沖縄で12月を迎えるというのは初めて。残念ながらまたまた雨で外はややひんやりしますが、室内は23〜24℃。このまま池田に戻ったら、しばらくはまともに外に出られないかもしれませんね。
予報では今日一日雨のようで、明日には回復する見込み。全国的には低気圧の通過で大荒れになるのではとお天気姉さん。沖縄本島は最低22℃〜最高25℃という予報でした。12月とはとても思えない。
沖縄生活もあと一週間となりました。そろそろ帰る支度にかからないといけません。私の予定は、今日明日は無名塾(名護の子ども塾)のお手伝い。そのあと土日は母と実家で過ごし、日曜に名護にもどって後片付けをし、6日に南城市で荷物の発送、レンタカーの返還。7日夜に池田帰着ということになります。
OPECが8年ぶりに減産で合意というニュースがありました。やれやれまたガソリン価格が高騰ですね。アメリカのシェールオイルとの競合で、しばらく様子見だった中東原油も、安値過ぎてこのままじゃやっていけないと考えたのか。世界経済にこれからどんな影響がでてくるのでしょうか。
昨日の新聞には共同通信の配信で、労組ナショナルセンターの連合が「目の前の勝利のみを目的とした共闘は国民の理解を得られない」として、民進党が共産党と連携を強化することをけん制した(これは素案で正式発表は12月22日)との報道がありました。「次期衆院選を巡る両党関係に影響を与える可能性がある」とも。
ほぼ素案通りになるのでしょうね。「連合」は1970年代から労働組合運動の反共右翼再編の本命として登場し、現代版「産業報国会」とも言われてきた組織ですから、驚くにはあたりません。むしろ、連合のこうした妨害を乗り越えて、市民の力が政党の「統一」を作り上げてきたのですから、むしろ犬の遠吠えに近い印象を受けます。
要は民進党が共産党と組むことはまかりならないというだけの話。「(共産党は)民進党などの民主主義政党とは根本的に異なり、選挙戦で連携することはあり得ない」と考えようが考えまいが、地方レベルでは香川での候補者統一に見られるように、民進党の側が共産党の綱領もよく検討して共産党が民主主義を守る政党であることを確信して共闘を可能にしているのです。
大企業お抱えの連合とすれば、こうした全国的な動きは腹に据えかねるような出来事ですね。また、原発推進を掲げる電力関係の大労組を抱える連合ですから、反原発、反TPPなどは絶対に認められない。この時点ですでに実際にすすんでいる共闘の動きやそれを支える市民の意識とは大きくかけ離れてしまっています。
「国民の理解が得られない」のではなくて、単に連合執行部の思惑が国民から乖離しているだけの話。こうした連合の見解に民進党が振り回されるとすれば、それは民進党自身の衰退・消滅への第一歩となることは当然でしょう。連合執行部にはそれが理解できない。いや理解しようともしないのでしょうね。
いまや連合傘下の労組は労働者全体から見れば圧倒的に少数で、かつ大企業がその中心ですから、彼らの言い分が中小企業の労働組合や、いまや多数を占める未組織の勤労者の気分、要求といかにかけ離れているか、彼ら自身わからなくなっているのではないでしょうか。そしてその足下を自ら掘り崩している。
どんなに「連合」が嘆こうが叫ぼうが、「野党共闘」を求める声は衰えることはありません。地域では、民進党といえど共闘しなければ落ちるのは見えていますから、市民の声に耳を傾けざるを得ない。どれだけ、真剣に誠実にそれに向き合うことができるのか、それが問われているのだと思います。
********************************沖縄高江の座り込み市民逮捕のニュース。現地新聞は「権力の暴走」として、識者の見解を次々と紹介しています。ただ、このニュース、あくまで沖縄のローカルニュースなのですね。
沖大准教授(憲法学)の高良沙哉さんは「これから抵抗運動に参加しようと意欲を持っている人たちの動きを封じる目的」があると指摘、「『沖縄に対しては、何をやってもよい』という権力の暴走は、『土人』発言と共通する差別意識が潜んでいるのではないか」とのべていました。そして「高江での露骨な暴力的弾圧に加えて、辺野古でも弾圧する糸口を探す。表現の自由など、憲法上の人権を無視し、民意を無視して権力が暴走するこの国はもはや法治国家と言えない」と手厳しく批判。
沖縄近現代史家の伊佐眞一さんは、「島ぐるみ」のバスで高江に行った際に「2/3が初めて高江を訪れる人だった」、「建設に反対の気持ちがあり、これから現場に行ってみたいと思う人にとって精神的に非常に重荷になると感じた」と書いていました。
政治的には、翁長知事の微妙な揺れを指摘しつつ「オール沖縄にくさびを打ち込むこと」にその狙いがあり、本丸の辺野古新基地建設の推進に向け「基地反対の運動を逡巡させる一つの方法」だと続けて、権力は平和運動の原動力がどこにあるのかをよく見ており、その拠点を標的にしたといえると分析していました。(以上、琉球新報)
専修大教授の山田健太さんは、「辺野古関連の家宅捜索や逮捕が続いた当日も、テレビでは歌手の覚せい剤再逮捕と五輪会場選定のニュースばかりだった」として、これらのニュースは本土にはまるで伝わっていないとのべ、「公権力の行使が社会全体として『なかったこと』として過ぎ去ることは大変危険だ」と書いていました。
また「度重なる逮捕と長期拘留は、反対運動を反社会的行為と印象付ける効果も生みかねない」として、「これらが『反対の声』の未然抑え込みならば、市民的自由が保障された民主的な社会としての最低条件が失われつつあるということで、極めて深刻な事態だ」と憂慮していました。
最後に、沖縄人権協会事務局長の永吉盛元さんは、「今回は運動自体をつぶそうという意図も感じさせる」とまず指摘。市民の権利として非暴力で抵抗する市民に対して、法律を必要以上に「厳密に」適用して犯罪行為をつくることは、どっちもどっちという空気を生むとのべて、「それは危険だ。抵抗を引き起こしたのは国に理由がある。国民、県民は厳しく批判的な目で見なければならない」と強調していました。(下の2つは沖縄タイムス)
弾圧というのは、単に機動隊員が抵抗する市民を強制的に排除することにあるわけではありません。そうした行動をビデオにとっておいて、どんなささいなことも逮捕の口実とする可能性がある。それを待っているのです。どうしたら抵抗を最小限に抑え込めるか、どうしたら萎縮させられるか上層部は日々作戦を練っているのでしょう。(下は抗議する住民にビデオカメラを向ける沖縄県警 11/15)
昨日も午後からの集会である女性が「怖くなって自分で立って逃げてしまった」と率直に語ったと琉球新報ツイッターが報じていましたが、その通りで、大勢の機動隊が一斉に取り囲んで排除にかかる瞬間というのは誰だって恐怖を感じます。名護から現地に行こうと誘っても、かなりの女性は「怖いから」と断るのだそう。逮捕となれば、比較にならないくらいの「萎縮効果」があります。そこが警察権力のねらい。
それでもN1前の抗議行動では、ひょとしたら女性の参加者の方が多いのかも。決してめげてはいません。とくに年配のおばさんたちは強い。恐れ入ります。
今後も防衛局・警察はどのような作戦をとってくるのかは分かりませんが、それを許さない社会的反撃の輪をつくる以外にありませんね。