマコ。結構値は張りましたが、やはり買わないわけにはいかない。あと、妻の好物サバを買い求め、意気揚々(懐は寒々)と帰路についたというわけです。

家に帰って、夕食はブリ三昧。ハルちゃんにもお裾分けしました。この子は、いつもなら缶詰を要求するのですが、今日は見向きもせずにブリだけペロリ。グルメ・ネコになってしまいました。
念のため申し添えますが、旬のブリは大型になると4,5万円もするのです。小さいのはハマチかブリか私には見分けがつきません。しかもあまり油が乗っていないとなると、安いのは道理。二人で、「これハマチと言われても分からないね」といいつつ、一切れ食べる毎にこれは「ブリなのだ」と念じて、一生懸命飲み込んだのでした。
安倍さん、トランプさん、この気持ちわからないだろうなあ。わかってたまるか。



  1月30日(月)
トランプ米大統領の就任式前後で、トランプ支持率が40%(CNN、ワシントンポスト)。民主党議員50人が就任式を欠席。
21日には、全米で差別的発言を続けるトランプ大統領に抗議するデモが繰り広げられ、ワシントンで50万人以上、ニューヨーク、シカゴ、ロスなどアメリカの主要都市だけではなくロンドン、シドニーなど世界中で670団体480万人が抗議活動に参加したと推計されています。
トランプ大統領の突出した政策である、TPP離脱、メキシコ国境への壁建設、イスラム圏からの米国への入国拒否ばかりが注目されていますが、政権中枢を担う閣僚人事がほとんど進んでいないことも見逃せない。20日に上院で承認されたのは、軍関係だけ(ジェームズ・マティス国防長官、ジョン・ケリー国土安全保障長官)だけ。閣僚候補者を富豪やタカ派ばかりが占めることへの懸念が民主党内に広がっていることが1つの要因だと指摘されています。
国際的にも、ドイツ政府は難民受け入れ禁止措置を批判、フランス大統領も同様の見解を発表してトランプの排外的な政策を批判。イギリス・メイ首相も「こうした手法には同意できず、採用することもない」と態度を硬化させ、矛盾が広がっているのですから深刻です。
とりあえず出発時の勢いだけは勇ましいが、このあと起こることへの対策も国内での批判の高まりへの備えもなく、やみくもに突っ走ろうとするトランプの俗流・ハッタリ政治が長続きするはずがありません。
メキシコからの輸入品に20%の関税をかけて、そこから壁建設の費用が捻出できると踏んでいるとトランプが考えているとしたら、そう思い込んでいる方がおかしい。
困難を強いられるのはメキシコ国内の企業・労働者・農民だけではなく、そこに工場を構えている日本などの企業もそうだろうし、何よりこれまで米国内で安く買えた品物が20%も高くなるわけですから、困るのはアメリカ国民。長い目では、アメリカへの輸出よりも他国への輸出が加速されていくことになる。これが脅しだとすれば、もはや政策などとはいえないヤクザまがいの手法と言うことになりますから、国際的な孤立はさけられない。どっちに転んでもトランプは行き詰まりを迎えることになります。それもそう遠くない時期に。
こんな人物ほど、自分自身の描いた道がうまくいかないとなると責任は自分ではなく他に求めのは必定、結局破れかぶれになりますから、警戒を怠るわけにはいきませんが。

さて、一方の安倍政権はどうか。まず2月上旬にマティス米国防長官が来日するといいます。トランプ大統領は、当選前から日本が防衛してもらっている相当分を支払っていないと言い続けてきたわけですから、安倍政権の「同盟重視」発言を言質にとって、駐留米経費のいっそうの負担を約束させられることは明らか。さらにTPPで野放図な国内市場の開放を対外公約したわけですから、それを利用してさらなる市場開放を迫ることも明白。
安倍さんは「世界の真ん中で輝く国創り」と大見得を切り、長嶋さんよろしく”アメリカとの同盟は永久に不滅です”とやらかしたのですから、アメリカの軍事体制に身ぐるみ組み込まれ、海外への派兵も唯々諾々として従うことにならざるをえないでしょう。こんな国は「地球儀を俯瞰」してもどこにも見当たりませんね。
アメリカ国内はじめ各国での抵抗・抗議活動、日本各地での異議申し立てと政治変革を求める運動の前進が、安倍のもくろみをくじき、トランプの凋落を早める何よりの力でだと、私は確信します。
ガッカリし意気消沈してしまうほどには世界は腐ってはいません。
一人一人がやれることはたいしたことではないけれど、何かをやろうと心にきめて動き始めればそれは巨大な力の源泉となる、これが現代の社会の深部の力なのです。そのことをアメリカ国内の運動は教えてくれているのではないでしょうか。もちろん沖縄県民もです。

さて、話は変わりますが、昨年末に富山県9条ファンクラブの事務局長から依頼されて書いた沖縄レポートが今日ようやくニュースとなって届きました。
11月から12月にかけての高江訪問記ですから、今から思えばちょっと時期がずれてはいますが、そこで述べたかったことは今なお生きているし、辺野古のたたかいに引き継がれているわけですから、何かのお役に立てたら私としても大変うれしいことです。
該当部分だけをPDFファイルにしてここに収録しておきます。

沖縄 高江で見たこと考えたこと

終わりになりましたが、MNEMOさん、誕生日への暖かいメッセージありがとうございました。



  1月29日(日)
「戦争法反対」ではじまった大北地域の野党統一をもとめる共闘組織が開催した今日の「杉尾秀哉国会報告会」が盛況のうちに終わりました。開催したのは大北地域実行委員会。場所は「あの」池田町公民館です。
開会は午後2時から。私はもっぱら役場前で車の誘導係で、会場に入ったのはすでに杉尾さんの報告が始まって15分も過ぎたあたりでした。
途中、「満員で椅子が足りない・・・」というような声も聞こえたほど。聴衆は実数(政党関係者の付き添いや報道陣などを除いた人数)で180人。結構沢山集まったという感じでした。
何と言っても、野党統一候補で当選した杉尾さんだし知名度も抜群ですから、話を聞きたいという人が大勢。その熱気を感じることができる報告会となりました。
池田町では、12月に4野党の代表を呼んでの「町民と政党のつどい」を行っているし、その前には2度の軽トラパレードで政党代表にはおなじみの場所。それだけに、野党のみなさんの気持ちも1つになっているようで、今後の衆議院選挙に向けての出発式のような印象を受けました。
杉尾さんは、国会に出てからの安倍内閣の政治について、自身の国会活動と重ねて縦横に語りました。今日の安倍政権の姿勢が最も現れているのは「自民党改憲草案」だと話し、この実現に突っ走る安倍政治に対して批判勢力としての役割をしっかり担いたいと強調。自らが所属する民進党への厳しい見方も随所で示しつつ、政治を市民の力で変えることの必要性について力説していました。
なお、今日の報告会はNukabokoさんがネット中継してくれたんですね。そのうち録画を見ることができるのかもしれません。








以下杉尾報告会の画像を順にリンクだけ示しておきます。

1.花束贈呈
2.杉尾さんの話(全体)
3.杉尾さんの話(全体)
4.杉尾さんの話(全体)
5.杉尾さんの話(全体)
6.杉尾さんの話(全体)
7.杉尾さんの話(アップ)
8.杉尾さんの話(アップ)
9.杉尾さんの話(アップ)
10.民進党 下条みつさん
11.共産党 両角友成さん
12.社民党 中川博司さん
13.緑の党 八木聡さん
14.杉尾さん+4野党代表
15.閉会あいさつ
16.杉尾さん+花束
17.杉尾さん+実行委員

何とか1つイベントをやり終えホッとしたというのが正直な気持ち。このあとは公民館問題での役場からの回答がありますから、明日からまた実務的な仕事が待っています。

今日は私の誕生日。妹夫妻からは「2人で仲良く」というメールをもらい、家ではとくにどこにも出ないで、昨日私が買ってきた「ウナギ」で夕ご飯。ささやかに1つ年をとったことを慰め合いました。



  1月26日(木)
全国的によく晴れたのでしょうね、こちらも雲ひとつない快晴で、気持ちがよかった。ただ、そのために朝は相変わらず超低温になって、マイナス10度以下。午前中バラの会の役員会を開いていたのですが、そこに来たあるメンバーは、朝起きたらマイナス12度だったので、また布団に潜り込んだと話していました。

発足からまる6年がたち、バラ園開園から5年半となる今年、県の外郭団体である長寿社会開発センターの「いきいき中高年社会貢献活動支援助成金」を受けた事業を加えて、バラの会はいっそう多面的になります。
そのこともあって、今年は3月から仕事を始めないといけません。ここいらで気合いを入れ直して、楽しい活動ができるように配慮していくことにしたいと考えています。

アメリカのトランプ大統領が、TPPからの撤退に続いてメキシコ国境での塀建設の大統領令にサインをしたとの報道がありました。これに続いて、オバマ前大統領が中止の決断をしたイリノイ州からとカナダからの2本の石油パイプライン建設を再開する大統領令にもサイン。これは合意なしに先住民の土地を通るルートに変更されたことや、地下水汚染など環境面で大きな打撃を及ぼすために中止に追い込まれたものです。
アメリカ人の雇用を守るといいながら、実際には自らの墓穴を掘るトランプへの幻滅・失望が広がるのは時間の問題。そうなると、矛盾の矛先をすべて海外に向けて自らの行為を合理化するのはこの手の権力者の最も考えることですから、海外との軋轢の中で政治オンチぶりが早晩露呈することになるのでしょう。
そのとき、トランプにすり寄る安倍自民や維新の忠犬ぶりもまたあらわになるだけで、もうそのときにはこの国の舵取りをまともにはできないことをはっきりさせるのでしょう。
私たちの為すべきことは、世界の流れの大局を見つつ安倍政権の退場をいかに早く実現するかに腐心しなければならないこと。市民の声を上げ続けること、目に見える形にしていくことが何より大事になってきます。あらゆる地域で、次の一手を!!



  1月25日(水)
この2年ほど我がデスクトップ機はよく働いてくれています。どうしてもチラシや会報、それに自身の日記の更新をするために画像を操作したり書き込んだりと、この愛機に頼りがちになります。
それでも2,3日前は音楽を録音してCDをつくるためにiMacを起動。というわけで、一時よりははるかにパソコンをいじっている時間は少なくなったとはいえ、どうしてもパソコンの前にいる時間から逃れられません。
そんな私をよく知っている知り合いから今朝電話があって、どうやってもノートパソコンの電源が入らないのだという。すぐに出かけて見ましたが、やっぱりうまくいかない。
その方は、業者に連絡したら基盤が壊れていて直すには4、5万円かかると言われたという。ハードが原因だから、それもまたやむを得ないかのしれませんね。
「まあ、仕方がないね、新しいものにするのが一番かも」と一応相づちはうったものの、「ただ、これは接触不良らしいので、叩くとつながることがあるよ」とだけは伝えておきました。ちょっと叩いてはみたけれど、そのときはウンともスンともいわなかったので、「新しいものをゲットしたらまた連絡してください、データを移すことはできるから」と伝えてそのまま帰ってきました。
ところが、家に帰ったらすぐに電話。「たたいたら直った」というのです。何ともお騒がせなノートではありました。最新機種でもそんなもんです。何となく映画「アルマゲドン」のロシア人の台詞を思い出した次第。

今日は久しぶりに多少ゆっくりする時間があったので、久しぶりにUbuntuパソコンを開いてみました。ノートパソコンも何台かあるので、たまに開いておかないとソフトの更新が増えてしまいますから。
案の定、結構沢山のアップデートがあり更新に時間がかかってしまいました。しばらくネットラジオを聞きながら、囲碁を楽しんでアップデートが終わるのを待ちました。

MNEMOさんのブログを見ていたら、安倍首相の「誤読」についての彼らしい皮肉が。これを読むまで私は知りませんでした。
音声も、ネットには国会答弁がアップされていてはっきり聞き取れるのですが、まあ、揚げ足取りでそんなのをあげつらっても仕方のないこと。MNEMOさんのいうようにやはり「他山の石」でしょう。
先達のASOさんについては「『読字障害』かもしれない、このような人は別の面で才能を発揮する」とあの養老孟司さんも「弁護」されていますし、当然、我が身にはね返ってくることですから、MNEMOさんの”からかい”程度にとどめておくのがいいのでしょうね。



  1月24日(火)
今日は1日中、来月初旬に行うバラの会総会の議案作り。あさって役員会を行うので、一通りの議案をそろえなくてはなりません。
今年度から、助成金事業が始まるので、会計も含めて結構やっかい。そのうえ、バラの会は発足からまる6年経って、会員も高齢化、家族にもいろいろ困難を抱える会員もいますから、定例作業日といってもなかなか集まることができない悩みも次第に深くなっています。
これは、あくまで楽しみでやっているボランティアの活動ですから、最悪、どうしても続けることができないとなれば、会を閉じることだってあり得ることです。何が何でも続けるのだという悲壮感に陥っては、普段の活動も楽しみ半減。かえって来たくなくなってしまうでしょう。
初夏にはきれいなバラが花を咲かせてくれるというのを楽しみに、せっせと手入れをしているわけですから、心からその日を待ち望めるような会にする必要があります。それは役員が本当に心を配るべきことです。
よく話し合って、どこまでこの会を存続させられるのか、会の発展の力はどこにあるのか、初心に戻って議論しあいたいと思っています。

MNEMOさんにも心配して頂きましたが、幸い池田町は雪がそれほどは降っていません。数日前20センチほど降ったのが最後で、西日本の大雪のような事態は想像もできないほど。
しかし、寒さは厳しく昨日から明日にかけては最低気温がマイナス10度くらい。だいぶ慣れてきたとはいっても、やはりエアコンがないと生きていけません。
沖縄でもおそろしく寒くなっているのですから、みなさんブルブル震えているのでしょうね。こんなときでも、辺野古の海では相変わらず毎日抗議船やカヌー隊が海に出て抗議を続けています。
ところが、海に張り巡らされたフロートには鋭い金属の棒やひもがくくりつけてあって、以前のようにそれを超えて中に入ることはできないようにしてあります。
寒い中、海保のボートにひっくり返されながら抗議を続けるみなさんの心意気をぜひくみ取りたい。







  1月23日(月)
こんな「報道」がヤマトで多数に受け入れられるのだとすれば、あるいはこんな番組を垂れ流すことを許す声が多いのだとすれば、もう沖縄は独立しかない。そう思わせたのが、1月2日に放送された東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)の番組「ニュース女子」です。まずは低劣・卑劣・愚劣なそのレベルをご覧あれ。(沖縄関係は前半21分くらい)

ニュース女子 沖縄・高江ヘリパッド問題の”いま”

手っ取り早く概要を知りたい方には、私が音声(前半、辺野古高江の取材部分)だけを「テープ起こし」したのでお読み下さい。

マスコミが報道しない真実

この話を知人にしていたら、「何にも知らない人が見たり聞いたりしたら、そうなのかと思ってしまうだろうね」と語っていたのが印象に残りました。
さてこの番組は、形だけの現地取材(現場には行っていない)を経て、スタジオで若い女性たちが質問し、「識者」とおぼしき人物たちが答えたり話し合うという形式をとっています。

沖縄をこき下ろし、愚弄し、からかい、嘲る、いたぶるという内容で、その土台にあるのはすべて「ウソとデマ」。下劣を通り越して醜悪な番組というのが私の印象です。
取材部分だけを取り上げてみましょう。
まず「反対派」をどう見ているのかが次第にわかってきます。

@彼らはどこかの団体に雇われている人物である。
A彼らは定年を過ぎたシルバー部隊。
B彼らは過激・暴力集団であり、テロリストである。
C何万円かの報酬をもらって反対運動をやっている。

では、なぜ彼らはそのような活動ができるのか。なぜ警察は取り締まらないのか。

@沖縄のマスコミが彼らを平和を守る人間たちと見做している。
A警察のトップは翁長知事である。

映像でそこを過ぎると米軍基地であり、トンネルの先が高江ヘリパッド建設現場と取材者がのたまう二見トンネルは、私自身数え切れないほど通ったトンネルです。その先が米軍基地だというナレーションも、その先がヘリパッド建設現場だというテロップも、全部ウソ。この先に無法地帯が広がっているのですか?? 現地の人なら「バッカじゃない!」って叫ぶでしょうね。下の地図をみてください。


お分かりですね。たとえば、我が家の前の道で、この先が東京です、というようなもの。東京が極端なら甲府です、というくらいのもの。そりゃまあ、我が家の前の道、青森までも続いていますよね。
高江までは実際には45キロくらい離れていますから、車で約50分かかります。二見トンネルは二見バイパスともいい、機動隊もいなければ、ほとんど人気のない単なるトンネルです。
2つ目のトンネルを出ると大浦湾に出て、そこからカヌチャリゾートを右に見て、途中オスプレイが墜ちた安部の集落を経て、あとはずっと北上。高江は相当に遠いのです。
二見トンネルを出て大浦湾が見える辺りに、空家が1軒、その横は空き地で、売りに出ていましたから、一昨年不動産屋に問い合わせたことがあるのです。記録もちゃんと残っています(2015年7月12日の記事)。




へんぴなところで、その先には基地のキの字も出てこない場所にもかかわらず、この先がヘリパッド建設現場だなどと言うのですから、お笑いです。
むしろトンネルの手前がキャンプシュワブですから、事実を全くあべこべに描いている。沖縄名護市周辺の人ならそのウソは一瞬で見抜くでしょう。それでも信じられないというのなら、一度でいいからこの場へ行ってみるとよろしい。
「高江から帰ってきた機動隊」などというテロップもウソっぽい。高江から帰るのならカヌチャに行くはず。むしろ、カヌチャから辺野古に向かう機動隊とみたほうがいい。

取材にあたった井上某は、わざとらしく「いました、いました」と抗議行動に参加する人たちを「連中」といい、その人たちを指して意味ありげに、「襲撃してくる」などとおっしゃる。では襲撃してくる現場を撮影してくれと私などは思うのですが、そんなことが出来るわけもありません。
沖縄にもいろんな人がいますから、この映像のようにトンチンカンなことをしゃべる人もいる。先に出てきたトンネルから先には現地の人も近づけないかのように描くこの馬鹿馬鹿しさったらありませんね。
警察が取り締まらない??これまたどこから聞いた戯言でしょうか。30人くらいの座り込みに機動隊100人も200人も配備されてごぼう抜きをやり、車両規制をして車を止め、果てはダンプを前後で護衛して米軍に奉仕。これって取り締まりじゃないんですかね。それとも機動隊は、無法暴力高齢者を野放しにしているとでもこのお方は信じているのでしょうか。だとしたら完全にイカレている。

シルバー部隊という言い方が出てきました。高江でも「そのように言われているのよ」と聞いたことがありましたっけ。それは一面当たっているのですが、なぜそうなのかは彼らにはわからないでしょうね。恐ろしい高齢者?の集まりとしか見えない。沖縄戦とその後の米軍統治下の沖縄を肌身を通して知っている方たちだという認識はゼロでしょう。高齢の女性たちも多い。彼女らは、戦争の惨めさ、恐ろしさを知っているだけに、米軍基地強化に戦争の臭いを敏感にかぎ取っているのです。
まじめに歴史を学べば、仮に若い世代であったとしても分別はつくはずであるのに、このテレビに映された方々にはその想像力は余りに乏しくてかすりもしないらしい。
ひまなお年寄りが退屈しのぎに稼いでいると言う程度にしか見えないとしたら何と悲しいオツムなのでしょう。若い世代も沢山現地に集まっていますが、年代からいえば高齢者が多いのは事実でしょう。それを、現役で働いている人たちにそっぽを向かれているとでもこの方々は思っているのだろうか。辺野古には大学生たちもよく来ていました。
高江がどこにあり、誰がどのように集まっているのかをまるで知らず、年配者が多く集結していることを笑いものにする彼らの感覚ときたら貧困すぎて批評する気にもならない。

さて、座り込みに参加する人たちを過激暴力集団であり、テロリストと言ってもいいというこの番組の方々は、やはりウソと知って垂れ流しているのか、一部分を切り取ってそれが全てであるかのように言っているかのいずれかでしょう。
私の知る限り、これほど整然と抗議活動が行われているところはありません。非暴力と無抵抗とは違います。抵抗し続ける。座り込んだら動かない。機動隊に排除されれば、機動隊に暴力をふるったりは絶対にしませんが、言われるままにはならないということです。
中には、機動隊にくってかかる人もいないわけではない。それでもぎりぎりのところで我慢しているのです。
なぜマスコミは現場を報道しないのか、というある女性の質問に、あるときは、報道陣が入れないような状態だからだと答え、あるときは沖縄のマスコミは彼らを平和愛好者とみなして報道しないからだと答える。これもウソ。
これほど現場の模様が写真で写されたり、映像で流されたりしているところはないでしょう。どの報道機関も現場まで足を運んで取材しているのです。ネットを調べればそんな映像はいくらでも出てくる。報道陣がシャットアウトされているという証拠や、抗議している人たちがテロリストなどという証拠があったら見せてほしいものです。
このテロリストという言い方は、石破の発言と重なるものですね。抗議する人たちを、何としても誰かに雇われたテロ集団だと描きたい番組であることをはしなくも暴露してしまいました。
高江には、集中抗議行動の日には沖縄全県から200人〜300人集まります。ときには2000人規模の集会が開かれることもありました。沖縄にはずいぶん沢山の雇われテロリストがいることになります。翁長知事を先頭にして抗議する人はすべてテロリストの仲間になっちゃうんですね。

聞き捨てならないのは、この座り込みに韓国や中国などから得体の知れない人たちが集結しているかのように描いていること。番組を進めれば進めるほど化けの皮がはがれてくるのですが、それでもお構いなしに彼らが雇われて来ていることにしないと収まらないらしい。ここまで来ると、この番組は沖縄ヘイト、韓国ヘイトの先兵の役割を果たしていることがわかります。
本土から沖縄まで、仲間のカンパで支援活動に行く人たちもいるでしょう。私のようにすべて自費で行く人だって沢山いる。県内の人たちの活動を支援するために、全国から数億円の募金が寄せられたんです。そうしたことを全く視野の外において、雇われ集団だと思い込みたい人たちこそ、雇われヘイトスピーカーではありませんか。この番組に手弁当で出ているのですか。取材をすべて自費で行っているのですか。
岸なんとかさんも「こういう無法地帯に年間3000億円沖縄振興費が流れているわけですよね。これが結構いかがわしい用途に使われている」と、堂々とみてきたようなウソをおっしゃっている。本当にイカレていますね。もう救いようがないかんじ。

この番組については、ネット上でも批判は数多く書かれているし、今日発売のAERA(62、63ページ)で厳しく批判しています。例えばこのようなサイト。こんなもんじゃ、全く足りない。
沖縄差別、人種差別が地上波テレビを使って堂々と放送されるこの異常を全力で正さなければなりません。沖縄の辺野古や高江の抗議活動に批判はあってもいい、しかし事実に基づき、現地をよく見聞きし、多面的にその問題を追求する姿勢がなければ報道機関やそれに出演する「識者」としては完全に失格です。この番組に顔を連ねた方々は、もはや言い逃れは絶対にできないことを思い知るべきです。



  1月22日(日)
「これまでも、今も、そしてこれからも、日米同盟こそがわが国の外交・安全保障政策の基軸である。これは不変の原則です」(施政方針演説)と安倍さん。「他の国が米国をしのぐ軍事力を持つことは許さない」(安保外交戦略)とトランプさん。まあ、どっちもどっちですかね。
コトバが実態とかけ離れると、安い薄っぺらな紙が風に吹かれるようにただ空を切りどこかへ消えていくだけ。空疎で、ただ自分のコトバに酔っているだけ。しかし、話している腹はコトバとは裏腹に醜悪。年を経る毎にその度合いが増しています。
日本国憲法などはアベさんの頭からはとっくの昔に消えてしまい、「あなたのためなら何でもするわ」の心境なのですから、沖縄の民意などは吹けば飛ぶようなもの。基軸である日米同盟のためなら、どんな負担でもします、沖縄でもどこでも差しだしますということなんですね。この自画自賛の施政方針演説を読むと、そのことだけは、よ〜〜くわかります。
「世界の真ん中で輝く国創り」なんて悪い冗談かと思ってしまいます。「世界の片隅で笑いもの」じゃないんですかね。世界のどこの国がこの国を注目しそのリーダーシップを認めているのでしょう。
支持率40%のトランプさんも、大統領になる前からレイムダックじゃありません?
アメリカという国が引き裂かれているように見えても、実際には深部で人々の変革がはじまっているとみた方がいい。「古きよき」アメリカを引きずった人々と変革を求める人たちとのせめぎ合いはある意味鋭く深く進むのかもしれませんが、思いもよらない展開を見せることだってあり得ない話ではない。
アベさんには決してそれは見えないでしょう。この国で進行している深部の力も見えてはいない。ただ、なんとなく恐ろしく不気味に思えているはず。それゆえ、共謀罪をつくろうとしているのですね。ますます、この国でも「まともさ」を求める人たちとのせめぎ合いが鋭くなる。そんな予感がします。





  1月21日(土)
昨日から、明日の共産党ファンクラブ新年会用に、カラオケCDを作成しておりました。ギターを持ってきてくれというのが初めの要望でしたけれど、ただ持って行けば伴奏できるというものでもありませんから、ここはやはり「うたごえ喫茶」だろうと勝手に決めて、ネットからMIDI音源を探して何とか間に合わせたという次第。
何年か前に、歌集をつくってギター伴奏をしたことが主催者の頭にあったらしい。もはやそれは無い物ねだりというものです。コードは弾けるとしても、ほとんど弾いていないので、人差し指で弦を押さえるF、Bm、Cm、Gmなどになると指が完全につって元に戻らない。
というわけで、カラオケ歌詞カードも印刷して、あとはCDをかけるだけというので、我慢してもらうことにしました。
2,3年ぶりに昔々の歌を引っ張り出して見るとやはり懐かしい。今ではネット上でずいぶんたくさん「うたごえ」運動で作られた歌がアップされていて本当に助かります。Midiファイルといってもしっかり付くりこんであるので、なかなか雰囲気がでてよろしい。これなら、いつか我が家ででも歌声喫茶できますね。
だいたい、ファンクラブの懇親会に出る方はもう相当なお年の方ばかりですから、つぎのような歌も準備しました。
「青春時代」の替え歌で・・・。、

「年金時代」

退職までの 半年で
答えを出せと 言うけれど
加入期間が 短くて
年金もらえる アテがない
 年金暮らしが 夢なんて
 現役時代の 甘い夢
 年金時代の 入口は
 先の見えない ことばかり

からだはもはや あの頃の
盛りを過ぎて しまったか
胃腸に肝臓 ガタガタで
おまけに糖尿 五十肩
 年金暮らしが 夢なんて
 現役時代の 甘い夢
 年金時代の まん中は
 医者に通って いるばかり
   <間奏>
 年金時代を よくしたい
 誰もがみんな 願うこと
 年金時代を 笑うため
 今はみんなで がんばろう!


いやはや、何とも情けない。まあ、みんなこんなもんですから、共感をもって歌っていただけると信じております。

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昨日、公民館問題についての実行委員会としての「見解」を発表しました。
地方紙、全国紙の新聞社、テレビ局、池田町、町議会議員、弁護士、その他各界の方々に届け、ウエブ上でも公表しました。
目新しいものではなく、これまでそれなりに表明してきた考え方を整理しまとめたものです。とはいえ、問題が問題だけに簡単に書くわけにもいかず、結構長くなってしまいました。要約版も合わせて発表してあるので、手っ取り早く知りたい方はまずそちらをご覧になるといいかもしれません。

公民館使用許可取り消し問題に関する見解(pdf)
公民館使用許可取り消し問題に関する見解<要約>(pdf)

なお、公民館問題のページには、スマホ用に画像(ページ毎)も準備しました。



  1月18日(水)
今朝は多分マイナス7〜8度。厳しい寒さですが、早朝からよく晴れて荘厳な北アルプスの全容が見られました。
へそ曲がりな私でも、このような山並みを目にしたとき、人々はあの山この山に神々が宿ると直感して思わず手を合わせたのだろうなと感じないわけにはいきません。
写真はまったく世俗的ですみません。いろいろと撮ってみたのですが、どうにも今朝の感じがでません。で、我が家の庭からの生活感のある今朝の風景。前の道脇に車が停まったので客人かなと思ったら、今朝の北アルプスの写真を取りに来ているのでした。やはりここは「絶景スポット」の1つですね。


あと10日ほどで1つ年を重ねます。ちょうどその日29日、池田町公民館(あの池田町公民館)で、昨年の参議院選挙での野党統一候補として見事当選した杉尾秀哉さんが、今度は現職参議院議員として国会報告会を行うことが決まりました。下はそのチラシ(池田町版)です。何よりの誕生日祝いということですかね。


さて、昨日の会議で、つどい実行委員会としての公民館問題に関する見解を1月20日をメドに発表することに決まりました。現在事務局で校正段階に入っているところです。
記者会見は行いませんが、報道機関にも連絡して取材してもらうことになっています。
いつまでもつきまとうこの公民館問題、煩わしいと思うこともないではありませんけれど、よくよく考えて見れば、粘り強く大衆的に不当性を追求していくことはとても大事なことです。理論的にもきっちりと私たちの見解をまとめなければなりません。弁護士さんの受け売りでは絶対にダメですからね。

公民館の使用許可取り消しという町の「行政処分」を許さない私たちの取り組みの意義はどこにあるのか。何といってもその第1は、これが国民の権利の侵害であるという憲法上の重大問題だということでしょう。
集会・言論の自由は空気のように存在しているわけでは決してない。時の権力が機密保護法や、果ては共謀罪まで用意して国民の知る権利を侵害ようとしている現在、それとは無関係に表現の自由、集会・結社の自由、内心の自由が存在しているというわけじゃない。
沖縄の辺野古や高江で起こっている集会の自由害、表現の自由の侵害など人権抑圧が極度に強まっている今日、それはどこか別の関係のない場所で起こっている訳では決してないということです。
その現れは、私たちの身近なところで、気がつかないうちに起こっている。
それゆえに、町や教育委員会がこのような自覚があるかないかには関わりなく、どんな小さな現れにも敏感でありたい。国民の権利を守り広げることは、この国の将来に関わることだからです。
権利を切り縮めることは絶対に許さないとう覚悟がいる。それは戦前の体験にもとづく大切な教訓でもあるのですから。
第2の意義は、新しく建設される地域交流センターの運営をより豊かなものにすることに直結しているということ。近隣の市町村では、登録町民団体の利用は無料です。たとえば、大町では「おおまち9条の会」も登録団体。松川村も同様です。運営が公正・中立であるとは、利用者に政治的中立を求めることとは関係がありません。あくまで運営者の中立性です。
池田町の管理者はどうやらこの辺りの関係が十分理解されていないようで、それが今回の混乱のもととなっている。それをきちんと精算し、社会教育法や地方自治法の精神にたって、活発な町民活動が展開される文字通り教育・交流の拠点にしなければなりません。
今回のようなやり方をとっていれば、池田町は近隣の市町村からは遅れるばかり。町民の意欲さえ減退してしまうでしょう。それが問われているということです。
この前に提出したつどい実行委員会の「質問と要求」に対する回答がまもなく町から示されるはず。どれほど真剣にこの問題に向き合い、法的な問題でもただしく問題をとらえて回答してくれるのか、大いに注目したいものです。



  1月17日(火)
さしもの大寒波もようやく峠をこえた模様です。雲の晴れ間が見えるようになりました。
今朝は早くに除雪車が通ったので、その後始末も含めて8時前に家の前の除雪をしました。テレビでみると、県内の交通機関が相当みだれているようですね。




日本共産党の決議案は、第3章「安倍・自民党政権を打倒し、新しい日本を」で焦眉の急となっている課題をかかげ、問題点と解決策を述べています。それらはいずれも重要なもので、今後の私たちの指針ともなるものです。
しかし、この大会だからこそ求められるものにもう一つあるのではないか。つまり経済のグローバル化とそのもとでの地球環境の破壊、人類の生存そのものの危機にどう立ち向かうかという問題です。残念ながら決議案がこれにほとんど触れていないのはどうしたことなのか。
地球環境問題は、社会体制の違いを超えた人類そのものの存続にかかわり、ひょっとして社会主義・共産主義社会をつくる前に人類が危機的状況を迎えるかもしれないほどの重要性を持っている、と私は思っています。
とはいえ、その議論をあらゆる課題に優先させたり、他の問題を従属させたりすることは当然ながら決定的に間違っているでしょう。たとえば沖縄で重要なのは大浦湾やヤンバルの環境保護であって、それが保障されるなら基地問題は二の次だというようなものです。沖縄でのたたかいが示しているように、基地をなくさなければ環境は守れないのです。環境を守るためには基地をなくすだけではなく、釣り合いの取れた土地計画・都市建設、農地政策をも追求しなければなりません。
民主的な経済ルールを確立しなければ、貧困と格差の是正もできなければ地球環境の保護・維持もできません。しかし、一方では持続的可能な環境と社会政策を追求することは独自の性格を持つ課題なのです。それゆえ、環境問題と持続可能な社会をめざすこととは、民主的な経済ルールをつくる課題の1つとしてきちんと位置づけられなければならない、そう私は思います。
いずれにせよ、地球環境問題=持続可能な社会の実現は待ったなしの課題であることは明らかです。原発再稼働、原発輸出戦略という道が、環境破壊の危険の増大に直結し、さらに核兵器にしがみつく戦争政策が最悪の環境破壊政策であるというように、安倍政権や追随勢力が突き進む道は何世代も先の子孫に生存の環境を保障しない道であることをもっともっと告発していかければならないでしょう。
農業分野でも、単にTPPに反対するだけではなく、農薬付けと化学肥料まみれの農業から脱却し、日本人が昔から営々と作りあげてきた小規模農業を守ることを含め、地域に根ざした農法を受け継ぎ改良していくことが必要です。「地球白書」では、そうした農業を作りあげる際に、アメリカを初めとする先住少数民族の受け継いできた技術、教えに学ぶことが多いことを明らかにしているのです。
こうした問題について、日本共産党がどのような討論を行いどのような方向を示してくれるのか、注目したいところです。

さて、いまこの国は監視国家、警察国家へとひた走っている。それに警告を発しているのは昨日の琉球新報。社説は、沖縄平和センターの山城議長が10月に拘束されてからすでに3ヶ月にもなるが、これは罪状の軽微さや本人の病状からみて異常だとし、この例のない人権侵害には国内ばかりでなく国際的に批判と抗議の声が高まっていることを紹介しています。
社説は司法の役割が三権分立とはほど遠い状態になっていることにもふれて、次のように書いています。

裁判所は安倍政権の強権的姿勢を忖度(そんたく)する県警や那覇地検に従い、勾留延長を認めてきた。憲法の番人の役割への自覚はあるのか。
警察法は、警察が治安維持を名目にして政治弾圧を担い、国を戦争へ導く役割を担った戦前、戦中を猛省して制定された。沖縄で見える刑事司法の変質は「警察国家」への回帰と感じられてならない。


「安倍政権の強権的姿勢を忖度する」というのはひとり裁判所だけではないでしょう。住民にもっとも近い役場でさえ、そのようなことが起こりうる。たとえば池田町の公民館問題での役場の態度に政権政党への忖度がなかったと果たして胸を張って言えるのだろうか。自らの頭で考えて方針を出し今後ともそのように断固としてやっていくのだと言えるのだろうか。
琉球新報は警察法が定められた経過について触れていますが、他の法律も同様の問題を持っています。憲法施行から70年の節目にあたって、よほどこの憲法条項を見直し、身近な問題で検証してみなければならないと思います。戦争法は何も安倍政権によるあの一連の安保法制法だけをさすのではありません。むしろこうした権力による人権侵害がチマチマ、ヒタヒタと押し寄せることがその内実なのだということです。



  1月16日(月)
昨夜からまたまた数センチ積もって、池田は雪の中。雪が軽いので、除雪そのものは楽ですが、こう降り続くとうんざりです。


ある新聞で知ったのですが、例の百田さん、沖縄問題でまたまたトンデモ・ツイッター。紹介するのも気分悪いのですが、ほんとかいなと思われる方やケント・ギルバートのような太鼓持ちの方もいらっしゃるのでちょっとだけ紹介しておきましょう。


関連のツイッターを集めたのはこちら
11月26日と言えばちょうど私が名護にいて、その前後に高江に行っていた時期です。
沖縄各地の島ぐるみ会議のみなさんはそれぞれバスを仕立てたり乗用車に分乗して、那覇からは3時間ほどもかかる道を高江までやってくるのです。毎日というわけにいかないので、水曜日と土曜日は一斉統一行動日として150名から200名、それ以外は30〜50名前後という集会・座り込みの参加状況でした。11月半ばから月曜日も統一行動日となり、N1ゲート前だけではなくN1裏やキャンプシュワブ前にも人が必要でしたから、毎日結構たくさんの人が県内・県外、ときには国外から結集していたのです。
さて、どこからどのようにネタを仕入れたのか、このお方、「メンバーの多くが韓国に渡っていて高江はガラガラ」と書いた。私などはもうこれだけで、この人がどのような発言をしようが、何を書こうが信用はできない・・・というより、アホかいなと思いますね。昔からそうでしたけど・・・。この方作家としては引退する、本もすべて絶版にするとおっしゃっているので、それがいいのではと。
高江や辺野古がどうなっているのかは、現地の2紙の記者が毎日通ってツイッターで状況を報告してくれています。その他にもさらに詳しく報道しているフェイスブックやブログもある。調べれば直ぐにわかることなのに、わざわざこのような書き込みをするというのは、悪意・作為があってのことか頭のネジが切れているとしか思えない。
ケントギルバートも悪のりして「沖縄デ集団の正体は中国」などと書き込んでいます。多分、お二人とも妄想の世界に漂っていらっしゃる。
自分だけ漂っているのならいいのですが、こんなことを垂れ流してそれを本気に受け止めて拡散する人間がいるのだから救いようがない。
この世の中には、辺野古や高江で抗議活動をしている人間が憎くてたまらない連中もいて、日々ブログやツイッターでアラ探しをしては自分たちの都合のよい部分だけを紹介しているんですね。たとえば、高江に韓国からの若者が来たとしましょう。それを高江が韓国に支配されているかのように書くといった具合。
現地では、こんな連中は全く相手にしていませんし、そこにいることさえ出来ません。沖縄県民と本土との連帯したたたかいがそうした妄想や狂気に支配された連中を早晩駆逐することになるでしょう。

昨日から日本共産党の第27回大会が始まりました。この大会に史上初めて野党代表が参加したというので、ニュースでも結構大きく取り上げられていましたね。
民進安住代表代行の緊張した面持ち、両手をあげて元気いっぱいの社民の吉田党首、ニコニコ顔の小沢自由党党首・・・一昨年以来の激動を乗り越えてきた確信が満ちているいう印象を受けました。
今日は午前中からネット録画で志位委員長の幹部会報告を聞いておりました。まだ半分ほどまでしか聞いていませんが、過去の大会に比べて「歴史的」と言ってもいい大会なのではないかと思えました。現実の政治に影響を与えつつある共産党が姿が浮き彫りにされています。
相当に長いけれど、聞き応えがある情報満載の報告ですから最後までお聞きになることをお勧めします。

日本共産党第27回大会のページ

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話題がガラリとかわります。私はとくに相撲ファンというわけではないのですが、このところ時間があるとよく取り組みを見ています。ここ長野では何といっても郷土力士の御嶽海に対しての熱狂的な応援があって、つい釣られて見てしまうという感じですかね。
今から2年ほど前の御嶽海はひたすら押し・突きの相撲でまったく面白みもありませんでしたけれど、昨年あたりから俄然突きでだめなら組相撲に持ち込んで、相手の攻撃を回り込んでかわしたり耐えたしたうえで、寄り切り、突き出しというパターンが多くなってきた。しかも上手さが素人目にも見えるようになってきました。
さらに今場所では下半身のバネがものすごく強くなり、ちょっとやそっとの押しでは動かない強さを身に着けた。結果、2横綱2大関を破って絶好調。若手がどんどん成長しているので、力の入った取り組みや技が光る取り組みが多くなっているのが楽しみです。
御嶽海には期待できない技ですけれど、相撲にも「一本背負い」なんてのがあったんですね。柔道のように襟首をつかめないのでほとんど不可能だろうけれど、内股とか大外刈などという技だってやろうと思えばできるってことですか。
たとえば2015年11月14日の白鵬ー隠岐の海戦で白鵬の「やぐら投げ」(変形内股)というものある。そのほかにもネット上には派手な決まり手や珍手の取り組みが山のようにアップされています。
あまりアクロバットな技を期待するのもどうかとは思いますけれど、巨体でもこんなことができるのだという努力の跡をぜひ見せてほしいものです。
ただし、プロレスじゃないんだから関節技などの反則技はいけません。もっとも相撲には珍妙な反則負けがあるらしい。
反則に近いものではこんなのがあった。決まり手は「モロ出し」?? 写真を見た人は、何やってんだ?って叫びますよね。ま、男の世界だからまだ許せるか。こちらもどうぞ。



  1月15日(日)
今朝までに約5センチの積雪。その後もずっと降り続いて、池田では大雪でしょうね。昼前で10センチ近く積もっています。、路面は降った雪が融けず真っ白。まだ除雪車も出ていないので圧雪状態になっています。今日は一日中降るのでしょうか。外に出る気にもなれず、家でじっとしています。

ところで、たまたま今日の高層天気図(700hPa)に目がとまりました。しんぶん赤旗がずっと昔から掲載していて登山者などに人気があるという話を聞いたことがありましたが、私の様なシロウトガ普段まず目にすることはありませんからね。
なぜ目にとまったのかというと、実にドデカイ低気圧が日本列島を覆っていたからです。


しかし、この高層天気図は、700hPaの等圧面でつくられているので、地上の天気図とは全く異なります。結ばれた実線は等高度をあらわし、破線は等気温をあらわしているのです。
この地図では小さくてよくわかりませんが、気象庁にはいろんな気圧面での高層天気図が載せられているので、そちらの方がわかりやすいかもしれません。
気象庁の天気図にあるUTCとは協定世界時のことで、日本時間とは9時間ちがいます。だから、00UTCというのは日本時間1月14日午前9時、12UTCとはそれから12時間たった1月14日午後9時の天気図ということになりますね。
気象庁の大きな天気図で見ると、我が家から見える北アルプスのてっぺんあたりは3000メートルに近いので、ドデカイ低気圧の中心近くです。つまり北アルプスのてっぺんはこの寒波の襲来で気圧が700hPaに下がっているというわけですね。しかも気温はマイナス20度近くになっている・・・というわけです。
それがどうした?といわれればそれまでですけれど、この寒波の影響が上空でどうなっているのかを見る1つの指標にはなるのかな、という程度。何か大きな気象の変化があったときに見てみると気がつくこともあるのかもしれないなという程度です。

昨日の信濃毎日新聞は、沖縄県が辺野古承認の「撤回」の検討をしているとの記事を掲載しました。共同通信の配信で琉球新報や東京新聞など各紙も同様の記事を載せていました。
以前から慎重に検討を重ねてきたことは地元の新聞でも紹介されていましたから、突然の話ではありません。ただ、これはいわば「最後の切り札」になるもので、圧倒的な県民の支持と本土での支持する民意がどうしても必要です。
政府は日本の安全保障と対米公約を最優先として、対中国脅威論をベースに対抗してくることは明白ですから、よほど腹を固めて立ち向かわなければなりません。裁判所もこと「国防」「安全保障」になるととたんに及び腰になり、さらには政府の代弁者に成り下がってしまうのですから、これまた厳しい。
翁長さん、「負ければ妻と辺野古に座り込むだけ」とおっしゃっていたと聞きました。その覚悟で今も慎重な検討を重ねているのでしょう。私自身も、何とか体調回復(場合によっては手術も)をはかって、沖縄連帯の活動を強化することにしましょう。

大浦湾では今日もまた抗議船・カヌー隊が海保のボートと対峙しながら抗議活動を続けています。腕づくで押さえ込み、岸までそのままつれて行くという海保の暴力的な弾圧は日を追ってひどくなっています。さらに、フロートに突起をつけるという鉄条網並みの海のバリケード。何が何でも抗議を封殺して工事を強行しようということでしょうか。ひどいもんです。


下の写真はチョイさんの日記より。











  1月14日(土)
池田もよほど積雪があるのかと思っていたら、2〜3センチ。マイナス5度くらいなので、細かくて軽い雪が積もっているだけでした。ただ、受験生のみなさんは気が気でないでしょうから、何とか無事終えてほしいものです。
昨日の夕方から明日まで妻は富山、京都にでかけていて私とハルちゃんの二人暮らしです。ネコも寒くて外に出ようとしない。
富山の妹に電話したら、富山もそんなに降っていないということでした。毎朝どんなに積もっているかと思って見ているのに、今日も5センチ程度で安心したと言っていました。
今日は私は午後から松本に出掛けて、子ども塾と仕事のダブル。雪の影響で子どもたちがちゃんと来られるのか心配です。

今日の朝日新聞によると、ネコブームは依然として続いていて、拾ったりもらったりするよりもペットショップで買う方が多いのだとか。それも子犬より高くて一匹20万円前後。2015年にはイヌ、ネコともに1000万匹でネコがイヌを追い越す勢いなのだそう。
田舎では野良猫も結構多くいますから、安易に育ててうまくいかないと棄ててしまったり、避妊をしないで子猫が生まれて処分に困るなどというケースがこれからどんどん発生するのではと心配になります。
「地球白書」によれば、世界的なペット産業が、ペットに多額の支出をさせようと励んでいるのだといいます。朝日のこの記事の様相は、どうやらペット産業の戦略の中で生み出されたもののようですね。
その取り組みは功を奏して、今やペットフードに世界で年間580億ドル超が注ぎ込まれ、その他にアメリカ人はペット用品に年間118億ドル、人間の医療より高度であることも少なくない獣医療に134億ドルを投じているというのです。さらに、ジャーマンシェパード2頭のエサだけでバングラディシュ人一人の合計よを上回ると書いてある。
もちろんペットがすべて不要だとか高価なペットは飼う必要がないということを言っているのではないでしょう。
「地球白書」は持続可能な社会を作る上で、どうしても「文化規範の変革」が必要であり、その第1に公共交通を駆逐して反映している自動車産業のありかた、第2に、人々の味覚をも支配するファーストフード産業のありかた、そして第3に高価なペットを煽って多額の出費を競わせるペット産業について、これでいいのかどうかを深く検討し、文化規範を変革しなければならないと主張しているのです。あくまでその文脈でのペット問題だということに注意しておきましょう。さもないと、いま私の横にいるハルちゃん、行き場がなくなりますからね。



  1月13日(金)
明日からセンター試験というのに、国土交通省から異例の大雪に関する注意情報が。明日からあさってにかけて全国的に大雪になるのだといいます。すでに新潟から北海道にかけて例年にない雪。
ここ池田では、昨日と今日の朝はマイナスにはならず比較的暖かい朝でした。寒気団がおおっているというのに、これは・・・と思うような天気です。
おそらくここ数日雲が上空を覆っていて放射冷却現象が起こっていないことによるものではないかと思われます。ただ明日からは本格的な寒気団の南下で相当に冷えるのではないでしょうか。大雪にも注意と備えが必要ですね。
昨日は晴れ間を見て畑からネギを取ってきました。寒気が緩んで畑はドロドロ。ネギを収穫してもその始末に困るほどでした。幸い凍みてはいないので、今頃のネギはとてもおいしそう。昨日はネギラーメンにして食べましたよ。うまかった。

ところが、今日は朝から頭痛がひどくてお昼前まで横になっていました。夜、ハルちゃんが足下の布団にもぐって寝て、5時頃に一度外に出たいと私を起こし、帰ってくると今度は布団のど真ん中に来て寝るものだから、私は横に追いやられる。
身体が思うように動かないので、つい不自然な体形になってしまいます。この体形不良と鼻づまりで息が浅くなり酸素不足に陥っていることが、朝の頭痛の原因ではないかと私は推測しているのです。
以前は妻の上で寝ていたのにこのごろはずっと「父ちゃんっ子」、ま、寒い間だけでしょうから我慢するしかありませんね。この子も人間でいえば「高齢者」。あどけない顔で寝ているのを見ていると起こる気にもなれません。妻は自分の方に寄ってきてくれないとヤキモチを焼いていますが・・・。



  1月12日(木)
このブログを始めたときはちょうど58歳になったばかりの頃でした。それからすでに13年が過ぎ、まもなく71歳という「高齢者」です。若い一時期に日記を付けたことはあったにせよ、このように自分の記録をオープンに綴ったということはありませんでしたから、IT技術のおかげなのでしょうね。
当初の頃を思い出すと、コンテンツには家庭菜園の記録やドライフラワーの作品、さらには安曇野の写真など、確かに「あずみの暮らし」を指向したものがありました。それも数年たつと消えてしまい、結局町のことや政治的な話題を中心とした記録になっていってしまった。
農作業などは、よほど土作りのデータを取るとか、野菜の品種改良をやるとか、特別なミッションを自分に与えて記録していくということでもない限り、毎年おなじことをやるわけですから書いていても同じことの繰り返しになる。安曇野の写真といっても、どこかにでかけて作品を出品するようにでもしなければ、やはりマンネリになる。そうした記録を続けるというのは、なかなか難しいものです。勢い政治ネタになってしまう。趣味や関心が広ければもっといろんな話題について思いを伝えることもできるのでしょうが、それもなし。となれば、さて・・・と考え込んでしまいます。
ものごとをダラダラと書くというのは、大抵は考えがまとまっていない証拠。簡潔に要点を伝えることはとても大切なことです。しかし、と一方で私は思うのです。何かを正確に伝えるには、それだけのデータや分析結果が必要です。つまり簡潔ではあるけれど、どれほど正確に表現できるかということが問われる。長い間、こうして文章を書き続けながら、いまだにダラダラ感から抜け出すことができていません。

午後から、「町民の会」の事務局メンバーと公民館問題での打ち合わせ。つどい実行委員会としての「見解」を発表する準備をしていました。まもなく会としての正式見解をまとめることができそうです。



  1月11日(水)
今は大糸タイムスが”ようやく”糸魚川支援活動の記事を掲載してくれました。しかも2面ぶち抜き。さすが同行取材してくれただけの迫力があります。「おおいと」の名の通り、大町と糸魚川を結んでいる新聞ですからね。訪問先で見聞きしたことを手際よくまとめてあって、これもまた支援してくれた町民のみなさんへの何よりの報告でしょう。


私がまだ沖縄にいた11月下旬、3,4日後に「12.2町民と政党のつどい」を控えて準備もたけなわであった頃のことです。仲間の一人がフェイスブックのイベントページでつどいの紹介をしたところ、現職の某国会議員の書き込みがありました。
30日にかけて執拗に続いたのですが、これと軌を一にして教育委員会からの問い合わせがあり、使用許可取り消しへと発展していったのでした。もちろんこれらの書き込みと直接関係があったと言いたいわけではありません。何らかの関係が疑われるというだけのことですから、ここでそれを問題にするつもりは全くありません。
そうではなく、ここで指摘したいことは、現職の自民党国会議員が、重要段階に差し掛かっている国会開会中にわざわざ、吹けば飛ぶような規模のわが町の、ささやかな集会に出たいと書き込み、それがか叶わないとなると、さまざまな言い掛かりを書き込んでくるというその異常なやり方とその内容についてです。
そのやりとりの全文はこちらです。プライバシー保護のため名前はすべてイニシャルに変えてありますのでご了解ください。文中の「M」がその国会議員さんです。
最初に彼が言いたかったのはどうやら、「町民と政党のつどい」といいながら、その政党は野党だけではないか、だとすれば看板に偽りありということだ・・・ということのようでした。だから「集会の標題を代えて(ママ)下さい。中立を装う標題は、誤解を生みます。欺瞞ではないでしょうか」と書き込んだ。
「チラシを読んでいれば分かるでしょ」と言われて、いよいよ彼のいいたかったことである「公民館では政治的に一方に偏った政治集会は出来ないはずだ」という主張に踏み込んできます。この発言を応援する「H」という人物も登場しますが、ここでは無視します。

M氏が問題にしたのは、1つには「標題と中身が違うのではないか」とうこと、2つは、偏った政治集会を公民館でやることは許されないということです。
第1の点は、実行委員会がわざと虚偽をかたって公民館の使用許可を得たのだろうと印象づけたいだけこと。チラシ(無差別に配布したわけではない)を配布した池田町でそう思う人物がいるとすれば、よほど野党共闘をさせたくない人物だけでしょう。
問題は、2点目にあります。彼は安倍総理がどのように答弁しているかとかではなく、「池田町の取り扱い基準に照らしてどうか」ということを問題にします。本当に池田町の基準(公民館利用規程)を見たことがあるのでしょうか。
挙げ句の果ては「誓約書に、政治目的ではないと、書いたようですね。平気で嘘をつくのであれば問題です」と書き込んだのでした。語るに落ちるとはこのことです。
誓約書とは何ものなのでしょうね。誰かからそのようなものを見せてもらったのでしょうか。さまざまな憶測を生む興味深い書き込みです。

さて、池田町の公民館規定(政党および宗教団体の公民館使用について)は、冒頭に社会教育法第23条を紹介しています。その条文の先頭には「社会教育法第23条⇒公民館が行う行為を禁じている条項」とあります。
そのあと条文が続き、それに続けて、「この条項に鑑み、池田町で政党および宗教団体から公民館利用の申し込みがあった場合取り扱いを以下の通りにする」と書き、その下に具体的な項目として「2、政党からの申し込みについては下記の条件を付し、許可する」が続きます。
「つどい」実行委員会は政党ではありませんから、この規定があったとしてもそれは適用されません。だから、果たしてM氏はこの規定を見たのだろうかと述べたのです。おそらく見ていないでしょう。
ここでついでですから指摘しておきますが、この池田町の規定は、これまでも指摘したようにやはり社会教育法の「読み替え」を行っています。つまり、公民館運営者を縛る規定を利用者にも適用しようとしているということです。
これまでは、規定はこの程度で、政党関係者も公民館を利用してきたのです。それが、今回はまるで様相を一変させてしまった。公民館のこの規定すら踏み越えて、「市民団体」にまでこの規定を当てはめようとしてしまった。それどころか、規定では「許可する」のが原則であったものを「許可しない」が原則になってしまった。これが今回の公民館使用許可取り消しの真実でした。
M氏がその口火を切ったのかどうか、それはわかりません。ただ、同時並行で池田町はとんでもない方向にカジを切ってしまったことだけははっきりしています。
M氏にとってはまことに都合のよい解釈を池田町が行ったわけですから、その限りで満足だったでしょう。ところが、どっこいそうはならなかった。弁護士が抗議の声明を発表し、新聞が大きく報道し、つどい実行委員会も黙っていなかった。口火を切ったM氏のこの書き込みは瞬く間に全国に知られることとなってしまったのです。

「政治的に偏った政治集会に、公民館が使えるとは知りませんでした」という彼の書き込みが本心だとしたら社会教育法については何も知らないことを告白したも同然ですから、議員としては失格でしょうし、知りながら書いているとすれば次期衆議院選での当選が危ぶまれるわけですから、何としても敵をやっつけたいという焦り以外の何ものでもない。自分が当選するためなら何だってやるということでしょうか。まさか長靴の腹いせではありますまい。
公民館がやってはならないのは、運営者自身が特定の政党を選んで使わせるとか、使わせないとかをしてはならないということであって、利用者はまったく自由です。
野党4党や実行委員会が「偏った」政党・団体であると、おっしゃっているところから見ると、M氏は自分が偏っていないと思っているのでしょうね。自分は中立公平である。お前等は偏っている・・とね。
ご自身を基準にして、私たちが偏っているとみなすのは勝手ですが、私から見れば、M氏ほど偏狭な国家主義的な発言、改憲発言を繰り返している人物もそうはいない。安倍首相とどっこいどっこいでしょう。その人物から「偏っている」などと言われらどうすればいいのでしょう。
仮にどのような政治的な立場であろうが、無党派であろうが、公民館は平等に開かれた場です。気に入らない団体だから使わせないとか気に入った団体だけを許すとかということになれば、それこそ公民館が「特定政党の利害に関する事業」を自ら行ったことになるでしょう。
どうやらこのM氏は、世界が自分を中心に回っていると思っていらっしゃるようですね。私から見れば、これらの書き込みだけで国会議員としての品性・おつむ・行動のすべてを疑ってしまいます。
よろしいですか、ことは単に公民館が使える、使えないの問題ではありません。憲法に保障された基本的人権、言論・集会・出版の自由、思想信条の自由といった民主社会の根源にかかわる問題だということですよ。
反論があればぜひどうぞ。



  1月10日(火)
今日、被災地支援ネットのY代表に入った現地からの報告によると、5日に運んだお米1200キロを地元の糸魚川中学校の生徒たちが小分けして袋詰め作業をしたのだそう。糸魚川タイムス電子版にも載っていました。実際の新聞記事はこちらです。
確かに、30キロ入りの袋ではどうしようもありませんものね。このようにボランティアの生徒たちが5キロずつ分けてくれて、被災者の方々に渡してもらえるというのは何ともうれしいニュースです。なんだか善意の輪がどんどん広がっていく気がして気持ちがホッコリします。
このニュースはお米を寄せてくれた池田町の皆さんにもぜひ知っていただきたいニュースですね。
池田で支援活動を始める前には、新潟はコメどころだからたくさん支援米が届いているんじゃないかなあ、どうしよう・・・などという話がなかったわけじゃありません。でも実際に行ってみると、池田からのコメが最初の支援米だったと聞いて驚いた。
一人分としては少ないかもしれないけれど、何とか全員に行き渡るといいですね。


今日はお昼ごろから大町の自動車教習所で、70歳以上の「高齢者講習」!!いよいよ来たか、です。
3時間の法定講習だというので覚悟はしていましたが、視力検査や運転機能の検査、運転実技などで結構早く時間がたってしまった。
会場にはご同輩が9名。3名ずつ組になって3種類の検査・実技に臨みました。車の実技は何とも運転しにくい乗用車で、マニュアル車だというのを忘れそうになりましたけれど、何とか無事終了。
終点の交差点の手前で「さあ、あそこまで行って終わりましょう」と講師が言うものだから、私は喜んだあまり一時停止を飛ばして、あとからチクリとやられた。
このあとは、免許証の更新が待っております。まだ後期高齢者のステッカーは張らなくていいんだよね・・・。



  1月9日(月)
深夜まで降っていた雪もその後はあまり降った様子もなく、朝には10センチほどの積雪。それでも除雪車が通り、ゆっくり寝て起きた頃にはもうすっかりメイン通りはきれいになっていました。
午前中は、太陽もまるで月のように見えるほど靄がかかったような状態で、気温も高め。午後には道はすっかり雪もなくなってしまいました。このあとは、あさってにかけて冬型が強まるとの予報でしたから、それまでにはすっかり雪もなくなるのでしょう。


この2,3日、公民館の使用許可取り消し問題について、私なりの意見をまとめていたのですが、一昨日のこと、もう仕上がっったと思ってタイトルを直していたら、突然ワードがフリーズ。全くウンともスンとも動かなくなってしまいました。結局ずっと2,3時間続けてきた作業はパー。全部消えてしまったのです。
マック時代にもよくそのようなことがあって、途中の保存だけはしっかりしておかなければと、そのときは心に決めたのですが、またまたやってしまった。こんなときは、パソコンを窓から放り投げたくなってしまいます。
1日おいて今日気を取り直して作業のやり直し。骨子だけは残してあったので、何とか3時間ほどで完成品に仕上げることができました。
まあ、今のところこれは私だけのメモ書きですので、ここで紹介するほどのものではありません。いずれ皆さんと相談し議論した上でしかるべき見解にまとめ上げる機会もあるでしょう。

何度もこの公民館問題の経過を振り返り、さらに法律上の問題も考えていて、なぜこんなことになるのだろうと思うことがあります。それは社会教育法の解釈の問題です。
社会教育法第23条というのは、公民館の営利企業の禁止と特定政党の利害に関する事業の禁止を定めたもので、条文はつぎのようになっています。

(公民館の運営方針) 第二十三条  公民館は、次の行為を行つてはならない。
一  もつぱら営利を目的として事業を行い、特定の営利事務に公民館の名称を利用させその他営利事業を援助すること。
二  特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること。
2  市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し、又は特定の教派、宗派若しくは教団を支援してはならない。



条文を読めば明らかなように、上のような解釈が成り立つ余地は全くありません。あくまで公民館運営者がおこなってはならない規定を定めているのです。
では、これの何が問題なのか。それは、上のゴチック部分を「公民館の利用者」にも適用できるとする解釈が結構多くの自治体に見られて事態を複雑にしていることです。
池田町教育委員会も「特定政党の利害に関する事業」を行ってはならないのは公民館の管理運営者だけではなく、利用者も同様であると明言しているのです(12月5日教育長発言)。
「およそ公民館という場所は」とでも読めばそのように無理にこじつけることは出来るのでしょうが、条文上は「モノ」を主語としてはいませんから、そのような解釈は無理です。
では、町民が公民館で利用者が「特定政党の利害に関する事業」を行ったときに、公民館側がそれに加担したと見做されるかもしれないから、そのような利用を許さないということなのか。これまた全く無理のある解釈でしょう。しかし、おかしなことに、多くの自治体では、この解釈がかなり有力なのです。
なぜこんなことが起こってしまうのでしょうか。私にはやはり自主規制というコトバがこの背景にはピッタリ当てはまるとみています。つまり政権政党への暗黙の配慮から自主規制をしてしまうという場合と、余計な面倒(たとえばクレームが殺到するのを恐れるとか)を避ける「触らぬ神・・・」という場合とのいずれかです。それしか考えられません。
もっともよほど自民党系の議員が圧倒的で役場もそうした色彩に染まっているところでは、意図的に野党系の集会などを閉め出す口実に使われているところがあるのかもしれません。そうなれば、逆に公民館が「特定柄政党の利害に関する事業」に加担してしまいますから大問題で、こんなのは例外的な場合ということになりますね。

では、文部科学省はどう言っているのか。一番新しい証言は中日新聞が昨年末に報じた文科省担当者の発言です。
記者は次のように書いています。

文部科学省社会教育課の担当者は、同法(社会教育法)に関し「特定の政党ばかりに使用を許可してはならないとの趣旨」と説明し、市民の政治的活動などでの使用は法的に問題はない、との見解を示している。

中日の記者が文科省の担当者にきっちり取材してこの記事を書いているのは当然のことです。
さて、そうだすると、教育委員会の使用取り消しは全く法的根拠を失ってしまいますね。一体どうこの事態を収束させるのでしょうか。
考えられることは、2つ。
1つは、あくまで自らの社会教育法の解釈にしがみついて矛盾をさらに広げるのか、あと1つはきちんと間違いを認めて、新たな公民館活動の前進に向けて町民と深く議論を重ねていくのか、ですね。後者の最もよいお手本は広島市の対応でしょう。広島市の各地域の公民館は一斉にこの案内を告知しています。

1月下旬、もしくは2月上旬には、12月末に提出した「質問と要求」に対する町の回答が出されることになります。その回答次第では、長期戦になる可能性があります。私達も手をこまねいて見ているわけにはいきませんからね。
どのような立場であれ、町民の社会的、政治的な活動が活発に行われ、議論が深められることは町の活性化には欠かせないことですから、そうした雰囲気を壊さないようにいろいろと仕掛けを考えていくつもりです。

とはいえ、私自身は、きちんとした話し合いの場で双方がよく問題点を付き合わせて合意点を形成し、よりよい公民館の運営が図られることを望むことが本心であって、ことさらに行政と町民が条文の解釈を巡って対立を深めるなどということがあってはならないと思っています。
もし、教育委員会が、日本国憲法の思想信条の自由や集会結社の自由などをしかりと守る立場に立ちさえすれば、問題は即座に解決する。なぜなら、町民が社会的・政治的な活動を活発に進めることは望ましいことなのですから、自民党であれ、民進党であれ、共産党であれ、無所属であれ、政党にかぎらない町民団体ならなおのこと、利用したい団体・個人にはひろく門戸を開けておけばよいだけなのです。それでもヘイトスピーチのような風紀を乱す言動が公民館で行われるなら、それは社会教育法とは全く違う次元の問題としてただしく処理すればいいのです。
解決の道すじは、文科省の担当者や広島市がすでに示しているではありませんか。地域交流センターが建設に向かっている今だからこそ公民館使用許可取り消しなどという、不合理で違法な行為を精算して、新たな方向を目指すべきではないのでしょうか。



  1月8日(日)
南岸低気圧の影響か、池田は夕方からの雪が夜になって本格的になり、午後9時頃にはすでに10センチほどの積雪。今冬はじめてのまとまった雪です。
実は、今日は朝から妻とともに糸魚川に出掛けており、朝方は北アルプスも見えていたのですが、帰り白馬あたりから雪が強くなり、大町に入るとさらに多く、南に下るにつれて雪が増えていく典型的な上雪です。
低気圧が東に進むにつれて次第に冬型に戻っていくので、明日の午後には晴れるのではないかと思われます。明日は朝から除雪作業が待っています。

糸魚川に出掛けたのは、妻も5日の糸魚川行きに一緒に行きたかったという願い(用事があると思って声を掛けなかった)を叶えることと、私自身も今一度目火災現場をに焼き付けておきたいと考えたからなのです。
糸魚川では、先日案内してもらった道を辿って火災の現場をまわり、どのように延焼しどれほどの被害があったのかをつぶさに見てきました。
現場では昨日から重機も入って片付け作業に取りかかっており、社協の印を付けた人たちが多数手伝いをしていました。
現場を回っていたら、警察関係の人と思われる巡回の人から「あんたら地元の人か?」と声を掛けられ、「いいえ」と答えたら、さも迷惑そうに「午後から片付けがはじまるので、早々に引き上げて欲しい」と告げられました。見るからに火事場見物の人間と思われたのでしょうね。それもやむを得ないことと合点して、すぐに引き上げました。
上は、上越タイムスに簡単に紹介された1月5日の支援内容。下は今日の被災地の様子。



帰りは,例によって少しだけ魚を仕入れ、途中、小谷「道の駅」で温泉に入って暖まってきました。これではやはり糸魚川の皆さんには大変申し訳ないような行動ですね。それにしてもスキー客なのか、温泉の混んでいたこと。



  1月6日(金)
昨日の疲れもあってか、今日は午前中何もせずにだら〜〜り。午後はちょっとだけ外に出て知人と会い、その後昨日の支援活動の報告をまとめて、それを張り出してくれるというのでネットワークのMさんに託しました。
今日の信濃毎日新聞には、昨日の朝取材してくれた取り組みの様子が載っていました。


同じ今日の信濃毎日新聞の一面には、日本老年学会などが「高齢者は75歳以上」を提言したというニュースが一面トップで載っていました。
前期高齢者の65歳から74歳は「準高齢者」、90歳以上は「超高齢者」と呼ぶのだそう。その理由は、「医療の進歩や生活環境の改善により、10年前に比べて身体の動きや知的能力が5〜10歳は若返っている」と判断されるからなのだそうです。
若返っていると判断できるようになったことは喜ばしいことなのでしょうけれど、この区分は一体何を意味するのか。むしろ政治的な区分として高齢者への負担増の口実に使われるのではないかという不安の方が大きい。
年金支給開始年齢は後退、年金額も削減、ついでに医療費や介護保険の適用も利用者にどんどん負担を押しつけてくるという現在の政府のやり方では、「元気なうちは負担せよ、それができないなら早く死ね」と言わんばかりの政策です。
10年前と比べて5〜10歳若返っているという指摘は、私にはどうにもマユツバものとしか思えない。30年とか50年前と比較してというのならまだしも、わずかこれだけの期間でどうやって若返るのでしょう。10年前の70歳と現在の70歳とどこがどれほど違っているというのか。老々介護、介護地獄の入り口に立っている高齢者を、「お前ら、若返っているんだから、それなりに負担しろ」ということにしかならない。地獄地図を拡大するだけではないのかと私には思えてなりません。

そしてもう一つ、共謀罪の通常国会提出のニュース。「テロ対策」を口実に性懲りもなくこれを持ち出す安倍政権の狙いは、テロ対策などにはありません。政権批判をする勢力を根絶やしにすることこそ究極の狙いであり、機密保護法と双子の有事法制のひとつなのです。新安保体制の弱点をいかに補い、改憲勢力をいかに封じ込めるか、そこにこそこの法案の狙いがある。総選挙前にこれを通しておけば、多少自公勢力が減ってもいざというときには使えると踏んでいるのでしょう。
「気がつけば、身動きできない、何にもできない」という状態こそ、彼らの狙うところ。現に、沖縄でおこっていることはそのような事態です。
オスプレイの空中給油訓練を再開するというアメリカからの通達に日本政府はどう反応したか。
稲田防衛相は「原因を完全に特定するには至っていない」といいながら、「安全対策は有効」だとする米側の言い分を鵜呑みにして訓練再開を容認。「オスプレイが空中給油する能力を維持することは防衛や緊急時の対応の点から重要だ」と言うのです。
菅義偉官房長官も「防衛省、自衛隊の専門的知見に照らした結果、事故防止に有効と認められる対策を幅広くとっていると認められた」と強弁。いったいこれはどこの国なのでしょうか。骨の髄までイカレている。
辺野古の海では、またまた海保の例のボートがカヌーの抗議隊を蹴散らしています。浮具(フロート)を張り巡らして一刻も早く土砂を海に投入しようというのでしょう。権力をカサに次々と既成事実を積み重ねて、カネで県民を分断しつつ抗議者の無力感を誘おうという魂胆が見え見え。
共謀罪の矛先は、こうした粘り強い沖縄県民のたたかいにも向けられていると見破らなければなりません。



  1月5日(木)
今日は年末に寄せられた糸魚川大規模火災の義援金とお米を現地まで運びました。
糸魚川の救援窓口との折衝で、今日の午前中がいいという連絡が4日入ったために、都合のつくメンバーで代表団を組んで現地まで車で出掛けたのです。

お米を運ぶために軽トラ3台と大型乗用車1台を用意し、運転手と飛び入りのメンバーを含めて代表は5名。朝8時から米袋を車に積み込みました。これには妻も含めてネットワークのメンバーが何人か手伝いに駆けつけてくれ、重い米袋でしたが、難なく積み込みは終了しました。手伝ってくれた仲間のみなさん、ありがとうございました。




出発の場所には、信濃毎日、大糸タイムスの記者も来て、様子を丁寧に取材してくれました。大糸タイムスの記者は、直後に会社の許可を得て糸魚川まで同行取材してくれる熱心さ。頭がさがりました。
軽トラは積載最大重量が350キロ。そこへ30キロの米袋10袋を積んだのですから相当に重たい。途中のCSでタイヤの空気圧を調整して安全を確保。国道148号線を一路糸魚川に向けて車を走らせました。


今日は大陸からの寒気の張り出しで日本海側は雪の予報。案の定白馬に入った頃から雪が降り始め、道路も一面白くなっているところも見られました。しかし、小谷に入る頃にはほとんど雪もやんで、割と順調に糸魚川に到着することができました。

さっそく、糸魚川市役所脇の市民会館内に設けられた救援物資受付窓口へ。そこには社会福祉協議会などのスタッフが大勢待機していてがくれて軽トラが着くや否や、お米をテキパキと会館内に運び込んでくれました。また、そこには、ネットワーク矢口代表の旧友Kさんが待っていてくれて、終始役場との連絡や案内役を務めてくれました。






会館の中は、支援物資が仕分けされて所狭しとならんでいました。ただ、「個人による支援物資は受け付けていない」との張り紙も。まだボランティアの受け入れ体制が整わないため、無用な混乱を避けたいということなのでしょう。
お米を下した後、隣の市役所に行き、義援金を渡しました。これには糸魚川市の織田義夫副市長が対応し、矢口代表から義援金を受け取ってくださいました。






そのあとKさんの案内で被災地を一周。あまりの惨状に息をのむ場所も多数ありました。
ここでも矢口代表の友人と会って話を聞くと、住んでいた家は全部焼けてしまったけれど、新築したお店がかろうじて残ったとのこと。家財道具はもちろん趣味のレコードなどのコレクションなどもすべて焼けてしまい、もう「笑うしかない」とどこか突き抜けた感じで家の方角を見ていたのが印象的でした。
私ががれきと化した火災現場を見てすぐに連想したのは、3.11直後の女川の市街地。色は違うけれど、原形をとどめない町並みは本当にそっくり。
ただ、火災で命を落とした人が一人もいなかったのは不幸中の幸いでした。聞くと一人暮らしの高齢者は、社会福祉協議会のメンバーが動きたくないというのを説得して避難させたとのこと。とっさの判断が生死を分けたことがうかがえました。
もう一つ印象的なのは、焼けた家と何でもない家とが奇妙に同居していること。何がそのように分けたのか、神のみぞ知るということでしょうか。周り中焼けているのに、一軒だけ焼けずに残った「奇跡の家」(TVで放送された)も見てきました。現場をみれば、被災された方はもちろん、まわりの方々も生きた心地がしなかっただろうと想像されます。
















お昼には、これまた矢口代表のJC時代の旧友の旅館(料亭も)に案内してもらい、おいしい地元の魚を食べることができました。そこのご主人は、糸魚川全体が旅館といわず食堂といわずキャンセルが相次いで、経営が厳しくなっているので、何とかそれを支える活動をしようと準備中だという。こうして県外から支援に来てくれるその気持ちが本当にうれしいと涙ぐんで語っていました。
長野県の大北地域とは塩の道の仲間でもあり、これからも魚を食べに来たり海に来たりすることもあるだろうから、連絡を密にして復興を支援していこうと誓い合ったことでした。
そのあとは、昨年秋に音連れた能生の魚市場で魚を仕入れて、三々五々岐路につきました。小谷ではかなりの雪が降っていましたが、全員何事もなく池田に到着。一日の行程を無事終えることができました。


以下は、今回の支援活動の報告です。

届けた義援金 26万円
 (なお、義援金とネットワーク運営費合わせた募金額は29万5千円。運営費から、チラシの印刷代、新聞折り込み代、糸魚川への往復路燃料費などを支出しています)
届けたお米(白米) 1.2トン 餅米 少々
 (寄せられたお米はすべて支援米として持参)

町民のみなさまのお志に深く感謝申し上げます。副市長はじめ糸魚川でお会いした方々には、池田町の町民のみなさんの気持ちを届けに来たことをお伝えしました。



  1月3日(火)
妻が日記を再開しました。これまで「書かないのか?」と聞いても首を縦に振らなかったのですが、ようやく「ボケ防止」を名目に書くことにしたよう。気張らずに、その日の備忘録的にのんびり書いたらいいよと話しているところです。

そこにもありましたが、この正月は息子夫婦と孫、娘夫婦と孫(プラス子猫)の二組がやってきたために、家の中はてんやわんや。私たちの居場所もなくなりそうなほどでした。
おまけに娘の飼い猫は気が強くて、とにかく私を目の敵にする。大きくなっているうえに、昨年来た時と全く同じにギャ〜〜フウ〜の連続で大変でした。それに比べると我が家のハルはおっとりと構えて年を感じさせました。


さて、昨年末から準備がすすんでいたようでしたが、長野県の参議院野党統一候補として立候補し見事当選を果たした杉尾ひでやさんが、この1月29日に国会報告会を大北地域でやることに本決まりしました。大北実行委員会の話では、杉尾さんの都合のよいこの日に大町では全く会場が空いておらず、あれこれ当たってみて、ようやく池田町公民館と決まったようでした。
池田町公民館といえば、昨年12月以来、「町民の会」の会場問題で使用許可取り消しがあったばかり。衆議院での野党共闘を考えるこのつどいの会場としては許可しないうえに、現職の国会議員の国会報告会も認めないとなればそれこそ大問題ですが、しかし、よく考えてみれば、公民館の対応はやはりどこかヘンですね。
市民レベルと国会議員と、許可するしないの条件はどこがどうちがうのか。杉尾さんに会場許可を与えるということは、特定政党を利することにならないのか。現職の国会議員の報告会だからいいのか。
今度、私たちが提出した「質問と要求」への回答があれば、そのときにしっかり聞いてみることにしましょう。



  1月1日(日)
みなさま、新年おめでとうございます。
朝は相変わらず氷点下5度くらいでみな氷漬け。しかし、日が昇るとおだやかな日差しがそそいで、ハルちゃんもずっと外でひなたぼっこを楽しんでいます。
しばらく見ることもなかった庭の縁を見てみると、すでにフキノトウが大きくなっているではありませんか。一年の巡りを感じます。




少し前に、今から読み始めると書いた本に「地球白書2013-14」があります。全34章のうち、まだだ第6章までですが、そこまででも十分この本の警告が伝わってきます。
下の表をご覧下さい。これは、人類が確実に生き残れる地球の状態「地球の境界」という考え方にもとづいて、9つの指標を示し、それについて現状がどうなっているのかを明らかにするものです。(赤線は私によるもの)

このうち、生物多様性の「境界」は100万種に対して10。ところが現在の絶滅の速度はこの数値のふた桁以上だということです。

第6章「持続可能な漁業と海洋をめざして:生態系の破壊を防ぐ」には、海洋の温暖化・酸性化の恐るべき実態が書かれているのですが、「海洋の重大な役割と計り知れない価値にもかかわらず、政策立案者は『海の健康』に貢献するようなことは何もしてこなかった」という記述があります。
「海洋は地球の表面積の71%を占め、生物種の50%を支えている。世界では10億人が主要タンパク源を魚類に依存している。約5億人が食糧の供給源として・・・サンゴ礁に依存している」。「サンゴ礁およびマングローブは、人類にとって最大の価値を有する生態系である」という記述もあります。

こうした本を読みながら、我と我が身を振り返り生活を正していくことも必要だし、身近なところから問題をえぐり出し、深めていることがどうしても必要であると思わされます。そして、同時にそうした現象を引き起こしている根源である各国の政治・経済の現実を問い直さなければならないことにも目を向けざるを得ません。

生物多様性、海洋の健康という指標を考えるとき、沖縄の辺野古・高江の現状はどうか。政府が「海洋の健康に貢献することを何もしてこなかった」どころか、破壊に「貢献」している実態が日々明らかになっているではありませんか。
たかが、沖縄の一部の海域を埋め立てるだけだ。やんばるの一部を離着陸帯にするだけだと言うのでしょう。果たしてそうか。その海域とはどこなのか。そのヤンバルとはどのような地域なのか。いずれも米軍基地がなければ世界遺産に匹敵する重要な生物多様性の宝庫なのです。
生物多様性の喪失ということが、人類生存にどのような意味をもつのか、ほとんどの人は考えません。目にみえないからです。中学校で、食物連鎖という用語は学んでも意味は一向につかまれていない。ヤンバルでオスプレイが飛び回ったところで生物の多様性にどんな影響があるかなど誰にもわからない、そんな理屈で生態系が破壊されていってはたまりません。

ところで、ヤンバルの自然を守ってきたのは他ならぬアメリカなのだという言い方をご存じでしょうか。ネット上でも結構見ることができます。それには一理ある。手つかずの原生林が残っているのは広大な米軍基地の中であって、その外は乱開発に晒されて無残な姿になってきたではないか・・・というものです。
皮肉だとは思いますが、現象がそうだということを言っているにすぎません。だから、米軍基地が必要だという論理とも結びつくわけでもない。
中部から北部の米軍基地の存在で、沖縄県民はその外に身をよせるように生きてこざるを得なかった。復帰以来、本土資本およびそれと結びついた沖縄土建業界が利益目当てにどれだけの環境破壊をやってきたのか。基地や本土資本がなければ「乱開発」などということもこれほどひどいことにはならなかったことは明白です。
沖縄にとっても世界にとっても、北部の自然は貴重な財産なのですから、「地球白書」に指摘された知見に基づいて直ちに環境保全の措置を執るべきであって、そのためにも米軍基地は撤去する以外にない。

2017年は辺野古を巡って極めて激しいたたかいの年になるでしょう。「われわれは負けない。なぜなら勝つまでたたかいつづけるからだ」という言い方がよく辺野古や高江の集会で聞かれました。強がりではなく、道理がどこにあるのかということでしょう。
今年も「ウチナーときどき安曇野グダグダ日記」になりそうな予感。




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