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  7月31日(日)    
いまメインで使っているコンピュータは電源が550ワットくらい。OSはWindowsXPと、もうすでに10年くらいの古参になります。ただ、結構電気を食うので、普段はこれまた10年以上前に組み立てたデスクトップ型の250ワット電源の古い古いパソコンにしようと思って、ホームページはそっくりこちらに移してしまいました。
通常の事務的な仕事ならこれで十分。ただ、あまりに古いのでいつマザーボードが壊れてもおかしくない状態なので、バックアップだけはしっかりしておかないといけません。

そろそろ新しいOSに移行する時期がきているのかなと・・・。マックはライオンになったし、ウインドウズは7になって久しいし、マザーボードもかなりこなれてきているので、ショップで調べ始めているところ。
ただ、パソコン雑誌もここ2年くらいとっていないので、さっぱりわからなくなっています。インテルのチップセットもどんどん新しくなっているので、マザーボードもどれを選べばいいのか混乱するだけ。
しばらくは、いろいろ情報を集めてお金も貯めてということに落ち着くのかな。



  7月30日(土)    
たまに誰かが来てくれると家が多少綺麗になるので助かります。これは別に見栄とかではなくて、本当のことです。要するにそうでもないと、なかなか普段からキチンとしていないというだけのこと。
というわけで、ずっと懸案だった外回りの除草がようやく一回り終わりそう。いやいや茂り放題で、きれい好きのお隣からは冷やかされる一方だったので、これで逆襲ができます。
今日はようやく家の中に着手できて半分終了。A型人間の真骨頂を見せようと一生懸命にやっているところです。というのも、夏期講習が始まる明日まで数日何にもない日が続いたので出来たというわけです。
明日は夕方から1コマ3時間。8月1日と2日は富山から友人がやってくるので日を空け、3日は福島の子どもたちにおつきあい。5日から7日まで休みがあったあとは18日ころまで連日授業です。正月やお盆に塾が忙しいのは受験生をかかえる宿命みたいなものですから、しかたがありませんね。それでもかつての東京での殺人的・非人間的な人の使い方と比べれば天国ですけど・・・

新潟・福島に大被害を与えた記録的な豪雨もようやく峠を越したのでしょうか。池田でも昨日からかなり強い雨が降り続いて、午後ようやく晴れ間が出てきました。「記録」ずくめの集中豪雨に直面してみると、やはりどこか気象もおかしくなってきていると思わないわけにはいきません。どこにどのような災害が降りかかるかわからないという時代。あらゆることを想定して、危機管理をしておかなければならないということでしょうか。
雨が降ると喜んでいるのは庭の青ガエルたち。かなり伸びてきたゴーヤの葉やネットに沢山のカエルがケロッとした顔でとまっていました。筋トレをやっているようなやつから、まわりの様子うかがいのやつまでいろいろ。日照りの下にいるカエルのように死んだふりをしているのはいない。みんな元気です。
小指の先くらいの彼ら、こうしてみるとなかなかの「癒し系」ですね。





  7月28日(木)    
昨夜からかなり激しい雨が降り続いています。今日になってもやむ気配はない。日照りが続くより雨が降ってくれた方が作物にはいいのですが、降りすぎはやはり困りもの。とくに土砂災害の危険が大きくなります。これ以上降ると、東山の危険地域では厳重警戒が必要になります。
我が家の夏野菜は、4,5月の忙しさのために植え付けが相当に遅れたり、植えられなくなったものもあったために昨年のようにはうまくいっていませんが、それでも庭先のトマトは実の大きい2段目(1段目は小さい)がようやく色づき始めて、まもなく思う存分「丸かじり」が楽しめそう。これが私の夏の楽しみなのです。
庭先にはトマト、キュウリ、ゴーヤ、モロヘイヤ、オクラなどが所狭しと植えてあり、キュウリは2巡目(最初に植えたものが終わりそうな頃に植えた苗)が大きくなり始め、世代交代の時期。種から育てた苗がかなり大きくなって3巡目が待っています。ただしこれが大きく育つかどうかは未知数。一巡目を刈り取ってそのあとに植えようかと思っています。
ゴーヤはかなり大きくなり、ようやく緑のカーテンらしくなってきました。カーテンになるまでにはまだ2週間ほどかかりそう。例年より遅いので、大きな実をつけてくれるかどうか分かりません。
下の写真は、我が家の新しい畑です。草の方が勢いがいいので、除草に時間を取られます。





2週間ほど前になるのか、池田町の北の方で全山ヒグラシのハーモニーに酔いしれたことがありました。遠く近く、高く低く、よく通る鳴き声なのだけれど、反面どこかくぐもった音で、まるで山全体に音のグラデーションがかかっているように思えました。セミたちがお互いに呼び合い共鳴し合って鳴いているのでしょうか。
今日はすぐ裏の山でヒグラシが鳴き続け、その間に本当に久しぶりに(初めてかも)アブラゼミの鳴き声を聞きました。
こんなに暑い日が続いたのにセミの声を一向に聞かないのを不思議に思っていたところだったので、ホッとしましたね。そういえば、どうしたわけか畑のネギにアブラゼミのカラが付いていました。ここ二,三日の間にふ化したのでしょう。しかしなんでよりによってネギなのでしょうかね。
裏山ではセミの鳴き声の隙間をぬってウグイスがまだきれいな声を聞かせてくれています。キジの甲高い鳴き声もときどき。

テレビでは、中国で起きた鉄道事故のお粗末な処理を巡って、さも鬼の首でもとったように報道しています。
中国の事故については、公衆の面前で車両を壊して埋めたり、事故原因の調査・究明ももろくにせずに運行を再開したり、報道規制を厳しくしてみたり、中国の相場としては「法外な」見舞金を決めたりと幼稚・拙劣な対応が続いていますから、これは国際的に批判されたり笑いものにされても仕方がない。誰がみてもおかしいと思われる愚劣なやりかたなのだからどうしようもない。
こうしてみると、おとなりの中国は民主主義という点では、共産党の一党体制ゆえの歪みや抑圧体制があちこちで矛盾を起こしていると思わざるをえません。大事なことは、民衆の側から批判が公然と起こり、当局も無視できなくなっていること。指導部がこれらをどのようにとらえ、今後の政治に生かせるのかが問われているのは間違いのないところです。

さて、中国を笑いものにしている日本のマスコミや自民・民主などの政党に目をむければ、果たして中国のことを笑っていられるのでしょうか。
原発のそもそもから今日までの成り行きをつぶさにみていけば、国民に隠れてどれほどのあざといことをやってきたのか。「列車の頭隠して尻隠さず」の中国に比べ、もっと恐ろしいことを完全に国民の目から隠してやってきた方はどうなのか。(実態は吉井さんの「原発抜き・地域再生の温暖化対策へ」に詳しい)
原発利益共同体の一翼を担ってきた大手マスメディアは、まず襟を正し、自己検証を徹底することにも熱心であるべきだと思いますがね。



  7月27日(水)    
あっという間に一週間がすぎちゃいました。もう7月も終わりなんですね。
今日の夜は久々に「被災地支援町民ネット」の会議を持ちました。5月19日から21日に女川支援行動に出かけて以来、まとまった会議を開いていなかったのでようやく会計報告を含めて後始末をすることができました。
今日の会議では、被災地の子どもたちのための「おもてなし」も協議題になりました。8月3日に福島から原発被災地の子どもたちが30人ほどやってきます。安曇野市で受け入れているのですが、一日は池田町で過ごしてもらおうと社会福祉協議会が中心に一日のイベントを計画しているのです。その手伝いの要請が「町民ネット」にあったのでした。
「流しそうめん」の準備と実行がその業務のようなので話しが盛り上がること。いろいろ分担を決めて8月1日の打ち合わせと3日の実行日に臨むことになりました。
また被災地支援では、稲刈りの終わった秋口に再度支援行動に取り組む方向で準備しようということになりました。前回のとりくみで町民から寄せられた冬布団などがまだ沢山残っているので、今年取れた米といっしょに持って行こうということになったのです。
場所はどこがいいか検討したいと私が言うと「女川でいいのでは」「一つの所に何度も行くのは意味がある」という意見も多くて、ひょっとしたら10月はじめに石巻あるいは女川支援行動が実現するかもしれません。
ただ、これにはものすごいエネルギーが必要で、私も体力の自信がだんだんなくなってきて、ちょっと二の足を踏みそうです。そうはいっても、これまたあっという間に9月ですから、今から少しずつ準備にとりかかっておかないといけませんね。
女川町に行ってから、参加者の多くは「テレビで女川のことをやっていると、つい敏感に反応してしまう」とか「ああ、あそこが写っていると体験に引き寄せて見てしまう」などという話が出ました。「高野さん元気にしているのかな」と言っていましたよ。
高野さんのサイトによれば、まだ避難所生活を送っており、避難所から仮設住宅に入るための条件整備や地域の復興・再建のために連日奮闘している様子がうかがわれます。近くまた連絡することにしましょう。ちなみに、下のページの「全国各地に広がる女川支援・リンク集」のトップには私のこのホームページが紹介され、リンクされています。

高野さんの緊急サイト

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先週の土曜日から日曜日にかけて、姪の結婚式に出るため富山に行ってきました。親戚が集まれるのはこんなときしかありませんから、野菜などを積んで妻と朝早く出かけました。
姪はすでにイタリアで結婚式を挙げていたので、この日に行ったのは簡単な確認式のようなものと披露宴。私の兄弟姉妹の子どもたちはすべて片付いたことになります。めでたしめでたし。













  7月19日(火)    
映画「ロビンフッド」は、なかなかよい。とくに最後が「希望」をつむぐにくい演出です。

さて、日本女子サッカーの優勝のニュースが国内を駆け巡って、大変な興奮を巻き起こしています。小柄な彼女たちの果敢でのびのびとしたプレーが暗いニュースの多い現在の日本を、確かに明るくしてくれた久々の快挙であることは間違いない。
しかしそれにしてもあの「なでしこ」の命名は公募によるものとはいえ、私には猛烈な違和感がつきまといます。男子の「サムライ」にしても、なぜこのような時代錯誤の命名をしなければならないのか私には一向にわからない。
「なでしこ世界一」(日刊スポーツ、信濃毎日新聞)「世界が称賛『Nadeshiko』魂のサッカー」(スポニチ)など「なでしこ」のオンパレード。私が知る限り、良識ある対応をしているのは日本共産党機関誌だけ。登場するスポーツ関係者の談話の中では「なでしこジャパン」という表記はあっても記事の中には一切ない。
「愛称なのだからどうということはないではないか」という意見がおそらく人々の大半を占めるのでしょう。だからこそ、この言い方が私にはよけいに気になる。
「なでしこ」とはもちろんあの「大和撫子」から来ている。Wikipedeiaによれば、その使い方の一つに「日本人女性の凛とし清らかな美しさを讃える言葉」と書いてある。コトバの意味を教える別のサイトでは「一歩引いて男性を立て、男性に尽くす甲斐甲斐しい女性像を指す」とも。「サムライ」についていえば、実写版の「YAMATA」もまたそうした世論形成に役立っているんでしょうかね。「かつて日本の危機に際して、戦艦大和に一縷の希望を託した」とぬけぬけと言わせていましたから。
ところで、パチンコマネーをもらってAKB48に開眼したという小林よしのりが「なでしこジャパンよりAKB48の方が大和撫子にふさわしい」と言ったという話で2チャンネルが盛り上がっていますが、その中にも「アナクロで、男尊女卑的な感覚で、サッカーで使われるのは 一種のパロディであり、現代にこの言葉を使う意味などないのでしょうか?『大和撫子』や『日本男児』と呼ばれることは名誉なのでしょうか?」と問題提起しているのを見かけましたよ。その意図はわかりますが、議論になっていないみたいでした。2チャンネルではねえ。
サイトの中には「やまとなでしこ」なんて今や「絶滅危惧種」などと揶揄するむきも。
しかし、いずれにせよ、私としてはこうしたコトバについての「感覚」がいまきわめて大切なのではないかと思っています。

今日は昼近くから雨が降り始めてずっと降り続けています。四国、九州の方では降り始めから雨量が1000ミリを超えるという信じがたい異常気象。どこでどのような災害が起きるか分からないとんでもない時代に突入していると感じざるをえません。
午前中私はバラ園で台風対策を、妻は畑で草取りをしました。畑の方は昨日私が草刈り機で伸び放題の草を刈ったのですが、広すぎて刈りきれず台風が去ってからまた。バラ園の方は、シュートの伸びたバラとひまわりに支柱をたて、水の逃げ場を確保して今日は終わり。次々といろんな課題が出てくるので、なかなか自分の庭の手入れすらできません(ぼやき・・・)。

昨日は妻の誕生日。午後から2人で信州沖縄塾塾長の伊波敏男さんの講演会に出かけました。沖縄の現状を知ってほしいという気持ちを込めて松川9条の会が主催してひらいたもので、200人近くの人が参加、関心の深さを感じさせました。私自身はちょうどファンクラブニュースで「沖縄」を連載していることもあって、興味深く聞きました。
その後は2人で豊科まで行って食事。祝日のせいかレストランはどこも一杯。ヤングや子どものいない店を選んで、ひとときをおいしく過ごしました。
「この年になってはめでたくもなし」と妻が言うので、「誕生日をダシにうまいものを食うのさ」と私。ま、健康で一年を過ごせたことだけは、お祝いしてもいいでしょう。



  7月17日(日)    
吉井英勝さんの著書「原発抜き・地域再生の温暖化対策へ」は、大震災前に書かれた本なのですが、まさにその警告書であり、かつ3.11以後だからこそその真価が発揮される原発批判の書となっています。
原子工学専攻だけあって、その筆致は科学的かつ詳細、しかも国会議員として各地の原発やその事故をくわしく検証してきた経験がふんだんに活かされ大変説得力があります。
しかも、日本が世界の中でもとくにゆがんだ原発政策をとり続け、原発関連企業の利益のためにいかに「安全神話」を作り続けてきたか、原発を誘致した自治体が「原発麻薬」にとりつかれて抜けられなくなってきたかを告発し、それから抜け出る道筋を考察しています。福島での原発過酷事故が起こるべくして起こったこともよくわかります。
あらためて詳細に読み込んでいけば、3.11を経た私たちのこれからのエネルギーをどうしたらよいかについて、明確な展望を与えてくれると思われました。

超大型の台風号の進路が大変心配です。梅雨前線はかなり北に寄っていますが、台風の接近で南下するとともに前線を刺激し各地で雨と風の被害をもたらす恐れが極めて大きい。地震とともに十分注意しなければならない状況です。
今日も猛烈に暑い日になり、大町では夜10時前からやや強い雷雨になりました。これはかなり局地的な雨だったようで、池田町ではほとんど影響はありませんでした。しかし、いつどこでどのような災害が発生するか全く予断を許さないような気象状況が続いていますから、個人でも地域でも自治体でも、危機管理の体制だけはしっかりしておかないといけません。





  7月15日(金)    
来年のこの時期は町長選挙です。2008年は6月22日が投票日でしたから、すでに1年を切っていることになります。「ちまたのうわさ」では現職を含め、複数の候補者の動きが伝えられますが、正式にはまだ誰も態度を表明している人はなし。
1人の知人は「県議に対する対応が焦点になるだろう」といい、またある知人は「現職の強みを軽視できない」といい、さらに別の知人は「今の現職なら、誰が対抗馬で出ても当選するんじゃないの」といささか投げやりな評論を。ことほどさように、評価はさまざまですが、現職はというと、くだんのサポートセンターの問題のときに「町長選挙で町民の評価をしてもらえばいい」と言う趣旨の話をなさっていますから、2期目に挑戦するのは既定の事実ということです。
現職の勝山さんは、6月議会で自らの公約の達成状況について7割という評価をしていますから、おそらく公約の実現率、とりわけ実質公債費比率の低下を「武器」に、財政の健全化にとりくんだことを前面に押し出して次期につなげようということになるのでしょう。
それをそのまま認めるのならもはやこんなことを書くまでもないわけで、現職の問題点を知り尽くしている側の態度として、これにどう対応するかがいよいよ本腰を入れて求められるという時期にはいっていることは間違いない。
もし池田町を、このままにしておくのではなく、将来を見通した先見の明のある自治体にしたいのであれば、もっと町民自身が自らの問題として町長選挙をとらえる必要があるでしょう。誰かがやってくれる、誰かが立つだろうという程度の認識ならば、むしろ何もしない方がいいのかもしれません。要は、現在の町政の問題点をどのようにとらえ、課題が明確に認識されているのかということに尽きます。

私なりの認識は次のようなものです。
まず、現町政の問題点は何か。第1は、町政の理念の欠如。したがって、中長期の見通しとしての政策は何も示されず、短期的にはいきあたりばったりの思いつき行政にならざるをえないという点。第2は、財政再建を最優先するという名目で、必要なところに必要なだけの予算措置が行われず、ゼロ予算が一番の受け身の行政になっている点。第3は、役場機能の明らかな損傷がみられること。職員の士気の低下、言われたことだけをやるという「お役所仕事」の横行。第4に、町長が公約実現としている内容は欠陥だらけで、まともな検証に耐えるものではないこと。「美しい村」連合への加盟にしても、サポートセンターにしても、ハーブセンターの民間委託にしても根っこは同じ。もし公約実現というなら、第三者機関にきちんと評価してもらったらどうでしょうか。検証すべきはそれだけではありません。大がかりな国費・県費・町費を使って行った中山間地直接支払い制度で「整備」した東山の社口寺原とクラフトパークからそこまでの道路は一体どうなったのでしょうか。予算の巨大な無駄遣いの典型ではないでしょかう。

では、どのような町政を私たちは展望すればいいのか。東日本大震災を経験して。その目指す道はかなりはっきりしてきたのではないかと私は思っています。
何と言ってもその理念。自治体の最優先の任務は町民のいのちを守るということです。根拠は日本国憲法にあります。名実共にそれを行き届かせる。
そのうえで、この町に根ざした町づくりの理念を明確にすることが必要です。それらが多くの町民の共同作業として協議が積み重ねられ方向付けられたとき、この町は新しい一歩を踏み出すことになるのでしょう。
この具体化については、私なりの「思いつき」的構想はいろいろ持っていますが、いずれ紹介することがあるかどうか。



  7月14日(木)    
猛烈な暑さの毎日です。数日前から真夏の青空が広がり、入道雲があちことでムクムクとわき上がっていました。
東の方には毎日ものすごく大きな積乱雲が発生していましたが、西の北アルプスの方にも積乱雲が発生するのはこれまで見たことがありません。よほど暑かったのでしょうか。


2,3日前は2日連続で夕方激しい雷雨があり、雷がなりまくりました。すぐ近くの友人Yさん宅に雷が落ちて光通信のルータが壊れたと言っていました。
雷が鳴るとネコのハルちゃんはものすごい怖がりなので、戸棚の奥に隠れて動こうともしません。今回の雷はすぐ近くで落ちるほどだったので、よほど怖かったのでしょう。長いこと出てきませんでしたから。

おかげで、床下の物置にまた浸水です。てっきり地下から水がしみ出してくるとばかり思っていたら、井戸水での空冷装置の引き込み口から水漏れがあったことが判明。すぐに施工業者に連絡して対策をとってもらうことにしました。明日工事に来てくれることになっています。これは施工業者のミスなので、完璧に修理をしてもらわないことには、これから大雨が降ったときには大変困ります。


余りに激しい雨のために、斜面につくったバラ園では通路のチップがかなり流されたり、流水で土が掘られたりしてかなりの被害。朝、連絡を受けて仲間3人で何とか修復しました。
例の雷の落ちたYさんが殺虫剤も撒いてくれて、何とか暑い夏を乗り切れそうです。

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さて、昨日7月13日は母の5回忌。今年も、妻と2人でお参りをするだけの命日でした。妹からはお花も届き、母の大きな写真とともに飾りました。その前に弟の遺影もかざって2人で手を合わせました。






  7月8日(金)    
秋に読売旅行社が企画するウオーキングイベントがあるらしく、そのためのガイドマップをつくっておりました。結構細かいので、修正に手間取りましたが、ようやく完成。
今後は観光協会の若いスタッフが作れるように、今年度いっぱいかけて研修することになっています。私が伝えられるのはあくまでソフトの使い方についての多少の技術的なことだけ。いつまでも私が作れるわけでもないし、もっと気の利いたマップや紹介記事が作れるでしょうから、そろそろバトンタッチです。Hくん、よろしくね。

読売旅行社ウオーキングマップ(原案)

中学生3年生は期末テストが終わって、あとは夏休みモード。長野は夏休みが大変短く7月26日あたりからお盆明けまで。
しかし、その後はさっそく入試をにらんだ「総合テスト」がはじまります。生徒たちは「もう疲れた!テストが終わったときの開放感ったら!」と話していました。一方では、運動部の生徒の中には県大会に出る子もいて、塾でもなかなか全員そろわない。

さて、ここ数日は連日のバラ園がよい。午前中だけですが、結構やる仕事があるので責任者としては出ないわけにはいきません。草取りや花ガラ摘みなどがあるし、これからは消毒の仕事が大きい。形はできてはいても、バラの世話の手を抜くわけにはいかないのです。
今朝の信濃毎日新聞に折り込まれている「松本平タウン情報」のトップにバラ園が紹介されたこともあって、何人かがさっそく車で見に来てくれましたし、電話で問い合わせをしてくれた松本の方がいらっしゃいました。バラのことを聞かれても素人としてはなかなか答えようがありません。顧問を呼び出したいところですが、こちらの方も忙しく時間が取れない。ここはいろいろな情報源をあたって、勉強するしかありませんね。
頻繁に会報を発行して、情報をくまなく伝えるようにしているのですが、これまではどちらかというとやってきたことのまとめと紹介。これからは「バラのお勉強」もしっかり入れていかないといけないと考え、今回は「花がら積み」の仕方について紹介しました。もちろんタウン情報の記事も入れて。
目下のところ、会員をどう増やすかが頭の痛いところで、これをお読みの方で手伝っても良いと思われる方、是非ご連絡くださいね。

会報No.9

会報No.10

九州電力が子会社に「やらせメール」の投稿を組織していた事実が大問題になっています。これは九州電力の2,3号機の運転再開に向けて、佐賀県民への「説明番組」(6月26日)を経産省が主催したもので、これにむけて関係会社の社員に運転再開を指示するメールを依頼したもの。
今日のニュースでは、「九州電力の『やらせメール』問題で、松尾新吾会長は8日夜、辞意を固めている真部利応社長に対し、当面は社長を続けるよう慰留する考えを明らかにした」そうですね。その理由が「社長が代わると電力供給に不安が生じるから」というもの。人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。福島の事故の重大性が全くわかっていないか、分かる気もないということでしょう。
これに対して、再開容認に踏み切った玄海町の町長が不信感をあらわにし容認を撤回したというニュースも。「私の判断は無駄だった」「菅首相は信用できない」玄海町長、原発再開を撤回--などと報じられています。これは大きな批判にもかかわらず、さっさと容認した町長の判断ミスの問題。判断が無駄だったのではなく「判断が間違っていた」のです。だから腹を立てるのは筋違い。自らを恥ずべきでしょう。
マスメディアもここ、2、3日は大きく報道していますが、「やらせメール」のニュースソースはほとんど報じていません。これは2日付け「しんぶん赤旗」が一面トップで報じたスクープで、6日には笠井議員が政府を追い詰め、菅首相に「けしからん」と言わせたものです。なにゆえ、そうしたソースをキチンと報じないのでしょうね。ここに現在のマスメディアの立ち位置がきわめて明瞭に現れていると思います。
自ら調査することもなく、政府の言い分をずっと鵜呑みにして、いざこのような問題が生じると自分で取材したか、降ってわいたかのように報じる浅ましさ。恥ずべきは玄海町長だけではなく、大手商業新聞のトップも同様です。





  7月7日(木)    
夕べのこと、妻が「また来ましたよ、先生!」と、へんな言い方をするので、何が来たのかとびっくりして聞いてみると、富山の娘と孫からの算数の質問がファックスで送られてきたということ。以前にも同じようにファックスが送られてきたので「また来た」と言ったのでした。
「学校である計算について、その法則を見つける問題が出題されたがどうもわからない」というのです。たとえば、300÷50=6を元にして、30÷50、3000÷5、3÷500などの答えを簡単に出す規則を見つけよという問題で、娘と孫と2人でいろいろ考えてもうまく説明できる答えがみつからないから教えて欲しい、ということでした。
「被除数のケタが増えれば答えのケタ数も同じだけも増え(小数点が同じ方向に同じ数移動)、除数のケタが増えれば逆に同じだけ答えのケタが減る(小数点が逆の方向に同じ数移動)」というのがその答えです。
30÷50は、−1+0=−1(小数点の移動分だけを考えている)だから答えは0.6、3000÷5は+1+1=+2だから答えは600、という具合。もっとも小学生の場合はマイナスの数はならっていないので、小数点の左右の移動量で説明しますけど。これくらいは娘の実力ならできて当然。いそがしさにかまけないでがんばりましょうね。
小5の先生もなかなか面白い問題を次々と出して考えさせている様子がわかりますね。どんどん面白い問題を出して考えさせてやって下さい。
今日電話で答えがわかったかどうか聞いていたら、「うん、わかりやすかった。明日から期末だから役に立つかも」と言っていました。りのさん、もっともっと考えて自分で何らかの答えを見つけましょう。

夜は、共産党ファンクラブの臨時総会。事務局長としての最後の総会でした。ニュースの編集担当は依然として私のままですが、少し負担が減るということです。
総会では、役員会の提案した「ニュースを中心とした今後の活動のありかた」を巡っていろんな意見が出されました。
ファンクラブニュースは、「後援会ニュース」の時代から通算してすでに10年の歴史を持ち、今では池田町の世帯数の43%近くに配達されている情報紙です。しかし、その担い手となると、はなはだ心許ない状態。現在の役員が高齢化していけば、そのうち発行すらおぼつかなくなりそうな状態ですから、今のうちにどうするのかを真剣に考えておかなければいけません。
どうやって町民の意見をくみ上げた紙面にするのか、どのように担当者を作るのかなど議論すべき論点はいくつもあります。時間の関係で十分な議論とはいえませんでしたが、今後ともくりかえし問題提起し、その都度わかりやすい提案として解決の方向を示していかなければならないと思わされました。

会議の後、薄井議員と私が被災地支援の報告を行いました。支援活動の時からしばらく間があいてしまいましたが、壁面に映し出される被災地の写真に、みなさん食い入るように見入っていました。
長い長い復興の道。どのように支援を続けるべきか、今後ともしっかり考えていかないといけませんね。



  7月5日(火)    
和歌山で震度5強の地震。新潟で竜巻に近い突風やヒョウ、福島で激しい雷雨など。「天もまた怒るか」というほどの様々な天地の動き。
松本復興大臣が愚劣で非常識な放言で27日に辞令を受けてもう辞任というのだから、開いた口がふさがらない。そりゃ天も怒りますわね。
松本大臣のあの命令口調はひと言で言えば「上から目線」。「復興構想会議」がその模範を示していますからね。ひとりの突出した言動と言うより、菅政権の本質そのものでしょう。だから菅さん早くおやめなさい。また同じことをくりかえしますよ。もっとも辞めても同じことかな?・・・


「復興構想会議」が6月末に出した提言を読んで見ました。もう少し実務的なものかと思っていたのですが、実際は長い長い文章で、「文学的表現(のつもり)」なのか歯の浮くようなコトバが並んでいるのにまず驚かされました。

前文に曰く、

「大地はゆれ、海はうねり、人々は逃げまどった」「一瞬の恐怖が去った後に、収束の機をもたぬ恐怖が訪れる。かつてない事態の発生だ。かくてこの国の『戦後』をずっと支えていた“何か”が、音をたてて崩れ落ちた」

被災地に行ったこともないか、車の中からちょっとだけ見た「お偉いさん」が自己陶酔して上から目線でモノを書くとこのようになる。もったいぶらないで「何が」崩れたのか早く教えて下さい。

さて、提言の3.11震災に対する基本的認識は次の通りです。

「今回の災害は、複合災害の様相を呈するのだ」「実はどの切り口をとって見ても、被災地への具体的処方箋の背景には、日本が『戦後』ずっと未解決のまま抱え込んできた問題が透けて見える。その上、大自然の脅威と人類の驕りの前に、現代文明の脆弱性が一挙に露呈してしまった事実に思いがいたる。われわれの文明の性格そのものが問われているのではないか」

おいおい、問われているのは、歴代の自民、自公、民主各党の政治の貧困でしょ? ルールも何もなく、働く人と地域を犠牲に、ただ大儲けに狂奔してきた大企業の横暴、安全神話をまき散らして原発を作るだけ作ってきた政府・原発共同体の責任・・・こそが問われているのではないのですか。それでも「文明の性格」などと逃げをうつのでしょうかね。
もっともこのように書いてしまっては、この震災を大儲けの「千載一遇のチャンス」とはできなくなってしまいますから・・・。崩れたのは「何か」であり、問われるのは「文明の性格」でなくてはいけません・・・よね。やっぱり。

ではそれに対して提言はどのように対処するでしょうか。

「おそらくそれは、自らを何かに『つなぐ』行為によって見えてくる」「被災地の人たちは、『つなぐ』行為を重ねあうことによって、まずは人と自然の『共生』をはかりながらも、『減災』を進めていく。次いで自らの地域コミュニティと地域産業の再生をはたす。『希望』はそこから生じ、やがて『希望』を生き抜くことが復興の証しとなるのだ」

このように、提言は地域コミュニティのつながりも企業や国とのつながりも同列に論じ、きわめて一般的な「解法」へと復興を流し込んでいく書き方をしてます。そして挙げ句の果ては、次のような認識にまで到達するのです。

「かくて『共生』への思いが強まってこそ、無念の思いをもって亡くなった人々の『共死』への理解が進むのだ。そしてさらに、一度に大量に失われた『いのち』への追悼と鎮魂を通じて、今ある『いのち』をかけがえのないものとして慈しむこととなる」

ああ、この書き方はかつてどこかで見た思いがする。そう、あの「期待される人間像」のあのトーンです。一般的に書くのは、実はそこに財界の論理をうまく織り込ませるための常套手段。しかし、今回はこれにはふれないでおきましょう。

このあと提言は、地域の特性による被災区分けに従ってどのような復興の方向が望ましいかを述べています。この中で「復興事業の担い手や合意形成プロセス」についても論じ、一応は「市町村主体の復興」を前面に押し出してはいますが、住民の合意形成については、

「復興事業に際しては、公的主体によるもののほか、民間の資金・ノウハウを活用した官民連携(PPP)や、ボランティア・NPOなどが主導する『新しい公共』による被災地の復興についても促進を図る。さらに、公益性と企業性とをあわせ持ち、行政や民間企業だけでは効果的な実施が難しい公共的な事業を担うまちづくり会社の活用を含めて、あらゆる有効な手立てを総動員すべきである」

として、「新しい公共」=「新しい民活手法」をすべりこませていることに注意が必要でしょう。
この「新しい公共」というのは民主党政権が打ち出した、自治体の公的な役割を民間にどんどん委託、丸投げ、切り売りしていく手法のことです。
その上で登場するのが、「復興支援の手法」として今回の特例措置とされる「特区」の導入です。

「とりわけ、土地利用計画手続きの一本化・迅速化にあたっては、『特区』手法を用いることが有効である」

続いて第2章では「くらしとしごとの再生」について述べています。
とくに「くらしの視点からは、『地域包括ケア』や『学校の機能拡大』が重要」として、

「『学校施設』の機能強化は大切である。施設自体が災害時の避難場所や防災拠点となるのは無論のこと、学校を新たな地域コミュニティの核となる施設として拡充していかねばならない」「保健・医療、介護・福祉・生活支援サービスが一体的に提供される地域包括ケアを中心に据えた体制整備」

を行うことを求めており、幼保一体化施設(認定こども園)の設置にまで踏み込んでいます。

続いて提言は「雇用」について書いていますが、ここででは省略。

次の「地域経済活動の再生」はきわめて問題が多い部分です。
中小企業の振興策、農林業の再生、水産業の回復など。とくに農業については、大規模農家への農地の集約、漁業については、

「必要な地域では、以下の取組を『特区』手法の活用により実現すべきである。具体的には、地元漁業者が主体となった法人が漁協に劣後しないで漁業権を取得できる仕組みとする」

などと書き、結局は農業、漁業関係者の頭ごなしに政府の方針を押しつけるだけのものとなっているのです。

最後にエネルギーについてはどうか。
ここでは、「地域自立型エネルギーシステム」を提言はしていますが、それをどのように実現するかとなるとほとんど何も対策を述べていません。ところが復興のための「財源」となるとまた別。

「政府は、復興支援策の具体化にあわせて、既存歳出の見直しなどとともに、国・地方の復興需要が高まる間の臨時増税措置として、基幹税を中心に多角的な検討をすみやかに行い、具体的な措置を講ずるべきである」

と消費税の導入を強く促していることに注目しましょう。

第3章は「原子力災害からの復興に向けて」
またまたここでも例の独りよがりの美文調が・・。

「原子力災害の大きさと広がりには、底知れぬ恐怖がある。そして人々は、『戦後』を刻印したヒロシマ、ナガサキの原爆と、『災後』を刻印しつつあるフクシマの原発とを一本の歴史の軸の上に、あたかもフラッシュバックされる映像のように思い浮かべる。今回の地震と津波被害を起こりえないものとして、考慮の外に追いやっていたのと同様の思考のあり方が、ここにも見出せる。いや、人々は原子力については、ことさら『安全』神話を聞かされるなかで、疑う声もかき消されがちであった。原発事故を起こりえないものとした考え方は、その意味では、地震や津波災害の場合よりも、何か外の力が加わることによっていっそう閉ざされた構造になっていたのだ」

何なんですかね、これは。読んでいて、映画(漫画)「のだめ」に出てくるあの音楽評論家の「陶酔した」セリフと重なってしまいましたよ。こっちが恥ずかしくなってきます。
これに続け、こともあろうに「パンドラの箱」まで持ち出して次のように述べます。

「希望」―それは原発事故に遭遇したフクシマの人々には、まだ及びもつかぬ、とんでもない言葉かもしれぬ。しかしここでもまた人と人を「つなぐ」意味が出てくる。原発事故の被災地のなかに「希望」を見出し、あるいは「希望」をつかむことは、被災地内外の人と人を「つなぐ」糧となりうる。いや人は人とつながることによってこそ、「希望」の光のなかに、明日のフクシマを生きることになろう。

もはや支離滅裂。福島の被災地の方々がこれを聞いたら何と答えるでしょうね。多分「・・・・」。だって、意味不明ですもんね。絶望の淵に「希望」を見いだせというのでしょうか。そんなら東電本部と構想会議本部を福島原発の敷地内に置いたらどう?
政府と東電の責任で、ともかく原発事故を早く収束させ、あらゆる被害補償を行い、原発からの脱却を明確にする・・・これが終わってはじめて地域再生への「希望」を語れるようになるのではないでしょうか。

誰でも言えるような通り一遍の対策、「一刻も早い事態の収束と国の責務」「被災者や被災自治体への支援」「放射線量の測定と公開」「土壌汚染等への対応」などについて書いてはいるものの、東京電力と歴代政府の重大な責任、規制のない原子力行政の歪み、安全神話を振りまいた政府・財界・マスコミなどの歴史的責任の所在、そして原発からの離脱など国民が最も関心を持ち知りたいことについては一切口をつぐんでいるのがこの提言の最大の特徴です。
唯一原発について触れていると思われるのが、次の一節です。

「製造業の海外移転による空洞化、海外企業の日本離れを防ぐため、電力の安定供給の確保を優先度の高い問題として取り組まなくてはならない。そのためにも、原発事故の原因究明とその影響の評価、事故対応の妥当性の検証を、国際的な信認を得られるよう行うことを徹底する。その上に、新たな安全基準を国が具体的に策定すべきである」

原発政策をより洗練されたスタイルで推進せよということです。

第4章「開かれた復興」においても実情は同じ。そして「結び」では次のように述べて、彼らのねらいである「自己責任」論をむき出しにするのです。

「復興が苦しいのもまた事実だ。耐え忍んでこそと思うものの、つい「公助」や「共助」に頼りがちの気持が生ずる。しかし、恃(たの)むところは自分自身との「自助」の精神に立って、敢然として復興への道を歩むなかで「希望」の光が再び見えてくる」

延々と引用してきましたが、一体このどこに復興の「希望」を見いだすことができるのでしょうか。
「自己責任」から「希望」の光が見えてくる??へえ〜〜〜。

やはり、松本さんのあの居丈高な暴言に近い印象を持ってしまいます。私がひがんでいるからかなあ?・・・



  7月4日(月)    
昨夜は妻と隣の集落(歩いて5分くらい)で行われている「花見(けみ)ホタル祭り」にでかけました。
8時半くらいでしたが、日曜日ということもあって相当な人出。シャトルバスも運転されており、県外からも見物客があるとか。年々賑やかになってくるようで、ホタルの数より人の数の方が多いのではないかと思われるほどです。
バラ園をつくってみると、祭り当日のことより、ホタルを育て今年はどれだけ出てくれるのか心待ちにしている地元の人たちの苦労がよくわかります。
3年ほど前よりは少ないような気がしましたが、それでも沢山のホタルがシンクロして飛び回っているところはなかなかいい。子どもの頃、家の裏を流れていた川のまわりに沢山のホタルがいたためか、懐かしい光景でした。

7月に入ってからバラ園の整備はちょっと一休み。何しろ我が家の庭と畑の手入れがまるでできていないので、今精力的にやっているところです。庭については、あとイチゴの苗取りで2〜3日とられそう。毎年そうなのですが、これがうまくいかないとよい苗ができず、まだ梅雨空が続いている間にしっかり根を出させることが必要です。イチゴは乾燥が大の苦手なので、水の管理が欠かせません。今年は花が咲きすぎ、結局実があまり着かなかったので、来年こそはうまくできるようにしたいものです。
ラズベリーと桑の実がたわわに実って、毎日ジャムづくり。昨年もらってきた黄色いラズベリーもちょっとだけ実っているので、これは増やしたい。赤いものより少し甘みがあるみたいでアリが群れていました。



話は変わりますが、テレビの番組表を見ていると、最近はほとんど東北地方の被災地の模様は報道されない。
今も放射能汚染の恐怖におびえながら子ども達をどう守るのかに腐心している人、避難所で思うに任せぬ生活に身を細らせている人、生活の基盤をすべて奪われていまだに途方に暮れている人・・・・それらの実態をもっともっと私たちは知るべきではないのか。
マスメディアは、視聴率を上げるだけのアホな番組作りからキッパリ手を切って、私たちの暮らしの最も根元的な問題をいろんな角度から投げかける責務があるのではないのでしょうか。
このごろ、この国のメディアの退廃ぶりにほとほとあきれ果てています。垂れ流しのアホ番組の中で、いったい子どもたちは、お年寄りたちはどうなっているのか。被災地はどうなっているのか、感性が摩滅し、批判力が奪われ、結局不満はあっても権力のいいなりに押し流されていいのでしょうか。

東電の原発事故以来ずっと思っていることがあります。これがなぜ「犯罪」として立件されないのかということです。直接に放射能汚染という大事故を起こしておびただしい被害を与えたことはその最大の理由ですが、それに加えて第1に、多くの国民、福島県民に原発が「絶対安全だ」と虚偽の情報を流し続けてきたこと。第2に、原発事故発生直後から炉心溶融は起こっていないとこれまた虚偽の情報を長期にわたって流し続けてきたこと。第3に、事故以来、太平洋への放射性物質の大量投棄を行い、漁民に実害を与えただけではなく、日本への国際的な信用を失わせたことなど理由として簡単にあげられます。その意味では経産省だって共同正犯じゃないでしょうか。
ダイヤモンドOnlineの記事の中でジャーナリスト上杉隆氏は「この日本では、政治も、行政も、財界も、司法も、マスコミも、東京電力の国家的な犯罪行為を追及しようとしない。いや、むしろその犯罪行為の隠蔽に加担している有様だ」「この国では、あまりに巨大な悪は免責されるのだ。国家が加担し、マスコミが黙認した犯罪は、見逃されるのだ」とかなり過激な論陣を張っていましたが、普段の主張は別としてこの限り(!)では私も賛成。
東電や東北電力の株主総会では原発からの撤退決議案が提出されて、賛成少数で否決というニュースが流れていましたが、数日前の友人の話では北陸電力では決議案すら出ていないということ。要するに「儲かれば後は野となれ山となれ」という日本型独占資本主義の原理にきわめて忠実であったということでしょう。
後は野となれ・・というのは、使用済み核燃料をどう処分するのかまるで対策がないのに、原発を続けるということをさします。ヨーロッパでは、地下埋設を行った場合に数万年後に現れるかもしれない新人類が現代の人類の言葉を理解して地下の核燃料を正しく扱えるだろうかという問題すら考えているといいます。
日本ではどうですか?地震列島にこれだけの原発をつくっておいて、さらにまだそれに頼ろうというエネルギー政策。挙げ句の果ては、核のゴミをモンゴルに持って行こうという東芝の愚にもつかない「計画」。日本の大企業幹部たちの恐るべき感覚、時代錯誤、非人間性といった問題が、これらにすべて凝縮されています。


  7月1日(金)    
本日の我が家のトップニュース。軽4のパジェロミニを処分して軽トラを購入しました。
パジェロミニは妻がずっと乗っていたもので、池田に来てからは私がお古をもらって乗っていました。従って10数年の年季の入った車だったので、妻も私もそれなりに愛着がありました。しかし、何と言っても16万キロも乗り、あちこちガタが来て、次の車検では廃車かなと言っていたのです。
ところが新しい畑を借りたはいいけれど、かなり遠いのでジープでは耕耘機を持って行くことができない。どうしても田舎の必需品軽トラが入り用になったという事情がありました。そこで思い切ってこの際新車で購入したのです。
私にすれば新車は数十年ぶり。これからこれで働けということなのでしょう。今日はこれで大町まで仕事にでかけました。まあスピードも余りでないし手頃だし、荷物は運べるし、普段は全く申し分ありません。上は愛車の前の妻。収まりがつかないのでハルちゃんを道連れにしました。下は新しいJA仕様のサンバ(産婆?)です。




次のニュース。床下浸水です。といってもたいしたことではないのでご安心を。
床下の一部を掘り抜いて一坪ほどの物置を作り、味噌などを置いておいたところがあります。先日の雨でどうやら下から水がしみ出してきたらしい。
この地はかなり地下水位が高いので、1メートルも掘れば水がしみ出してきます。防水がしっかりしていなかったのでこの始末。すぐに業者(この家を建てた建設会社)に連絡をして対策を講じてもらいました。とりあえず防水セメントを一面に塗ってしばらく様子を見ようということになりましたが、この程度でうまくいくのか。今度こんな事があったら、全面的に修理をしてもらうつもりです。昨日の地震の前からしみていたので地震とは関係がありませんので念のため。

あいかわらず暑い日が続いています。富山の友人から立派なお魚が送られてきました。これは嬉しいプレゼント。たっぷり食べることができます。
さらに富山の別の友人から、何十年ぶりかの中学の同期会の案内。これは10月なのでずいぶん先の話ですが、是非とも行きたいもの。不義理ばかりしていましたし、これを逃せばもう出席できないかもしれません。顔もわからない人たちになっているかもしれませんが、どんなことを思い出すかも・・・。懐かしい懐かしい中学時代ですから。

庭には今年もでっかい宿根草のかすみ草(?)がめいっぱい花を広げています。蝶々がたくさん飛び回り、ラズベリーや桑の実が実りはじめ、ついでに草も伸びるだけ伸びていよいよ夏です。










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