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2月28日(金) 農作業つづく
いよいよ2月も終わり。 比較的暖かい日が続いているので今日も朝から畑へ。
残っていた古い畝のまわりの枯れ草を取り除き、耕運機で耕し、昨年購入していた堆肥を運ぶ作業。
太ももの筋肉痛が治らず、ぎこちない足取りで作業するのも楽ではない。少しずつ身体を動かしていると、そのうち慣れてくるんじゃないかな。



一通り耕したので、このあとは肥料を撒き、もう一度耕耘して、そのあとはどこに何を植えるか一年間の計画を立てた上で、畝づくりとマルチがけ。
最も早いのはスナップエンドウの植え付け。昨年種を撒いたものが1/3ほどしか発芽していないので、追加で苗を買わなければいけません。
続いて重労働になるのが、ネギの苗床づくり。穴を掘って藁や肥料を入れるのが大変。以前は1月頃からこの作業をしていたことがあったけれど、今年は寒い日が多かったのでこれから急ピッチでやらないと。また、タマネギやニンニクは追肥を待っているし。

4月に入ったらすぐにポットに種をうえつけて苗作り。これと並行して夏野菜の畝を立てていく作業が本格的になります。
昨年は、新しい土地だったので、耕耘しながら畝をつくるという新規開拓でしたが、今年は2年目。多少はやりやすいのかなと。しかし、去年植えたところに同じものを植えるわけにはいかないので、やはり最初の計画が重要。

本命はトマト。おいしくて大きい実がなるようにしたいなあ。
夏には、いつも失敗しているスイカ、何とか大玉の立派なものができるようにするぞ。
欲をいえばきりがないが、余った作物は多少でも食糧支援にまわせるように工夫をしたい。



2月27日(木) 腰痛、歯痛、筋肉痛
日差しはたっぷり、風もほぼ収まったので、午前中畑にでかけた。
昨日ゴーヤーやヘチマの支柱を解体し、その周辺の作物の残骸を集めておいたのですが、その枯れた残骸に火をつけて燃やした。
乾燥しているので、周りに延焼するものがないかどうか、風向きはどうか、燃やす量は適切か、完全に消火したか・・など、とにかく細心の注意を払って燃やしました。
乾いているのでほとんど煙は出ず、比較的早く燃え尽きたのでよかった。例の山火事のこともあるし、それ以後何度も見に行っては火のないことを確認したことでした。

燃えさかる火の熱というのはものすごいもので、顔が焼けるように熱い。タオルで目から下を覆ってもあまり効果がない。ほんの少しの枯れ草木でもこうなのだから、テレビで山火事などの映像を見ていると、どれくらいの熱量なのか想像もできない。

昨日・今日の作業で、腰の痛いこと。筋肉痛もひどい。休み休み作業していても、この冬の怠惰な生活のおかげで、身体が言うことをきかない。物価高騰で懐も痛い。何か痛快なことがないかしら。

***

午後からは歯医者で「親知らず」を抜いてきた。
この歯が生えてくる頃は20歳ころだから、親も知らん顔をしているという説や、その昔寿命の短い時代には、生えてくる頃には親はもういないという説・・いろいろだが、私の場合は1本だけ残っていて、それとかみ合う歯がない。定期検診で、親知らずが虫歯になっているので、抜いた方がいいでしょうと告げられ、今日処置をしてもらったという次第。

「親不知」には「生まれた直後に他人に養われ、または孤児となって、生みの親の顔を知らないこと、あるいはその子」を指すとネットには出ていた。
「親不知」は富山から糸魚川に至る難所(断崖絶壁)の地名でもありますね。
歯の親不知と関係はなさそうで、地名の方は正式には「親不知・子不知」と言う。
「断崖絶壁の波打ち際を駆け抜ける際に親は子を忘れ、子は親を顧みる暇がなかった」ことから名づけられたとも、源平の世、越後に移った平頼盛に会いに行く妻が、赤ん坊を波にさらわれ、その悲しみを詠んだ歌「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」に由来するとも。これもネット情報。

もとい。親知らずの抜歯は一般の歯医者ではやらないと聞いたことがあったので、さぞ難しいのかと思っていたら普通の抜糸と同じで意外と簡単。麻酔注射は相変わらず苦手で、のけぞりたくなるが、それを超えればあとは任せるだけ。
何だかガタガタと歯を揺すっていたかと思ったら「はい、抜けました」。30分ほど止血のためにガーゼを噛んでいたあとは、次回の予約を薬をもらって直ぐの帰宅となりました。一件落着。
ただ、歯科センターは3階にあるので、そこまでの階段を上るときの筋肉痛と言ったら。

***

3時頃、松本から池田まで車で走っていると、遠く北アルプス全体に霞がかかって、これはもう4月頃の陽気。車の中は暑いくらい。
3月に入るとまた3日あたりから寒くなるという予報ですが、まさか雪にはならないだろうな。



2月27日(木) 「私たちのファシズム」
国会での予算をめぐる自公と維新、自公と国民民主とのやりとりは茶番です。

その理由の第1。維新との「合意」ができたとたんに国民との折衝は打ち切り。予算成立に取り込むことだけが自公の狙いだったことが明白。

第2。維新や国民との折衝も闇取引のようなもので、国会での議論抜きに結論が出てしまっている。国会運営のルールの上に自分たちの取引を置き、政治のあり方を根本から歪めている。

第3。これまでも自民党政治の先兵役を果たしてきた維新を取り込むことが最大の狙いであったことを「合意」が示している。教育費の軽減はどの政党も訴えてきたことであって、維新の手柄などではない。むしろ、社会保障費の削減への道筋をつけたことが自公にとっては大きい。

第4。この予算案に含まれている軍事費の異常突出、大企業への奉仕という側面は一切触れられず、国民の目をそらす結果しか生んでいない。

ここでは、とくに上の第3、第4の問題について考えてみたい。
自公にすれば、どうすれば予算の賛成をとりつけ、自陣に取り込めるかしか念頭になかったことは明らかだし、維新、国民民主ともに恒常的な財源措置の提案もないのだから、高校授業料の「無償化」にしろ、103万円の壁にしろ、その実現の方途は自公任せ。 しかも、ワン・イシュー以外の要求で国民の利益にかなう問題はすべてスルー。

維新に至っては、教育費と並んで要求している「社会保険料の引き下げ」は4兆円の社会保障費のカットとセット。
維新の政策を見ると、次のように説明されています。

日本維新の会は「次世代のための政党」として、①医療介護産業の生産性革命、②持続可能な水準の応能負担、の2つの方向性に沿った改革により、国民の医療費の総額を年間で最低4兆円削減し、現役世代1人当たりの社会保険料負担を年間6万円引き下げることを目指します。

当然、診療報酬の引き下げ、病院の統廃合などの医療体制の縮小、患者負担の増大、医療への市場原理の導入などで、国民が安心して医療を受けられる体制を作ることとは真逆の事態を引き起こすことになります。自公政権が狙う社会保障費抑制策の先兵ともなる政策であるといえるでしょう。

***

予算を見ると、2022年⇒25年度で、社会保障費-1.7%、文教・科学費ー0.4%、公共事業費ー0.7%など軒並み減っているのに対して、軍事費だけは+4.2%と突出。しかも、その増え方は異常です。
(下の表はしんぶん赤旗2/15





過去最大8兆7千億円の軍事費を削ることを要求しているのは日本共産党のみ。これは対米従属を続ける自公の聖域ですから、手をつけることはタブーというのが各党の共通認識なのでしょう。
暮らしを圧迫する大きな要因の一つがここにあることを見なければ、予算審議は話にならない。

野菜、加工食品などの物価高騰、米の異常値上がり、燃料費の高騰など家計を直撃する事態に、全く無策としかいいようのないのが現在の自公政権。以前から指摘しているように、減反を強要し農家の米離れを加速し、野菜農家の経営を成り立たなくさせている農政に反省の色もないのだから、農林水産予算を抜本的に増やして農家を守る観点など更にありません。

法人税減税、大企業優遇税制などを問題にすることもなく、税制のあり方にメスを入れるという観点も共産党を除く野党にはほとんどありません。

***

こうした政治の現状を見ると、辺見庸さんが「抵抗論」で書いていたある一文が思い出される。

新しいファシズムはかならずしも強圧的ではなく、「公共の福祉」の名の下に人々に柔らかな合意をとりつけるそれである。・・・いまふうのそれ(ファシズム)とは、合意をたてまえとし、われ知らず内面化された「私たちのファシズム」である。それはよく語る者たちへの幻想でささえられている。

「よく語る者たち」というのはこの文脈ではジャーナリストやキャスターなどだが、現在でいえば、維新や国民民主の政治家の皆さんなどではないのか。朝のニュース・ショーなどでよく顔を出す評論家の皆さんもその部類でしょう。
ワン・イシューだけを注目させるように、メディアそのものが視聴者に「柔らかな合意」を内面化させていく。
最も大切なことは何であるのかではなく、最も耳目を引くことは何か、最も視聴率を取れることは何かしかないのだから、予算案の根本を掘り下げることなどとうの昔に放り投げ、「国家意思への合意形成と抵抗の無力化に寄与している」(抵抗論)。

予算審議の裏でどのような事態が進行しつつあるのかを見ておかないと、気がついたときには「私たちのファシズム」に身動きが取れない自分を見いだすことになるのかもしれない。



2月26日(水) 侵略の定義
1974年12月14日、第29回国際連合総会で「侵略の定義に関する決議」が採択された。
ただ、このときに「侵略の定義に関する決議は国際連合安全保障理事会が侵略の事実の有無を認定する際の指針という性質を持つため、公開協議の場では侵略の定義に関する決議を直接参照することについては慎重論が根強く、日本政府も同様の懸念を表明した」(Wiki)のだという。
しかし、この定義が国連総会で採択された意義は大きく、その後の侵略行為を断罪する指針として生き続けている。

ところが、2013年には安倍首相が国会答弁で「侵略という定義は学会的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係でどちらから見るかで違う」と述べたことは当時大きな問題となった。
安倍首相の頭には、定義採択以前の満州事変以降の日本軍の行為は侵略にはあたらないという認識があったと言われることがある。
しかし、1933年2月のジュネーブ軍縮会議の席上でソ連から「侵略の定義に関する条約」が提案され、その際は軍縮会議では成功しなかったが、同年7月には何カ国かの間でこの条約が成立したという(「世界史の窓」参照)
歴史的事実や、国連総会での定義そのものを読めば。安倍の認識がいかに誤っていたかは明らかであろう。

1974年の「侵略の定義に関する決議」は第1条で次のように述べる。

第一条(侵略の定義)
侵略とは、国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使であ って、この定義に述べられているものをいう。

第3条では、どのような行為が侵略行為となるかを(a)から(g)まで定めている(ミネソタ大学人権図書館)。

***

3年前からのロシアによるウクライナ侵攻の全過程をつぶさに見れば、ことごとく第3条(侵略行為)に該当し、その行為が侵略そのものであることは明らかとなる。
もっとも、国連安保理事会で認定される以上、現在のロシア、アメリカの状況を見れば、この侵略の定義そのものが無視されており、国際法そのものが有名無実のものとして葬り去られようとしている。

アメリカの国内でこの事実が徹底的に暴かれ、トランプの手を縛らない限り、世界は数世紀も逆戻りし大国による暴力の支配によって再分割されることになる。
ヨーロッパでも勢力を伸ばしていると言われる極右も、自国の利益のみを問題にしており、世界史的な観点で政治を動かすことは全く念頭にはない。

2度の大戦を経て、世界史の流れは「進歩」と見られる歩みを続ける一方で、その狭間から過去の亡霊がうごめきだして逆流の汚水を流し続ける。それを辛うじて国際的な「良識」が食い止めてきた。だが、それすら亡霊の首領のような男の登場で破綻の淵にあるのであり、このまま放置すれば世界は瓦解する。果たして救いはあるのか。

国際法によって築かれた世界史的な到達点を逆戻りさせることを許さない声と運動が、現在の局面での最大の課題なのではないか。その声と運動の地熱を高め、そこから湧き出た人々の良識と連帯が巨大な流れとなるよう努力を重ねるべきだろう。それこそが、次世代への私たちのつとめだといえる。

淡い期待だが、地球環境問題で切り口を開いたグレタのように、未来に生きる少年あるいは少女の訴えと行動が人々の眠りを覚ますことがあるのかもしれない。ないのかもしれない。
確実に言えることは、誰かにそれを委ねるのではなく、思い立った人がすかさずたゆまず声を上げ続けることだけが希望への光とも土壌ともなる。



2月25日(火) りょうこさん
今日は、ようやく暖かい日差しが戻って春の兆しが感じられるようになった。いよいよ明日から本格的に畑の作業開始。



NHKの「量子もつれ」(再放送)を見ていたら、頭の中がもつれてきた・・いや、「もつれ」がいよいよ拡大してきた。
頭のもつれは結構な範囲に広がっているらしい。

テレビの録画用チューナーのDVD取り出し口が壊れ、テレビの画面には常に「トレイが開いています」と表示されて久しい。ずっと表示されるものだから、それを見る度に私の頭は「トイレが開いています」と読み取ってしまう。もつれている。
この手の読み取り間違いはいくらでもあって、「ひつまぶし」を「ひまつぶし」と読んでチコちゃんに叱られる。どうやらこの2つは他の方々にとっても1位、2位を争うらしいから、私だけの「もつれ」ではないようなのでちょっと安心。

一輪車の輪っかが壊れて買いに行ったら店先に「ノーパンクタイヤ」と表示されていた。思わず「ノーパン」のタイヤを売っているのかとドッキリ。「ティーパック(正しくはtea bag)」を「ティーバック(T back)」と読み間違えて赤面した経験もあったかもなあ。
「シミュレーション」と「シュミレーション」、英単語を介さずにカタカナだけで物を言おうとすると「もつれ」が起こる。

さすがにまだ量子を「りょうこ」さんと読んだりはしないが・・・そういえば、学生のころ、量子さんという友人の彼女がいて、"りょうこさん"を連呼していたことがあったなあ。どうしているだろう。
話がずれた。同じくまだ「粉骨砕身」を「粉砕骨折」と読んだりはせず、口ポカンを「ろぽかん」と読んだりはしないけど、歳をとるにつれてこれも怪しくなっていきそうだ。砕身(!)の注意を払わないとイカン。

***

昨日の午前中から昼過ぎにかけて白馬へ。来月初旬に予定される市民劇場の公演が、今回は会場の都合で白馬村に変更になったのです。そのため、場所の確認と雪の状況の下見に出かけたという次第。

いつものことながら、池田町は全く雪がなくよいお天気。大町の入り口には少し雪が残っており、大町を北進するにつれて雪が深くなる。木崎湖・青木湖を過ぎる頃にはかなりの積雪。 ただ、道路は乾燥しているため走行には全く問題なし。

白馬さのさかを過ぎると住宅の屋根には数十センチの雪が積もり、除雪の雪で道路の脇には壁ができていて、さすが白馬村の冬景色です。



会場は白馬村のウイング21。道路標識では左折となっているので、これまで私も妻もてっきり左に会場があるに違いないと思い込んでいたのですが、実際は直ぐに右折し元に戻るように国道と大糸線をくぐって国道右側に出るという道順。確認しておいてよかった。

会場の駐車場は除雪が進んでいるといっても、雪の捨て場がないため周りにうずたかく雪が積まれ、通常の2/3くらいしか駐められないのではないかと思われました。昨日も何かイベントがあったらしく沢山の車が駐車。

このあとは、気温が高くなり天候も落ち着くだろうから、公演日には車で行っても大丈夫だろうと確認して帰途につきました。久しぶりに二人仲良くドライブ。



2月24日(月) 赤毛のアン
ずいぶん昔のことですが、三友社が出していた中高生向けの英語の読み物をいくつか買い集めたことがありました。結局まともに読まないまま放っておいたのでしたが、思い起こしてまもなく中3になる子といっしょに読んでみることにしたのです。
しかし、内容を十分に知っておかなければと考え、丁度運良く再放送が始まったデジタルリマスター版のドラマ「赤毛のアン」を観たのでした。

実は、本の名前だけは知っていても、少女の成長の物語か、という程度の認識しかなく、読みたいという気にもならず、とうとう現在まで来てしまった。
若い頃に読んで、現在のような気もちで接することができたかどうかは疑問ですが、この年になって見聞きしたからこそ、感慨深く心に染みこんできたのかもしれません。

13歳の孤児アンが「紆余曲折を経て、プリンス・エドワード島に住むマシューとマリラの養子となり、さまざまな騒動を巻き起こしながらも周囲の人たちの愛情を得て成長していく姿を生き生きと描く」(NHKの解説)ドラマ。長い間こんなにも世界中で愛されてきた理由がよく分かります。
おしゃべりで空想の好きな少女の成長の一コマ一コマが、形を変えて現代でもしっかり通用する豊かさを持っていることに驚嘆します。

***

昨日は、映画会と銘打って、勉強に来てくれている子の家族(本人と母親と妹)を招待して「赤毛のアン」の前編をいっしょに鑑賞したのです。
子ども達と同じ年頃の少女の物語ですから、みんな食い入るように画面に見入っていましたっけ。後半は録画してあるから、帰ってから観ると言っていました。
これからの学習も、こうした背景の映像があれば、きっと意味のあるものになるに違いない。そう信じて、若い世代のこれからの成長に期待をつなぐことにしましょう。

下のリンクは2月15日にしんぶん赤旗のコラムに載った「赤毛のアン」についての一文。タイムリーでした。
赤旗コラム「潮流」

***

今月の22日、「小学校英語で英語教育はどう変わったか~英語ぎらいはなぜふえるのか」と題する「教科書を考えるシンポジウム」が開かれたというニュースが今日の「しんぶん赤旗」にの載っていました。
それによれば、そこで講演した和歌山大学名誉教授の江利川春雄さんの報告の骨子は次の通り。

① 政府・財界が上位1割の「グローバル人材」養成のために小学校で英語を教科にすることを進めた。
② 2020年から小学校で英単語を600語学び、中学で学ぶ単語が2倍になった。
③ 教科化後に「英語が嫌い」と回答した小6生が8%増え、中学教員の7割が「教科書の内容が難しくなった」と答えている。
④ 学力格差が広がり、全国学力テストの「書くこと」の正答率は4年前から半減し24%だった。

2023年度と2019年度の比較が産経新聞に載っていました。(下は産経新聞より)



私も実感として英語は全体として難しいと感じますね。果たしてどれだけの生徒がきちんと聞く、話す、書くという力をつけているのでしょうか。大変疑問です。



2月23日(日) ドラマ「憶えのない殺人」
NHK特集ドラマ「憶えのない殺人」。私の世代からみると身につまされる切実なドラマだった。
あらすじは番組の紹介に任せるとして、認知障害が遠からずやってくるかもしれないという恐れは、高齢者世代であれば誰もが感じている。
普段の生活では、自分だけはそんなことはないだろうとほとんど気にしていないことが多いのだが、たとえば、人の名前や土地の名が出てこない場合にふと不安になるのだ。

身の回りにその気配のある友人・知人がいればなおさらのこと。
私の場合は、母がそうだったからなおのこと、ひょっとしたら遺伝的な形質があるかもしれないと思ってしまう。認知障害は、自分では気がつかない場合がほとんどで普段意識することがないからなおさらだ。
妻とは冗談半分に「なった者勝ち。そのときはよろしくね」と言い合って済ましてはいるが、このような番組を観ると、なかなかどうして、考えざるをえなくなる。

***

母のことを少し思い出してみる。
一人暮らしをしていた母の様子がおかしいと妹から連絡を受けたのが1997年あたり。母が75歳の頃だったと思う。紙パンツを洗濯機で洗うようになったり約束を忘れたり、いくつかの異常な行動が目につくようになったのだった。
私はその頃、単身東京で仕事をしていたので、妹が頻繁に訪問して世話をしていたのだが、次第に独りでの生活が不安になり、母を交えて兄弟妹3人が集まって誰が世話をするのかを相談した。母の希望も入れて結局私が東京に母を引き取ることになったのだった。

東京での始めの2,3年(東京町田市のアパートに二人で住んでいた)は、私が仕事に出かけている間はヘルパーさんの力も借りて何とか一人でいる時間もやり過ごせたのだが、次第に妄想がひどくなり、夜になると意識が小学校教師をしていた20年、30年前に戻って、目の前に子ども達が見えたり、校長が呼んでいるからと外に出かけていくことも起こるようになった。
後をそっとついて行くと、近くの交差点で行き先が分からなくなり立ったまま動けなくなっていた。

やむなく、玄関にバリケードを張り巡らし、寝ている間に私の布団に来られないようにしてはいたが、そんなことが長く続くわけがない。
何より、いままでしっかりしていた母が次第に壊れていく様子を目の当たりにすることは辛いことで、私自身の思い通りにならないことに腹をたてて、何度も茶碗をたたき割ったこともあった。

むかっ腹をたてて怒鳴り散らしたりした後は、必ず後悔にさいなまれ、何とか平衡を保とうと努力したが、結局同じ事の繰り返し。ある日のこと、仕事に出かけるときにダイニングの椅子に座っていた母が帰ってくると同じ姿勢でずっと座っていたことがあった。お前の帰りを待っていたのだという。本当に済まないことをしたと涙が流れた。その姿が今でも目に焼き付いて離れない。

そして2003年頃のある夜、職場に警察から電話がかかってきた。母が部屋を抜け出し、下の階までふらふらと出て行って自分のいるところが分からなくなり、通りかかった住人に「助けてほしい」と頼んだらしい。警察がどうやって私の職場を知ったのか、いまだに疑問なのだが、慌てて部屋に戻るとパトカーから消防車までがアパートの前に停まって異様な雰囲気。
事情を聞かれ、大したことがないと分かってその場は収まったが、もうこれ以上母を一人で置いてはおけないと悟らされた事件だった。

やむなくその年度の終わりに仕事を辞めて介護に専念することとし、母をしばらく高齢者施設に預け、二人で住むことのできる場所を探しに出かけたのだった。

***

母は、小学校の教師として40年近く勤め、それ以外の仕事は知らない。ドラマの警察官もある意味ではよく似たような境遇にあった。
学校であれ警察であれ、沢山の人間とは出会うけれど、仕事としてはその職務だけしか知らない。極めて狭い世界の住人だったのではないかと思う。
母の妄想の中で、まるで前に子ども達がいるように授業をしてみたり、校長から呼びだされている声が聞こえたりするのは、結局は学校教師という職務が骨がらみになっており退職後も抜け出せていないことの証左だと思われる。

人のことは言えないのかもしれない。私も母の症状が出た歳をすでに過ぎており、いつ問題が発生してもおかしくない年代なのだし、ここで書いていることも、もうかなり怪しくなっているのかもしれないのだから。
問題は、症状が発生した場合、一人で抱え込むのではなく、どれだけ沢山の目で支えられるかが大切なのだと思う。
異常な人間扱いせず、普段の地域生活に包み込み、重症ともなれば施設できちんと世話ができる、そんな社会でなければならないはずだ。



2月22日(土) 介護事業所の苦境
トランプの妄言は収まらない。21日のラジオ番組で「プーチン氏が望めばウクライナの全土を占領できるだろう」と述べたのだという。
もはや妄想の域に達している。ロシアといっしょにウクライナを自分のものにしたいのかもしれないが、思い通りにいかないことにイラついているのか。

***

昨日のしんぶん赤旗(日刊紙)は、長野県高山村で、訪問介護事業所が2カ所からゼロになり、消滅したとのショッキングな実態が詳細に報道されていました。今後「シリーズ介護保険25年」として、継続して報道していくとされ、現場の実情や体験などの情報提供を呼びかけていました。しんぶん赤旗の真骨頂ともいうべき報道です。



高山村では、昨年9月末に社協の事業所が閉鎖。その後全利用者を引き継いでいた事業所が10月末に休止の意向を県に連絡したのでした。このときに休止した民間事業所を利用していた高齢者は訪問介護、介護予防訪問介護を合わせて45人(うち村内27人)。

なぜこのような事態に陥ったのか。
記事によると、この事業所ではヘルパーら職員5人が昨年6月から10月の短期間に退職。国が定める訪問介護の人員基準(常勤換算2.5人以上)を満たさなくなったというのです。
退職5人のうち最後に辞めざるを得なかったのは事業所のサービス提供責任者。精神的に追い詰められ、これ以上体が動かなくなり続けられなくなったとの証言が紹介されていました。

昨年4月に、自公政権が訪問介護の基本報酬を2~3%削減し、引き下げ後の報酬が6月頃から事業所に支払われてきたため、6月末から12月末までの訪問介護事業所がゼロになった自治体は10カ所増えて97町村から107町村に、その影響もあって残り1カ所が5カ所少なくなり、277市町村から272市町村になっています。長野県は1増えて10自治体が事業所ゼロ。
下の図は2025年1月10日付けしんぶん赤旗より。





小規模自治体にとどまらず、都市部でも事業所の廃業が広がっていることが明らかにされています。
東京都では、上半期の足立区8件、大田区6件、練馬区5件に続いて、昨年6月以降では世田谷区で9事業所が廃止。都内全体では上半期(4月~9月)に事業を廃止した事業所は82件にのぼっているのです。

人手不足、介護労働者の高齢化による継続困難、営業危機の根源には、介護報酬の引き下げとケア労働者の低賃金があることは明白。
政府は、2023年に発表した「介護事業経営実態調査」(厚労省)の結果、訪問介護事業所の収支差率が他のサービスに比べて高いことを介護報酬の引き下げの理由としているようですが、現場からは 「想定外で怒り心頭」「厚生労働省は現場を知らない」などの声が上がっているといいます(東京新聞)。
その後の倒産、廃業などの急増がそれを裏書きしていると言えます。

保険医協会は、これらの実態について次のように述べています。

訪問介護などの基本報酬を巡る審議で、厚労省は「訪問介護の収益率は7.8%の黒字だ」と引き下げの理由を示しました。しかし、実際には一部の大規模事業所が平均利益を押し上げているだけで、36.7%が赤字になっています。また、規模が小さいほど利益率が低く、1カ月の訪問回数が400件以下の事業所では平均利益率が1.2~1.4%と、ほとんど利益がない状況です。

池田町では、6月議会で「訪問介護報酬の引き下げ撤回と、介護報酬引き上げの再改定を早急に行うことを求める陳情書」が採択され、各地の自治体からも抗議と引き下げ撤回を求める意見書、陳情、請願が採択されています。しかし、自公政権とその取り巻きには全く聞こえてはいないようです。

人間が生きるための根幹を、すべて自己責任として突き崩し、カネさえあればどんなことでも出来る少数者と、生きることさえままならぬ多数者とに分断していく社会をもたらしているのは、誰なのか。



2月21日(金) 魑魅魍魎
アメリカのトランプ大統領は、18日次のように語った。

ウクライナが『交渉の場に席が無い』と憤慨しているらしいが、失望しました。この問題は何年も前に簡単に解決できたはずだ。半人前の交渉人で事足りた話だ。そもそも(戦争を)始めるべきではなかった。取引できたはずだ。

またSNSでも次のように書いている。

そこそこ成功したコメディアンであるゼレンスキー氏が、アメリカ合衆国を説得して3500億ドル(約53兆円)もの資金を出させて、勝つことのできない戦争に突入させた。この戦争は、そもそも始める必要がなかったのだ。
“選挙なき独裁者”。ゼレンスキー氏はすぐ行動しなければ、国が消滅するだろう。

ロシアのウクライナ侵略を、ウクライナが始めた、ゼレンスキーの支持率は4%だ、選挙なき独裁者ーーこともあろうに、アメリカの大統領が平然とウソ八百を並べ立て、侵略されている側を中傷する。
洪水のように新しい政策を流すやり方を「FLOOD THE ZONE/情報洪水」というのだと、さも1つの政治戦略であるかのようにもてはやす向きもあるが、「狂気の暴走」と読んだ方がよろしい。狂っているとしか言いようがない。これでもトランプの支持率が40数パーセントあるとの報道もあるが、それらの支持者もまた魂を抜かれ狂気の中に投げ込まれているとしか見えない。

どうやら、トランプの狙いは、ヤルタ2.0と呼ばれているように、大国=アメリカ、ロシア、中国=で世界の領土再分割を行いたいところに収斂するらしい。
以前から主張しているように、トランプはウクライナの資源獲得の野望を隠そうともせず、それが「ディール」なのだと考えているらしいが、ことごとく戦後の国際法が定めた秩序をぶち壊し、自分の都合のよいように作り変える。

余りの乱暴狼藉に、これがトランプだとあきれ顔で論評する気にもならないという空気を作り出し、さらに都合のよい環境を作り出していくというのが彼のやり方なのだろう。どんな小さな無法行為であっても見逃さずに徹底的に批判し尽くす。そのことを忘れてはならないだろう。

相手をフェイクだと言いつのる人間ほどフェイクを愛する。正義などという言葉は金の前には無力だという「哲学」にとらわれていれば、不正義も正義になってしまう。

***

作家・ジャーナリストの辺見庸さんが、かなり前に出版した「反逆する風景」の一節「ファシストのいる風景ー1991年」で面白いことを書いていた。
まだ通信社の記者をしていた彼が、旧ソ連が崩壊するまさにそのとき、サンクトペテルブルクに取材に入り、そこで出会った人々について書いている。

まず1人目は、道路に直立不動で立っていた20ちょっと過ぎの青年。ヒトラーの「我が闘争」を胸に掲げていたのだという。
その彼に「君はソ連のファシストか?」と単刀直入に聞いたところ、「いえ、ぼくは民族社会主義者です。ロシア人は少数民族に奉仕する従者ではなく、偉大な主人公にならなければなりません。民族と経済と政治を統合した新しい政体がいま必要なのです」と答えたという。さらに「バルト三国の独立は許しがたい、あの3国ではロシア人がのけ者にされている。手を打つべきだ」と続けたのだとも。 「我が闘争」は直近の2ヶ月で1000冊売れたのだそうだ。

2人目は、保守派政治団体議長のニーナ・アンドレーエワ女史。
「ペレストロイカなんか搾取階級を生み出す反革命なのよ。ブレジネフもダメ、フルシチョフもダメ、やはりスターリン時代に戻らなくては」と力説したのだそうだ。
辺見さんは「ああ、不勉強だった。こういうおばさんもソ連にはしっかり生き残っていたんだと呆れて、口が半開きになってしまった」と感想を述べていた。

3人目は、サンクトペテルブルクのテレビの人気キャスター、アレクサンドル・ネブロゾフ氏。姿を見せると女性がきゃ~~と駆け寄ってくるほどのスター、ハンサム男。そして、徹底的な反共主義者。
ところがリトアニアへのソ連軍の軍事介入は断然支持するといい、ロシア民族の危機をしきりに訴えるのだと。歯舞・色丹など北方4島の話になると、ひどく気色ばんで「返還しなければならない謂われは毫もない」と言い放った、と辺見さんは記している。

これらを見据えた、辺見さんの次の一節は実にうまく当時を活写している。

ペレストロイカが古井戸の蓋をこじ開けたら、いろんな顔をした魑魅魍魎が陸続と飛び出してきた。ソ連の社会主義とは単に古井戸の蓋に過ぎなかったのではないかと思われるほど、苔の生えた井戸は化けものたちでいっぱいだったのだ。

そして、辺見さんは、この3人に「共通する分母」(公分母)は何かを考察する。そして、次のように続ける(太字は私の強調)。

「危うい分母」ができつつあるといっていい。それは、ある種の切迫した民族的情緒であり、みずからつくったじり貧状況を他民族のせいにする大国的感情であり、傷ついた民族の誇りであり、長いこと隠されてきた暴力的衝迫である。この公分母とは、再び古典的レーベルを持ち出せば、民族排外主義というやつかもしれない。

プーチン大統領の言動を見聞きしていると、何だかこの魑魅魍魎がすべて体内で増殖し蠢いているのではないのかと思われてならない。



2月20日(木) 映画「ブラック・ボックス・ダイアリーズ」をめぐって
2015年、伊藤詩織さんは、就職の相談をしていた元TBSワシントン支局長、山口敬之氏から性被害を受けた。しかし、当の山口氏は逮捕直前に当時の菅官房長官に近い中村格警視庁刑事部長によって逮捕状は阻止された。
その後裁判で伊藤さんは勝訴、2022年7月に最高裁は山口市の上告を退け、山口氏に332万円の賠償を命じた東京高裁判決が確定した。

その伊藤詩織さんはその後自ら監督してドキュメンタリー映画「ブラック・ボックス・ダイアリーズ」を制作、アメリカやブラジルなど世界各地の50以上の映画祭で上映されてきた。
映画祭ではすでに18の賞を受賞し、2025年・第97回アカデミー賞で、日本人監督として初めて長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされたという。

だが、日本でこの映画の上映計画はない。
それには理由があり、実は大きな問題が持ち上がっていた。
その問題として、この映画では第1に、裁判以外では使わないと約束してホテルが提出した防犯カメラ映像が許可なく使われていること、第2に、伊藤さんをゲストに招いた女性記者らの集会の映像に映り込んだ人から「使用を許諾していない」との声が出ていること、第3に、タクシー運転手や捜査員の映像や音声が無断で使用されていることなどが挙げられている。

過去に伊藤さんの弁護団を務めてきた弁護士は、こうした点を指摘し、作品の修正を求めてきた。田中優子さん代表の女性団体も、許諾を得られなかった部分を削除するなど再編集を求める要望を出した。(東京新聞2月17日
伊藤さん側は、それらの一定部分を受け入れて、海外で公開済みの作品に編集を加えた修正版を作成した。
そして、この問題を巡って、伊藤さん側と、伊藤さんを批判してきた元弁護団が、今日20日に日本外国特派員協会でそれぞれ記者会見することになったという(東京新聞2月19日)。

伊藤さんはこの映画制作の意図を雑誌「世界」3月号に寄稿している。「世界」はウエブ版で異例の全文公開を行った。
ただ、この寄稿文では上記の批判については触れられておらず、あくまで性被害についての告発を自らの言葉で説明しようとしたものだ。

弁護士の方たちの批判も、あくまで許諾のない映像や音声を使用使用していることへの厳しい批判であって、伊藤さんの映画制作の意図や思いまで否定しているのではない。そうではなく、むしろ勝手な使用がかえって映画を貶めることになるとしていることに注目したい。
一方の伊藤さんも、私の目には、性暴力につながる風潮が色濃く残る今日、それを告発し粉砕する意図に駆られる余り相当に勇み足をしたという感は否めない。

伊藤さんは、寄稿文で次のように語る。

日本に限らず、社会、コミュニティ、人間の関係性のなかで生じる力の不均衡。あるいは権力の腐敗が引き起こす暴力やハラスメントに、この映画は光を当てている。
性暴力は必ずと言っていいほど、力関係の強いものから弱いものに対して行なわれる。

そうであればあるほど、双方が十分な協議を重ね、きっちりと決着をつけて、この映画の国内上映を成功させて欲しいものだと思っている。



2月19日(水) 近況報告
日本海側の広範囲にわたって大雪をもたらしている今冬最強クラスの、しかも長期にわたる寒波。EARTHの風の模様を見ると、低気圧がものすごいスケールに発達しています(下は昨日の映像)。



こんなとき、分厚い北アルプスの壁がどれほど強力な暴風・防雪効果を持っているのかがよく分かります。
池田町上空で雲が切れて薄雲に変わる。こちらは小雪がちらつく程度(今日は青空が広がっている)だから、雪国の大町から北とは全然違う風景です。何度も寒波が来ているのに、今年は雪がつもってもせいぜい2、3センチ。除雪をしなくても済むのは助かります。ただ、その分寒さはハンパではありません。

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今日は、ちゃんと間違いなくピアノのレッスンに行きました。
ハノン、ツェルニーとともに、今練習しているのはベートーベンの作と言われる(実は違うらしい)「さらばピアノよ」
大分前から少しずつ練習していて、前半はまあ、何とかなっているのですが、転調したところから途端に難しくなりさっぱりダメ。何とか弾けるようになるまでには半年くらいかかるんじゃないかなあ。
だいたい指が短いのでオクターブに十分届かない。あと5㎜長ければと親を恨んでも仕方がないし、引っ張って伸ばすわけにもいかないし、やれる範囲でやるしかない。練習、練習、練習・・・生徒に言うのと同じです。あと半年くらいしたらまた報告しましょう。

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一昨日先日救急搬送された病院の担当医から電話があって、信大での画像診断の結果「骨折あり」だった。受診してほしいと伝えられました。当日の担当が整形じゃなかったので、見落としがあったのかもしれないし、分からないほどのひびだったのかもしれません。
今日、診察に出かけて見てもらったところ、そう大したことはない、普段通りでよいとの診断だったので、妻も喜んでいました。
さっそく、また外出、外出。忙しいことです。

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昨日は、中学生のお勉強の日。
2年生最後の期末考査の結果を持ってきてくれました。多分学校でも最上位クラスに入ったんではないでしょうか。素晴らしい成績だったので、私も嬉しくなりました。
ただ、本人は、何だか浮かない顔。
あまり詳しくは言いませんでしたけれど、1つには不注意なミスで大幅に点を落としたことが悔やまれてならないということ、もう一つは対人関係での悩みがあるらしい。
中学2年生というのは、過去の塾の生徒達を見ていても、心の揺れ動くときなのです。みんなそれぞれに乗り越えて大人になっていくのですから、時間がかかります。
そのうち相談にのってほしいと言っていましたから、じっくり話を聞いて力になれるようにしましょう。



2月18日(火) 認知症検査??
寝坊の私は、いつも起床が8時。妻はずっと前に起きて朝食を作ってくれている。
先日の3日間だけはその「習慣」を破って、朝を含めて3度の食事作りは担当したが、打ち身の痛みはほとんどなくなったというので、またいつもの「習慣」に戻ってしまった。
必要があれば、またそうしようと思えば、「習慣」なんていつだって崩せる。ただ、甘えているだけだと3日間の経験は教えてくれる。

妻が食事を作ってくれる、いや作るのが当然なのだというのは男の我が儘、甘え、差別意識。「うちの亭主は何にもできない」とこぼす奥様がいらっしゃるが、私もほぼ同類であることを自覚しつつ、「急病を装ってしばらく寝込むか、ふと旅行に出かけるかして、ダンナを独りにしてみたら?」と忠告してみる。
しかし大方は「あの人は私がいないと何にもできないんだから・・・」と愛情なのか諦めなのか分からないお答えで終わることになる。

それで、まあ、丸く収まっているのならいいけれど、家事炊事は女の役割であり、地域の集いで炊事などを担当するのも女で、傍らで男達が酒を酌み交わしているという構図に我慢できない若い女性が地方から都会に流出する大きな要因になっていることに、ほとんど気がついていないのは男の方。

話がずれてしまった。
実は、今朝、まだ眠いと思いつつ、起き出して新聞を読み食事も終わった頃の8時半過ぎ、突然「今日はピアノのレッスン日だった!」と思い出して焦った。レッスン予定は9時半。
慌てて準備をし、車で走り出してまもなくのこと、100メートルも走らないうちに、「アレ?今日は何曜日?」と頭の中でささやく声がする。車を止めて曜日を確認。何のことはないピアノは明日だった。

「行ってきます」と元気よく玄関を出た2分後くらいに「ただいま」と帰ったら、「あなた、だいじょぶ?」と妻にあきれ顔でのぞき込まれてしまった。こんなことがこれからも起こるんだろうね。

***

妻が「認知症の検査の日が決まった」と言うので、ギクッとしてよく聞くと、何だ「車の免許書き換えのための認知機能検査」のこと。「認知症の検査じゃないよ」と言うと「似たようなもんじゃない?」ときた。
まあ、そうかもしれないけれど、2年ごとの検査は早すぎる。私も来年早々には書き換えだから、またあの記憶検査が来るのかと思うと憂鬱になってしまいますね。

トランプやイーロン・マスクの無法ぶりや、国会の予算審議など、腹の立つことは様々だし、それぞれに声を上げていかなければならないとは思うが、その一方で、自らの「老い」とも向き合い、身の処し方を考えてもいかなければならない。
毎日の日課が定まっているわけではなく、その日その日の過ごし方を自分で決めていかなければならない以上、よほど気をつけていないと、そのうち怠惰な日々を託つことになる。

寒い風にもかかわらず、近所の方が、自家菜園の畑を耕していた。
気を引き締めて、まず当面の計画を立てることからはじめよう。



2月17日(月) 予期しうる危機、迫り来る「飢餓」
2月1日のブログで食料の危機管理問題を取り上げ、「このままでは日本の農業は崩壊する」と書きました。
テレ朝モーニングショーは、このところ何度も米の価格高騰が収まらない背景や、日本の米作りの危機的な状態について、東大特任教授の鈴木宣弘さん、キャノングローバル研究所の山下 一仁さんを招いて議論していました。

13日には、信越放送で民教協(公益法人民間放送教区教会)のTVドキュメンタリー(山形放送制作) 「第39回 時給10円という現実 ~消えゆく農民~」が放映されました。
米農家としてそこに描かれていたのは、三里塚闘争が原点だという菅野芳秀さん。
番組は、まもなく日本の農業の担い手がいなくなるという過去前例のない恐るべき現実を目前に、この国の農業をどう守るのかを問いかけていました。

菅野さんは、若者に対してつぎのようなメッセージを伝えていました。

日本から農民がいなくなったとしても、たくさんの市民が農に関わる。『国民皆農』こそ長続きする人間社会、農との関係性だと思う。

しかし、この番組では残念ながら、今日の農政が抱えている次のような根本的な問題点には踏み込んでいないため、菅野さんの若者へのメッセージは、一面では賛成できるけれど、ある意味では極めて楽天的でズレているように見えてしまう。

今日の農政の根本問題とは、
①輸入への依存体質をいっそう深め、農業を食糧自給率の中軸に据えて基幹産業として守ろうとしていない。
②米の流通・価格は市場任せにし、農業者の生活を守る生産費保障の観点を欠き、農業離れを加速している。
③農業の大規模化とスマート農業にシフトして、圧倒的多数の小規模・家族農業を切り捨てようとしている。

農業が自給率を維持する産業として位置づけられ、農業で生計をたて生きがいを見いだせる社会が基本なのです。日本農業の本質に光を当てて、米作りに奮闘し何とか農地を守ろうとする地方の小規模農家の声をもっともっとすくい上げなければならないのではないのか。

この点では、菅野さんは「令和の百姓一揆」を呼びかけており、3月30日(日)の都内でのトラクター更新を皮切りに行動を展開しようと奮闘されていることが注目されます(小谷さんの記事参照)。

***

テレビ番組では、「もっと海外の安い米を輸入することはできないんですか」という視聴者の声が紹介されていました。都会で日々スーパーの米の高さに悩まされている人から見れば、そんな声も故なしとしないけれど、鈴木先生の言うように、唯一自給率を保っている国産の作物を滅ぼして、何かあったときに生き残れるのかという根本的な問題を避けて、事態を一層悪化させる「解決策」となっていることに気がつかない。

今日の山下さんの話では、「『消えた米』などと言っているが、もともと米がなかったのだ。業者が大量の米を保管するには多額の費用がかかり、しかも政府が備蓄米を放出することがわかってなお米を抱えている理由はない。つまり、昨年7、8月の端境期に先食いしてしまい米が足りなかったのだ、今年もそうなる懸念がある」ということでした。

私は、いくつもの危機がかなり切迫しているにも関わらず、直近の話題に目を奪われ、多くの国民がほとんど意識していない重要な問題があると考えています。そのうちの最重要問題が「迫り来る飢餓」。
何ともおどろおどろしい言い方ですが、よく考えてみればあたりまえのことだと直ぐに分かります。

①食料自給率38%の実態は飼料・種・肥料の輸入などを含めると実質10数%
②農業の担い手(基幹的農業従事者)はこの20年で半減、70歳以上が60%、あと10年後にはさらに激減
③気候変動による作物の生育への影響の深刻化
④自国中心主義、覇権主義的な世界の政治動向・・・など

そして、この根幹にある日本の農政を進めてきたのが現在の自民党であるということです。
農協もまた自民党農政に追随し協同組合としての役割を果たしていない実態があります。

日本農業が危機に直面していることはかなり意識されているはず。しかし、それが日本人の「飢え」に直結すると考えているかどうかはかなり怪しい。緊急輸入でしのげると楽観しているだろうからです。
しかし、米が今の7、8割、さらに半分ほどしか自給できず、あとは海外からの輸入せざるを得ないとなったときに、何が起こるのか。おそらく想像もできなのではないだろうか。

「もしものこと」は、海外からの輸入のストップだけではありません。国内での天候不順、気候変動の激化、大雨、地震・噴火などの大災害、原発事故その他いろいろあり得えます。
農業だけは、直ぐに増産できるというものでもないし、そもそも作り手がいなければ話にならない。土地、肥料、機材、修理工場とその従業員・・様々なものが必要なのです。

迫っているのは、まず「担い手がいなくなる」ということ。要するに生存に最も重要な産業である稲作で生活出来ないという単純な話です。十分な所得があれば、担い手はいくらでも現れる。

農業従事者がいなくなり米作りができなくなることは、私たちの生存そのものの危機に直結する。これまた単純な話です。
更に、米作りが放棄された土地が広がり、農村・農地・山林の荒廃がすすめば、海の荒廃に直結し、都会の荒廃にも直ちに波及する。精神的な荒廃につながるのも時間の問題でしょう。

日本の農政を根本から変える。これ抜きに直面する危機から逃れることはできません。



2月16日(日) 映画「原発をとめた裁判長」
昨日今日と、昼は大変暖かい。午後は室内の暖房もいらないほど。
午後から、関西電力大飯原発の運転停止命令を下した樋口英明・福井地裁元裁判長と農家の人たちを描いた映画「原発をとめた裁判長」の自習上映会にでかけました。

<本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である>と主張する樋口氏。
ネットでは「左派裁判官」とのレッテル貼りも見かけるようだが、実際はいたって保守的な考えなのだとか。何が保守なのか革新なのか、現在では「保守」「革新」で色分けする見方は現実を見誤るだろうと私も思います。

映画は、福島第1の原発事故がどれほど危機一髪の恐ろしい事故であったのかを描きつつ、樋口氏の原発を止める判決をご本人の口から説明することで、その分かりやすく説得力のある論理を際立たせていきます。また、地元福島に残り残留放射能とたたかいながらも、食を守ろうと努力と重ねている若い農業者たちを描いて、私たちに希望を与えてくれます。

映画のあとは樋口さん、監督の小原浩靖さん、参議院議員の杉尾秀哉さん3人のスピーチがありました。
樋口さんは、原発をなぜ止めなければいけないかはとても簡単で、次の2つのことが理解するだけでいいときっぱり。
1つは、原発は永久に人間が手をかけなければならない。それが出来なくなれば必ず暴走する。
2つは、暴走すれば、日本が滅びるほどの被害を与える。
実は、福島第1、1号機は正常な原子炉ならば爆発事故を起こし東日本全体が壊滅しただろうが、原子炉の弱い部分からたまたま水素などが漏れるという奇跡的な(本来あってはならない)偶然のおかげで爆発を免れたという話も、若い初めて話を聞くような人は背筋を寒くするに違いありません。

最後に、このような集会の場では「話はよく分かったが、自分たちは何をしたらよいのか」という質問をよく受けるといいます。そのときには「話の内容を二人の人に伝えてほしい。その二人からまたそれぞれ二人に。そうすればねずみ算式に理解が広がる」と答えるのだそう。
下級裁判所には、まだこうした良識を備え理性的な判断を下す裁判官がいることを知って希望がわきます。

***

ところで、先日も書いたように、宮城県の女川では使用済み核燃料の貯蔵施設を原発敷地内に作らせないための運動が広がりつつあり、高野博さんから届いたメールでは、町民過半数署名に取り組んでいるとのこと。女川町以外の署名も大事になっており、協力してほしいと書かれていました。
これをお読みの皆さま、よろしければ下のネット署名、もしくは紙の署名簿でご協力下さい。

ネット署名 女川原発に使用済燃料の貯蔵施設をつくらせないでください。
サイトへは下のQRコードでも。

紙の署名用紙(こちら)もあります。
チラシはこちらです。




2月15日(土) 1969年-1970年 私の教育活動の原点
「ノルウェーの森」は結局最後まで面白くなかった。
時代背景はどうであろうと、その時代の「空気」をただ吸いながら、社会的な関わりとは接点をほとんど持たず、主人公と何人かの女性、男性との個人的な関係で生まれた生きることの哀感を綴ったもの。それゆえ、多分、そのような同じ「空気」を吸って生きてきた人たちには共感を呼びそれ故の「高い評価」があるのかもしれないが、少なくとも高校・大学時代に自分の生き方と社会との関わりを考え、悩み、実践してきた多くの若者たちの目には、かなりの違和感を抱かせたのではないだろうか。

この小説の第10章は次のような文から始まる。
「1969年という年は、僕にはどうしようもないぬかるみを思い起こさせる」。そして次のように続く。
「人々は変革を叫び、変革はすぐそこの角までやってきているように見えた。でもそんな出来事は全て何もかも実体のない背景画にすぎなかった」

主人公にそのような思いを吐露させるのは作者の勝手だが、どのような考えでこのように描いたのか。

そのことをここで深追いすることより、むしろ、私自身の1969年が鮮明に思い起こされ、アンチテーゼ(?)としていくつかの出来事を書いておきたいという気にさせた。1969年という年は、私が大学を卒業し、名古屋で教師としての第1歩を踏み出した年だったからだ。

***

私なら、「1969年という年は、大学最後の年に生まれた新しい覚悟が新しい土地で試される最初の年であった。それゆえその年は、過去のどの時代、どの暮らしよりも深く鮮やかに彩られている」・・・とまあ、こんな調子で書き始めるのでしょうかね。

赴任先はK高等学校定時制。本校は千種区にある立派な全日制校舎だったが、定時制は名古屋市中央部にある昔の古い校舎をそのまま利用していた。
仙台から名古屋に移り、新しい生活を始めるにあたって、事前に住まいを決めなければならなかった。
古い校舎に挨拶に行ったとき、教務部長のY氏が「アパートだが、住むところは手配してある」とおっしゃる。手際の良さと親切心に驚きつつ、いっしょにアパートに出向き、即決で部屋を決めることができたのだった。

昭和区御器所(ごきそ)、道をはさんで役場のほぼ正面のデカいアパート。2階建てで6畳ひと間の部屋が両側に10室ほどならび、都合35~40室もある長屋風のボロい造り。風呂はもちろんなく、トイレも共用。畳一枚ほどのキッチンが申し訳程度についている昔ながらの安アパートだ。つい最近まで建物は残っており、今もGoogleMapには名前も残っているが、すでに取り壊され何かの建物が新築中。

学生時代は、ずっと賄い付き下宿だったから、一人暮らしで何でもやらなければならない生活は、このときが初めて。買い物は近くのマーケット(何軒もの店が集まって買い物市場を形成)で、すぐに店番の方々と仲良しに。定時制は午後1時から10時過頃までだから、朝と昼の食事を考えればよい。休みの日には、近くのなじみの定食屋や小さな中華店によく通い、ここでもスタッフと親しくなって、いろんな料理を見よう見まねで習い覚えた。

***

その年の定時制の新任者は国語のY、理科のT、それに私の3人。いずれも大学出たてだ。性格は全く異なる3人だったが、それでもすぐに打ち解けて仲良しになった。
生徒はかなり多かったので定時制の職員は20人ほど。
古い校舎はコの字(の鏡文字)型に配置され、その真ん中がグランドになっていた。2階をくぐるような正門から校舎へ入った直ぐに職員室。何だか古い明治の校舎にでも来たような印象岳が残っている。何日かは無我夢中だったから、そこで、どう挨拶をしたか、どんなことがあったかはほとんど記憶にない。

その年にいきなり定時制1年生を担任することになった。
受け持ちの生徒達のうち、女子はほとんどが集団就職で九州などから働きにきていた看護師。男子も三菱やその他の企業につとめ、当時はかなり会社の配慮も受けて通ってきていた。

あの戦争に向かう時代に、東北の教師たちは綴り方教育の実践を通して、子ども達に自らの生活をみつめ、社会のしくみへの目を育てるようと努力を重ねた。学生時代に教育学部の仲間たちから教えられたことを思いだし、目の前の生徒たちに自分の頭でものごとを考え、将来に向かって足を踏み出してほしいという願いをこめて、1年目の教育実践に踏み込んでいった。
仲間づくりを重視し班ノートに自分の思いを綴ること、明治村へのピクニックなどを通してクラスをまとめていく・・・いまから思えば未熟で独りよがりのところも多かったが、そこは若さでカバー、楽しく印象深い1年を過ごすことができたのだった。

教師集団も若く自由闊達。子どもたちの就学条件を確保するために企業を回ったり、学習レベルを維持するための学習会を持ったり、組合活動を職場ぐるみで支えたりしていた。新任の若い教師を信頼し仲間として迎え、よく遊びよく学ぶ、活気に満ちた学校だったのだ。
この学校での実践は、私の教育活動の原点ともなり、その後の教育への考え方を定めるものとなった。
その特徴を以下にまとめておこう。

① 教師たちは役職、年齢に関係なく対等・平等で、それぞれの持ち味を生かしながら学校づくりに集中していた。

② 学校を、生徒が「ホッとする場」「仲間と語らえる場」として大事にできるように心を配ると同時に、授業では手を抜かず、高度な知識を得られるように努力していた。
数学でも、「この生徒たちだからこの程度」というのではなく、数学Ⅰ、Ⅱに続いて、全員に微積・統計を含むⅢまで履修させた。こんな学校(定時制)は他にはなかったのではないか。

③ 生徒会など自主的な活動を重視し、自分たちの手でイベントを運営出来るように援助していた。私を含む4人で教師の合唱団(プロが一人いたのでハイレベルだった)をつくり、文化祭では生徒といっしょに発表をしていた。時間がない中でも、生徒たちの作り出すものは目を見張らせるような水準だった。

④ 職員会議では一般の議案とともに、各部からの提案などもよく議論され、定時制のあり方について真剣な話し合いが行われた。また、日の丸・君が代論争も若手を中心に管理職に投げかけ、3年ほどの議論の後、無記名投票で儀式では掲げず歌わないことになった。校長もそれに従う良識を持っていた。

⑤ 遊ぶことが大好きで、囲碁を教えられ、冬にはスキーに何度もでかけ、時間があるとソフトや囲碁を楽しむ余裕があった。

⑥ 100%組合で、意識は高く、教研集会への参加はもちろん、時限ストなどにも意気高く取り組んでいた。

当時は、定時制の最盛期ともいえる時代であったから、やりがいも大きく、教師も生徒も生き生きと学校づくりに参加していた。今から考えれば、教育の本質に迫る奇跡のような学校づくり、教育実践を行っていたと思う。



2月14日(金) MNEMOさんからのお返事
今日の私のつぶやきにMNEMOさんが早速お返事。有難うございました。
「他言語習得は、immersion(浸漬)、浸かることに尽きる」とすっきり明快な見解。
北欧では「浸かる」ための条件が子ども達だけではなく、あまねく用意されており、スウェーデンでは自国語の他に英語があたかも自国語であるかのように扱われているということなのでしょうね。誰もそれに違和感を持たない。当然ながらゲルマン語派としての共通性からなじみやすいことは日本語と英語との違いなんてもんじゃないでしょうし。

そうはいっても、言葉というのはコミュニケーションの道具ですから、「浸かる」ことができれば、そこそこあやつれるものでしょう。
子ども達は小難しいことを考えずに身につけていきますから、いかにそうした環境を用意できるかにかかっているんでしょうね。
私の姪はアメリカ人と結婚して、その子二人は当然のようにバイリンガル。すぐ近くに住むカナダ人の子も奥さんが日本人ですから、やっぱりバイリンガル。こういう場合は「浸かる」ってもんじゃないですからね。本人がいやでもそうなってしまう。
その意味では、私の奥さんもバイリンガルですよ。いやトリかな?ウチナーグチは沖縄でしか話さないけど、ときどき富山弁がでるし。私はとっくに富山弁を忘れてしまっているので、つたない日本語のmonolingualです。情けない。

***

話は突然変わりますが、かみさんが昨日マレットをしているときに、ぬかるみにはまって尻餅をついた。そのときに片手でかばおうとして左手を強く打ったらしく、今日になって痛みが強く出てきた。
お昼頃まではそれほどでもなかったようだが、午後からの会議に出ているときに気が遠くなり、周りの人が慌てて救急車を呼んで病院へ運ばれるというハプニングがあったのです。

電話を受けて私も大町の病院へ駆けつけたところ、意識ははっきりしており、腕のCTなども行ったが骨折はしていないという診断だったので一安心。しばらく病院で休んだ後、痛み止めを処方してもらい薬局によって帰宅しました。大事に至らずに幸いでした。

腕に三角巾をつけて動かせないので、これからの家事は私の役目ということになる。
ま、しばらくはどこにも出かけずゆっくり静養するのがよかろうと寝てもらい、私はさっそくスーパーに行って好きな食材を仕入れ、調理開始。しばらくは私の狭いレパートリーで我慢してもらうことにしましょう。



2月14日(金) グレタの英語
今日はバレンタイン・デー。奥様が「あ、買ってこなかったなあ」とぽつり。「いいよ、いいよ、高いんだから」「自分にご褒美チョコいいんじゃない?」と、チョコ好きの妻に。
そういえば、あの「結婚したら女は」の記事を書いていた頃、まだ30代前半でしたから、机の上はチョコが山積み・・という時代があったのだなあ。あの時代に戻りたい・・・。

***

中2の英語の最後の読み物が、アラスカで野生生物の写真を数多く撮影し、一夏Inuitの人々と暮らし、若くしてヒグマに襲われて急逝した星野道夫さんのものがたり。それを皮切りにアラスカの自然が温暖化によって壊されていく様を指摘し、次のように結んでいました。

Michio's photographs remind us of our beautiful past, but the future may be very different.
What can we do to pass on this beauty to future childeren?

これを読んで、「将来の子ども達にだって?私たちに聞くんですか?ところで、あんたら大人はいままで何をしてきたのよ? How dare you!」という子どもがいたら、大喝采するんだけどな。

***

ここでは、グレタが提起した地球温暖化をめぐる問題には踏み込まない。
実は、国連などでの彼女のスピーチのことは当然ながら知っていたし主な内容は読んではいたが、まともに英語でのスピーチ内容を見たことがなかった。
そこで、ネットからコピペして読んでみたし聞いてもみた。

まず、2018年12月12日COP24でのスピーチ。15歳。ちょっと緊張しておずおずと話す様子はいかにも可愛い。
YouTubeの動画
スピーチ全文

次は、 2019年9月24日、国連での気候サミットでのスピーチ。16歳になったばかり。
このときは、声を震わせ切羽詰まった様子で訴える様子に世界中が注目した。
YouYubeの動画
スピーチ全文

最後は2019年12月12日のCOP25でのスピーチ。16歳。このときは、わずか1年でこんなにも成長したかと思わせるほどの表情。しかも、「How dare youなどという表現で感情に訴えれば注目を集められるけど、今日はやめておく。なぜならその言葉しか注目されず、人々は事実を覚えていないからだ」と言うのです。
YouTubeの動画

彼女はスウェーデン生まれ。
スウェーデンはゲルマン系だろうという程度で、私は言語のことはよく分からないので、英語との親和力はどうなのでしょうか。

彼女のスピーチの英文を見て、こんな表現するかと思うような言い回しが各所に。しかも、流ちょうに話すのを見ていると、英語力の高さに驚いてしまう。自分の言葉になっているんですものね。
世界的にみて、スウェーデン人の英語力は日本人とは比べものにならないほど高いレベルだと知って納得。

ちょっと古いけど、バイリンガル サイエンス研究所の記事を見ると、歴然。北欧は大体そうなんですね。子どもの頃から「好きな音楽やテレビ番組、インターネットなどを通じて、自然と、ときには無意識に英語にふれ続けている」のだそう。
ジャパニーズ・イングリッシュで文法に偏重した昔の学校英語に浸かってきた私は、全くコトバとしての英語力が育たなかったことを振り返れば、現在の環境はうらやましい限り。

MNEMOさんもビートルズの音楽で英語を身に刻み込んだのでしょうし、そんな環境があれば、この国の子ども達だってある程度のレベルには到達できるはずだとも思うが、果たしてどうでしょう。
MNEMOさんの意見も聞いてみたいなあ。



2月13日(木) 皆さまへの感謝
朝からの強風のために細かい雪が縁側に吹きつけていました。10時頃にはほぼ収まって、日差しが見え始めたので一安心。
東側の隣との境のコンクリート壁にへばりつくようにフキノトウが20~30個顔を出していました。年を追うごとに根を伸ばして増えていくらしい。1月も早くから芽を出しているので、ものすごい生命力です。
これは千曲に住む妹の連れ合いの弟さんからもらってきたもので、野フキとは異なる大きなフキ。フキノトウもすごく大きいので、食用には余り適さないんじゃないかな。
それでも万物が凍りつくこの時期をひとり飾ってくれているので、何となく嬉しくなる植物です。



一緒にお勉強してる中学生の子が、今日・明日と学年末テスト。普段通りに、のびのびとテストに臨んでほしいと伝えました。「分からなくなったら鉛筆転がしていいよ」と言ったら笑っていた。
その子が、つい先日の数学単元テストの答案を見せてくれました。

何だか恥ずかしそうにしているので、悪かったのかなと心配しながら見せてもらうとどうでしょう、過去最高の点ではないですか。いや~うれしかったですね。
「スゴイね、お父さんお母さんに見せたの?」というと「うん」と頷く。「褒めてくれたでしょう、プレゼント買ってあげると言ってくれなかった?」「ぜんぜん、ふつう」「反応なし?」「そう」「何それ、もっとアピールしなくっちゃ」・・・何だか拍子抜けでした。しかし、実際は、ご両親うんと喜んでいたはずですよ。間違いない。

***

妻は毎日のようにマレットやらボーリングやら会議やらで出かけているけれど、私は毎日ほとんど留守番。やることがないので、ついついブログでも・・と、しょうもないことをあれこれ書いています。
今日はアクセス数を見ていたのですが、タブレットとPCとでは表記が結構違うんですね。ブラウザのせいなのかもしれませんけど。

最近の記事の中で、クラウン(第1位)がついていたのは「結婚したら女は」、ちょっとびっくり。
第2位が「池田町の予算編成方針について」で、3位が「行政運営の基本が問われている」でした。
町のみなさんが私のブログを訪問されるのは、行政の問題で何か参考になることがないかという「期待感」があるだろうことは私も自覚しています。
それでも、昨年までとは違って行政に関わる活動をしていません。従って、あまり書くことがないので、期待しないでくださいね。

そんな私のブログであるにもかかわらず、現在、100人近くの方々がコンスタントに訪問してくださっているのですから本当に有り難いことです。感謝しかありません。
ブログといっても、こんなものを食べた、こんな洋服買った・・などという記事は、どう転んでも私には合わないので、つい長ったらしく、小難しいことを書いてしまいます。
よりよい生活のために、どこか読んでくださる方々と心が触れあえる記事にしたいと、それだけが続けている最大のアクセルなのです。

とはいえ、ネタ切れになる頻度が増えています。しばらくお休みしますという場合も出てくるかもしれないし、畑が忙しくなると、ブログどころではなくなる可能性もありますから、どうぞ気長にお付き合いくださいませ。

***

ある親しい方から、私の記事をひとつの切り口に、何人かで集まって話し合いができたらいいね、という提案を受けています。前にオフ会やろうよと言ってくださった方です。
もう少し暖かくなったら、おしゃべり会を持ってもいいかなと思い始めています。お読みのみなさん、ご意見をお聞かせくださいね。



2月12日(水) こども計画(案) 松川村の案を読んで
お隣の松川村が、1月31日「こども計画(案)」についての意見募集を告知し。3月1日締め切りで現在パブリックコメントを求めています。
池田町の募集とも一部重なっていたので、興味深く読んでおりました。

先日、池田町教育委員会から、私のコメントに不明なところがあるからと問い合わせがあり、疑問に丁寧に答えました。そのときに、コメントの各項目ごとに回答するのも必要だが、集まったコメントを原文のまま閲覧できるようにしてほしいと要望しておきました。

池田町のこども計画(案)
松川村のこども計画(案)

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先日私の意見はアップしましたが、そこで私が指摘した主な点は3点ありました。
第1は、現状の分析と課題の抽出が不可欠であること。とくに子育て世代の減少による少子化の推移とその原因の分析の必要性を強調しました。
第2は、「こども計画」であることから、池田町のこどもがどんなことで悩み、どんな希望を持ち、池田町に何を期待しているのか、こどもの意見が大事であること。
第3は、全体の構想をこどもを中心とした計画にする必要がある、というものでした。

その観点で松川村の計画(案)と比較して気がつく点をいくつか挙げてみたいと思います。

(1)現状の分析と課題の把握は十分か
松川村は人口や子どもの数の推移、保護者の意識調査など個別の項目ごとに集計をしており、より詳細な部分にまで配慮していますが、一方で、例えばここ1年くらいの人口の増加が極めて重要な変化であるにも関わらず、その点には注目しておらず、減少傾向が続いていることだけを指摘するなど、池田町同様、分析が表面的で。特徴の大雑把な把握に留まっています。
一方、池田町は、昨年9月から10月にかけて、計画策定に係るアンケートを就学前、小学生の保護者に対して行っており、かなり克明な調査を行っていることが注目されます。ただ、これが子ども計画にどのように反映されているのか、この記述ではよく分かりません。 いずれにせよ、出生者数の問題、子どもを取り巻く社会環境の問題、そのもとでの子どもの生活や意識の変化などについて、専門家の意見も踏まえ十分な調査が行われてきたのかどうか、この点がまず問われます。

(2)子どもの意見が反映されているか
松川村は、こどもの意識調査に踏み込んでいることが最大の特徴です。
「第4節 子育て支援のニーズ、こどもの生活実態等の把握」と題する節を設け、「就学前の児童の保護者、小学5年生、中学2年生、16歳から39歳までの若者」に対する学校、WEBを通したアンケート調査(昨年3月~4月に実施)についてまとめています。
小5への調査では、悩みについて「友だち関係」「勉強進学」が多く、一方で悩みがない子どもが約半数となっている実態を明らかにしていました。
中2になると「特に悩みがない」子は30%に減り、「勉強や進学」についての悩みが断トツ、それに続いて「友だち関係」「学校生活」などが多くなっていました。
これらの調査結果から、「第5節 こども・若者をめぐる現状と課題」の項目を設けて、7つの課題を明らかにしています。
もちろん、①で述べたように、松川村もさらに踏み込んで、現在のスマホ依存の実態や、子どもの環境の悪化、いじめ、子どもの貧困などについては調査項目がないため、深い検討は今後の課題ということになるでしょう。池田町については、子どもへの直接の問いかけは全く見当たりません。

(3)目標と施策の体系はどうか
私がパブコメで指摘したのは、子ども計画である以上、「子ども」を中心とした体系にすべきだということでした。
松川村は、基本目標の先頭に「1.こども・若者の権利を安全に守る」とし、「子どもの貧困対策」「ひとり親家庭への支援」などの項目を立てています。
池田町とはひと味もふた味も異なったアプローチではあるのですが、それでも、子どもの意見を聞き、子どもが主人公の子育て政策をすすめるという観点、子どもの自主的・自立的な発達を促すという視点が弱いように感じます。
また、池田町も松川村も学校教育との連携、教職員とのつながりを重視し、学校と地域が一体となって子どもを育て見守るという立場が十分ではないように思えました。

池田町は、基本目標1が「出産子育て環境の整備・支援」基本目標2が「こども・若者の成長・発達の環境整備、支援」、基本目標3が「こども・若者の権利保障」、基本目標4が「子ども・若者の自立心の涵養、自己実現の機会・環境整備」ですから、順序に整合性がなく、目標の設定に一貫性がありません。
その点、松川村の方針は私がパブコメで指摘した考え方にかなり近いものがあると思われました。

***

本来、このような計画を立て意見を聞く際には、概要版を作って何がポイントになっているのかを示し、意見を出しやすいようにするべきでしょう。しかし、池田町も松川村もそれは行っておらず、長文を読んで意見を出すのは至難の業。よほどの関心と時間、労力がなければパブコメも難しい。さらに、本気でこどもの権利を守り育てるのであれば、ある程度の時間をかけても討論会や意見交換会を開催するなどの工夫が必要ではないかと思われました。



2月11日(火) 結婚したら女は・・・(後編 その2 最終回)
  座談会 男子諸君へ 女子の言いたい放題
    === どんな家庭をつくりたいか ===


Y1 まだまだホンネが出てないよ。もう少し具体的に実際家庭をもったらどうするか話してみようか。
N 共働きの場合、家事のほとんどは自分でするけれど、少しは分担して協力してもらいたい。外で同じように働いてきたんだから家でも同じように働くのが・・・。
Y1 ぜひ分担してほしい。特に料理!男子が台所に立ったってどうってことないと思うけどなあ。
N でも、相手が手伝ってやろうかって言ってくれなかったら自分でみんなやる、しんどいけど。今度は、こっちのプライドに関わるから。
T 私は働いていても全部やる。家庭では外の仕事のことで疲れたとは言いたくないな。もし、これが出来なかったら離婚する。(コワ~という声)
Y2 子どもができたら?
Y1 子どもにべったりというふうにはなりたくないけど、子どもには絶えず気を配ってやりたいから、きっと私は子どもができたら仕事を辞める。仕事をもっていると、私の場合どうしても親の役目を怠ってしまうような気がする。
T 私は子どもをつくらない。世の中には孤児院にいるような、かわいそうな子がいるのに人口増加に加勢する気はないよ。
K だけど、家に閉じこもったらいやでも視野の狭い教育ママになってしまう。それでは子どもがかわいそう。
N 私のような人間は家庭に引きこもったら、俗にいう有閑マダムに陥りやすいな。とにかく縛り付けられたくない。家事や育児しかできないロボットにはなりたくない、ということを一番言いたい。だからといって、家庭のこと子どものことを放り出して仕事をしようというじゃないのですよ。念のため。やはり家庭は一番大切にしたい。いつもきちんとして暖かくダンナ様を迎えてあげたい、そう思っています。
I1 私は家庭を一番大切にして、その上で私にできる範囲で学問を続けていけたらなあと思う。もし、結婚したいと思うような人が現れたら、その人には徹底的に尽くしてあげたくなるだろうから。家庭が第一、学問が2番。そして、精神的に対等であることーーこんな考えを理解してくれるすてきな男性と、この先十数年のうちにめぐりあえたらいいんだけどな・・・。(全員しらける)
N やむを得ず育児のために仕事をやめるという場合でも、子どもに手がかからなくなったらまた働くというのは今の社会じゃ難しいね。女性の再就職を社会がもっと考えてくれればいいのにね。(全員同感)
Y2 今の社会は女は結婚したら辞めるべきだという考えがはびこっているし、職場もそうならざるを得ないようになっているでしょ。これは絶対おかしい。これからはますます寿女性もいろんな職場に進出したいと希望するだろうから是非改めてほしい。 Y1 そろそろ終わりにしましょうか。話していればキリがないし、だいたいの考えを男性諸君にも分かってもらえると思うし。男の人のノンネももっと聞いてみたいね。(一同うなづく)
       === END ===
***

座談会は、大学入試も迫った12月に行っています。
この高校は進学校と言いましたが、どんなクラス(43名)だったかは、この頃に調査した受験予定大学を見るとよく分かると思います。

北海道1, 東北1, 筑波2,電通4,東京工業1, 横国1,新潟4, 富山医薬4,富山4,金沢5,名古屋2,京都4,大阪1.大阪市立2,・・・など。結構優秀ですね。

当然、私立も受験しているが、第1志望は圧倒的に国立です(クラスとしては東大よりも京大志向が強かった)。
上の話し合いは、県内でも有数の進学校理系クラスの女子であるということを念頭に読んでいただきますように。
あくまで今から45年前の世相や生徒達の家庭環境を反映した意見ですから、これらについての一切の引用はお控えください。

おまけ=学級新聞を卒業記念として冊子化した際の、クラスメイトの似顔絵を収録した1ページ。私の似顔絵を描いたのは某国会代議士(当時)の息子です。このヤロー。





2月10日(月) 身体の衰えあちこち
朝早くから病院へ。今回は泌尿器科の2回目。
夏に膝の手術をした際の導尿のあと、おしっこの度に排尿200cc、残尿200ccという残尿過多の状態がずっと続き、退院後も頻尿状態で、立ち上がると尿意を催すという情けない状態。やむなく専門医の診察を受けることにしたのです。

高齢となると、いろんな支障が出てくるのは仕方のないこと。とにかく問題が起これば専門医と心得て診察してもらうに限りますからね。
専門医の見立ては、膀胱の機能が衰えているという身も蓋もない診断で、2週間ほど前から筋肉の収縮を抑え尿を出しやすくする薬を調合してもらって、今日の診察となった次第。

「おしっこを沢山貯めて来て下さい」という事前の注意書きに出来るだけ従おうとしたものの、朝起きれば出したくなる。我慢できずにトイレに行き、次の回を我慢して病院に。
行ってすぐに排尿検査。トイレで便器に普通に排尿しただけで、何分何秒で終わったか、どれだけ出たかがグラフ化されるというすぐれた装置があってびっくりしましたね。

診察(超音波)の結果、今回は随分残尿が少なくなっており、かなり改善しているのではないかとの見立てでした。
ただ、症状を治す薬ではないので、やめるとまた元に戻る可能性があるといい、「ではどうすればいいのでしょう」と聞くと、水分の摂取量を調節し健康な生活を心がけることと、これまた身も蓋もないお答え。
それでも、多少でもよくなればと考え、次回4月の診察まで「努力します」と返事し、薬局で薬を受け取って帰ってきました。ネットでサプリでも買うかなあ。ノコギリヤシとか八味地黄丸とか・・。

「ついでですが、10数年前にここで前立腺の手術をした際、事前の尿検査でステージ4の診断があり大変な思いをしたことがありました。結果として何もなかったのですが、そのとき、何年かしたらまた診察してくださいと言われたけれど、そのままにしていました。
何か異常はなかったでしょうか」と聞くと、「ああ、細胞診ですね。何かあれば、あなたはここにはいませんよ」ときた。確かに。
「今回の検査ではとくに異常は認められていないので大丈夫です」とのお返事でしたので、前回からの懸案は無事解決いたしました。

このあとは、まだ歯科通い(親知らずを抜く)があり、夏の腰の診察まで、いろいろと検査やら治療やらが続きます。ふぅ~~。

以上、高齢者の診察記録でした。

***

池田町は2,3㎝程度の雪で道路もほとんど乾いているのに、大町に近づくと結構な積雪。雪の境界がはっきりと認識できます。大町市も南と北とでは大違い。白馬に近づくにつれて数十センチの積雪になるのでしょう。さらに小谷までいけば1メートルを超えているはず。
富山に出かけたいのだけれど、まだしばらくは我慢しなければなりませんかね。



2月9日(日) トランプのガザ所有発言
トランプ大統領がイスラエルのネタニヤフ氏との2月4日の会談のあと、暖炉の前での記者会見およびその後の記者団との会見で述べた「ガザ所有」をめぐっての非難が世界中から起こっている。

それは至極当然で、パレスチナの歴史、イスラエルの無法、国際法の秩序に無知なトランプの知的水準を物語るだけではなく、アメリカの孤立と地盤沈下を浮き彫りにするものでもあるからです。

ここでは、それらの発言から何が見えるかではなく、そもそも彼は何を語ったのか、どのような文脈で語られたのかを知ることに力点を置きます。発言から浮かび上がるものは、多く語られているので、改めてどうこう言う必要もないだろうからです。
ただ、発言はかなり断片的で、前後がわからないものが多いので、国内の報道と、ロイター、BBC、CNNなどいくつかの報道をもとに構成してみました。

まず、全体の記者会見を中心とする全体の模様は次のロイターの映像がよくまとめていると思われます。



またBBCの記事も、かなり詳しく前後の模様を含めて伝えています。

下は、これまで報道されているホワイトハウスでの会談後の共同記者会見でのやりとりです。

***

<トランプ> アメリカがガザ地区を引き取る。アメリカはそこで仕事もする。我々が所有する。
現場の危険な不発弾やその他の武器を責任をもって解体処理し、現場を更地にし、破壊された建物をどかして更地にして、地区の人たちに無数の職と家を供給する経済発展を実現する。

*** ガザ180万人のパレスチナ人が別の場所に定住することで、死、破壊、不運から解放される。
アメリカはガザを引き取る。所有するのだから再建にも関わる。不発弾などの兵器を解体する責任を負う。ビルの残骸の撤去を含め、ガザを一掃する。

<NBC NEWS ケリー・オドネル記者>
どういう権限でそのような行動が認められるのでしょうか。そこを永続的に占領すると、そういう話をしているのですか。

<トランプ>
長期的に(恒久的な)所有権をもつ地位を考えている。それが中東のあの部分と、もしかすると中東全体に多大な安定をもたらすと思う。話をした全員が、これは軽々しく決めたことではない。私が話をした全員、アメリカがあの土地を所有して開発して大量の職を作り出すのは素晴らしいことだという意見だった。本当に素晴らしいことで、本当に素晴らしい地域なのに今では誰もそれを知りようがない。今では誰も見ることもできない。今は死と破壊しか見えない。

<記者>
(移住の)規模の想定は?

<トランプ>
全員だ。170万人とか180万人になるだろう。
ガザに世界中の人々が住むビジョンを描いている。
国際的で信じられないような場所になるだろう。ガザの潜在能力は信じられないほど高い。
***
しゃれたことを言ったり偉そうなことを言いいたいわけではないが、中東のリビエラになるかもしれない。この場所は素晴らしい可能性を秘めている。

<CNN ケイトリン・コリンズ記者>
ガザ市民が他国に移住すべきという発言について、ガザ市民はどこに行くべきですか。再建後は帰還させるのですか。そうでなければ誰がガザに住むのですか。

<トランプ>
私はそこに世界の人々が住むことを思い描いている。そこを国際的な”信じられない場所”にする。パレスチナ人もそこに住むだろうが、これまで彼らは他の方法を試し何十年も何十年も試してきた。うまくいくはずがない。うまくいかなかった。歴史から学ばなければならない

<記者>
ガザの治安確保のために米軍部隊を派遣しますか。

<トランプ>
もし必要ならそうする。我々がガザを引き継いで開発する。

***

報道官などが、パレスチナ人がガザを離れるのは一時的だとか、米軍派遣は不要だとか、ガザ所有は急がないなどと「修正」発言をしたと報じられているが、上記の記者会見での発言こそが重要。

トランプとの会談に臨んだ石破首相、普段は「力による現状変更は認めない」と力んでいるけれど、トランプの前では何も言えない。ガザの状況とトランプ発言こそイスラエル、アメリカによる「力による現状変更」であるにもかかわらず。
いや、それ以上に、悪徳不動産業者が手下に命じて徹底的に破壊して手に入れた土地を、更地にして売り物にするというのと何も変わらない。これは世紀の犯罪行為という他ない。



2月8日(土) 厳冬期の災害対策
寝る前には暖房を全て切っているので、朝は寒いことこの上ない。ストーブの前にしがみついています。
外では昨夜から数センチ積リ、昼前からまた細かい雪が降ってきて少し積雪が増えそう。今日は1日そんな状態が続くのでしょう。



沖縄でも13度というから、「北海道よりさむい」と言いながら、みなさん震えているのではないでしょうか。
昨日富山の妹に電話したら、積雪はこちらが思っていたほどではないらしい。その近くにいる娘も、そんなに多くは積もっていないが、仕事場の周辺の除雪は毎日しなければならないので大変だと話していました。昨夜から今朝にかけて、さらに積雪が増えているのではないでしょうか。

妻が、「ダイコンやニンジンがなくなったよ」と言うので、「じゃ掘ってくるか」と言ったまではよかったけれど、また雪が強くなってきたので外に出られず、晴れ間を見て掘り出すことに。キャベツも雪中キャベツになってしまっています。
下は後から掘り出したもの。人参も大根は覆い藁のおかげでしみていませんでした。ただ、キャベツは上の葉が凍って溶けてしまい、食べられそうなのは3/4くらい。



外は完全に冷凍庫ですから、こんなときに大地震にでも襲われたら一大事。本当に命に関わります。
オール電化が推奨されて他にエネルギー源のない家庭では暖房の手段がないし、灯油生活をしている家庭でも、電気を使うストーブでは動かなくなるし、何より灯油の入手が出来なくなるのは時間の問題。何とか暖を取ることができるのは薪ストーブの家庭くらいしかありません。
昨年1月の能登半島地震は真冬に起こり、まさしく上のような状態に陥ったはず。
冬の暖房のあり方も考えておかないと、いざとなったときには大変な状態を招来することになってしまいます。寒さに弱い私としては、 本当に死活問題なのです。

わが家では、もともと床暖用の設備があったので200㍑灯油タンクが設置されており、床暖をやめてからタンクは給湯と灯油ストーブの備蓄用として使ってきました。ただ、災害時に使えるストーブは電気のいらない昔ながらのものが1台のみ。
予備に安いカセットガス・ストーブを買って、普段から使い慣れておくというのもありかも。カセットガスはすぐに無くなるので、全く経済的ではありませんけれど、緊急用にはなり得る。
それも、2,3週間は細々と持ちこたえることはできても後が無い。その場合は、避難所に逃げこまなければならないのかもしれません。

上記のことは、あくまで個人としての災害対策。避難所運営や地域での自主防災・災害対策の観点からの助け合いは別問題。当然のことながら、大災害の場合は自分のことだけではなく、周りの被災者や超高齢者、子ども達のことも考えるべきで、自分だけが生き残れればよいということにはなりません。
個々人の災害対策が出来ていれば、安心して他の人たちとの救助や避難活動に対応できる、ということを言いたいだけです。
いざとなれば、避難所だけではなく複数の逃げ込める場所が確保できているという安心感は災害時においては極めて大事なことだと思うのです。

いずれにせよ、厳冬期の災害対策、皆さんも一緒にぜひ考えてみましょうね。



2月7日(金) 2月雑感
冬型の気圧配置が強まって、普段なら北アルプス上空で切れる雪雲が、余りに強い寒気のせいかこちらも雪雲にすっかり覆われて、細かい雪が舞っています。まだ氷点下。さむ~~い。



昨夜、寝る前に「ノルウェーの森」を読んでいたら、不思議な感覚にとらわれてしまった。2分冊の1冊目の半ば以降で、主人公が直子が療養する森の奥の施設を訪問する場面でのこと。眠たさ半分の意識の中で、小説とは関係の無い全然違った私の記憶がよみがえってきたのでした。

あたり一面雑木林の中に、奇妙な色の2階建ての大きな建物がある。いかにも場違いというか悪趣味というかピンク色に塗られた建造物。
どうしてこんなところに、こんな変なものを建てるのか・・どこで見たものだったか、いつだったかも忘れてしまっている。しかし、違和感だけがずっと頭のどこかにしまい込まれていたのでしょう。
写真のように記憶に刻まれたその映像は、その後なかなか消えていかない。

***

村上さんは、私より3歳年下(まあ同年代か)です。学生時代の経験では、この3歳の違いが実はとても大きいように思えるんですね。私が大学を卒業するのは1969年。首都圏などでの極左暴力的な学生運動が機動隊の導入などで鎮圧されて、運動が下火になっていくのはその後のこと。
村上さんが早稲田一文に入学するのは1968年。大学へはほとんど行っていないといいますから、下火になっていく学生運動を冷ややかに見ていたのでしょう。
ノルウェーの森の始めの描写と重なります。

大学時代の経験の違いは、世の中の動きの見方から生活スタイル、趣味などに至るまで随分と大きな違いを生み出します。地方の出身なのか、都会の出身なのかにもよるだろうし、中学・高校時代にどんな生活を送っていたのかにもよる。
そんなことを考えながら、この小説を読み直してみると、内容にはほとんど面白みを感じることはないけれど、経験の差異が読み取れて、当時の社会の中での若い世代の意識の違いを知る上でも、今日の若い人たちの物事の受け止め方や行動を見る上での参考にはなる。

***

「女嫌」という言葉があることを大阪産業大学国際学科の崔誠姫准教授の寄稿文で知りました(しんぶん赤旗2月7日)。
韓国の若者に見られる「男性が割を食う社会になった」という鬱憤が強まった結果として、不公平感が女性を過剰に敵視し嫌悪する風潮を指すのだといいます。
80年代に独裁政権とたたかい民主化を実現する運動をリードしたのは男性であったが、その後民主化後に訪れたのは女性に有利(なように見える)社会だった、しかし・・・というわけです。

弾劾にかけられている尹錫悦大統領を「ミソジニー(女性嫌悪)的な論調で男性の票を得」「『女嫌』をめぐる対立をあおり、利用し、当選した」と李さんは指摘し、「社会の分裂を加速させた責任は大きい」と述べていました。
若い女性達がペンライトを片手に戒厳解除を求めて街頭に出て行き、声を上げたことに「希望がある」と李さん。

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さて、この国の現在の局面は?
内田樹さんが「内田樹の研究室」の最新の投稿「『沈む祖国を救うには』まえがき」で、「今の日本は「泥舟」状態です。一日ごとに沈んでいるし、沈む速度がしだいに加速している」と率直な「嘆き」を書いていましたっけ。

石破首相がトランプに「逢い」にアメリカ詣で。出来るだけ刺激を与えないように、よく見られたいと意識すれば、トランプの意中にはまってしまい、結局軍事費の更なる増強を約束させられるというのが関の山ではないか。
「沈む国」同士が手に手をとって、いやいやアメリカにすがりついて、ついて行くという構図が目に見えてきます。



2月6日(木)  行政運営の基本が問われている
1月16日の信濃毎日新聞に、「松川村物価対策で商品券発行(1人1万円)」という記事が載りました。国の地方創生臨時交付金でまかなうということのようでした。
松川村のニュース

池田町は果たしてどうなっているのか、と気になっていたら、どうらや昨日の議員全員協議会の席上で町から説明があったらしい。

議員からの情報や松川村の財政担当者から直接話を聞いてきたことをまとめると次のようになります。

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この交付金は、昨年12月の国の令和6年度補正予算成立にともなって「重点支援地方交付金」が各地方自治体に支給されることになったものです。

重点支援地方交付金1兆908億円の内訳は、①低所得世帯支援枠:4,908億円、②物価高騰対策の生活者・事業者支援推奨事業メニュー枠:6,000億円です。

12月17日には内閣府などから事務連絡が出され、1月24日まで計画を提出することを求めていました。
町議会に示された報告を見ると、これに基づいて池田町も計画を提出したということなのでしょう。下記のような計画が示されていました。

①の低所得者支援枠の国からの限度額は4,107万8千円。
 これは全額R7に繰り越して、非課税世帯1世帯につき3万円、こども加算1人2万円を支給する。 
②の生活支援枠の国からの限度枠は4,405万9千円
 一部は今年度事業者支援に使い、4,200万円程度は翌年に回して、プレミアム商品券などにする。

松川村は、1月に臨時議会を開いて計画を決定。
①の低所得者支援については、2,850万円+子ども加算300万円(+事務費)
上記について、非課税世帯1世帯3万円、子ども1人2万円。
②の生活者支援については、4,211万円。
 上の新聞報道の通り、令和6年度に1人1万円「くらしの応援券(商品券)」
 交付金で足りない部分は一般会計から支出。

※ 松川村の財政担当者の方は、他町からの問い合わせにもかかわらず分かりやすく丁寧に説明し、併せて以前の交付金についても説明をしてくださいました。

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上の情報を見れば、池田町でも実施するということは分かりましたが、松川村は今年度中に商品券が住民の手元に渡り、しかも一般会計からの補充で交付金額を大幅に上回る支給になっています。
池田町の議会への説明では翌年度回しになっていて、どうするのか具体的な計画はさっぱり分からない。

翌年回しということは、R7年度の予算編成に組み込むということなのでしょうか。
来年度の新規拡充事業計画を見ても見当たりませんから、いつどのように実施するのでしょうか。その点の説明も必要です。

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これまでの池田町の行政や議会の対応を見ていると、そもそも運営の基本が全く守られていないことに唖然とします。

第1に、行政運営に関わる手続きが不透明で拙劣、議会にも住民にも速やかな説明がない。
国の交付金の通知があり計画の提出が求められたときには、計画を立てるのは行政担当課ですが、町長決裁を受けたあと、それを議会に示し同意を得た上で国に提出する順序になります。
その上で、実施計画を立て、予算措置について議会で決定し速やかに実施に移さなければならないのですが、その全ての手順で目詰まりが起こり、他の自治体から周回遅れになってしまっています。
こうした杜撰な手続きは、私のような素人目にもおかしいと分かります。これらについては町長、副町長のリーサーシップ・部下への的確な指示が欠かせません。

第2に、議会もまた必要な手続きに関して鈍感です。
仮に交付金の情報を知らなくても、新聞報道で知り得ることもあるわけですから、行政に速やかに説明を求め、手立てを講ずるべきです。これは正副議長の責任が大きい。

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行政運営のイロハから崩れていると感じるのは、これだけではありません。
つい先日は、予算編成方針について作成の遅れやその内容について指摘しました。
他にも、これまで見聞きしたものでは次のようなことがあります。

①議会への行政文書の提出は、町民への情報提供でもあります。それは公文書であることに注意し、議員だけではなく町民にも分かりやすいものでなければなりません。

②設置した委員会、検討会議などへの町長の諮問に対して答申を受けとった場合、行政は答申を尊重しつつも自らの判断で方針を立てて実行に移すべきです。

③指定管理者を任命した場合、義務づけられているモニタリングは第3者を含めて客観的に行い、単に自己評価だけで曖昧にしてはなりません。

④住民に関係の深い会議の開催通知が遅く、場合によっては何も知らされないことがあります。これは致命的な欠陥。そのようなことが起こらないよう徹底すべきです。

⑤他からの行政への干渉、圧力については、毅然とした対応が必要であり、職務(精神状態を含めて)に影響を及ぼすようなことがあってはなりません。

⑥行政職員の住民に対する対応は、親切かつ丁寧でなければなりません。住民への奉仕者としての側面を忘れ、実務だけに追われて住民対応をおろそかになっていないか、常時点検が必要です。

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過去2代の町長のもとで、役場職員の役職の基本、服務規律、住民との対応のあり方などが崩れ、ある意味で緩みきっているように見えます。もちろん、個人個人からすれば「こんなに一生懸命にやっているのに」という気持ちはあるでしょう。
しかし、集団として日々の職務にあたっている場合、どんなに個人的に張り詰めていようが、理事者のもとで整然と業務が組織化されていなければ、動きがバラバラで、成果に結びつきません。

町長が変わった今だからこそ、基本に立ち返り、迅速で明朗な住民本位の行政運営を徹底してほしいと願っています。



2月5日(水) 結婚したら女は・・・(後編 その1)
日本海側の大雪がニュースになり、今冬一の積雪になっているところが増えているよう。池田町でも、久しぶりに3㎝ほどの積雪。朝、玄関先だけホウキで雪を除きました。気温がそれほど低くないので、放っておけば直ぐに消えるでしょう。
まだ、明日辺りまでどのくらい降るのか予断を許しません。



先日、今から数十年前の高校生のジェンダー意識についてのホームルーム討論の模様を収録しましたが、今日の信濃毎日新聞には、現在の「夫は外、妻は家」の意識がどう変わったかについての記事が載っていました。
記事によると、現在でも「妻は家庭」の意識を持つ人が3割以上いて、その理由が「育児・介護・家事と両立しながら妻が働き続けるのは大変」がトップで、意外にも「日本の伝統的な家族のあり方だと思うから」の「増加が顕著」なのだとか。
そういえば、ホームルームの議論でも、それに近いのがありましたっけ。

東大大学院教授の本田由紀さんは、上の「日本の伝統」を、「戦後日本型循環モデル」と呼んで、1960年代の高度成長期につくられ70~80年代に強固になったと分析。
90年代以降はこの構造は破綻したけれども、日本人には成功体験として刻み込まれ、この価値観がその子ども達などの次の世代に「シャワーのように浴びせかけられている」と指摘しています。
本田さんへのインタビューの記事

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結婚したら女は・・・(後編 その1) 
座談会 男子諸君へ 女子の言いたい放題

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先日、予告したように、ある高校でのリケジョたち7名の座談会の模様(その1)をここに収録しておきましょう。
テーマは「男子諸君へ 女子の言いたい放題」。なかなか興味深い議論が展開されていて、記録を残しておいてよかったと思っています。この座談会から45年。みなさんはどんな人生を歩んできたんでしょうね。

男の「甲斐性」をめぐって

N 妻が外で働くことは男が甲斐性なしだってことかなあ?
全員 そうは思わない!
Y1 妻が働きたいといえば理解して働かせてくれる夫の方が甲斐性があると思うけど。
全員 そうそう!
I1 男女互いに何よりもまず一人の人間なんだってこと忘れないでほしい。人間である以上は平等だと思うし、お互いに助け合わなくてはと思うよ。
Y1 だけど「男の甲斐性」の裏側には、女が「家庭を守る」ことが「女の甲斐性」みたいな考えがあるんじゃないかな。
I2 うん、女性もそういう男性に対して諦めが半分あることは確か。今の状態で満足してしまっているような・・・。
N 「男の甲斐性」という言葉には、女はただあれこれ夫の仕事のことに口出しせず、ただつつましく家事や育児に精を出し、夫に尽くすべきだという男性本位の「願望」が感じられるんだけど。
I2 ひょっとして男性の側には、今まで保ってきた「社会における男性優位を維持していきたい」というエゴがあるんじゃない?そうだとしたら、女性だけでなく男性も、もっともっと視野を広げる必要があると思うな。

「男女の分業」問題をめぐって

Y1 「男は外に出て仕事をし、女が家事をする」ことは、三千年の昔からの分業なんだという考えについてどう思う?
Y2 それは男の勝手!人には向き、不向きがあるし、男の人でも家事の上手な人もいるでしょう?そんな人はどんどんやればいい。女だからなんて決めるのは間違っています!!
k 私は、男と女とでは全然違うから、全ての面で対等にというわけにはいかないと思う。そういう意味で、いわゆる分業はそれでいいと思うけど、それ以外の部分では対等でありたい。
T それ以外の部分とは?
k 自然な形での分業以外。人間として、ということかな。つまり、私はダンナ様の話を真に理解し、私の話も真に理解してほしい。そうして人間としての魅力をそなえることも「ダンナ様に尽くす」とか言うことに含まれていいんじゃない?
I2 私も同じ。どちらかというと私は、亭主関白が理想だけど、あくまで人間同士のつきあいとして、いつまでもお互いに高め合う関係でいたい。だから家庭のことが見えないような人間にはなりたくないな。
Y でも、いっしょに働いていても、やっぱり家事は女で、という男性が圧倒的なんじゃ?
I1 そりゃ、昔は男は外で狩りをし女は家で、みたいなことはあったと思うけど、それは時代背景というか、力仕事が主だったからじゃない?どうしたって体力任せってことになるから、仕事の分担はすごく自然だったと思う。デモ今は違うじゃない?力仕事もあるにはあるけど、体力無関係の仕事ーーというか、筋力ですな、この場合ーーが大部分を占めるじゃない?そもそも、男は外、女は内という固定観念がある!
K 女が外で働くとうことの意味をもっと考えてほしいです。なるほど、家にいたいなら家事はすみずみまで行き届くでしょう。けど、人間としての自分はどうなりますか?これまで社会の中でいろいろ考え行動していたのに、家庭等中でダンナ様と子どもだけを見つめて過ごすーー昔はそんな人を良妻といったかもしれないけれど、そんな風にダンナ様にすがって生きる、それじゃかえってその人に申し訳がない。
   (つづく)



2月4日(火) 自治体のインフラ整備は大丈夫か
埼玉県八潮市の道路陥没事故の様子が連日報道され、陥没はいっそう広がり、転落したトラック運転手の安否すら分からないという余りの悲惨さに呆然とするばかり。現場で救出・復旧に当たる作業員の皆さんは、本当に命がけの仕事になっているわけで、2次災害が起こらないように十分注意しながら作業に当たってほしいものです。

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下水道管の一般的な耐用年数は50年と言われており、2022年の国交省調査で、50年を経過したものは7%(約3万km)だったが、2032年には19%(約9万km)、2042年には40%(約20万km)になるという。(八潮市の場合は42年)

おそらく、どの自治体でも、下水道管を問わず、上水道管、道路、橋梁などのインフラは大丈夫なのかと考えているはず。ところが、ほとんどの自治体においては、老朽化したインフラをどう改修・整備するのか「管理計画」はつくっていても、財政的な措置はほとんどとっていないと思われます。

池田町においても、「公共施設等総合管理計画」が作成されています(H29作成、R4改訂)。
今から3年前、池田町行財政改革推進委員会で、討議の開始時にH29年の管理計画をもとに資料を作成して提示したことがありました。
その際に委員のみなさんは、改修費などの余りの巨額さに驚きを隠せなかったのです。その資料がこちら。 建物など地上にあるものについては長寿命化の手法で多少の延命は出来るとしても、地下の上下水道設備はそうはいきません。一旦壊れ始めれば、次々と同様の破損が生じる恐れがある。

問題は、単に設備が老朽化するというだけの問題ではありません。大地震などの自然災害、気候変動を引き金とする河川氾濫や土砂災害などインフラを破壊する様々な要因があり得ます。
町はそれらも含めて将来の計画を立ててはいます。しかし、その計画も願望的な「計画」に過ぎません。具体的な財政措置については何も考えられていないからです。

下は、R4改訂の更新費用の推計です(上が現状での推測、下は人口減少を加味した推測)。





池田町の下水道については1992(平成4)年からほぼ12年間にわたって敷設工事が行われてきましたから、現在は30年強が経過したことになり、借金の返済を別にすれば問題はそれほど深刻ではありません。下は2016年の財政白書(私の調査資料)による借金の返済推移と推計。


しかし、あと10年を過ぎたあたりから50年に近づくわけですから、そのときになって慌てても後の祭り。財政破綻の引き金になる危険性があります。

上の更新費用の表からも分かるように、管理計画では、インフラの更新費用として、上水道は40年累計114.7億円(年平均2.9億円)、下水道では40年累計134.3億円(年平均3.4億円)と見込んでいます。これはH29年の計画とほぼ同じです。合計すると上下水道でほぼ250億円(年平均6.3億円)かかるという計算です。下は下水道管の将来負担推計



公共施設、インフラ合わせた更新費用が40年累計で613.6億円(年平均15.3億円)となっていますから、現在(R5年度末10.2億円)の公共施設等整備基金を崩すとしても現在の積み立ては1年分にもならない。
町に聞いても、「対症療法でいくしかない。壊れたときに直していくことで精一杯」という回答ですから、つけはすべて後年度、何か起きたときに泥縄で対処するということにしかならないことは明らかです。

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では、これに対してどう取り組むのか。
管理計画では「インフラ施設は、使用方法の変更は難しい施設であるため、技術的な部分で工夫し、更新費用を低減していく必要があります。・・・今後も国などが示す点検・工事の基準や技術に従い、長寿命化を図るとともに、費用にかかる支援制度を最大限利用しながら、取り組んでいく必要があります」と全く場当たり的な基本方針しか示していません。

単年度の予算ですべてに対処できるわけではありませんから、計画的な積み立てがどうしても必要になります。
財政調整基金をたっぷりと貯め込んでいる市町村であれば、それなりの対処の仕方はあるでしょうが、この基金はあくまで年度間調整のためのもの。
長期を見通せば、特定目的基金の一部として、定期的に積むことが必要となります。

池田町は、過去の財調中心主義を一部あらため、社総交の計画のために「公共施設等整備基金」を設け、積み立ててきました。しかし、社総交で取り崩したこともあって、R5年度末の積み立ては12.3億円にしかなりません。
しかも、池田町は「公共施設『等』」と