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  2月23日(木)
まだ低気圧からのびる温暖前線と寒冷前線の間にあるためか、1日ずいぶん暖かい。沖縄周辺から日本列島を縦断し北海道沖に向かうこの低気圧。沖縄でもずいぶん強い風になっているようで、冬から春にむかうこの時期の暴風を「ニンガチ・カジマーイ(二月風廻り)」というのだそう。このために、大浦湾では作業も一時中断しているようです。

さて、今度の日曜日にはバラの会の初仕事「剪定作業」を予定しているので、今日は下見を兼ねて接ぎ木したアンネのバラを植える場所を耕作してきました。
しばらく動かないでほとんど家にいることが多かったので、どうなることかと思っていましたが、それほど重労働ではなかったので、腰も思ったほどは痛まずにまあまあ。2時間ほど土を起こし石を取り除いてきました。
腰はともかく、これだけの作業でもう手にマメができてしまった。ヤワな手になってしまっていたんですね。明日も晴れていれば少しだけでも作業してこようと思っています。何しろ身体を動かさないことには太る一方だし、頭の中もゴミだらけになってしまいそうですから。
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現在ほとんどニュースにはなっていませんが、自衛隊がPKO部隊として派遣されている南スーダンで政府派と反政府派の戦闘以外に、もう一つの深刻な問題が起こっていることを国連WFPが報じています。
2月22日付けのWFP(World Food Programme=国連世界食糧計画)ニュースは、WFP、国連食糧農業機関、国連児童基金の国連3機関が連名で「南スーダンでの飢饉」について共同声明を発したことを伝えていました。
昨日の「しんぶん赤旗」も、アフリカ中部のナイジェリア、南スーダン、ソマリア、中東イエメンを中心に大規模な同時飢饉が発生、今後6ヶ月で2000万人が餓死する恐れに直面していることを伝えていました(末尾で記事を紹介)。
WFPのニュースは、南スーダンもそのなかの1つであるとのべ、現在最も深刻な飢饉の恐れがあるのはユニティ州レール郡およびメイヤンディット郡で、その他の都市も含め「10万人に上る人々が生命の危機に脅かされています」と書いていました。
こうした一刻も猶予のならない状態に直面した現在、日本に課されているのは戦闘に巻き込まれ、さらには現地の人を殺傷するかもしれない自衛隊の派遣ではなく、難民や飢餓に苦しむ現地の人たちへの人道支援活動です。
WFPは次のように訴えています。

南スーダンの人口の40%を超える490万人が食糧、農業および栄養の分野で緊急の支援を必要としています。
国連3機関は、すでに飢きんに直面している人々および飢きんの危機に瀕している人々への制限のない人道支援が、拡大する大惨事を食い止めるために一刻も早く必要であると訴えました。飢きんの拡大を防ぐためには、人道支援の規模を拡大し、最も弱い立場にある人々に支援を届けなければなりません。


ソマリアでも「干ばつ拡大により620万人が深刻な食糧不足 子どもの栄養不良94万人に上る恐れ」があるとWFPニュースは伝えており、「ユニセフと国連WFPは今後数カ月間に求められる緊急支援を実施するためには、さらに4億5,000万米ドルが必要」との訴えを発しています。
気候変動が世界的規模ですすむなか、それらは最も貧困な人々を襲っている。世界中の科学者がこれほど真剣に警鐘をならし、現実に恐ろしい変動が現れているのに、トランプ政権の異常さは際立っていますね。アメリカはこれにどう対応するのか、そして日本は?

次は、昨日22日の「しんぶん赤旗」が報じた、この問題についての記事です。

中東・アフリカ4カ国で同時飢饉 2000万人餓死の恐れ





  2月22日(水) その2
沖縄タイムス米国特約記者の平安名 純代さんが、22日付けで翁長知事の米国訪問についてコメントを書いています。
アメリカの政権が変わったから何か手応えを得ることができるのではないかという淡い期待を抱いて翁長さんは訪米したが、実際には「米首都ワシントンで面談したトランプ政権関係者や上院議員はゼロ、当地での記者会見に参加した米記者は1人、日本メディア以外で訪米行動を伝えた記事は2本」だったと書いていました。
平安名さんは、沖縄県が辺野古承認の撤回を視野に慎重に検討しているという態度を批判し、「切り札なしの3度目の訪米行動は、県民が抱える危機感すら伝えられなかった」と書く。「タイミングを間違えば切り札もただの札になる」とも。
県が思い切った対応に踏み切れないのは、やはり本当に切り札になり得るのかどうか見極めきれないことにあるのでしょう。とはいえ、平安名さんの言うとおり、コンクリートブロックが投入されつづけ、工事の実績が積み上げられていけばいくほど、回復不能な事態を生み出してしまいます。
翁長知事の苦悩は計り知れないものがあるとは想像できますが、ここは県民の意思をくみ取って一刻も早く「撤回」の決断することが必要です。

話はちょっと飛びますが、琉球新報は、東京MX「ニュース女子」の偏向ヘイト番組について鶴保庸介沖縄担当相の発言を紹介するなかで、「『ニュース女子』の問題で県内の意見の対立が先鋭化することに懸念を示した」と書きました。
これが配信記事なのか、独自記事なのかはわかりませんが、ヘイト番組で「県内の意見の対立」があるなどと、まるで2つに割れているかのように書く神経がわからない。ちょうど森友学園の教育について、「意見の対立が先鋭化することに懸念を示した」という書き方と同じことになる。
ヘイトの連中を一方におき、あたかも2つの意見に割れているように描く、これこそ今日の安倍政権の世論操作のやり口です。世論の分断をはかり、一方にはカネをばらまき、もう一方は弾圧する。メディアを取り込んで肝心要の情報は遮断する、このやり方に慣らされたとき、その後に待っているものは何なのか。
辺野古に毎日通う人たちこそ、この国の良心です。もちろん彼らは負けても悲壮感にうちひしがれたりはしない。何十年もの間、そうやってたたかいつづけ、耐え続けてきたのですから、その楽天主義と不屈な闘志は筋金入りです。
言いたかったことは、翁長知事はこれらの人々に依拠して当選した以上、その意思を最も尊重して行動する、これこそ住民自治の発露ではないのかということです。

沖縄タイムスにはTBS記者の金平紀茂さんによる「ワジワジー通信」が連載されていて、2月6日の第23回では、アメリカ・ノースダコタ州スタンディングロックでの米石油パイプライン建設に反対する先住民スタンディングロック・スー族のたたかいを現地で直接取材して書いていました。
以前このブログでも取り上げたことがあって、そのときはオバマ政権がついにパイプライン建設を断念したという報道でした。しかし、政権が変わってトランプ大統領がその決定を取り消したために、現地ではいまも全米からの支援者を含めてキャンプを張り非暴力の抵抗活動を続けざるを得なくなっているのです。
MNEMOさんの22日の冒頭に「Stand N Rock #NoDAPL」の映像Official Videoが紹介されていましたが、まさにそれです。DAPLとはDakota Access Pipelineのこと。Stand Up!とよびかける映像とメッセージソングの素晴らしさはコトバはわからなくてもしっかり伝わってくる。
抗議するスタンディングロック・スー族や支援する人々と州政府警察、事業主が雇った警備員たちとのにらみ合いは、これまた辺野古・高江の構図とまるでうり二つ。
金平さんも、この原稿の最後にそのことを述べていますね。「はるか遠く離れたノースダコタ州の先住民から沖縄の人々へのメッセージである」と。
是非とも金平さんの見聞きしたノーズダコタでの現地の人たちのたたかいをMNEMOさん紹介の映像(2/22)とともに想像してみましょう。
遅ればせながら、MNEMOさん、体調快復してよかったですね。しっかりと体力をつけてくださいますように。



  2月22日(水)
昨日は朝5センチくらいの積雪。除雪が必要なほどでしたが、どことなく春の雪という感じで、お昼過ぎには天気も回復、それとともに日向の部分は淡雪のごとく消えていきました。
今日は朝からよいお天気。2,3日おきにくるくる天気が変わっています。あしたはまた荒れ模様か。


そうそう今日はネコの日だった。何故かはよくわからない。ニャンニャン? ゴロあわせをすればいいってもんじゃないと思うけどね。
我が家のハルちゃん、知ってか知らずでか、いつも私の傍らのエアコンの下で寝てばかり。最近、ほとんど妻のところに寄りつかないので、いささかおかんむり。「エサ買ってきてやらない」とつむじを曲げているのです。さて、どうしたものか、ハルちゃん。


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昨日のニュースでは、この森友学園に対する国有地の売却問題が問題となり、その内容がかなりくわしく報じられるとともに、民進党が事情聴取を行ったことが伝えられていました。
だいぶ前のことですが、大阪の森友学園でしたか、日の丸を掲げ教育勅語を読ませている幼稚園があるという話を書いたことがありましたから、私も気になって、昨夜いろいろネットで調べていました。
分かったことをまとめようと思っていた矢先、今日の「しんぶん赤旗」が正確にこの問題を伝えていて、すっきりしました。
この森友学園が経営する幼稚園は、日の丸・君が代はもちろん教育勅語を園児に唱和させることで有名であるだけではなく、小学校建設にまで乗り出し、当初に予定したその名も「安倍晋三記念小学校」。これじゃあんまりというので「瑞穂の國記念小学校」としたというのです。おまけに名誉校長が安倍晋三夫人の昭恵さん。
そのご挨拶には「(校長の)籠池先生の教育に対する熱き思いに感銘を受け、このたび名誉校長に就任させていただきました。瑞穂の國記念小学校は、優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます」とある。さもありなん。
テレビ東京、朝日新聞日刊ゲンダイなども追及の火の手を挙げていますが、国有地売却の疑惑そのものは大変わかりやすい。とりあえず、次のテレビ東京のニュース映像を見てみましょう。トリハダが立つこと請け合いです。

テレビ東京 独占 ”格安”で国有地購入 名誉校長は安倍総理夫人
テレビ東京 独走 総理夫人が名誉校長 懸念示す議事録入手

下の映像で紹介されているとおり、この問題を一貫して取り上げ追及してきたのが共産党の宮本岳志議員。宮本議員は2月15日に総括的な質疑を行って、@資金のない森友学園がなぜ「認可適当」とされたのか、A更地の価格は9億5600万円の国有地がなぜ1億3400万円で売却されたのか、B格安にされた理由として地下に埋まっているとされるゴミ処理代金8億1900万円の根拠、について鋭く質問をしました。

実はネットではこのやりとりの大半が原稿起こしされて紹介されていました。映像を見ながら、私が独自にそれに手を入れて完成したのが次のファイルです。昨日は、ヒマにまかせてこんなことをやっていたのでしたよ。

2月15日 衆議院財務金融委員会での宮本議員の質問(YouTube)
2月15日 衆議院財務金融委員会での宮本議員の質問(原稿起こししたもの pdfファイル)

テレビ東京の映像で紹介されていた宮本議員の2月21日の質問は次のとおり。

2月21日 衆議院財務金融委員会での宮本議員の質問

これは、国会からダウンロードしたWindows Media Player用のファイルです。
もし問題があるようなら、「衆議院インターネット審議中継」のビデオライブラリーからダウンロードできます。
なお、この中で言及されている、籠池泰典理事長のTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」への電話生出演の模様はこちら、その他日刊ゲンダイHuffingtonPostも。もはや話は”神がかり”です。

この問題は、大きく2つのことを浮き彫りにしています。
第1は、これまで一学校法人の組織であった森友学園が、日本会議というパイプを通して安倍首相と密接に結びつき、安倍内閣のめざす「教育」がどのようなものであるのかを”内外”にはっきりと示したこと。いうまでもなく天皇を頂点とする戦前の国家主義教育がその究極の目標ということです。日本国憲法体系に完全に背反するこのような教育を安倍首相(ご夫妻ともども)が考えているとすれば、空恐ろしくなります。
第2は、国有地の売却をめぐる安倍首相周辺の疑惑。いったい誰がどのようにこのようなカラクリを仕組み、べらぼうに安い値で森友学園に売り渡したのかということです。
宮本議員も指定するように、地下3メートルまでのゴミ処理が8600万円、ところがそれからわずか80センチ掘り下げてゴミ処理するのに8億1974万円かかるという計算なのですから、誰が見てもおかしいと思いますね。しかも、「工事積算基準に則って適正に行っている」というだけで、実際には掘り出してもいないし、掘り出すかどうかは森友学園次第というのですから、唖然とするほかありません。
ここで見逃すことができないのは、第1と第2が連動してすすんでいること。要するに、こんな時代錯誤の教育が安倍内閣の「庇護」のもとにやられていることです。徹底追及の手を緩めるわけにはいきませんね。



  2月21日(火)






  2月20日(月)
今日は全国的に強風の荒れ模様だったらしい。池田はそれほどでもなかったし比較的暖かかったけれど、1日家にいて長い文章に向き合っていると気が滅入ってしまいます。
昨日はいい天気だったかな?1日ずっと閉じこもっていると昨日何をしたかさえ忘れてしまっています。背骨の痛みもかなり改善してきているので、ちょっとずつ運動もしなければと思い始めているところ。
昨日朝とった北アルプスの写真でお茶をにごしておきますか。妻に譲ったお古のカメラの方がよほどきれいに写っている。








  2月17日(金)
朝から強い南よりの風。いつもなら霜で一面真っ白なのに今朝の暖かさはどうしたことか。あとで関東地方を初めとして「春一番」が吹いたと知りました。しかし、まだ春までには相当に間がありますね。
今朝はまず昔のJA直売所、現在のファミマ前での売り出し(ファミマ+直売所3周年)に出掛けました。その一角で、被災地支援ネットのメンバーが女川海産物の売り出しをするというので、さっそく出掛けたのです。
あいにくの強い風と時折吹き付ける雨のために、相当に苦労しながら販売にあたっている友人たちには済まない思いをしつつ、出来るだけの買い物をと思って、ワカメやかまぼこなどを購入してきました。
山間の池田町で新鮮な「生わかめ」が食べられるってのは大変珍しいことです。大きなワカメの茎をとり、湯通しして水洗いをし、その後ショウガ醤油で食べるのが私の好みです。さっそく自分好みの味付けで大きなボール一杯、妻とともに味わったことでした。柔らかくて美味しかった。

そのあと、妻と松本に向かって映画鑑賞。妻は映画は映画館で観るものだという持論があって、一人でもよく出掛けるのですが、今日は私もおつきあいし「相棒W」を観てきました。どうもテレビのコマーシャルに載せられた感ありですが、タイミングのよい映画がこれしかなかったということもありました。感想は?と聞かれれば「まさしく相棒」としか言いようがありませんかね。

家に帰ったら、注文していた映画が届いていたので、妻が再び松本でのボーリングに出掛けたのを幸い、午後9時頃まで観ておりました。
その映画とは「カメジロー 沖縄の青春」。実写、再現、インタビューなどを織り交ぜて瀬長亀次郎が生きた戦後の沖縄の一断面を描くというもので、私には感慨深い映画でした。
日本の政治史の中で、これほど住民に愛された政治家はいないのではないでしょうか。米軍施政権下の沖縄で、カメジローが演説すると聞くと、遠くから中学生・高校生まではるばる聞きに行ったんですね。写真にも学生帽が沢山写っています。
何と言っても圧巻は、カメさんが那覇市長に当選したあと、那覇銀行などが融資を停止し公共工事がすべてストップしたとき、那覇市民が大挙して市役所に納税に押し寄せ、役場の金庫がパンクしたというシーン。
いまなら全く信じがたい出来事です。激しい反共攻撃に晒され続けた沖縄人民党の代表だったんですから驚異的なことです。世界中探しても、こんなシーンがみられることなんてありませんね。政治家の資質、姿勢、覚悟・・・沖縄の人たちは理屈よりも肌身でカメジローのそれを見抜いていたと思うのです。
「日報」問題で隠蔽体質を露呈した防衛省をコントロールできない稲田防衛大臣、共謀罪の説明すらできなくなって言論封じに走った金田法相、トランプベッタリの親分も親分なら子分も似たりよったりの今日の政治家。
筋金入りのカメさんの政治姿勢に触れるとき、政治家とはどのような存在なのかを改めて教えられます。



  2月15日(水)
大火に見舞われた糸魚川の復旧・復興はいまどうなっているのでしょうか。雪がかなりひどくなっているので、本格的な工事は雪解けを待たないと難しいのではないかと思われます。
糸魚川市の米田市長から、被災地支援池田町民ネットに義援金と支援物資への礼状が今日届きました。

新潟日報によると、県は2月13日にこれまで県や日赤に寄せられた義援金約1億5千万円を全額糸魚川市に送ることを決め、糸魚川市の配分計画に基づき、被災者に配分される見通しだということです。私たちの義援金28万5千円は、市に直接届けているのでこの中には含まれてはいませんが、それらは配分計画にもとづいて被災者に配分されるとのこと。
糸魚川市には「ふるさと納税」が4億円にのぼったというニュースもありました。一刻も早く家屋の再建に取りかかれるようにしてほしいものですね。



  2月14日(火)
昨日妻がチョコレートを買ってきてくれた。こんな私のために・・・グスン、と感激し今朝お茶を飲みながら味わいました。
そこまでは仲むつまじい夫婦愛の物語ですが、さて、その次の妻のコトバ。「エッ、お酒が入っているというので買ってきたんだけど、入っていない?」と、妻も一粒食べてみて「なんだ、ホントだ、残念」。
ここまでの会話を読んで、意味が分かった方はすごい。私は下戸ですから、ウイスキーボンボンのようなものはほとんど口に入れない。ということは・・・。
そんなのはどうでもいいんです。買ってきてくれる気持ちが大事なんですよね。

昨日、沖縄の不屈館(瀬長亀次郎記念館)から「不屈館だより」が届きました。相変わらず”美しすぎる”印刷物なので、ちょっと違和感がありますが、毎年の会費で運営されている記念館ですから、まあそれは置いておくことにしましょう。
今回の第8号は1960年代の具志川村(現うるま市)昆布の土地闘争を特集していました。いまから50年も前の事件なのですが、いまなおこれが特集されることには格別の意味があると記されていました。

当時、沖縄を占領していた米軍は、その軍用地を確保するために次々と土地接収の布令を出し、従わない場合は「銃剣とブルドーザー」によって強制的に取り上げていったのでした。那覇市銘苅、小禄、伊江村真謝、宜野湾市伊佐浜などがその例です。
その中でも、唯一具志川村昆布は強制接収の通告のあと「昆布土地を守る会」を結成し、米兵による闘争小屋への投石、放火、焼き討ち、打ち壊しなどの暴力に屈せず、5年7ヶ月以上のたたかいを続けてついに土地接収を断念させたのでした。
当時は伊江島真謝でも阿波根昌鴻さんらを先頭に土地取り上げに反対するたたかいが続けられており、昆布の人たちはその活動から学ぶために伊江島に渡ります。
こうして、昆布のたたかいは次第に沖縄中に広がって連帯した運動へと発展していくのですが、ベトナム侵略戦争反対の運動と結びついて次第に高まっていく反対運動に米軍は一方で接収期限の延長を余儀なくされながら、もう一方では住民が座り込む接収襲予定地の草むらにガソリンをまいて焼いたり、闘争小屋に放火したりとやりたい放題。当時の米軍の本質を誰の目にも明らかにしていくのです
そんな中、ある地主からは「地主としてはすっかり疲れ、私たちの力ではとうてい(何も)できない」と弱気の声も。それを沖縄の人たちはどのようにして克服し、最終的な勝利に結びつけていくのか。ここが最もかんじんなところですね。
懐柔、分断、恐喝・・・支配の常套手段です。それらに抗うことは容易なことではありません。日々の出来事のなかで人間の弱さ、醜さ、強さ、美しさが浮き彫りにされ次の日々がそれを否応なしに検証していくのですから。

当時は米軍(高等弁務官)による直接支配でしたから、今日とは比べようもありませんが、支配の構図はいまも昔も少しも変わっていません。より複雑により巧妙になっているだけです。
これらの体験をしている人たちにとっては、辺野古の基地建設や高江のヘリパッド建設に伴って進行している現実は、決して新しい出来事ではないのです。土地取り上げの悪夢と重なり、戦争の記憶を呼び覚ます出来事に他ならない。

映画「沖縄」第1部「一坪たりともわたすまい」、第2部「怒りの島」を見ました。「ドレイ工場」の武田敦監督が心血を注いで撮影、なつかしい俳優たちが総出演するこの映画はまさしく日本映画の良心の結集といってもいいでしょう。「説教臭くない骨太の映画」と誰かが評していましたが、その通りです。私のどんなコトバより、映像が当時の沖縄の現状を見事に映し出してくれています。貴重な映像です。それもそのはず、ほとんど実話に基づいているからです。

第一部はYouTubeで、第2部はポップアップ宣伝だらけですが、PandoraTVで見ることができます。
第一部「一坪たりともわたすまい」


沖縄 第2部「怒りの島」

第1部の映画のタイトルは「一坪たりともわたすまい」。当時、昆布の部落のあちこちに掲げられていたスローガンでもあり、同名の歌のタイトルにもなっています。
歌のほうは、1968年に昆布のたたかいの中で集団創作されたもの。ちょっと暗くて軍歌っぽいところがありますけれど、行進曲風で調子がいいのでまたたくまに全国に広がり、私自身も大学卒業間際の頃と名古屋時代によくみんなで歌ったことを思い出します。
沖縄・ベトナムというのは当時のたたかいの最前線でしたし、連帯の運動が盛り上がった時期でしたから。それが名古屋時代、すぐに沖縄の人たちとむすびつく下敷きとなったのでしょう。
この歌が今なお、辺野古で高江で歌い継がれるにはそれだけの理由がある。その歴史を私たちはもっと知らなければなりませんね。熱い思いをよみがえらせてこの歌を聴いたことでした。





  2月12日(日)
朝6時半、トイレに起きたついでに縁側に出たら、これは見事な有明の月。「・・・・ねぼけまなこでながむれば、ただ有明の月ぞ残れる」ですかね。数日前なら「朝ねぼけ 有明の月とみるまでに 安曇の里にふれる白雪」でしたけど・・・・。
またまたピンぼけお月様です。このカメラにはお月様の光は眩しすぎるらしい。どこかからお月様の映像だけ借りてきたいほどです。
昨日から大雪警報が出ていますが、それは大町から北のこと。昨日大町まで行った妻の情報によると、大町から北では相当に降っているらしい。こちらは寒さは厳しいけれど雪はほとんど消えかかっています。


さて、MNEMOさんには、このところいくつかの話題を拾っていただきました。とくに妻のウチナーグチの話。そうですよね。
この話がでると、いつも私に思い出されるのは、忘れもしないまだ弱冠25歳のとき。パスポートを取って右側通行の沖縄に渡ったときのこと。何しに行ったかと言えばもちろん「結婚の承諾」でありました。妻の父母・親族が集まって妻と何か話している。私にはまるでわからない。
「おい、のりこ、ヤマトンチューを連れてきてどうするつもりか」「そんな結婚認めるわけないじゃないか。前から結婚するならウチナーンチュだと言ってあったはずだ」などと決して話してはいないはずだ、「うん、なかなかいい男連れてきたな、これでお前も安心だな」と言っているのに違いない、と勝手に想像をめぐらせるものの、一言もわからん。
妻(当時予定)は翻訳してくれるわけでもなく、別人のように見えましたね。えらいところにきたな、と思って皆さんの顔を見たら、とても優しいことに気がついて嬉しくなった。
いまでも妻はテレビなどでウチナーグチが出てくると「わからんでしょ?」と言うのでカチンと来ますけれど、そりゃ仕方がないじゃありませんか。
そういう妻は、確かにMNEMOさんの言うとおり、私より富山弁ですからtrilingualかも。それでも、イントネーション、音の引っ張りなどの微妙な表現はとても困難らしい。
多言語をあやつるなんて、私にはとても人間業とは思われないけれど、実は子どもの頃から生活習慣になっていれば、ごくごく普通になるんでしょうね。インドでは人口の約20%が多言語で、何百万人も3言語だといいます(参考記事)から。ヨーロッパのいくつかの国ではもっと多言語なのかもしれません。
ただ、日本のようなところでは、そのような環境もないのに子どもに言語学習を無理矢理押しつけるなんてことは逆効果だろうし、1つの言語さえ習得は難しくなるかもしれません。バイリンガルやトリ(トライ)リンガルをうらやましがる前に、母国語を豊かに身につけることが大事じゃないのかなあ。ね、アベさん。

昨日午後は、仕事(お勉強)で松本に出掛けていました。一人の子が「どうしてここではこんなに時間の経つのがはやいんだろ」というので、「学校では?」と聞くと「なかなか時間が過ぎない」という。私にも覚えがあります。それが学校です。
2月上旬から大学入試の時期。緊張で臨む入試・・・これまた私にも覚えが。
ところで、沖縄タイムスによると、沖大の入試で珍事件が発生したらしい。何と「国語の試験で解答用紙の代わりに模範解答を配布」したというのです。何のこっちゃ、そんなことあり得ないと思うのですが、アリエ〜ルんですねえ。
何が起こったのかわからないでポカ〜ンとしている受験生の顔が浮かんできます。その部分は全員正解にしたらしいから、まあよしとするか。それにしてもアホ大学。



  2月11日(土)








  2月10日(金)
エディタのことを昨日書きましたが、よく調べてみたら、これまで使っていたものがちゃんとバージョンアップされていた。感謝です。
昭恵夫人と手を取り合って、シンゾーさんがアメリカに降りのを見ながら、我が夫人「あんな風に手をとって降りなきゃいけないんかねえ」。そりゃ、仲むつまじいことをトランプさんに見せつけないといけませんからね。
「じゃ、我々二人もああやって手を取り合うことにしようか」とまじめに言ったら、「そうね」と言いながら「手を取って むかしラブラブ いま介護」と口ずさんだことでした。一挙に興ざめ。

さて、冬型が強まって風が強く寒い寒い。夕方からは池田は晴れ間が多くなり、ほぼ満月(月齢13.1)に照らされて北アルプスがくっきり浮かんで見えます。明日はよい天気になるのでしょうね。

私は相変わらず、ほとんど外に出ないで太る一方。今日は、公民館関係の調べ物をしたり書き物をしておりました。
辺野古の問題や共謀罪問題も懸案事項ですが、これらは新聞を切り抜いて材料を集めているところ。何かを書くまでには至っていません。とりあえず、今日は例の公民館問題について、弁護士との打ち合わせもふまえて重要な点についてのみ、書いておきたいと思います。
当然ながら、これは実行委員会の見解ではなくあくまで個人の見解に過ぎないことをあらかじめお断りしておきます。公式な見解は、現在議論の最中です。

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教育委員会が、公民館の使用許可取り消しを行ったのは昨年12月1日のこと。それからつぎのような経過がありました。
12月5日 抗議文手交
12月16日 池田町・教育委員会 抗議文と質問に対する回答
12月27日 つどい実行委員会 池田町の「回答」に関する質問と要求
同日 自由法曹団 公民館使用許可取消処分に抗議する声明
1月20日 つどい実行委員会 公民館使用許可取り消し問題に関する見解
2月1日 池田町・教育委員会 「質問と要求」(12月27日)に対する回答
現在、この「回答」についての分析をすすめ、再質問あるいは見解の表明を準備しているという段階です。

現在までに教育委員会の考え方ははっきりしており、あとはその誤りをどう追及していくのかということになります。今日はその問題について、簡単に解明しておきたいのです。

池田町の公民館問題についての考え方の骨子はつぎのようになります。

@公民館は社会教育法にもとづく社会教育の場である。
A社会教育法第23条は、管理者・運営者とともに、利用者にも適用される。
B従って、政党もしくは政治団体や町民団体が利用できるのは、特定政党の利害に関する事業に該当しない場合だけである。
C特定政党の利害に関する事業とは、
 ・一般町民に特定政党の宣伝をすること
 ・選挙において特定の候補者や政党 に投票するよう、或いはしないように勧誘すること
である。
D憲法や教育基本法の集会・言論の自由などの規定はあるが、公民館においては政治的中立性が求められる以上、社会教育法第23条がそれを担保している。
Eこれを判断するのは公民館長であり、入手できる全ての情報から使用の適否を判断する。


こうしてみると、教育委員会の論理の組み立ては至って簡単で、「社会教育法第23条は利用者もこれに拘束される」という一点に尽きることが分かります。
当然、これが崩れれば、すべての論理が崩れるわけですから、池田町教育委員会としてはこの解釈にしがみつかざるを得ません。
「確認書」まで発行して、かたくなに自己弁護を図り、責任を実行委員会側に負わせようとしている衝動の根源もそこにあります。
言うまでもありませんが、この教育委員会の立場は社会教育法第23条の誤った解釈にもとづくものであり、どのような立場からもその合理性・正当性を主張することはできません。
その根拠は実は極めて脆弱であり、さしたる明確な解釈があるわけではありません。そう解釈するのが池田町教育委員会の立場だとのべているだけです。
もちろん過去の判例なども参考にはしているのでしょうが、ここ20年ほどは今回に類する判例があるわけではありません。また、政府や文科省の方針も、政党の利用に関するものが中心ですから、これも根拠とするわけにはいきません。
だとすれば、他の自治体の動向などを見て、このように解釈すると打ち出したのだろうと考えるのが自然でしょう。

ではどうやって、この論理を打ち破るのか。それには3つの点が重要です。
第1は、何と言っても日本国憲法第21条の立場を前面に押し出して、これを侵害していることをはっきりさせることです。自由法曹団の見解は、この問題に正面からとりくみ、池田町教育委員会の公民館使用許可取り消しが憲法違反であることを明解に示しています。
この点は、憲法施行70年を迎える今年、格別に重要な意義をもっています。
第2は、文科省の見解にそって、池田町教育委員会の解釈がなぜ間違っているかをはっきりさせることです。
つまり、社会教育法第23条は、あくまで公民館の運営者に対する縛りだということを明確にすることです。
この点では、18才選挙権導入にともなう昨年7月の文科省通達が最も有力な拠り所となります。ここでは池田町教育委員会の論理は見事に打ち破られているのですから。
第3は、広島市や岩出市がだれにもわかるようなやり方で公民館のあり方を示し、この先進例が私たちを後押ししてくれていることです。
池田町・教育委員会が、あくまで誤った解釈に立って今回の行為を合理化し固執するのか、それとも誤りを認めて新しい方向に足を踏み出すのか、ちょうど今が分かれ道に立っていることを強調しておきましょう。

ここでは、第2の文科省の見解を見ておくことにしましょう。これをご覧になっている教育委員会、池田町の幹部のみなさんも是非いっしょに考えてみてほしいものです。

文科省の見解とは、昨年7月に18才選挙権が導入されたことに伴って文科省が全国の都道府県教育委員会に出した通達を指します。正式には、平成27年7月28日付けで文部科学省生涯学習政策局長から各都道府県教育委員会教育庁あてに通知された文書(27文科生第277号)、「公職選挙法等の一部を改正する法律の公布に伴う社会教育における啓発活動等の充実について(依頼)」です。
この中で社会教育法第23条のあつかいについてふれており、次のように言っています。

社会教育法の第23条第1項第2号の規定は、公民館の政治的中立性を確保するために設けられているものであり、公民館を政党や候補者等に利用させることを一般的に禁止するものではない。
例えば、特定の政党を支援する目的で事業を実施することや、特定の政党に、特別に有利な条件で提供したり、独占的に利用させたりするような運営を行うことは禁じられるが、事業等の目的・内容が特定の政党・選挙の候補者を支持するものでない限り、本規定の違反とならず、差し支えない」


いかがでしょうか。前段は、これまで政府や文科省が述べてきたことを再確認している部分です。
重要なのは後半部分。主語は明確ではありませんが、文脈からすれば、「公民館は」となります。なぜなら事業を実施するのは公民館だからです。
すると、この文章の意図するところは次のようになります。

@公民館運営者は(利用者ではありません)、特定の政党を支援する目的で事業を実施してはダメですよ。
A公民館運営者は、特定の政党に特別に有利な条件で公民館を貸したり独占的に利用させたりするような運営をしてはダメですよ。
Bしかし、その事業の目的・内容が特定の政党・選挙の候補者を支持するものでない限り、第23条には触れないので大丈夫。差し支えありませんよ。


ここには、社会教育法第23条が運営者にも利用者にも適用されるなどという考えはみじんもなく、それどころか、公民館運営者に偏った運営をしてはならないことを強調し、さらに公民館の事業としてやる場合でも、特定の候補者を応援するような事業はダメですよと言っているのです。池田町の見解とはずいぶん違いますね。

さて、池田町教育委員会は長野県教育委員会から下達されているのかどうかは知りませんが、これを読んでどう判断されるのでしょう。判例はともかく、文科省がこのような立場を明確にしているわけですから、池田町教育委員会も何らかの統一見解を出さないわけにはいきません。議会でも当然ながら聞いて貰うことにしましょうね。回答が楽しみです。



  2月9日(木)
このところ、ちょっと息抜き。といえば聞こえはいいのですが、雑用で日が過ぎていったという感じでした。
このところ、いままで使っていたHTMLエディターが、Windows10仕様に合わなくなってきたらしく、コピペができない。それもそのはず、WindowsXの頃からアップデートなしのエディタでしたから、時間の問題だったのです。
そこで、ネットで適当に探して最初にヒットしたMeryというのを導入して試しているところ。入力するために使うだけですから、色分けさえしてあればそれでよし。このエディタは、シンプルだし、いままでの使い勝手とさほど変わらないので、しばらくは使えそうです。
毎日ホームページを更新するために使い込むものだし、置換を除いては複雑な使い方は一切しないので、何よりも入力しやすさが一番。あとはおいおい慣れていくようにしましょう。

妻に、ぜひ沖縄の言葉について、折に触れて紹介して欲しいと言っていたら、このところ書いてくれているようです。昨年沖縄に行った折に、島言葉では簡潔で正確な表現ができないと、とんでもないことを書いた本を紹介したことがありましたが、琉球語は是非とも末永く残してほしいものです。文化の土台ですからね。
妻が英語をぺらぺらしゃべる人を「羨ましいね」というので、「あなたはウチナーグチとヤマトグチのバイリンガルですよ。私は英語もわからず、ウチナーグチもわからん。せいぜい富山弁ぐらい」と言ったら、「そうだね」とまんざらでもなさそうでした。
確かに文法は日本語体系でしょうが、耳から入る音は余りにヤマトグチとは異なるので、私にすればやはり別の言語。だからこそ大切にしなくちゃいけない。

一昨日は、町からの「回答」について詳細な分析をしてコメントを書くので1日終わり。昨日は、来週の年金者組合の「誕生会」のために、またまたカラオケCDをつくっていました。
何だか、とりとめのない過ごし方で、どんどん日が過ぎていきます。まあ、一生にはそんなそんな日もあるさと開き直り、ハルちゃんを抱っこして老々介護(ほとんど同い年ですから)。

琉球新報によると、東京で日本最大級の右翼団体を脱退したメンバーら30人が設立した花瑛塾が、沖縄辺野古新基地建設に反対し阻止する活動を展開することにしたらしい。
報道によると、 「沖縄で起きていることは在日米軍基地の機能強化にほかならない」、「核なき世界と核なき日本を目指す」、日米安保条約について「愛国者の立場から言えば、対等な平和条約にすべきだ」と主張。沖縄の米軍基地問題に対し「辺野古も高江も、沖縄の負担軽減ではなく、内実は新基地建設を優先させた施策だ。そもそも海兵隊は日本を守るためにいるのではなく、米国の軍事戦略のために存在する」、日米安保を支持する右翼団体に対しては「米国と一体化することが強い国だと思い違いをしている。対米従属ではなく、核のない世界を目指す本来の右翼に戻るべきだ」などと語り、その主張はしごく真っ当。沖縄の歴史と実状を知れば、たとえ国家像や理念は異なっても現実の問題の認識では、右も左もないということを示しているよい例です。
彼らのメンバーは、大半が10代、20代なのだそう。メンバーの一人は昨年4回高江と辺野古を訪問しており、「高江で機動隊員が沖縄のおじさん、おばさんたちに暴言を吐いたり、傷つけたりしたのは許せない」、沖縄へのヘイトスピーチについても「自分で考えるよりも誰かを否定するのが楽だからやっている。自分のストレスをぶつけている」というのですから、今度私が沖縄に出掛けたときには、これらのメンバーと統一戦線を組むことがあり得るのでしょうかね。民族派右翼というレッテルではとらえられない新しい動きとして注目したいものです。



  2月5日(日) その2
辺野古新基地の海上埋め立て工事が明日から開始されようとしている。大型ボーリング船、大きなコンクリートブロックを積んだ大型台船などが大浦湾に集結し、工事開始を待っているというニュースが流れました。
現地沖縄では、明日は大規模な抗議行動がキャンプシュワブ前で繰り広げられることは確実で、これを阻もうとする沖縄防衛局、県警との間で厳しい対峙が続くとみられます。
「日本のカネで建設される辺野古基地は異存がない」とするトランプ政権と、そのことを奇貨としていよいよ前のめりにアメリカとの軍事一体化を進めようとする安倍内閣。国際的にも異常な2国の関係を、多くの「本土」の人々はさほど不思議な構図だとは思っていないように見えます。
テレビはアメリカのトランプ政権の入国一時差し止め政策への国民の支持や反発の動きは逐一面白おかしく報道している一方で、沖縄での工事となればただ政府の報道を垂れ流すだけ。沖縄県民の深い絶望感と、それでも何とか阻止したいとする翁長知事らの懸命の努力についてはほとんど触れようとしない。
大浦湾の深場にまで岸壁を建設し、沖縄県以外から想像を超える量の土砂を運んできて貴重な自然が残る珊瑚礁の海を埋め立て、200年も耐用年数を持つ基地をアメリカのために作ってやろうとする。翁長知事はいまこそ埋め立て承認「撤回」に踏み切るべき時ではないでしょうか。
日米の国家権力が相手ですから、容易なことではこの計画を止めることはできないでしょう。しかし、沖縄は米軍占領下での土地取り上げと身を挺して不屈にたたかい、沖縄戦の記憶を子孫に伝え、反戦平和の民意を育ててきたのです。いま、本土が沖縄の民意を踏みにじってまで米軍基地をつくるなら、その行いは未来永劫本土による琉球処分として沖縄県民に語り継がれることになる。
沖縄県民が可哀想とか見るに忍びないとか、平和を愛するかとかという問題ではありません。安倍内閣のこれほどまでの屈辱外交、売国政治を許すのかどうかということです。この基地問題が、彼らの政治の本質を最もよく表しているからに他なりません。

東京MXの番組「ニュース女子」での沖縄ヘイト問題は先日くわしく紹介しましたが、東京新聞は論説副主幹がこの番組の司会をしていたことを重く見て、2日付け朝刊一面で謝罪する記事を掲載しました。


一方、デマ報道をされた「のりこえネット」共同代表の辛淑玉さんが、放送倫理・番組向上機構(BPO)に人権侵害を訴えていたところ、BPOは「まず当事者同士で話し合うように」という連絡があったらしい。話し合った上での訴えに対してこの始末。辛さんは「被害者に対し、加害者側ともう一度話し合えと言っているようなものだ」と言う。その通りです。この手の番組が流されたことに、むしろBPOが機敏に反応することこそその役割なのに、これではお墨付きを与えるようなものではないのか。
報道の質、報道の姿勢、批判精神、それが劣化し権力にすり寄るとき、その先に見えるのは「戦争」です。

ブログ、フェイスブックなどで記事を継続的に続けるというのは実際には大変なことです。沖縄関連のブログが昨年半ばで更新ストップというケースがいくつも見られます。個人個人が相当に忙しくなっているということもあるでしょう。生活環境の変化ということもあるかもしれない。しかし、やはり情報発信力が弱まっていることが大変心配です。
ネトウヨと呼ばれる方々については以前元気です。これがその存在意義だし「期待」されてもいる。しかし、粘り強くたたかいつづける側の住民の方はなかなかそうはいかない。
個人によるさまざまな角度からの発信がとくに大事になっているんじゃないかなあ。私には見えていないだけなのかな?



  2月5日(日)
昨日のバラの会の懇親会で流すBGMを作ろうと思って、数日前に「薔薇」をテーマにした曲をYouTubeで検索していました。
知っている曲はどうでもいいものばかり。私の知らない埋もれているものを見つけたかったのです。とはいえ、その日限りのBGMですから、あんまり深刻なのはだめ。
その中に、ベット・ミドラーが歌う「The Rose」がありました。「偏った」曲しか聴いてこなかった私としては、世の中にどんな曲があるのか知るよしもありませんでしたが、何かのきっかけでふと出会う曲もあるのだなと思わされたことでした。
調べてみると、この曲、高畑勲のアニメ「おもひでぽろぽろ」の主題歌になってたんですね。ジブリアニメは結構見ていたのですが、この「おもひでぽろぽろ」だけはまだ見ていなかった。また2015年にはTBS系の金曜ドラマ『アルジャーノンに花束を』の主題歌にもなっていたという。多分、どこかで聞いたことはあったのでしょうね。
アメリカではこのThe Roseは1980年初頭全米で上位にランクされているそうで、いまなお世界中で愛されているということらしい。
なぜこの曲を取り上げたかというと、歌詞も曲もとてもシンプルだが深い味わい響きを持っているということをいいたかったのです。韻を踏むところなど日本語では訳しようがないでしょうし。
ところが訳詞によるものとなると、高畑さんには申し訳ないけれど、曲に無理に合わせようとするためなのか、優しさ素朴さが消えて、なんとなく押しつけがましくなったような気がして好きじゃない。
たとえば、アイルランド民謡「The Last Rose of Summer」を「庭の千草」とやったように、完全に別物として日本語にしてしまったほうが、しっくりくるんじゃないかとさえ思える。

The Rose

Some say love, it is a river, that drowns the tender reed.
Some say love, it is a razor, that leaves your soul to bleed.
Some say love, it is a hunger, an endless aching need.
I say love, it is a flower, and you, it's only seed.

It's the heart afraid of breaking, that never learns to dance.
It's the dream afraid of waking, that never takes the chance.
It's the one who won't be taken, who can not seem to give.
And the soul afraid of dying, that never learns to live.

When the night has been too lonely and the road has been too long.
And you think that love is only for the lucky and the strong.
Just remember in the winter, far beneath the bitter snow.
Lies the seed, that with the sun's love in the spring becomes the rose.


次は、YouTubeで紹介されていた曲にあった訳詞によりました。もちろん、これはあくまで英語の歌詞を伝えようとするもので、日本語歌詞ではありません。末尾に、Translated and Edited by Leonaとありました。

愛は河だという人がいる 若くて柔らかい芽をのみ込んでしまう河だと
愛は鋭い刃物だという人がいる 魂から血を奪い去る刃物だと
愛は餓えだという人がいる 満たされることのない渇望だと
私は愛は花だと思う そして、その大切な種があなたなのだ

傷つく心を恐れている心 そんな心では楽しく踊ることができない
目覚めることを恐れている夢 そんな夢ではチャンスをつかめない
誰も受け入れられない人 それでは与える喜びを知ることはない
そして死ぬことを恐れている魂 それでは生きることの意味を学べない

夜がせつなく寂しくなったとき そして、道があまりにも長すぎると感じたとき
また、愛は幸運で強い人間にしか やってこないと思ったとき
思い出してほしい、厳しい冬の 深い雪の下には
暖かい太陽の愛を浴びるための種があり 春には薔薇の花をさかせるということを・・・


私たちが、ささやかなバラ園をつくり、みんなで初夏に咲く薔薇を楽しみにしているのは、もちろんこの歌詞ほど深いことを考えたからではありません。
でも、安曇野の厳冬を乗り越えて美しい花を咲かせてくれる薔薇たちに惹かれてやまないのは、私たちにいろんなことを考えさせてくれる魅力を持っているからなのでしょうね。きっと。



  2月4日(土)
日が昇って暖かくなると、ネコのハルちゃんは決まって縁側脇のエアコン室外機の上に乗ってジッとしています。多分そこが一番日が当たると思っているのでしょう。
ずいぶん年になっていると思うのですが、どう見ても昔から顔かたちが少しも変わっていないように見えます。この手の雑種はそうなんですかね。ケガはともかくほとんど病気らしい病気にはかからないので助かっています。元気でいてくれるのが一番。


さて、今日はバラの会の総会の日。昨年はちょうど今頃入院していたために総会を延期せざるを得ず、3月に予定していた剪定作業と同時開催になって皆さんに迷惑をかけてしまいました。今年は全部で15人が参加、何とか実動人員ほぼ勢揃いという盛況で、今後の活動について約2時間熱心に議論を深めることができました。ここ2,3年では最も充実した総会になったのではないかと思います。
新会員のTさんが、みんなの拍手に包まれて自己紹介。その後、バラ祭りのあり方、消毒作業の改善、助成金事業の進め方などについて語り合いました。
仲良くゆるやかに和気藹々と活動を進めているのが、長続きの秘訣なのでしょうね。それぞれ次第に年齢を重ねていますから、世代交代も真剣に考えていくべきとき。こうした活動が地域に根ざすように知恵を絞っていかないといけません。




  2月2日(木)
町の公民館問題での回答をめぐる問題について、昨日のつづき。
今日はどうしても、社会教育法の条文解釈をめぐって書いておきたいことがあります。
つどい実行委員会の町への「質問」に次のような項目がありました。(昨日の回答2-【2】-A)

教育委員会は、社会教育法第 23 条の「公民館」を「運営者および利用者」と解釈しているが、その解釈はどのような根拠に基づいているのか。

これに対しての回答は、ただ「社会教育法第23条第2項による」というだけのものでした。この「解釈」が無理であることは、「見解」でも過去の私の記述でも再三にわたって指摘したところですが、教育委員会はどうあっても社会教育法第23条が利用者にも適用されるということを認めさせたいらしい。
ここでは、過去の判例や政府の見解などよりも、どちらかというと「国語」的に、2つの面からその誤りを指摘しておきます。
もう一度条文を見てみましょう。次が第23条の全文です。

(公民館の運営方針)
第二十三条  公民館は、次の行為を行つてはならない。
一  もつぱら営利を目的として事業を行い、特定の営利事務に公民館の名称を利用させその他営利事業を援助すること。
二  特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること。
2  市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し、又は特定の教派、宗派若しくは教団を支援してはならない。


この文章の主語「公民館は」に利用者も含まれるというのが町と教育委員会の見解だというわけです。
この第23条を、その構造からみると、次のようになります。
主部は「公民館は」述部は「行ってはならない」、目的語である「次の行為」が2つにわけて続きます。
そこで教育委員会に質問です。
第1項の、営利事業に関する部分で、「特定の営利事業に公民館の名称を利用させ」るのは誰ですか。利用者も含まれるのですか?「その他営利事業を援助する」のは誰ですか、利用者ですか?
わざわざ第3者に利用させると書いている以上、これは誰がみても公民館運営者以外にはないでしょう。
では、第1項については「公民館は」に利用者は含まれず、第2項には利用者が含まれるのか?そんなバカな法律はありません。
従って、この条文は第1項も第2項も、第23条の2も同様に、「公民館」は公民館運営者以外ではありえず、第2項では公民館運営者が特定の政党の利害に関する事業を行ってはならないと定めているのです。
このことに疑義があるのであれば、教育委員会ですから、中学・高校の国語科の教師全員に質問を出して回答を寄せてもらってください。もし、よろしければ、私が質問状を作ってお願いに行ってもよろしいですよ。何なら全県・全国の国語科の教師に協力をお願いしましょうか。

2つ目、社会教育法の「公民館」に関する条文はもちろん第23条だけではありません。
そのうちの1つ、教育委員会が「回答」で挙げている第22条を見てみましょう。

(公民館の事業)
第二十二条  公民館は、第二十条の目的達成のために、おおむね、左の事業を行う。但し、この法律及び他の法令によつて禁じられたものは、この限りでない。
一  定期講座を開設すること。
二  討論会、講習会、講演会、実習会、展示会等を開催すること。
三  図書、記録、模型、資料等を備え、その利用を図ること。
四  体育、レクリエーシヨン等に関する集会を開催すること。
五  各種の団体、機関等の連絡を図ること。
六  その施設を住民の集会その他の公共的利用に供すること。


さて、ここにも「公民館は」がでてきます。
そこで質問です。教育委員会(教育長、教育課長)の答弁や回答では、この「公民館は」にも運営者と利用者が含まれるのでしょうか?
仮に利用者も含まれると解釈してみましょう。どれほどおかしなことになるのか、すぐにわかるはずです。利用者が「三 図書、記録、模型、資料等を備え、その利用を図る」のですか?利用者が「五 各種の団体、機関等の連絡を図る」のですか?利用者が「六 その施設を住民の集会その他の公共的利用に供する」のですか。
無理も無理、そんなことはありえません。すべて公民館設置者もしくは運営者です。公民館の事業として運営者が行うことばかりです。
だとすれば、この第22条は、運営者、第23条には運営者も利用者も含まれるということなのですか?これまたおかしなことですね。

こうしてみると、「特定政党の利害に関する事業」を行う主体に利用者も含まれるというのは、その願望が先にあって、条文はそう書いているに違いないとうい「解釈」しか残らないことになります。
教育委員会は、こう言うかもしれません。「いや、これは池田町教育委員会だけの解釈ではない。政府も、文科省もそのように解釈している。池田町教育委員会はそれに従っているだけだ」。本当にそうなのでしょうか。
ここでは「国語的」な解釈だけを問題にしていますから、自らの頭でまず考えて頂いて、それから判例や政府見解にあたることにしましょう。仮に法律的に争うとしても、この「国語」的な=素直な条文通りの読み方は極めて重要な論点になりますからね。
あらためて断っておきますが、これは今のところ実行委員会の見解を述べているのではありません。実行委員会として共有している部分がほとんどですが、今日ここで述べていることはあくまで私個人の見解ですからお間違いのないようにお願いします。

さて、実行委員会が先に発表した「見解」は、社会教育法を最初には問題にしていません。それは当然のことで、何よりも「日本国憲法」の規定を重視しています。
社会教育法が、憲法・教育基本法体系の法律として定められている点を見逃せば、近視眼的な条文解釈のみに陥ってしまう危険があります。今日はそのことだけを指摘し、いずれまたこの問題について論究したいと思います。



  2月1日(水) その2
池田町教育委員会から、以前提出した公民館使用問題についての「質問と要求」についての回答を今日の午後手渡すという連絡があったようです。どのような回答になるのか、注目されます。
この「質問と要求」はすでに詳しく紹介しているとおり、私たち町民有志が12月2日に「町民と政党のつどい」を開催するために、池田町公民館の使用許可を得て準備を進めていたものを、運営者側が前日になって突然使用取り消しを通知したことに関して、公民館の担当部署である池田町教育委員会と町当局に見解を質すために提出していたものです。
その内容は、事実関係や法令の解釈、今後の公民館のあり方など多岐にわたっており、一つ一つが今後の公民館の運営に深く関わるものばかりです。その後、この問題に関して私たちの基本的な考え方を「見解」として示し、町当局にも渡してありますから、議論の土台はもう十分に揃っています。
あとは、どれだけ町と教育委員会が真剣な対応を示してくれるかにかかっている。すべては今日の回答にかかっているといっても過言ではありません。
「集会・言論の自由」に関わる問題の性格から、マスメディアも相当に関心を寄せていて、直接記事にはできないとしても事態の推移を注意深く見守っています。すでに池田町だけの問題ではなくなっていますから、池田町も問題の重要性を十分に認識した回答を寄せてくれることを期待したいものです。

*****************************

午後4時、教育会館で教育課長、公民館長から回答を受け取りました。回答は質問項目がなく回答事項のみでしたので、以下に質問項目に対応させたものを作りましたので、ごらんください。

「質問と要求」(12月27日)に対する池田町の回答

回答を受け取ったあと、教育課長に私から次のように質問しました。
「『質問と要求』では端的に2つのことを聞いている。つまり@申請と実際が異なることは使用許可取り消しの理由にならないと考えるがどうか、A社会教育法は憲法・教育基本法に基づいており、運営者を規制しているのであって、町民団体を規制しているのではない。これらについてのこれまでの教育委員会の見解はすべて正当であるということか」
これについて教育課長は「その通りだ」と答えました。
この日は、ただ回答を受け取るだけで議論することが目的ではありませんでしたから、それ以上は追及しませんでしたが、要するに、@実行委員会が虚偽申請(申請者は「町民の会」となっており「つどい実行委員会」ではないこと、および目的も「会議」となっており実際は「集会」であったこと)をしたことが取り消しの理由となる。A社会教育法は、22条および23条によって、公民館運営者も利用者も拘束する規定となっている。実行委員会はチラシの記載によって「特定政党の利害に関する事業」とみなされる。判断は正当である、というものでした。
その限りでは、これまでの見解から一歩も前に出ておらず、また、私たちの「見解」を含めた批判にもまともには答えていない、杓子定規の回答であるとしか読み取れません。

他の公共施設を借用させなかったことは「反省する」と記し、今後関係機関に周知徹底をはかるとは書いていますが、明白な法令違反の誤りであったとは認めていません。何を反省するのか、これだけでは全くわからない表現です。
事実関係については、結局事務局長が教育会館で「確認事項」に書いたようなことを述べたとして、それを確認することを拒否したため使用許可取り消しに踏み切ったと自己弁護をはかっていることが特徴です。たとえば、こんな話をしたとしましょう。教は教育委員会、返事は私Mooとします。

教:このつどいでは政党関係者を含めて選挙の話をするのか。
 私=総選挙は差し迫ったものではない。誰かを当選させるなどと選挙直前のような話をするわけがないではないか。

教:それでは、とくに選挙の話をするというわけではないと思ってよいのか。

 私=野党共闘について各政党からの話を聞くだけだ。候補が決まっているわけでもない。

教:野党の代表だけが参加するのか。

 私=自民党の某代議士から参加させてほしいという話は聞いたが担当者は断っている。もともと野党共闘について議論する場だから当然だろう。内規について抵触するのではないかというクレームがあったというが、それは誰か。

教:それは言えない。

 私=内規は政党に関しての規定であって、一般町民団体には適用されない。したがって、今回は当然特定政党の利害に関するという社会教育法の条文には該当しないし、当然ながら社会教育法は公民館運営者についての運営規則だ。

教:いや、社会教育法についての見解は異なる。運営者も使用者も拘束する。公民館の使用者も利用に当たっては中立でなければならない。


さて、このような会話があったとして、その後、教育委員会が次のような「確認書」を私に出して確認を求めたとしましょう。

@「つどい」では選挙に関する話題・議論は一切しない。
A公民館使用に当たって、特定政党の利害に関する政党の利害に関する事業を一切しない。
B特定の選挙における選挙活動の方策等について、政党の利害がないようにする。

私は、この確認書を認めるべきなるのでしょうか。
おそらく事務局長とのやりとりも「当たらずといえども遠からず」なのではないでしょうか。つまり会話の断片をつなぎ合わせれば、「選挙に関する話題は一切しない」と解釈したといえるのです。そんな趣旨のことはいっさい言っていなくてもです。
11月29日からの話は教育委員会(教育長、教育課長、公民館長)と実行委員会(事務局長)の話し合いでしたから、こう言った、ああ言ったとなれば、平行線になります。それゆえ、私には事務局長のメモと表に出た「確認事項について」なり、「町の回答」なりからしか判断することはできません。
そうだとしても、教育委員会の回答には極めて顕著な歪曲、言質を取られまいとする断定が見られます。全面的な反論は後日実行委員会を開いて検討することになりますから、それに譲るとして、ここでは私なりの(個人的な)感想をいくつか記しておくだけにしましょう。

第1に事実経過に関して。質問の初めに、「使用許可を取り消したのはいつか」という質問をしました。これは当然、12月1日という回答を予想してのものです。もちろん「回答」もそのように答えていたのですが、興味深いことは29日の段階では「正式な使用許可はしていない」と書いていることです。正式な使用許可と正式でない使用許可があることをはじめて知った次第。
教育委員会が言いたかったことは、外部からクレームがあり、あわててチラシを見て「これはヤバい」と思い、このままでは使用許可はできない、そう思ったということなのでしょう。
しかし、すでに使用許可は出ているのです。だから、「現時点ではこの確認書を認めなければ使用許可を取り消すことになる」という通知をしなければなりません。果たして教育委員会はそのような手続きを踏んだのかというということです。
残念ながら、確認事項はつどいを実施するにあたっての確認事項であって、これを認めなければ取り消すなどということは一言も書いていない。だから、あくまで事務局長がこのように述べた、しかしそれを認めなかったという大変矛盾した回答をせざるをえないのです。言い替えれば、教育委員会が都合のよいように発言をつなぎ合わせたことを示しているのではありませんか。今回の回答で、「住民の政治的学習や活動を制限する考えはありません」とのべていることとどのような整合性があるのでしょうか。

第2に、社会教育法の解釈については、過去の事例、判例などを調べたといいつつ、結局憲法問題での見解は一切触れず、あくまで社会教育法の誤った解釈にしがみついていることです。そのためにここでも著しい自己矛盾に陥らざるを得ません。つまり、一般論としては実行委員会の見解を認めるといいながら、今回の「つどい」は野党だけであり、自民党の参加要請を断り、野党共闘を勝利させよう、安倍内閣を倒そうなどという政治スローガンをチラシに書いていることをもって特定政党の利害に関する事業を行うと判断されるというのです。
だいたい、自民党の某代議士の横やりに乗る教育委員会こそが特定政党の利害に関する事業を行っているのではありませんか。もともと野党に招請状を送り参加要請をしたのであって、自民・公明・維新にはしていません。当たり前のことです。
横やりというのには十分な理由があります。つどいの内容を十分に知りながら、オレも加えさせろ、さもなければ欺瞞だ、なとどネットに書き込んだのですから、噴飯ものでしょうに。これこそが特定政党による干渉の見本です。公民館を使って自らの集会をやりたいのであればおやりになればいいのです。
野党共闘をどうするのかを議論することが特定政党の利害に関することだと言ってしまえば、あとはなし崩しにどんな政党に関することも特定の政党の利害になってしまいます。
この回答では、特定の政党に関する利害とは、「@一般町民に、特定政党の宣伝をすること、A選挙において特定の候補者や政党に投票するよう、或いはしないように勧誘すること」と書き、具体的には、@チラシからは、特定の政党のみを招いていること、A事務局長は、自民党議員の参加要請を断ったと発言されていること、B野党の共闘により総選挙の勝利を主たる目的としていること。を挙げています。
これらは公民としての正当な政治的活動ではないのでしょうか。一般に批判のない政治的議論などというものはありません。公民館で他党批判をしてはならないとどこに書いてあるのでしょうか。各政党は批判を通して政策を競い合い、支持を獲得していくのではないのでしょうか。町と教育委員会はそうした民主社会の原理を根本から理解していないと言わざるを得ません。
もし、この点であくまでこれまでの立場を正当なものだとするならば、今後の公民館のあり方に重大な支障をもたらすことになりますから全面的に争わなければなりません。新たな局面に入らざるを得ないということです。



  2月1日(水)
午前7時少し前から、北アルプスが薄赤く色づき始める。モルゲンロート。
ようやく、というべきか、厳冬の安曇野にもどって今朝はマイナス7,8度というところ。カメラをもって歩いていると鼻の穴につららができそうです。
足下を見ると、田んぼの水がすべて白く凍っています。それでも1月の寒波の頃よりずいぶん”暖かく”感じます。これも慣れってことですね。
7時20分頃になるともうすっかり明るくなって、北アルプスの白が青い空に映えて、これはもう見慣れた光景です。
ふと、脈絡もなく、沖縄ではもうヒカンザクラが咲いているのだろうな・・・と。


今日の信濃毎日新聞は、政府が週明けにも沖縄辺野古の海上工事にとりかかる予定だと報じていました。護岸工事にとりかかるために、まず汚濁拡散防止の大型コンクリートブロックを投入、海底に設置するとのことですが、なにしろ杜撰な工事ですから、汚濁防止になる保証はどこにもない。大量の土砂が大浦湾に詰め込まれれば、どれほどの環境破壊が広がるのか予想もつきません。
その大浦湾では、毎日毎日、海上抗議行動が続けられています。もちろんキャンプシュワブ前でも。
翁長知事は現在アメリカを訪問し、辺野古新基地建設断念への訴えを行っているところ。
アベもTPP離脱を終えたトランプにならって、「SACO合意には拘束されない」とやったらどうかと思うんですが、1ミリもそんなことを考えられないのでしょうね。






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