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  8月29日(火)   その2
全く気ぜわしい9月の終わりです。今日はまた午前中年金者組合の年次総会。総会はサッサと終わって、むしろレクの方が長い会でした。それもそのはず、遊び8割、学び2割という年金者組合ですから。
さらにまた、総会の冒頭、今年亡くなった組合員の冥福を祈って黙祷があるという他に例のない組合ですからね。みんな70代、80代という高齢者世代の組合です。
ほとんどギターを弾いたことがないのに、伴奏をしてくれと頼まれて、仕方なくフォークギターを抱えて行ったはいいのですが、この1年ほどは全く触っていないので左手の指先が痛くてギターを放り出したくなってしまいました。10個にも満たない簡単なコードしかさわらないのにです。
みんなで歌ったのは、例の青春時代の替え歌の「年金時代」と「四季の歌」。四季の歌も私には年金者組合で歌うと何となく「死期の歌」に聞こえて困りました。情けない。選曲を間違えたか・・・
芸能に堪能な方がいて、踊りや体操をみんなでやる術を心得ていて、場を盛り上げていました。








今日の各紙に、昨日の「説明会」の模様が載っていました。記者の問題意識の違いなのでしょうか、扱いのボリュームも取り上げる角度もかなり違うように感じましたが、いずれにしてもきちんと報道してくれているこれらの記事は、それだけ問題の重大さ・深刻さを記者のみなさんが理解している証左でしょうね。
1.信濃毎日新聞
2.中日新聞
3.朝日新聞
4.大糸タイムス
5.市民タイムス

次は、町から29日に手交された回答のコピーです。
8月29日 町の回答書



  8月29日(火)   その2
暑い一日でした。夕方もなかなか昼の熱気が取れません。
我が家には昨日からスズムシが虫かごにいて、ひっきりなしにきれいな音を響かせてくれています。これで多少は気分的に涼しい。
実は、これ、友人ご夫婦が郷里の沖縄に一時帰郷するので預かってほしいと頼まれ、片隅に置いているもの。毎日エサやりがありますが、虫の音と引き換えと思えばどうってことありませんね。

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さて、今日は午前9時から午前中一杯、池田町役場で例の公民館問題での町の回答手交とその説明会がありました。2月末に提出した再質問書にようやく回答書が出されたわけで、この間実に半年。
3時間にわたる今日の回答については後日録画や音声を聞き直してまとめをしなければなりませんので、今日は感想程度にしておきます。


第1に、直接公民館問題ではありませんが、12月2日に公民館以外の公共施設を貸さなかった問題で町側が正式に頭を下げて謝罪し、地方自治法違反の行為を行ったことに対し、町長、副町長、教育長が引責減給処分を行う(議会に諮る)ことを明言しました。この問題は今回で決着したことになります。

第2に、11月29日からの「確認事項」を含む一連の経過について、とくに30日夜の(前)公民館長からの電話について、食い違いが鮮明になりました。
公民館長は、今日も過去にも「この夜の電話で確認事項の内容を否定された」と受け止めたとのべ、そのために翌朝9時頃事務局長に電話し午後3時に来庁してほしいと連絡した後、翌日庁議にはかって協議しその結果を受けて取消処分を行ったとしてきました。
しかし、今日のやりとりの中で、29日の夜事務局長は「このままでは承認できないので明日出向いて話をすると話し、午後3時に行くことを合意した」「29日朝に公民館長が電話をもらった事実はない」と根本的に異なっていることが明らかになったのです。
これは聞き間違いや思い違いというレベルの問題ではなく、実は全体にかかわることなので、軽視できません。あらためて明確にしなければならない問題です。
他にも、経過を巡ってはさらに解明しなければならない問題がありますが、複雑になるのでここでは割愛します。

第3に、憲法、教育基本法、社会教育法の問題では、教育委員会の解釈に無理があり、そのためにいくつかの点で矛盾が起こっていることが明らかになったことです。
まず、憲法について、今日の政治が議会制民主主義によって成り立ち、従って住民も政党の政策や意見を聞くだけではなく、他党批判を含め活発な学習、議論を行うことが必要であること、公民館は住民の政治的教養を高める場として重要であり、促進する役割をもっていることを指摘し、町長の見解を質したところ、町長は「その通りだ」と異論をはさみませんでした。
教育委員会は社会教育法について、公民館は貸館事業を行うことができるとなっており、社会教育法はこの貸館事業にも当然適用される、従って貸館の利用者にも社会教育法第23条が適用されるという奇妙な2段構えの解釈をとっています。
このように明文化したのは今回がはじめてで、私たちの主張とは真っ向から対立しています。社会教育法はあくまで公民館側を規制するもので、利用者にそれを当てはめたり、まして利用者に政治的中立を要求することは憲法に違反してしまいます。
社会教育法について、庁議で議論したこともなく、過去に社会教育法について統一的な見解を出したこともない以上、教育委員会の認識に不十分さがあったことは明らかであり、この点も今後さらに議論を深めていく必要があります。

第4に、今後の公民館のあり方を巡っては、総論では積極的に評価できる部分が今回打ち出されています。しかし、実際にどのように公民館を運営していくのかという具体的な規定問題(一定の見解が案として示された)になると、極めて問題が多いことが明らかになりました。
ただ、これについては、町民参加による規定の見直しの要求に教育長はその必要性を認めたので、今後きっちりと議論を深める必要があります。

全体として、まだ双方に平行線のままという部分も多く、実行委員会として今後どうするかを相談していかなければなりません。

町の回答書(pdf)
これは事前に受け取っていたもの。わずかな訂正があるので、正式版は後日アップします。
8月17日に提出した総括質問書




  8月29日(火)
「何だ、何だ」とびっくりした人が多かったのでは?初めての「Jアラート」ではないですか?
現代版「空襲警報」と「大本営発表」!!そういえばいいのに。頑丈な建物に避難だって?ここにはそんなものありません。
Jアラートが発表されたのが6時、「6時6分頃北海道の上空を太平洋方向へ通過」と発表されたのが、6時15分。さらに6時12分ごろ北海道沖1180キロの太平洋上に落下と報道されたのが6時30分でした。従って、発射から通過まで8分。通過から落下まで6分。すでに排他的経済水域は通過しています。


今にも日本が標的となり戦争が始まるかというくらいの、ものものしい発表、報道機関の一斉放送という今回の発表と過熱報道、および対策のありかたをどう考えるのでしょうか。
第1、政府は「原発」に被弾しない対策をどうしたのか、つぶさに発表すべきです。事後に「全国の原発や核燃料施設に異常はありません」というのは、全く何もしていないことを示しているだけです。
第2、アメリカ軍は衛星情報を通してミサイルの方向、高度を瞬時につかんでいるはずだが、なぜこれほど広汎な地域にJアラートが発表されたのか。また詳細が発表されなかったのか、徹底的に検証すべきです。
第3、あらゆる報道機関が全く同じ調子で「政府報道」をそのまま垂れ流していました。いたずらに国民を「恐怖」に陥れるようなやり方になっていないか、これも批判的に検証すべきです。
第4、米軍は「日本を守る」ためにどのような行動をとったのか。きちんと国民に知らせるべきです。
第5、メディアには今回の報道のあり方が「軍事的な制裁への世論の動員という客観的な役割を演じている」ことへの警戒感が全くないことがたいへん気になります。

私はこれまでも同様に北朝鮮のこうした挑発行為を一切認めるものではありません。
今回の北朝鮮の盲動はいっそう軍事的衝突への危険を高め、ついでに日本で内閣支持率を高める役割しか持っていませんから。
北朝鮮の挑発に対して、当然必要な対策はとっておくべきでしょう。だが、その取り方はさきほど書いたようなものであって、決して漠然とした恐怖をあおる発表であってはなりません。何よりも日本が攻撃対象になるような口実を与えてはならないでしょう。
菅官房長官は、いささか興奮した面持ちで6時40分記者発表。北朝鮮の挑発をこれまでにない脅威だとし口をきわめて非難し、国民に情報提供するとのべていましたが、上にのべたような視点を欠いた「官製報道」は、戦争への国民動員に役立つものではあっても、平和への行動に役立つものには決してならないと私は思います。



  8月27日(日)
久しぶりに大勢の人の前で話をするというのはやはり緊張するし疲れますね。今日は町の一斉避難訓練の日。
午前7時30分に防災無線放送で「地震が発生したので身の安全を図り、揺れが収まったらすみやかに指定された避難所に移動してください」との指示。三々五々集落センターに集まりました。
滝沢地区は今年度から自主防災会が衣替えし、恒常的な組織として整備され自前のプログラムに従って避難訓練を行うことにしたのです。
昨年までは、町のガイドラインに基づいて消火栓での放水訓練や消火器の使い方の実践、さらにはケガの処置などを行ってきました。しかし、震度6強から7の大地震の際には、これらの訓練では実際的ではないこと、さらには個々バラバラに集落センターに集まるやり方では安否確認や近隣の救助ができない恐れがあることなどから、今回は初歩に戻って何が必要なのかを確認することから始めることにしたのです。
その際に、必要になるのは、「震度6〜7」の地震で一体何が起きるのか、家や周辺はどうなるのかについての知識。次に、身を守ると言っても、どのように日頃から備えてどう守るのか。さらに、個々バラバラで集まるのではなく、地域でコンパクトな防災班をつくってそれを単位とした行動計画を組み立てること・・・などです。それを身をもって教えてくれたのが、3年前の白馬村での被災体験でした。
というわけで、私の役割は白馬堀之内地区の被害の状況や地震発生時の体験、犠牲者を出さずにすんだ「ご近助」の力などを集まった皆さんに伝える役目。防災意識を高め、組織化を進めるためにどうしても欠かすことのできないステップなので、相当に準備しました。

先日の防災会の役員会で、資料をどのくらい準備したらいいかと話して例年集落センターに集まるのはだいたい50世帯くらいだからそのくらいでいいだろう、と高をくくっていたら、集落センターが超満員、100名くらいの住民のみなさんがぎっしりと会場を埋め尽くしたのでした。役員も”嬉しい誤算”に目を丸くして椅子を追加するのに追われたことでした。
確かに防災意識の高まりというのが背景にありますね。それと同時に、防災組織を一新して独自に取り組みをすすめることへの期待という側面もあったのでしょう。みなさん約1時間の企画班長のつたない私の話に頷いたり、事務局長の今後の方針提案に真剣なまなざしを向けたりして、最後までしっかり耳を傾けてくれていたのが印象的でした。ありがとうございました。
次は私がプレゼン資料として使ったファイルはこちら。白馬村発行の「白馬のキセキ」から何枚か被害状況の写真をお借りしました。なお、下が今日の勉強会の会場風景です。


昨日は松本での「こどもじゅく」。Mさんがたくさんの野菜を届けてくれたので、私の畑の作物と合わせて軽トラで運びました。次は「こどもじゅく便り8月号」です。野菜プロジェクトのことが載っています。


この日、見慣れない人が来ていると思ったら松本でキリスト教会の牧師をしているMr.Jさん。話していると、私が10年ほどまえに穂高で英語を習っていた牧師さんの弟さんとわかり2人で「この世は狭いですね」となり、すぐに打ち解けることができました。お母さんの写真もその昔このブログで載せたことがあって、不思議な縁にびっくりでした。
彼が言うには、「言語(英語)は自分にとって生まれつき自然に身についたものだからいざ教えるとなると、どう教えるのが一番いいのかわからない」「中学生に英語を教えるには、むしろ日本の先生がきちんと文法などを順を追って教えるのがいいのではないか」。何かお手伝いできないかと見学にきたのだけれど・・・と話していましたが、さてどうされるのでしょう。
広島に3年ほど住んでいたことがあって、それまでは原爆はやむを得ないと思っていたけれど、広島でいろいろ見聞きしているうちにこれはダメだと思うようになったとも。いろんな出会いがあるもんですね。



  8月25日(金)
どうも体調がいまいち。午前から午後早い時間にかけて身体がだるくて動く気になれない。今日は1日とくに予定がなかったので、横になったり縦になったりしてグズグズ過ごしてしまいました。
月末は明日あさってと自主防災会の行事があり、さらに29日は公民館問題に関する町の説明会。30日は年金者組合の総会、31日はバラの作業と「こどもじゅく」・・・。身体の不調なんていっていられないようなめまぐるしさです。
気温が少しずつ下がってくれば体調も戻ってくるのではないかと思います。

先日も書いたように、家にいてパソコンに触っているのが一番性に合っているのかもしれません。暇をみてはUbuntuパソコンのセットに挑戦していました。
これまでの結論。古いGatewayノートパソコンでは、使われている無線LAN用のモジュールも古くて新しいバージョンのOSでは対応していないということがわかり、結局OSのダウングレードをして、もとと同じ環境に戻しました。
これで全く問題なく、前よりも使い勝手もよくなったのですが、ただ1つだけ。たまにプッツンと電源が落ちることがある。こればかりはどうしようもありませんかね。

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ちょっと目を外に。民進党の代表選挙を見ていて、民進党の歴史もここまでかなという思いを強くします。
だいたい、民主党時代からその中心にいた古いイメージの人物が新しさを装ったところで、崩壊に向かっているこの党の立て直しをどのようにすすめるのか、さっぱり伝わってきません。
前原氏に至っては、消費税にしろ憲法問題にしろ、原発にしろ自公政権とどれほども変わらない意識をずっとお持ちであるわけだし、露骨に反共意識を全面に出している点はこの2,3年の教訓を何も学んでいないと言わざるを得ません。
おそらく次期衆議院選挙を前に政界再編の動きが加速することになるのでしょう。「日本ファースト」に引きずられる形で、民進党分裂ということも十分ありうる。
「ファースト」という言葉を使うなら、ジャパン・ファーストと言えばいいのにと思っちゃいますが。あるいは日本が第一とか。
いずれにしても、この国に根強い「反共」を軸にした「政権交代できる『健全』野党」という装いを凝らすのでしょうが、まず数年ともたないでしょう。それは旧民主党政権がはっきりそれを示しましたから。
本当にリベラル左派をこの国で結集し、政党としてつくり上げるなら共産党と連携した本物の政権「受け皿」になりうる。そこへいくまでこの国が持ちこたえられるのか、国民がその意識を高められるのか、それがこれから20年、30年問われ続けるのではないでしょうか。私なんかもうこの世にいませんけど。

今日、明日の「こどもじゅく」のために沢山の野菜を届けてくれたMさん。ついでに24日付けの日経に掲載されていた不破哲三さんへのインタビュー記事を持ってきてくれました。私なら興味をもって読むんじゃないかなという「友だち心」でしょう。
当創立記念日の講演を聴く限りでは「お年を召したなあ」というのが実感ですが、ここずっと赤旗に連載していた「資本論刊行150年に寄せて」という14回に及ぶ記事を読むと、見かけの「お年」とは全くうらはらに今も昔も変わらぬ頭の冴えを感じさせてくれて嬉しくなります。難しいことを誰にも分かる言葉で書ける人は誰かといって、この人を除いてはいないんじゃないかなあ。
日経の記事では、現在の政局だけではなく、様々な面での質問が矢継ぎ早に浴びせられますが、的確に本質をついて説明をしていて気持ちがいい。
「共産党が国会前の安保法反対のデモで『野党団結しろ』と言わせたとの見方もある」とアホな質問をした日経記者に「知識人をバカにするもんじゃない。私たちが全戦線を動かしていることは絶対ありえない」と切り捨てるあたり、さすがですね。
「共闘の維持を掲げる枝野氏は政権入りを否定しました」と野党共闘の将来について質問すると「世の中すべて変化するものだ」と弁証法的思考は一貫しています。中国、旧ソ連の大国主義・覇権主義と最前線でたたかってきた不破さんだけに、他党が決してまねの出来ない批判をきちんとしていますしね。
相変わらずの党名変更や綱領見直しの問題については、「党名はこれが一番魅力的だ」とばっさり。中国にしろ旧ソ連にしろ、彼らがいかにこの党名を汚してきたかという悲憤も込められた言い方なんでしょうね。「共産党という名前をなくしたら(支持率は)がくんと落ちる」という部分には、みなさん抵抗や異論があるかもしれませんね。
第2次大戦中のレジスタンスの最中でのように「共産党」という名前に込められた尊敬と憧れを復権できる日はいつのことになるのか。これは共産党のみなさんとそれを支持する方々(私も含めてですけど)の奮闘如何にかかっているということでしょう。






  8月22日(火)
リナックス・ディストリビューションの1つにUbuntuというOSがあり、古いノートパソコンに数年ほど前から入れて楽しんでいたところ、「新しいバージョンが出たので更新しますか」というさりげない案内がありました。
14.04から16.04へのアップグレードなので、まあ新しいものならと思って、夜寝る間際にアップグレードをかけてそのまま寝てしまった。次の朝、どうなったかと思って見てみたら、全く起動しない!!ちゃんと最後まで側に居て完了をたしかめるのでした。
やむなく、Windows機で16.04のISOファイルをゲットしてDVDに書き込み、それを古いノートに入れるという手間暇かけてようやく更新できました。
問題はそこから。システムは新しくなったけれど、何もかもゼロからのスタートです。一番肝心のWifiを認識してくれない。有線でつないでネットでトラブル関係のサイトで対策をみつけ、その通りにやってみたら何とか一度は繋がった。ところが突然システムがダウンしてまた元の木阿弥。そんなことを繰り返しながら、夜遅くまで格闘しておりました。
久しぶりにパソコンに向き合ったという感じです。昔はこんなことばかりやっていたんですねえ。いまは全く根気がなくなってしまいました。
メールにしろ、ブラウジングにしろ、ネットラジオにしろ、ネットへの接続はどうしても必要ですからこれだけは譲れない。幸いネットラジオも新しいソフトを見つけて入れることができました。しばらくは、元の状態にもどすために「無駄な」時間を費やすことになりそう。
だいたい、ターミナルでコマンドを打ち込むなどということはここ10年近くやっていないので、完全に忘れています。そこからもう一度やり直しですかね。



  8月20日(日)
最近、夜から翌日の午前中にかけて身体の熱感が取れなくて身体が重い。寝ていると口の中がカラカラになるし、午前中はうとうととしていることが多くなっています。早く涼しい季節になってほしいものだと願うばかり。
脊柱管狭窄症に効くというリマプロストアルファデクス錠(血流を促進し、下肢疼痛、下肢しびれを改善)をこの半年ほどずっと飲んでいたのですが、ひょっとしたらその副作用があるのかもと思って、2,3日やめて様子をみています。発疹、痒感等、かゆみ、ほてり、口渇、口内炎・・・というのがネットでしらべた副作用の一部。結構あてはまるものがあるのでかなり当たっているのかも。
ただ、そうなると痛みを和らげることにはならないので、痛し痒し。全くこまったものです。

今日は午前中から午後4時頃まで松本でお勉強。夏期講習的な時間のとりかたは今日が最後で、来週からはもとにもどります。帰ってから約1時間ほど畑で草刈り。真夏の暑さはすこし影をひそめて、それほど汗もかかず、1日畑で草取りなどをしていた妻といっしょに6時ごろに帰宅。

なんだかあっという間に8月も下旬にさしかかりました。今週から来週前半にかけては、私の出番が結構あるので、瞬く間に8月も終わるのでしょう。
1つ目は27日の防災訓練。前にも書いたように、白馬神城地震被災地の教訓をパワーポイントで集まった皆さんに説明しなければなりません。だいたいのプレゼン資料は作成できたので、あとは明日役員の間でチェックをするだけ。
2つ目は、29日に予定している公民館問題での町の回答説明会。これは22日に実行委員会を開いて方針を検討し、それに基づいて説明会に臨んで、町にきっちりと説明をしてもらわないといけません。

妻の方が先になってしまいましたが、18日の白馬行きのことはちょっとまとめておかないといけませんね。
神城地震の教訓を語るとすれば、これは実際に体験した人から聞くしかないと考えて、妻の知人(シニア大学)をたよって18日に現地まででかけたのです。
地震があったのは今から約3年前の2014年11月22日。ちょうどその日私は富山に出掛けていて、娘の店(開店したばかりの美容室)にいました。グラグラッとして、これはかなり大きい地震ではないかと思ったことを思い出します。
白馬から小谷に続く神城断層がずれ、隆起した断層の東側で大きな被害が出たのです。とくに被害が大きかったのは、白馬村堀之内地区。80戸あるこの地区は10世帯ずつ10の組(班)があり、その3つの組に被害が集中しました。
山際に住んでいたTさんは、「寝ていて避難する間もなく気がついたら2階が落ちて1階の天井が目の前にあった」「幸い壁が外に向かって倒れたので外に出る隙間ができて、仰向けのままズリズリと外に出て助かった」といっていました。
話を聞いたのは、そのTさんと、7組の組長のKさん。この組では10軒のうち9軒が全壊、うち2軒が倒壊という恐ろしいことに。しかも地震はそろそろ寝静まる夜10時過ぎですから、外は真っ暗。倒壊した建物の下敷きになっている人がいることはすぐにわかったので、ジャッキ、稲を乾燥させる柱などを使って近所の人たちと力を合わせて2人を救助。「でも、里帰りしていた娘さんが2階にいたのはわからなかったなあ。自分でスマホで連絡して、こっちは2階だったから無事だったとあとからわかった」とKさん。
「こっちは停電しているが、向こうをみると電気がついている、本当に局所的な地震だった」「組長をしていると、昔からの顔なじみばかりだから、どこに寝ているかなどはみんな知っている」「動ける人はみんな動いた」とも。
「支え合いマップ」を作っていると聞いたんだけど、それって役に立ちましたか」と野暮な質問をしてしまいましたが、Sさんは「それは7年ほど前から作っていた。そのために、みんなで話合いをしたりしていたから、自分だけ助かるなんて考えは誰ももたなかった」と日頃の心構えというか、強い近隣のつながりを強調していましたね。
Kさんが強調していたのは、「1時間から2時間までが勝負。それより救助が遅くなれば、下敷きになっていた人はどうなったかわからない」ということ。真っ暗な中でも懐中電灯や車の証明などで照らしながら、あらゆる努力を重ねた人たちの懸命な姿が浮かんできます。
白馬村では震災記録誌「復興へのキセキ」が昨年10月に発行されています。また、DVDもつくられていて、帰りがけに役場によって入手してきました(各1000円)。それには、生々しい体験談とともに、なぜ死者を出さすにすんだかという教訓がまとめられていて、役に立ちます。
Sさん、Kさんには、今度池田町滝沢に来てぜひ体験を話してほしいと伝えて、妻とともに帰路につきました。
やはり実際に見てみること、聞いてみることですね。

とはいえ、実際に滝沢で避難訓練をやったとして過去の出席率は極めて低い。忙しいということもあるのでしょうが、日頃からどう意識付けをするのか、実効ある対策をどのようにとるのかが最大の課題です。たいていは、災害が起こってから慌てる。慌てるだけではなく、大きな災害に繋がるのですから、やはり白馬のキセキに十分学ぶことが求められますね。



  8月17日(木)
息子夫婦、娘と孫達が帰り、ようやく元の生活が戻ってきたと思う間もなく、あれこれの仕事が押し寄せてきて忙しい。
1つは地域の自主防災会の仕事。役員になって、今月末の防災訓練の日に行う「勉強会」の資料作りを急がなければならなくなりました。
これまでの防災訓練はいわば上からの画一的でマニュアル的なもので、残念ながら参加者は少なくとても防災意識が地域に根付いている状況ではありませんでした。恒常的で意識的な防災会の組織作りに今年度から取り組む以上は、地域に根ざした真に役立つ防災訓練、防災の意識付けを行う必要があるとの一致した認識で、ようやく第1歩を踏み出したのです。
私の提案で、さしあたり3年前の白馬村の経験からしっかり学ぶこととし、その体験談、受け継ぐべきことなどを分かりやすくまとめなければなりません。
しかし、頭の中だけで考えていてもどうしようもないので、明日妻と白馬にでかけて被災した人などから直接話を聞いてくることにしました。

続いて、例の公民館使用許可取消処分の問題。池田町から今月29日に、半年ぶりに回答が出されることとなり合わせてその説明会を開くこととなりました。とんでもなく引き延ばされて、もう忘れた頃に出てくるくらい間延びした回答。
もっとも、途中、昨年度までとは違って事務レベルでかなり突っ込んだ議論を重ねてきているのでその分時間がかかったという側面もあります。もちろん29日で決着がつくわけでもなく、現在までの双方の主張をぶつけ合ってどこで折り合えるか、どのような相違点が残るのかを明確にすることが主な目的となります。
それなりに町も検討を深めて私たちの主張に近づいてきた点もありますが、あいかわらず平行線の問題もまだまだ残っています。29日には相当激しい議論が展開されることになるかもしれませんが、原則は原則、安易な妥協はできません。
このために割かなければならない時間も相当なもの。早く抜け出したいものですよ。



  8月15日(火)
我が家は息子・娘の家族が「里帰り」して昨日からにぎやか。これはどこも同じようで、友人のMさんも「孫たちの波状攻撃で夜昼ない奮闘を迫られ」ているとメールで書いていました。
一年に一回か二回、お互いの無事を確かめ合えるのはよいことです。今晩は孫の一人の誕生会をやるのだとか。私などは「おじゃま虫」のような存在です。


さて今日は72回目の敗戦記念日。私が生まれてからの歳月とほぼ同じです。
ヒロシマ・ナガサキデーから敗戦記念日にかけてNHKが意欲的なスペシャル番組を続けているのが印象的。昨日は録画で「731部隊の真実」を見ました。旧ソ連で発掘されたテープなどをもとに戦慄の映像、証言が次々とあらわれ、実際に細菌爆弾を投下していた事実も明らかにされました。
東大・京大を初めとする日本の名だたる医学者が動員され、意識的にあるいは強制されて細菌兵器や凍傷実験などに従事、人体実験を繰り返していた事実が実名をあげて克明に追跡されていました。そのデータとひきかえにこれらの学者達が免罪され戦後も医学界に君臨したことも忘れずに報じられていました。こうした番組は目をそらさずに子どもたちにこそ見てほしい。

ネット上で検索すればすぐにわかるように、大戦中の性奴隷制度(従軍「慰安婦」)の嘘とか、沖縄での強制集団死(集団自決への軍の関与)の嘘といった歴史の捏造と同様に、「731部隊の嘘」といった書き込みが結構見られます。
いわく「米公文書では細菌実験をしていた事実はあっても、細菌兵器を使用した証拠は何一つ見つからなかった」とか果ては「731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われた事は全て根拠なき捏造であったと証明された」(石川FB)というのがその最たるものです。
こういった「デマ」がシェアされ拡散され、「なかった」ものだけではなく意図的な「捏造」だとしてそれを研究したり主張したりする人々を貶める。その意味でもこのNHKの労作は日本軍の闇の部分を暴くだけでは亡く、歴史修正主義者たちのもくろみを完膚なきまで打ち砕くものとして貴重です。



  8月14日(月)
アメリカ、トランプ政権が北朝鮮に対する過激な発言をつづけ、今日のニュースでも米軍制服組米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長が日本、韓国、中国を回って会談し、韓国では北朝鮮がグアム沖へのミサイル発射を実行に移せば「強力な対応」を取ることで一致したと報道されました。
また、中国政府も14日、国連安全保障理事会の制裁決議に基づいて北朝鮮からの石炭や海産物の輸入を全面禁止すると発表したこともニュースになりました。アメリカはこうした努力が失敗した場合には軍事オプションも準備しているといいます。
トランプ、金正恩という常軌を逸した「指導者」が不幸な戦争へのスイッチを押さないことを願うだけですが、とりわけアメリカに追随することしか頭にない日本政府。アメリカではトランプの人種差別的な発言(白人至上主義に言及しない)には、大きな非難が巻き起こっていますが、この国ではどうか。
これほど屈辱的で主体性のないアベ政治に、批判の声をうねりとして起こせない国もめずらしいのではないでしょうか。心ある人々の発言や行動は全国で続けられています。それらを束ねること、非戦、対話、知性の圧力をさまざまな方法で続けることがもっとも有効な手段であることは間違いがない。そしてそれを国政レベルにつなげていくこと。

大北地域では、9月10日に新潟知事選で野党共闘を中心に市民の大きな政治変革の動きを作り出した佐々木寛さんを招いて後援会を開きます。ともかく足を一歩踏み出すことですね。



  8月12日(土)
昨日は朝昼夕と、暑い中草取りに専念していたためか、今日午前中はちょっとぐったり。昼頃まで横になっていてそれから松本での「こどもじゅく」へ。
今回もすぐ近所のIさんが届けてくれたジャガイモとバラの会の会員が持ってきてくれた巨大なユウガオ、それに我が家のキュウリ、ナス、トマト、ニンジンなどを運びました。
別の人がズッキーニやジャガイモを持ってきてくれていたので、今日も子ども達は大きな袋を抱えて帰ることに。夏野菜がそろそろ終わりに近づきつつあるので、毎回野菜を運ぶのは8月一杯くらいまでということになるのではないかと思います。協力してくれた方々にお礼申し上げます。

今日夕方から夜にかけて、地元の地域の夏祭り。今年で5回目を迎える恒例のイベントです(第2回目は私が公民館長として取りくみました)。朝は一時豪雨になって、午後からが心配でしたが、まもなく晴れて何とか天気が持ってくれてよかった。
帰省した家族も含めて300人ぐらいが新築された集落センター前に集結。なかなか地元の人たちが集まって交流する機会が少ないだけに、ここぞと飲んだり食べたり、近況を話し合ったりと忙しそうでした。
主催者側も、まず役員が屋根に登って「餅まき」でオープン。続いてプロジェクターで集落の過去現在の風景や歴史を写したり、バスケのフリースロー大会を催したりと、いろいろ工夫を凝らして楽しませてくれていました。
妻は生ビールが飲めるのでそれが狙い。知人から「裏佐久の花」という酒を冷やでいただいて「ええっ」という顔をしていましたが、飲んでみて「おいしい」だって。ラベルに裏返しの「花」の字が書いてあるユニークな酒。




今日沖縄では、炎天下の暑い最中、奥武山陸上競技場で「翁長知事を支え、辺野古に新基地をつくらせない県民集会」が開かれました。主催者発表で4万5千人が参加したと報告されていました。
家に帰ってから妻とともに録画で集会の模様を「追体験」。さすがにみんな暑そうでしたが、まさしく「熱気」あふれる集会は翁長知事の挨拶でピークに。辺野古新基地建設を作らせない知事の不退転の決意に、いよいよ頑張らねばという気持ちをしっかり共有したのではないかと思わされました。下はその模様(沖縄タイムス紙より)およびライブ中継の録画(琉球新報)。


ライブ中継(録画)

オスプレイの飛行自粛を求めたと思ったら、次の日にはそれを引っ込めるという、アメリカ隷従の日本政府の対応に、沖縄県民は怒りを通り越してあ然としています。これまでも同じようにあしらわれてきたのですから、たたかいへの決意をいっそう固めさせはすれ、諦めさせられることは決してない。これは「本土」と沖縄の決定的な違いですね。

次は沖縄タイムスと琉球新報の号外です。
沖縄タイムス号外(jpg)
琉球新報号外(pdf)



  8月10日(木)
「都民」ファーストなら、あいまいだが何となく都民の生活が第1なんじゃないかなという、メッセージが伝わるが、日本ファーストとなるとまるで訳がわからない。およそ日本語として体をなしていませんね。
民進党の代表選挙に至る蓮舫ー野田ラインの不人気と都議選での大敗を見ても分かるように、仮に前原氏になろうが枝野氏になろうが、現在の民進党の状況ではおよそ国民の信任に耐えるような状況ではない。
都民ファーストも政策的な一致があっての議員団ではありませんから、今野の都政の進展如何では内部矛盾が広がる可能性もあります。現に、都民ファースト代表が特異な人物ですから、そこから亀裂が広がりつつある出来事も報じられているほど。
総選挙がらみで、「日本ファースト」の旗揚げ、民進解体などこれから政界再編をにらんだ動きが一気に加速するような予感がします。そのいずれも自公政権の延命に利することになる強い予感も。なぜなら政策面で根本的に対決する方向を打ち出せないだろうことは明らかだからです。
仮に都民ファーストのように一時新鮮な印象を与えたとしても、自公政権と大差ないことがわかればすぐに賞味期限が切れてしまいます。
考えて見ると、実に簡単に党を飛び出したり、ひっついたりできるその根本には政党助成金制度があります。衆参議員が5人集まれば政党となって助成の対象となるわけですから、自ら金を集める苦労なしに活動できるというわけです。たとえば民進党を離党した細野さん、政党人としての自分を選んでくれた有権者にどんな説明をしたのでしょうね。仮に日本ファーストに合流となれば、有権者への背信行為でしょう。
一方、今日の日報問題での国会閉会中審査の一部を聞いているだけで、自公政権に国会が「国権の最高機関」であるとの意識がまるでないことがよくわかりました。子ども達の口から「政治になんて関心無い」と言わせるだけのことを安倍さんは日々やっているんですね。



  8月9日(水)
いまから30年ほども前になるのでしょうか、2度ほど長崎で開かれた原水爆禁止世界大会に参加したことがありました。平和公園に入って平和祈念像にいく途中だったか夾竹桃が咲いていたのが妙に印象に残っています。当時よく歌った「夾竹桃のうた」とともに。
山の上から見る長崎は海を囲んでコンパクトにまとまっているんですね。アメリカからすればプルトニウム型の原爆の威力を試すには格好の場所だったのではないかと想像し、身震いしたことを覚えています。
そのアメリカの核の傘のもとで戦争政策に追随する安倍さんだから、今日の式典で長崎市長や被爆者の訴えに何の感慨もいだくことはなかったのでしょう。これほど情けない安倍自公政権を1日も早く終わらせなければなりませんね。

8月に思い出す歌をいくつかYouTubeで拾ってみました。まず、私と同じ中学の同学年だった梅原司平(いまどうしてるんかねえ)の「折り鶴」。シンガーソングライターとして平和運動の中では一世を風靡(?)した人。彼の比較的若い頃の歌が大変気に入っていて、よく聞いていたことがなつかしい。
3.11後も「ふくしま組曲」を発表しているようです。ようですというのは、彼の情報はなかなか入ってこないのでいままで知らなかったのです。梅原司平の詩情をよく表しているのはこの組曲の中の「望郷」かな。こちらで1,2番を聞くことができます。
はじめは「折り鶴」を彼自身の歌声で。一番のみのショートバージョンです。続けて子ども達が歌っている合唱で聞いてみます。



広島・長崎を歌った歌は沢山ありますが、こうした歌を子ども達が歌い継いでくれているのは本当に心強いことです。
次は自由の森学園の30周年卒業生合唱「ヒロシマの有る国で」、圧巻です。歌詞のどのフレーズも印象的で胸を打ちます。





  8月8日(火)
多少の雨は降ったものの、台風の影響はほとんどなし。岐阜から石川・富山と北寄りのコースをたどったことで、風も北アルプスでブロックされたのか、これが台風??という感じでした。
ただ台風から離れたところでは豪雨のところも沢山あり、深刻な爪痕を残した台風ですから、自分が住むところだけ無事だったと喜んではいられません。
午前中はパラパラと雨も降っていましたが、午後からはずっと曇り。湿度は相変わらず高く、外に出てちょっと作業するだけで汗が流れます。
これまでは遠く離れた畑の手入ればかりを優先させて、庭の手入れは全く手つかず。サボり放題サボっていたので、盆に子ども達がやってくるまでには何とかきれいにしなければと今日から少しずつ庭に出ることにしました。
何が大変かと言って、蔓延ったドクダミとスギナを根こそぎ除去すること。深く掘ってもそれ以上に根を伸ばしているので、時間のかかることおびただしい。半年もするとどこからかまた生えてきて一面覆ってしまいます。イタチごっこです。

今日は庭にでる以外はほとんど家にいてグズグズ。ここ何ヶ月か眠りが浅く、夢ばかりみているのです。前にもちょっと書いたことがありましたが、夢日記をつけると実に面白いのではないかと思うのですが、ただ難点はすぐ忘れてしまうこと。起きた瞬間は結構覚えているのに、顔を洗っているうちに消えてしまうという調子。
大抵はいろいろな人間がいろんなシチュエーションで登場するのでなかなか興味津々。一面楽しいのです。
それはともかく朝起きてもまだ眠い。そのため午前中は頭もぼんやりして何かをしようという気になかなかなれないのです。どうしたらいいもんでしょうかね。
テレビで宣伝しているサプリでも飲めばいいのか・・・宣伝の狙いって実にこんな私のような調子の悪い者がいるから商売になるんですねえ。青汁、黒酢にんにく、セサミン、シジミ・・・中高年男性のお悩みにノコギリヤシ・・・まあ、至れり尽くせり。これ全部飲んだらどんなことになるのか。一度試してみるか。

MNEMOさんの小説「蹉跌集め第3部」ようやく現在までの分をアップしました。ライブのためにずいぶん間隔があいて載せられていたので、まとめて読みたい方には便利かもしれません。
午前中ぼんやりした頭で編集していたので、間違いがあるかもしれません。悪しからず。



  8月7日(月) その2
核兵器の廃絶とならんで全人類的課題となっているのが地球温暖化による気候変動。今日の「しんぶん赤旗」は、地球温暖化によって南アジアの一部が生存不可能になるほどの致命的熱波に襲われる可能性があるとした研究論文を紹介していました。その記事がこちら。


現在沖縄付近の海水温がかなりの深さまで例年よりはるかに高く、昨年まで真夏でも33度止まりだった気温が今年はほとんど34度。夜も29度と相当な高温状態になっています。沖縄もこの熱波による影響を深刻に受ける可能性があるのではないかと思わされました。
上の研究論文を発表したのは米科学誌サイエンス・アドバンシズ(電子版)。

米科学誌サイエンス・アドバンシズ(電子版)の論文のページ
米科学誌サイエンス・アドバンシズ(電子版)の論文(PDF))

正直に言うと、赤旗の記事以外の部分は上記記事を英文で読んだのではなくて「グーグル翻訳」(ブラウザはChrome)で読んじゃった。というのも、最近の翻訳はひと頃の訳の分からない訳と違って相当に進化していて読むに耐える文章にしてくれるのですね。怪しいところは原文にあたって修正すればよろしい・・・というわけです。みなさんも、どうぞ。
この論文で知ったのですが、問題の本質は単に気温が上昇するというだけではなく、「湿球温度(TW)」にあるということ。湿球温度が35度を超えると「人体の発汗機能が極度に低下し、体温調節の不全から数時間以内に死に至ることがある」というのです。つまり「湿球温度35℃は自然環境(空調されていない環境)で人間の生存可能性の上限」なのです。
現在はどうかというと、「めったに31°Cを超えることはない」のだそうです。論文では「人体の正常な体温は±1℃という非常に狭い範囲内で維持されるため、身体の温度調節能力が中断されると、直ちに身体機能や認知機能が低下する可能性がある」「周囲空気TWが35℃(暖かい条件の下での典型的な人体の皮膚温度)を超えると、代謝熱はもはや散逸することができなくなる」と書いてありました。
昨日今日の畑仕事では私は汗みどろ。しかし、汗はどんどん吹き出して体温調節をしてくれていたおかげで無事家に生還できたわけです。これが汗も出ない状態になったら一体どうなることなのか想像もできません。
アフリカ諸国では内戦などによって数十万人単位で飢餓が発生して国際的問題になっていますが、この気候変動による影響は数千万人規模。とくにインド・パキスタンなどアジアの一部でその影響はとてつもなく大きいことが予測されているのです。

上記赤旗の記事は、致命的な熱波の発生予測は南アジアにとどまらず、温暖化対策が有効に行われなければ「今世紀末までに欧州の全人口の3分の2が何らかの自然災害の被害に遭う」との英科学誌の論文も紹介していました。欧州で予測される自然災害による死者数の99%が熱波によるものだというのですから、南アジアでなくとも深刻であることがわかります。当然日本も例外であるはずはありません。

英科学誌ランセット・プラネタリー・ヘルス(電子版)の論文のページ
英科学誌ランセット・プラネタリー・ヘルス(電子版)の論文(PDF))

先の米科学誌は、大きなリスクに直面しているが「回避は可能j」だとして一刻も早く温室ガスの削減や吸収源(森林の整備)などを対策をとることを訴えているのです。
こうした真剣な研究結果に米トランプ政権は「無駄づかい」「温暖化は中国が作ったもの」「でっち上げだ」などと耳を貸さず、8月1日にはパリ協定からの脱退を国連に正式通知。まあ、それほど遠くない時期に破廉恥な行為に歴史が鉄槌を下すことになるでしょうが・・・。



  8月7日(月)
一昨日は昼過ぎにものすごい積乱雲が出て夕方から翌朝にかけて猛烈な大雨。家の前を流れている用水が運んできた土砂が下の農業用水に溜まって、農家のみなさんが何人も出て土砂上げ作業に追われていました。




私の畑もトウモロコシは倒れる、ゴーヤーとヘチマの棚が崩れるなどの被害があって、昨日朝から修繕作業で大変。
さらに今日はまた台風の進路によっては、長野の上空を通過していくかもしれないというので、朝から畑に出掛けてトウモロコシや大豆の支柱をたてて倒伏防止などに精を出しました。相変わらずの蒸し暑さで、頭がクラクラするほど。午後は、ちょっと休養です。

昨日は原爆忌。何かを書きたかったのですが、午前中の作業、午後から松本でお勉強と1日外に出掛けていて、机に向かう暇がありませんでした。
8.6に合わせて開かれたMNEMOさんのライブもありましたね。今日のブログでは、いろいろと反省すべき点はあったけれど「おおむねよい出来」だったとのコメント。ともかく成功裏に終わってよかった。これをステップにいっそうの飛躍を期待したいものです。

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昨日のニュースで、オーストラリアで沖縄普天間所属のMV22オスプレイが墜落した報じられました。
現地の新聞は、このオスプレイは「7月25日に終了したオーストラリア軍と米国軍の間のタリスマン・セイバー共同訓練」に参加し、その後も訓練を継続していたもので、26人の乗組員のうち3人が行方不明だと報じていました。さらに、機体回収・引き上げには数ヶ月かかるとの見通しが海兵遠征隊の声明で明らかにされているとのこと。
海兵隊は「事故」と称しているようですが、米軍準機関誌「星条旗」電子版は「墜落」と報じているようで、普天間所属のオスプレイが墜落するのは沖縄での事故に続いて2度目。
小野寺防衛相は米政府に「事故原因について米側の十分な説明があるまで」「当面日本国内での飛行を自粛する」ように申し入れたとしているものの、これまでの米軍の行動からみて全く実効性はないだろうことは容易に推測できます。実際、米軍からはこの申し入れに「運用上必要」とつれない返事しか返ってきていないのですから。
ところで、8月10日から北海道(矢臼別大演習場、上富良野演習場)で、日米共同訓練が予定されており、米側から海兵隊員2000人(過去最大が600人)が参加すると報道されています。自衛隊側は1300人。防衛相が先月末に発表した予定によれば、海兵隊のMVオスプレイが6機参加することになっているといいます。
オスプレイが日常的に飛び回る沖縄では、この事故に敏感になるのは当然のこと。
琉球新報は社説で、「(事故が多発するオスプレイを)欠陥機と言わずして何と言おう。危険極まりない機体が沖縄に配備され、沖縄の上空を日常的に飛んでいる。この状態を放置することなどできない」「オスプレイが沖縄上空を飛ぶことは許されない。日本政府は飛行自粛ではなく、米軍に普天間駐留の24機全てを撤退させるよう求めるべきだ」と厳しく指摘していました。当然です。
米軍の「やりたい放題」をいつまで放置するのか。一刻も早く国内からオスプレイを一掃すること。もちろん自衛隊への配備なども論外です。



  8月5日(土)
夜日が落ちて暗くなった頃から、断続的に激しい雨。初めのうちは雷も鳴っていました。1日中、モワーとした空気だったのですが雨のおかげでそれがほぼ消えましたが、今度は集中豪雨にならないかそれが心配。結構激しく降り続いていますから。と思っていたら、大北地域に洪水警報。
時折雷もなっていたのに、ハルちゃんは平然と縁側で外を見ている。本当に耳が遠くなったのではないのかと心配になります。ほんのちょっとの雷でも駆け込んできて戸棚に隠れていたのがウソのようです。

今日、午前中は松本で夏期講習。そのあと午後2時から「あがたの森」文化会館での映画会=「明日へ〜戦争は罪悪である〜」の完成披露上映会=に向かいました。
「日本の青い空」シリーズ第4弾。全国で順次自主上映されていく予定で、その初上映会が行われたのです。午前、午後2回の上映で、午前の終わりには藤嘉行監督、植木徹誠役の上條恒彦さんがトークショーに参加、午後の初めにもご両名が挨拶をされました。

公開されているあらすじと予告編を紹介しておきますね。

<あらすじ>
2015年秋、安保法案に反対する国会前のデモのニュースが、テレビからながれる。 老人ホームで余生を過ごす98歳の元落語家、金山亭我楽こと藤尾純次(岡本富士太)の胸に、故郷瀬戸内の島の一人の僧侶・杉原良善(中原丈雄)の姿がよみがえる。
1932年(昭和7)、日中戦争から太平洋戦争に向かう戦争の時代。 噺家になりたい13歳の純次(松田優佑)の背中を押したのが良善和尚だった。
東京へ弟子入りし落語家となった純次(小倉レイ)は、出征のため6年振りに里帰りし和尚と再会するが、境内での出陣式で、良善は突如「戦争は罪悪で人類に対する敵、すぐにでも止めたほうがええ」「逃げて帰って来い。人殺しはするな」と説教を始める。
それまで戦争に協力する説教を語っていた良善のこの変化には何があったのか……。



詳しいことは分からないのですが、情報を集めてみる限りでは、この映画の主人公となっている反戦僧侶杉原良善のモデルの一人が真宗大谷派の竹中彰元、上條恒彦さん演じるもう一人の僧侶は実在の植木徹誠。植木等の父であることはよく知られています。若い植木等役も出てくるのはご愛敬か。
「僧侶の位を最低に落とし布教使資格を剥奪する」などの教団による処分が撤回され、謝罪と名誉回復が行われたのは処分から70年も過ぎた2007年のことでした(2008年NHK・ETV特集「戦争は罪悪である 〜ある仏教者の名誉回復〜」)。
仏教界は当時雪崩を打つように戦争に協力していきますが、その中でも信念を貫いた人々がいたことはもっともっと知られていいことです。

こうした戦前・戦中を描く映画を見ながら思うのは、現在では「一般には」とても考えられない、想像もできない特高警察、在郷軍人、地域のボスなどによって翼賛体制がどのように作りあげられたのかもっと暴露すべきだということ。
その具体的な表れは学校や家庭での、職場や隣組を中心とする地域での日常の中にあったはずです。「非国民」に対してどのような残酷な仕打ちが待っていたのかをリアルに赤裸々に描ききることがいまどうしても必要です。そして、彼らは戦後その行いをどう償ったのかあるいは合理化したのか、それもまた描く必要があります。
この映画は、盛り上がるような感動場面はそれほどはないし、ストレートな反戦主張がちょっと気になりはしましたが、一人の僧侶の生き方と落語家の少年時代とをうまく関わらせてストーリーを運んでいて優れた映画に仕上がっていると思いました。沢山の人たちに観てほしいと願わずにはいられません。

今年2月に劇場公開された映画「母(小林多喜二の母の物語)」も近く上映されるので、是非みてみたい。ダイジェスト版はこちら。Youtubeにはいままで埋もれていたような貴重な映像もアップされているのですね。たとえば「多喜二29年の人生」



  8月4日(金)
朝早くから妻は観劇のために東京へ。私は10時頃から畑に行って草刈り機で除草を始めたのですが、あまりの暑さにこのままでは熱中症になってしまうと危険を感じて早々に退散。木陰では風も通り、
雲も多くてそれほど気温が上がっていないと思われるのに、湿度が高いせいか汗が噴き出してきます。
昼はグダグダと4時頃まで過ごして(ほとんど横になっていた)、再び畑に出掛けて午前中の続きの草刈りと植えたばかりのインゲンのネット張りをしました。
私と妻との二人だけならそれほどいろいろと植える必要もないのでしょうが、松本に少しでも沢山届けたいと思うとつい作りすぎてしまいます。インゲンも昨年の種から全部芽が出たので、成長すればまた凄いことに。
作付け面積が増えれば相当に身体に負担がかかりますから、ほどほどにしないといけませんね。自重しつつ、ボチボチとやっていくことにしましょう。

政府が「核のごみ最終処分場『適地』」を発表したのは7月28日。「科学的特性マップ」というのだそうですね。先日もちょっと触れたように、「経産省はマップをもとに9月から自治体への説明を始め、候補地の選定作業に入る」「公募や国からの申し入れを通じて、処分地建設に関心のある自治体を複数見つけたい考え」なのだそうです。(日経
いままでも受け入れを表明した自治体はゼロだし、現在の自治体の状況でそんなことができるわけがない。2年前に福島原発事故で生じた指定廃棄物の最終処分場の候補地としてあげられた栃木県塩谷市では3年経っても「(国と町が)話し合いのテーブルに着くめどは立っていない」(下野新聞)のが実状。
最終処分場をどこにするかという議論よりもまずやらなければならないのは直ちに再稼働させた原発を止め原発をなくする決定をすることです。そのうえで、十分時間をかけて処分場問題を真に「科学的」に議論し方向を出すこと。海底処分や海外での処分も場合によっては真剣に考える必要があるかもしれません。

話は変わりますが、ドイツ北部のニーダザクセン州に旧西ドイツ時代に岩塩採掘場跡を核のゴミ捨て場にしたアッセ処分場というところがあります。1906年から1964年まで塩の採掘が続けられ、その後「1967年から1978年まで最下層に位置する13の空洞に『低レベル廃棄物』および『』中レベル廃棄物』が廃棄」されたといいます。
実際に処分場を見て来た守田敏也さんの報告によれば、いずれは取り出すということで初めは実験的に投棄していたものが、いつの間にか最終処分場化してしまいました。ところが、岩塩層からしみ出した水がたまりはじめ、その上山の圧力もかかって危険だということになって、ついにドイツ政府が取り出すことを決定。しかし、いつどのように取り出すか全く決まっていないというのです。ドイツでの愚かなやり方から私たちは何を学ぶべきなのか。
核の処分場を考える上での1つの動画を守田さんが紹介してくれていました。証言集のような感じですが、大変参考になります。

Endlager(最終処分場)
国本隆史2017年1月8日
http://www.speakupoverseas.net/endlager/



  8月3日(木) その2
内閣改造。7月21日に安倍さんは「来月早々に内閣改造を行いたい。人心一新を図りたい」とおっしゃいましたね。「人心一新」とは「人々の心を全く新しくすること」ですから、もしそうするなら支持率低下の真の原因である安倍、菅体制そのものを替えることしかないはず。内閣改造でそれができるなんて誰が信じますか??
今日の日刊ゲンダイは「明日は安倍内閣のご臨終になるだろう」との見出しで、結構正鵠を射たことを書いていましたよ。

骨格がそのままなら、その他の閣僚の誰を入れ替えたとしても政権の厚顔体質は変わらない。・・・留任が堅いのは、黒を白と言ってのける独善首相と同類の悪相官房長官、暴言幹事長、放言財務相という3悪党。「こんな人たち」を虫けら扱いする「オレ様政治家」が我が物顔で居座り続けるのだから、多くの国民はア然ボウー然だろう。

最後には、「安倍はますます追い詰められ、断末魔の叫びを上げることだろう。改造後の世論調査が楽しみだ」とまあゼッコーチョー。このくらい書いてくる新聞がなけりゃね。フツーの新聞を読んでも誰も溜飲を下げません。
日刊ゲンダイは「大臣待機組60人が造反」と確定的な書きぶりですが、もちろんそんな事実があるわけではありません。勝手にそうだろうと書いているに過ぎませんが、それもそうかもと思わせることもないではない。たとえば、福田元総理が「各省庁の中堅以上の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破滅に近づいている」「(中央省庁の公務員は)官邸の言うことを聞こうと、忖度以上のことをしようとして、すり寄る人もいる」などと厳しく批判しはじめていますしね。要は、国民の批判が高まれば高まるほど当然ながら内部矛盾が広がるというわけです。
こんな「改造劇」で支持率が回復するようなら、民意はそれだけのものということになる。加計問題も森友値引き問題も、自衛隊日報問題も首相の防衛大臣任命責任もまだ全く闇の中。何一つ解明されていないではありませんか。「内閣改造」で幕引きなどされてはたまったものではありません。マスコミのみなさんは、ここからがジャーナリズム魂の発揮のしどころと心得て頑張ってもらいたいものです。



  8月3日(木)
今日夕方は松本で「こどもじゅく」。昨日までに仲間たちから届けられた大量の野菜を軽トラに積んで出掛けました。
運んだ野菜は、すぐ近くのMさんからは大きな袋詰め2個分のナス、バラ園でご一緒しているMさんが知人Yさん、Mさんたちから集めてくれた大量のキュウリ、ジャガイモ、タマネギ、カボチャ、さらに知人のYさんが届けてくれたキュウリ、それに私の畑からこれまた大量のキュウリ、トマト、カボチャ。
写真上は前回7月末に届けたもの、下は今回のものです。写真でみるとたいしたことなさそうですけど・・・・。
なお、前回のジャガイモはバラの会の会員Sさん、米は知人のOさんが提供してくれたものです。ずいぶん沢山の方々が協力してくれているのです。みなさん本当にありがとうございます。
一番下は今日の「こどもじゅく」中高生の部屋の様子。小学生は別室です。






「こどもじゅく」の責任者兼マネージャのKさんが、保護者の一人といっしょに仕分けをしてくれて、帰りがけにみんな大きな袋を下げていってくれ、またたくまにすべて配布完了することができました。
迎えにきた保護者の方たちが袋を受け取りながら「助かります」「この間のトマト美味しかったです」などと声をかけてくれると、一生懸命に集めて運んだかいがあったかなと嬉しくなります。
いつまで、どのように続けられるかはいまのところ未知数ですが、余分な野菜が出る限りは続けなければならないですね。「困ったときはお互いさま」「もったいないの気持ちを大事に」「野菜をたべてお互い元気に」ですから。

今日の午前中はすぐちかくの総合病院で腰の診察でした。松本の病院からの紹介状を持って専門医に見てもらいに出掛けたのです。
担当医は、先日撮ったMRIの画像を見ながら「これはひどい」と一言。その言い方は「それはひどい」。まあ、専門家が見ればどれほど脊椎がダメージを受けているかすぐわかるわけですから、無理からぬ評価なのでしょうが。
2,3個の椎間板は跡形もないほどすり減っているので、ちょっと削って隙間をあけても痛みやシビレは消えないだろう、もし手術をするならボルトで固定することになるので運動・生活が制限されることになる。とにかく3ヶ月に一度くらいずつ様子をみて、どうしても我慢できないような痛みが続くようならそのときに手術を考えてもいいのではないか・・・あらましそんな話でした。
「普段気をつけることはどんなことですか」と聞いたら、「とにかく負担をかけるような運動や作業はしないことだね」と当たり前の返事。聞かなきゃよかった。
昨年の今頃の痛みからすればずいぶん改善されているわけで、無理をしないように日常生活に気をつけるということでしょう。次回の診察は11月となりました。

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昨日は朝9時頃家を発って富山へ。まず呉羽丘陵にある墓地で母と弟の墓参り。前回はついこの間だったような気もするし、ずいぶん前だったような気もするし、お墓というのはそんなところなのかもしれません。私が水を桶に汲んできて、妻が墓周りをきれいに掃除をし、それからお参り。




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その後は妹夫妻の娘(私の姪)が子ども連れで里帰りしており、夫(アメリカ人・外交官付き)とともにまもなく中国生活に入るので会いに出掛けました。子ども達は二人とも男の子で元気そのもの(以前写真を載せたことがありましたね)。たくましくなっていました。
あれこれ2時間ほどお邪魔したあと、弟(故人)の嫁さん宅にほんのしばらく寄って、その日のうちに帰宅。結構忙しい1日でした。



  8月1日(火) その2
しんぶん赤旗の書評で見たのか、それとも7月2日付け日曜版のインタビュー記事を読んだのか、今となっては定かではないのですが、それが気になっていて先日本屋で探して手に入れた島田雅彦さんの長編「カタストロフ・マニア」を読みました。
一昨日ちょっと重たいものを持ったせいか腰が痛くなって昨日は1日家に籠もって読書。おかげで読みかけのこの本を最後まで読むことができました。
新潮社の宣伝文句は次のようなもの。

このまま黄昏れちゃっていいのか、人類。
強靭な想像力が照らし出す、我々の未来

2036年、治験のため入っていた病院で目覚めたシマダミロクは驚愕する。何しろそこには、誰ひとりいなくなっていたのだから――。
太陽プラズマの放出、感染症の蔓延、そしてAIの専制が世界を脅かすなか、彼は「大淘汰」の流れを止めることができるのか。来るべきディストピアを見据え警鐘を鳴らす、純文学×SFの到達点!


ゲーム・デザイナーの小島秀夫さんによる書評はこちらをご覧下さい。

「日本人には自滅衝動がある」とのたまうのは内田樹さん。「破局的事態によって全部チャラにするというのは結構魅力的な選択肢なんです。」「安倍首相の『戦後レジームからの脱却』路線はどこか破局願望によって駆動されているという印象を僕は抱いています。」・・・これは支配層の側の問題ですが、「血なまぐさい戦いを見たいという無責任な見物人気分が国民の中にはあるような気がします」ともおっしゃっていますから内田さんの問題意識では双方の側にその願望があるということか。
この「カタストロフ・マニア」ではそうした支配者の側の破壊願望を下敷きにした「社会のリセット」が描かれています。もっとも進化したAIが登場し、その手のひらで政治家もうごめいているわけですが、AIの描く社会の秩序はどこかゲームの世界であって、人間は知らず知らずのうちにゲームの中で生死まで決められてしまう。
そもそもの始まりは「太陽のしゃっくり」(太陽の巨大フレア)によって引き起こされた電力の供給停止、生活インフラの破壊、原発のメルトダウン、疫病の発生などでした。普通なら叡智を集めてこれとどう向き合うかという話になるはずですが、この小説ではAIがからんで何重にもひねくれた設定が仕掛けられていますから、読み進めると何となくそんな設定もありかなという気にさせられてしまいます。

現実の政治が人々の意識を越えて劣化しているのだが、それを覆い隠すために極端な管理社会になったとしても人々はそれを望みさえするという社会は、やはり滅亡への道を自ら選択しているといってもいいのかもしれませんね。すべて壊すことしか解がみあたらないのですから。
たとえば、原発の再稼働はこれからの電力の「ベストミックス」に必要なのだという原発マフィアの言い分をまだ多くの国民は信じています。しかし、使用済み核燃料の処分場の地図が示されて、自分の自治体にそれが作られるのなら絶対に許さないという股裂き意識も顕著です。ではどうするか、住民がウンというまで多額の金銭を積むしかないでしょう。つまり自治体ぐるみ買収、地域の破壊です。
それでも他の自治体に住む人々は、一時胸をなで下ろしまもなくそれすら忘れて福島と同じように振る舞う。
地球温暖化と同様、太陽スーパーフレアは空想の現象ではありません。人間の生活が高度なテクノロジーに頼り切ってしまえばしまうほど、ほんのちょっとの太陽活動の変化にも脆弱性を露呈する。

テクノロジーの発展に浴しすぎた結果、これまで全部自分でやっていたことを機械や電脳に委託する形になってしまいました。そして、気がついてみたら古代人と比べてはるかに退化してしまっている、というのが今の状態だと思います。(島田雅彦さん)

もちろん私たちはそんな破壊願望に与するわけにいきませんし、人間の人間らしい発達を願いますから、その輪を広げることが何より大切です。そしてどんな変化にも柔軟に対応できる共生社会をつくりあげること、そこにこそ人間の知恵を集中させなければならないのだろうと改めて思います。



  8月1日(火)
昨日はかなり晴れ間が広がったと思ったら、今日はまた、どんより、ジメジメ、蒸し暑い梅雨空。いやになりますね。
弟と母の墓参りに以前出かけたのはいつだったか忘れてしまいそうなくらい不義理していますので、今年は是非お盆前に一度出掛けなければ。それに、妹夫妻のところにも寄って、姪とその子ども達の顔も見てきたいし。
というわけで、明日朝から富山に出掛けることに急遽決めました。そのために今日は早朝から妻と野菜の収穫に畑へ。お土産にというのは半分の理由で、実際は放置しておくとキュウリやトマトがとんでもないことになってしまう・・・というのがもう一つの理由。案の定、キュウリが50本ほど、トマトも20個ほど採れました。重いこと。
ついでに、待ちに待った「スイカ」の収穫!過去に作ったスイカはどうもイマイチだったので、帰ってから恐る恐る割ってみたら、何と見事な熟れ具合。ちょっと空間があったものの、妻は「上出来だ!!」と嬉しそうでした。
今年は2株植えたのですが、今日収穫したスイカはそのうちの一株のもの。その一株はこの1個だけ。あまり葉が茂っていなかったので出来具合が心配でしたが、それを吹き飛ばすおいしさでした。
あと一株には、大きい実が1個と、2番なりが4個。このうち大きい方は8月10日頃にとれそうなので、スイカ狙いで我が家にお越しの場合はその頃に!こりゃ来年はスイカ畑にしなくちゃ。植えてから放っておけばいいんだし。

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8月は平和を考え行動する月。我が友MNEMOさんは8月6日、東京「HEAVEN青山」で仲間たちとつくったバンド「Rajoy(レイジョイ)」の初ライブを行います。すでに何ヶ月も前から企画し構想をねり、過去の音楽活動の1つの集約点であり同時に新しい出発点としての意義を持ちます。ブログからその意気込みが伝わってきます。
さらに、何よりも「核廃絶、原発廃絶、戦争反対、peace & loveを思う存分訴え」ることに大きな眼目があります。8.6の意味はまさしくそれ。もちろんMNEMOさんのめざすものは音楽活動・芸術活動を通しての表現の営みであり、「生きとし生けるものの平和のために」という強い思いに裏打ちされたものであることは明らかです。
ツイッターでの宣伝に力を入れてきたMNEMOさん。私自身は何にも力にはなれませんでしたけれど、この日のライブは是非とも大きな成功を収めてほしい。
もし東京周辺で私のブログをお読みになった方がいらっしゃるなら、ぜひ8月6日はRajoyの8.6gigにお出かけ下さい。私の名前を出していただければ何かいいことがあるかもしれませんよ・・・??
7月にこのブログでお便りを書いたいとこのTさんにライブのことを電話したら、「いま韓国よ」との返事。でもあと2,3日で帰国するというので、きっと6日には出掛けてくれるでしょう。よろしくね。甥たちにもいま連絡中。


世論の動向を気にしつつも、ここは自分しかやれないとばかり改憲、原発、沖縄政策を突っ走っている安倍政権。それをくい止める力は市民レベルの運動しかありません。ストレートな表現からゆるやかなアピール、音楽、映画、演劇、お笑いなどに至るまで、反戦・非戦・平和・非暴力の分厚い「意識」を形成することです。
MNEMOさんたちのロック魂もそのひとつだし、明日広島マツダスタジアムで開催される広島カープと阪神タイガースの「ピースナイター」もその1つ。フライヤーには「10年目を迎える『ピースナイター』では、今年も平和な世界と核兵器廃絶をアピールします」とありました。原爆ドームと同じ高さで内野席上段を染める赤いピースラインがきっと平和への決意あふれる感動的な夜を作りあげることでしょう。


もちろん、広島(8/3〜6)長崎(8/7〜9)で開かれる「原水爆禁止2017年世界大会」も忘れるわけにはいきませんね。
また沖縄では、8月12日午後、奥武山公園で「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」がオール沖縄会議の主催で開かれます。沖縄の仲間のみなさん、心からその成功を願っていますね!!
生きとし生けるものすべて束になって戦争・原発勢力を追い詰める8月としたいものです。







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