2月1日のブログで食料の危機管理問題を取り上げ、「このままでは日本の農業は崩壊する」と書きました。
テレ朝モーニングショーは、このところ何度も米の価格高騰が収まらない背景や、日本の米作りの危機的な状態について、東大特任教授の鈴木宣弘さん、キャノングローバル研究所の山下 一仁さんを招いて議論していました。
13日には、信越放送で民教協(公益法人民間放送教区教会)のTVドキュメンタリー(山形放送制作)
「第39回 時給10円という現実 ~消えゆく農民~」が放映されました。
米農家としてそこに描かれていたのは、三里塚闘争が原点だという菅野芳秀さん。
番組は、まもなく日本の農業の担い手がいなくなるという過去前例のない恐るべき現実を目前に、この国の農業をどう守るのかを問いかけていました。
菅野さんは、若者に対してつぎのようなメッセージを伝えていました。
日本から農民がいなくなったとしても、たくさんの市民が農に関わる。『国民皆農』こそ長続きする人間社会、農との関係性だと思う。
しかし、この番組では残念ながら、今日の農政が抱えている次のような根本的な問題点には踏み込んでいないため、菅野さんの若者へのメッセージは、一面では賛成できるけれど、ある意味では極めて楽天的でズレているように見えてしまう。
今日の農政の根本問題とは、
①輸入への依存体質をいっそう深め、農業を食糧自給率の中軸に据えて基幹産業として守ろうとしていない。
②米の流通・価格は市場任せにし、農業者の生活を守る生産費保障の観点を欠き、農業離れを加速している。
③農業の大規模化とスマート農業にシフトして、圧倒的多数の小規模・家族農業を切り捨てようとしている。
農業が自給率を維持する産業として位置づけられ、農業で生計をたて生きがいを見いだせる社会が基本なのです。日本農業の本質に光を当てて、米作りに奮闘し何とか農地を守ろうとする地方の小規模農家の声をもっともっとすくい上げなければならないのではないのか。
この点では、菅野さんは「令和の百姓一揆」を呼びかけており、3月30日(日)の都内でのトラクター更新を皮切りに行動を展開しようと奮闘されていることが注目されます(
小谷さんの記事参照)。
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テレビ番組では、「もっと海外の安い米を輸入することはできないんですか」という視聴者の声が紹介されていました。都会で日々スーパーの米の高さに悩まされている人から見れば、そんな声も故なしとしないけれど、鈴木先生の言うように、唯一自給率を保っている国産の作物を滅ぼして、何かあったときに生き残れるのかという根本的な問題を避けて、事態を一層悪化させる「解決策」となっていることに気がつかない。
今日の山下さんの話では、「『消えた米』などと言っているが、もともと米がなかったのだ。業者が大量の米を保管するには多額の費用がかかり、しかも政府が備蓄米を放出することがわかってなお米を抱えている理由はない。つまり、昨年7、8月の端境期に先食いしてしまい米が足りなかったのだ、今年もそうなる懸念がある」ということでした。
私は、いくつもの危機がかなり切迫しているにも関わらず、直近の話題に目を奪われ、多くの国民がほとんど意識していない重要な問題があると考えています。そのうちの最重要問題が「迫り来る飢餓」。
何ともおどろおどろしい言い方ですが、よく考えてみればあたりまえのことだと直ぐに分かります。
①食料自給率38%の実態は飼料・種・肥料の輸入などを含めると実質10数%
②農業の担い手(基幹的農業従事者)はこの20年で半減、70歳以上が60%、あと10年後にはさらに激減
③気候変動による作物の生育への影響の深刻化
④自国中心主義、覇権主義的な世界の政治動向・・・など
そして、この根幹にある日本の農政を進めてきたのが現在の自民党であるということです。
農協もまた自民党農政に追随し協同組合としての役割を果たしていない実態があります。
日本農業が危機に直面していることはかなり意識されているはず。しかし、それが日本人の「飢え」に直結すると考えているかどうかはかなり怪しい。緊急輸入でしのげると楽観しているだろうからです。
しかし、米が今の7、8割、さらに半分ほどしか自給できず、あとは海外からの輸入せざるを得ないとなったときに、何が起こるのか。おそらく想像もできなのではないだろうか。
「もしものこと」は、海外からの輸入のストップだけではありません。国内での天候不順、気候変動の激化、大雨、地震・噴火などの大災害、原発事故その他いろいろあり得えます。
農業だけは、直ぐに増産できるというものでもないし、そもそも作り手がいなければ話にならない。土地、肥料、機材、修理工場とその従業員・・様々なものが必要なのです。
迫っているのは、まず「担い手がいなくなる」ということ。要するに生存に最も重要な産業である稲作で生活出来ないという単純な話です。十分な所得があれば、担い手はいくらでも現れる。
農業従事者がいなくなり米作りができなくなることは、私たちの生存そのものの危機に直結する。これまた単純な話です。
更に、米作りが放棄された土地が広がり、農村・農地・山林の荒廃がすすめば、海の荒廃に直結し、都会の荒廃にも直ちに波及する。精神的な荒廃につながるのも時間の問題でしょう。
日本の農政を根本から変える。これ抜きに直面する危機から逃れることはできません。