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  6月28日(木)
このところ木曜日になると雨。バラの会の活動も停滞気味になっています。花柄を取ったり除草しなければならないのになかなかはかどらないというこの頃。
昨日から鼻づまりがひどくて解消しようとすると涙、鼻水の洪水になって体調は絶不調。雨を幸いに横になって治まるのを待っているという状態です。

手術から2ヶ月ちょっとになり、少しずつコルセットを外して生活するようにしています。姿勢はしっかり保っていないといけませんが、時折コルセットが恋しくなることがあるんですね。まるで車の運転のシートベルトのような感覚。無いと不安になるあの心理です。
少しずつ歩くようにも心がけ、とにかく身体をまんべんなく動かすように気をつけているところです。
果たして手術が基本的にうまくいったのかどうかまだわからないという曖昧な状態に、なかなか気分は晴れませんが、この11日には再度診察があるので、今後の見通しがある程度はっきりするのではないかと思っています。

さて、沖縄の母が入院後に脳梗塞を併発したという連絡がその後ありました。山形県に住む妻の妹とも連絡を取りあい、とりあえず妹の方が7月初めに帰郷することになりました。
義兄からの連絡では、意識はしっかりしており、手足の動きも右手が多少不具合があるようだがほとんど問題ないとのことで、脳梗塞でも比較的軽度だったのではとホッとしています。
ただ、超高齢者の場合は、いつ何が起こっても不思議ではないので、どんな場合にも即応できるようにしておこうねと妻と話し合っているところです。
これから7月半ばにかけて私の方はいろんなイベントなどもあるので、何かあれば結構影響が大きいのが心配。そうはいっても、大事な母親のこと。当然こっちが優先事項ということです。
ここ何年か、毎年でかけてはかなりの時間一緒に過ごしてきましたし、4〜5ヶ月前には沖縄にいて元気な様子を見ていたばかりなので、すぐにでも見舞いに行きたいところなのですが・・・。



  6月26日(火) その2
今日日中は比較的調子がよかったので、朝早く妻と2時間ほど畑に。夕方また一人で耕運機を軽トラにつんで、イチゴの畝のあとを整地、肥料をやるなど立ち仕事をいくつかやりました。
トマトが1つ赤くなり、白菜もなぜか花が咲きそうになり、インゲンもすっかり葉を茂らせてまもなくバケツが必要になりそうです。ニンニク、タマネギの収穫をすべて終わり、あとはジャガイモとラッキョウが残っています。
腰が多少は痛くても身体を動かすというのはとても大事なことだと思わされます。腰は単独でいたいわけではなく、前進の筋肉などとも関係しているので、これからは無理せず少しずつ慣らしていくのがよいのではと考えているところです。
畑以外では、7月初旬に予定している2つのプレゼンの資料作りが大変。まず7月3日には、バラ愛好会として長野県長寿社会開発センターの助成金申請の公開プレゼンがあります。
なぜ申請するのか、その助成金で何をし、どのような効果を期待するのかなどをわかりやすく審査委員のみなさんに説明するのです。3年目なので、大体要領は分かっており、ツボを押さえた説明ができるように資料を作成しました。
二つ目は7月7日の自主防災会の会議用資料の作成。これまた集まった防災リーダーのみなさんにわかりやすく説明できるようにパワーポイントで解説をつくらなければなりません。誰かが原稿をつくってくれてそれをただレイアウトすればいいというものではないので、なかなか骨が折れます。
いずれにしてもこうした資料を作る中で全体像が見えてくることもあるわけで、やりがいはあるのです。それぞれうまくいくように、相談しながら資料の完成を急ぐのがこれからの私の仕事。相変わらず昔から似たようなことやっていますね。

そうそう、今日夕方友人M氏が、イノシシの肉をわざわざ届けてくれました。「まだ24時間経っていないらしい。うまいよ」といいながら肉の塊を差し出し、コルセットをしたまま玄関に出た私に”哀れみの一瞥”をくれて帰っていきました。忘れずに訪問してくれるのですから、本当にありがたいことです。
今度富山に行った折にはおいしい魚を買って届けることにしましょう。



  6月26日(火) 
少しずつ畑に出て、草刈り機を使ったり(立ったままなら腰に負担が少ない)、イチゴの畝の草取りをしたりしています。ちょっと不調を覚える時もあるものの、何とか調子が戻ってきているような気がします。
昨日中には暑くなるので、朝7時ごろには畑に出て10時頃には帰るようにしようと妻と話し合って実践しているところです。

身体のほてりが残っているためか、最近の鼻炎がひどくなって夜片方が詰まって息苦しくなるためか、あらぬ妄想にとらわれて寝付かれなくなることがあります。
今朝はまだ暗いうち(というより寝付いてすぐという方がいいかも)、「一意対応」という数学の用語が頭の中でグルグルしはじめた。大方のみなさんは、何のこっちゃと思われるでしょうね。
数学で写像や関数を学ぶときに、「写像(関数)とは集合から集合への一意対応である」と約束するのです。
だいたい、何でも知っている大学の先生ともなると、学生もこんな初歩的なことぐらいわかっているだろう、いやわかるべきだと授業を進めるので、私のような物わかりの悪い人間は大変苦労することになる。
一意対応というのはその字の通りで、集合Aのある要素に集合Bの要素がただ一通りに決まるというだけの話なのです。しかし、大学の先生は「集合AからBへの対応fが一意対応であるとは、f(a)≠f(b)ならばa≠bが成り立つことである」と言っただけで、あとはろくな説明をせずにどん先へ行ってしまう。
よく考えればわかるんででしょうけど、そんな学生時代の苦い経験がまだ身体に染みついているから、脳細胞がショートして変な記憶が呼び起こされたのか・・・。眠れないので、仕方なくディスプレイに向かっているという次第。

先の命題を言い換えると(対偶をとると)「a=bならばf(a)=f(b)」となるのですが、現在の高校のように集合だとか形式論理だとかを学ぶことがなかった時代の私には、今では何でもないことが新鮮というより苦痛だった覚えがあります。

”一意対応ってのはね、男の集合から女の集合を考えたときに、一人に男性は一人の女性だけ。ある一人の男が同時に二人の女性と関係をもつというのは許されないということだ。相手の女性が異なれば(f(a)≠f(b))、男の方も違う(a≠b)ということ。要するに二股はダメ。これが一意対応。二人の男性が一人の女性を思うのはよい。”こんな風に教えてくれたら嬉しかったなあ。
そんな例が通用するのかどうか。人間の社会では、そもそも男の集合なんてあり得るのかどうかさえ怪しいのですし、あの子もいいな、この子もいいなというのはいくらでもあることだし・・。

形式論理では「f(a)≠f(b)ならばa≠b」を言い換えると、「a=bなのにf(a)≠f(b)となることは許されない」となります。要するに一人の男が二人の名を語って二人の女性に恋文を書いちゃダメなんです。つまり、「a=bならばf(a)=f(b)」なんですね。
今は高校で形式論理を学ぶことはなくなっていますが、一頃(ずいぶん前です)ずいぶん高校数学で流行ったことがありました。そのときに問題になったのが、「pならばq」って「pであってqでない、ことはない」と同じだということをどう教えるの話題になったことがあったのです。
そうか、この一意対応は実はこの1つの例なんだなと、私は夢の中でぐるぐる考えていたのですが、当時は「明日晴れたならばディズニーランドに行こう」と約束したとする、「明日晴れたのに行かなかった」ときだけは約束違反だよね、「雨が降ったのに行った」としても過剰サービスだけど約束違反じゃない、と教えたらどうかなんてしきりに話題になった。命題の例としてはヘンなんだけれど、例え話しとしては今でもこれは使えるんじゃないかと思っているのです。

さっき、「f(a)≠f(b)ならばa≠b」を「言い換えれば」と書きましたが、テレビや書籍で、ある命題の正しさを強調するのに、「逆にいえば」とか「裏を返せば」という言い方で説明しているのをよく見かけます。形式論理では、「f(a)≠f(b)ならばa≠b」の逆は「a≠bならばf(a)≠f(b)」だし、裏は「f(a)=f(b)ならばa=b」となるし、元の命題が正しくても逆や裏は正しいとは限らないのですから、この言い方は誤解を生じるか曖昧さを増幅することがありえるのです。それを理解せずに間違った使い方をしている例が多く見られるので気をつけたいところ。

私の頭の中では、形式論理の基本法則の1つ矛盾律(無矛盾律)「Aと非Aは両立しない」や排中律「Aまたは非Aのいずれかである」は大変重要ではあるが、Aと非Aが両立することはいくらでもあるじゃん、もっと弁証法を学ぶことが大事なんじゃないのとの思いが強い。なぜかというと、先に書いたような形式論理について、公務員試験などの「数的処理」だとか「判断推理」などの問題ときたら、やたら複雑な問題が多く見られるのを最近知ったからです。
まあ、問題としては面白いといえば面白いのですが、形式論理だということをきちんと押さえ、かつそれらの推論規則をきっちり学んだ上でならまだしも、そうでないのにクイズのような問題をうまく処理できる人間が公務員試験に合格するというのはどうしても理解できない。小賢しくなるだけだと私などはひねくれているのですが、いかがでしょう。
NHKの異色の番組「チコちゃんに叱られる」でさえ、「なぜ男の寿命は女より短いのか」という問題で、「男はもともと女だったけれど、無理矢理男にさせられたから」と答えていたしね。男と女の境目は実はあやしい。それを男は非女、女は非男と見る日本人の何と多いことか。
物質だって、光(光子)は粒子と波動の両方の性質を備えているのだし、運動方程式をx=f(t)と書いたときのtは静止していると同時に動いていることの表現ですし。
何を書いているのか分からなくなってきたし、ずいぶん涼しくなってきたので、そろそろまた寝ます。

ここ数日、我が家の前をホタルが数匹、プカプカ。




  6月23日(土) 
朝早く沖縄の義兄から電話があり、何事かと出てみたら義母が入院したという知らせ。超高齢者が入院する際には、もし入院中に何か不測の事態が起こり生死が危ぶまれる場合、延命措置を施すのかどうかという確認書を提出しなければならないので、どう考えるか聞かせてほしいということだったのです。
延命措置が必要な事態が起こったのかとはじめびっくりしましたが、そうではなく、一般的な入院の手続きの1つなのだそうで、一安心しました。とはいえ入院には違いなく、まもなく99歳ですから何が起こっても不思議はありません。
今のところは元気な様子だというのですが、これからの状況がいまいちはっきりしないので、来月下旬、妻が実家に帰って母と会ってくることにしました。
私が行って会ったときには「100まで意地でも生きる」と言っていましたから、その言葉どおりに長生きしてほしいものです。

沖縄は今日、沖縄戦の組織的戦闘が終わって73年目にあたります。毎年思うのですが、子ども達がしっかりと沖縄戦の記憶を受け継ぐ決意を示していること。「沖縄全戦没者追悼式」で浦添市立港川中学校3年の相良倫子さんが暗唱した詩「生きる」が静かな感動を広げています。

「私はなんと美しい島に、 生まれ育ったのだろう」。その島で私は生きている。現在の私には「今」がたまらなく愛しくかけがえのないときに思える。だが・・・同じその美しい島が今から73年前、言語に絶する阿鼻叫喚の島だったことを学び、「生きた時代が違う。ただ、それだけで。」と過去への思いを綴り、決してあのような時代を招かないようにしたいと固く心に刻み込む。それは必ずできる。なぜなら「未来は、この瞬間の延長線上にあるからだ。つまり、未来は、今なんだ」から・・・

この若い世代の感受性を大人たちはどう受け止め、どう応えるのか。翁長知事をせっかく知事に選びながら、次第に中央とのパイプ政治になびいていく「現実的」という住民の選択の拡大。そして、相変わらず戦争準備=沖縄捨て石政策=に余念のない安倍政権。沖縄では白々しさだけが広がります。

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話は変わりますが、先週の土曜日に松本での「こどもじゅく」に出かけて驚いた。私が治療で休んでいる間に、信州大などの学生が新たにスタッフとして参加するようになり部屋に入りきれないくらいの大盛況になってしまったのです。
せっかく来てくれているのですから、私はほとんど控えの存在。何かあればご出馬という体制で、学生達の奮闘を見守ることに徹しています。中には、一度来てみたが、なかなか出番もなく、思っていた「じゅく」とは違うというので足が遠のいてしまう学生もいるのだとか。

今日は、ようやく「出荷」できるようになった野菜を軽トラに積んで松本へ。このところ一挙に大きくなったレタスを大量に運びました。そのほかには、ジャガイモ、ズッキーニ、キュウリなど。これから本格的にとれ始めるので、すこしずつ持って行ってもらうことができます。いよいよ夏野菜の季節の開始です。

畑では、春先に植え付けた「チョロギ」がこんもりと茂り、小さな花をつけ始めました。一体今年はどのくらい収穫できるものか。










  6月18日(月) 
今朝の大阪北部の地震、本当にいつどこでどのような大地震があるかわかりません。
折しも、我が集落の自主防災会の組織作りに取り組んでいた最中だったので、震度6弱の災害がどのような様相の被害をもたらしているのか気になって仕方がありませんでした。
登校最中に倒れたブロック塀の下になって小学生が命を奪われ、他にも同じような倒壊塀や家具のためになくなった方が出てしまいました。残念です。
翻って、我が身の周りを見回してみれば、ちょっと想像力を働かせるだけで、大地震によってどんなことが起きるのかを描くことができます。この家具はどうなるのか。その上に置かれたものは?家の後ろの土砂止めのブロックは?
最近の震度6弱や6強の地震の経験からいえるのは、家具は倒れるのではなく、襲ってくる、飛んでくるのです。繰り返し、そうした経験を学び合い、語り合うことがいかに重要か。そして、その対策を一人でではなく、近所の人たちの集団の力で行うこと、不断に意識を高めあうこと・・・などを改めて確認させられています。

私の住む集落で自主防災会の新組織を立ち上げ、組織づくりに取り組んできたことはこれまで何度か触れました。
近所の助け合い組織をあらたにつくり、そのリーダー・サブリーダーも決まって、7月7日にはその「防災班」の会議を持つことに決まっています。
私の当面の役目は、そこで話す内容の骨子をプレゼン資料としてつくること、防災会の会員向けのニュースを継続的に発行することです。ニュース発行の方針が決まってから、この6月までに3号発行しました。組織の透明性を高め、役員会の考えを全員に伝え、かつさまざまな経験を共有する、そんな意図が伝わってくれたらいいなという思いでつくっているのですが、果たして伝わっているのか・・・。

防災ニュース 第1号
防災ニュース 第2号
防災ニュース 第3号

さて、昨日は「父の日」でした。前日まで気がつかなかったのですが、息子から花が届けられて初めて気がついた次第。美容師の娘からは、髪を大事にという心遣いでどっさり最新のシャンプーやらトリートメントやらが届きました。うれしくもあり恥ずかしくもあり。ありがとうね。





  6月13日(水) その2
昨日午後から急に大粒の雨が断続的に降り、久しぶりの潤い。ところがどうやら「方降り(かたぶい)」のようで、明科方面はそれほどでもない。部分的な土砂降りのようでした。
それはともかく、ここ2,3週間で作物の生長は著しい。4月末に種を植えて芽はすぐにでたものの2ヶ月もほとんど動かなかった苗が、急に大きくなり始め実をつける。夜の気温のせいなのでしょうか。
イチゴ、サヤエンドウの季節が終わり、いま食卓によく上るのが新タマネギ、キャベツ、新ジャガなど。イチゴはせいぜい2,3週間がピークなので、その間ことしはせっせとジャム作りに励みました。
今年は私の代わりに妻が大活躍し、連日畑に通って作業に精を出してくれていました。新タマネギは葉がほとんど倒れて収穫を待ち、キャベツも大きな玉ができておいしそう。ラッキョウの収穫もこれから。私も少しずつ畑にでて、やれる範囲のことをやろうと思っています。多少は動かないと筋肉が落ちてしまい、逆に回復を妨げることになりますから。

バラ園では、先日「地域おこし協力隊」の一人が「どうしてもやりたいこと」として、金だらいを持ち込んでの「フラワー・ハンド・バス」実演が。バラ祭りの後でしたし宣伝をしていたわけでもない飛び入り実演でしたから、参加する人もバラの会会員とその場に居合わせた来訪者数名だけ。
それでも、咲いていたバラの花を摘んできてタライに入れ適温のお湯を満たして腕を温めるという「足湯」ならぬ「腕湯」に、参加者は興味津々。さっそく腕を浸してバラの香りを浴びながらの「ハンド・バス」に大喜びでした。


昨日は我が家の前の電柱に無数の鳥が群れて賑やかなこと。これは何ですかねえ。ムクドリ?スズメとは違うことは分かりますが・・・。先日のニホンカモシカといい、このごろ今まで見たこともないような動物が不意に現れてびっくりさせます。




  6月13日(水)
昨日はほぼ一日、断続的に米朝首脳会談の模様を見ていました。朝鮮半島の非核化の方向を文書で確認した点で歴史的な会談といえると思うのですが、何よりも重大な意義は、つい先日まで不倶戴天の敵と見なし合っていた双方の国のリーダーが、隣り合って立ち、同じテーブルで向き合うという「話し合い」の重要性を誰の目にも明らかにしたことでしょう。
「共同声明はあいまいでがっかりだ」とか「北朝鮮ペースに乗せられた」という評論があったと聞きますが、それは誰がどのように歴史を前にすすめるのかを考えない「評論家」的ものいいでしかありません。
饒舌で中学校の英語教科書並みの表現しかないショーマンのトランプに比べて、考え抜かれ絶妙の言い回しをする金正恩の「頭の良さ」を印象づけましたね。
拉致問題についてトランプに丸投げ、アメリカ頼みの安倍政権ですから、「トランプの成果を評価する」と言ったところで、外交面での主体性はゼロ。この国の過去を総括し北挑戦と戦後補償と国交の樹立にむけての外交交渉を展開する戦略もゼロ。
これについては内政・外交に真の主体性と大きな構想力をもった勢力を草の根から伸ばしていくしかない。

今日の琉球新報には政府が辺野古基地への「土砂投入」の時期の通知を沖縄県に手渡したという報道がありました。写真下(琉球新報)の囲まれた部分に8月17日から土砂を投入するという計画です。米軍機F15の墜落事故から間もない時期だけに沖縄県民の怒りは激しい。


翁長知事は昨日記者団に対して「看過できない事態となれば躊躇することなく(埋め立て承認の)撤回を必ず行う」と表明しています。当然です。
以前から紹介してきたように、現在護岸の囲いがほぼ完成しているのはほんの一部分。大浦湾側はマヨネーズ&豆腐状態の深い落ち込みがあって、工法変更はおろかケーソン投入の時期さえ定まらず、完成までどれだけかかるかわからないのです。当然知事の承認事項も含まれますから、政府・防衛局は、とにかく既成事実を作り上げ無力感を醸成しておいて、秋の県知事選挙で一気に基地賛成の知事を生み出そうとしているのでしょう。

名護市長選はじめいくつかの沖縄県内自治体選挙、直近の新潟知事選などで安倍政権側が見つけ出した選挙勝利の方程式があります。
@再大争点(基地問題・原発)については、態度を明確にせず、徹底した争点ずらしを行う。
A大手広告業者などをつかって、相手陣営のマイナスイメージを作り出し、ずらした争点を前面に押し出す。
B相手候補がいかに地元産業をダメにしたかを宣伝し、立て直すには中央とのパイプ(カネ)が必要であるとして経済の「うるおい」を強調する。
C業界団体、関連団体などに徹底した締め付けをし、ぐるみ選挙で期日前投票を大規模に組織する。
D若者の疎外感、期待感をうまく取り込み、政策化する。
名護市長選では、こうした相手陣営の作戦が読めずに旧態依然とした選挙に終始したことが苦い経験として語られていました。
だとすれば、知事選挙ではこれらのすべてについて相手陣営を上回る政策と戦略がもとめられることになる。単に「県民は基地を望んでいない」というだけでは勝ち目はないのです。背に腹は代えられない。原発立地の際も結局はそれでしたから。

MNEMOさんが新潟知事選挙結果について落胆しながらも「諦めずに小さな努力」を続けることが大切だと書かれていたことが印象的でした。
業者ならば、明日の運転資金をどうするのか、経営危機をどう乗り切るのかが頭を占めれば、藁をもつかむ思いでそれに結びつく誰かを考える。明日の生活もしれない若者ならば、不安定雇用を作り出した張本人がだれであり、それをどうしたらなくせるかを考えるより、どうしたら明日を乗り切れるのか、誰が雇用を少しでも安定させてくれるのかを考える。
また、見るに忍びない政治家の不誠実ぶりを見て、政治不信を募らせ、政治を変えることより、政治には何も期待しないという考えを持つ人々が増えることも理解できる。
社会変革が必要だと認める人たちが、目を向けなければならないのは、身近にいるそうした人たちに、ともに行動することで根本的にこの社会を変えることができる、政治に信頼を取り戻すことができると訴えつづけることでしょう。昔のコトバでいえば「心に灯をともす」ことなんでしょうね。



  6月12日(火)
またまた一週間ぶりの更新になってしまいました。いつもお読みいただいている方には、心配をおかけしているのではないかと申し訳なく思いながら、なかなか画面に向き合う気にもなれないまま、時間だけが過ぎていってしまいました。

まず、体調については「良くなっているのかどうかわからない」が正直なところ。腰や左太ももがとても痛くなる時が続くと思うと、ずいぶん痛みが和らいだという時もあって、気分もなかなか晴れません。
土曜日に一ヶ月半ぶりに松本まで車を運転して行き、そのついでに駅前のいつものコーヒー店まで往復一キロほど歩きました。このときは、まずまずだったので多少は良くなっているのではないかという気になり、昨日は畑でしばらく草刈り機を使って除草。これも立ったままの作業ですから、それほど負担にはなりませんでした。しかし、トマトの脇芽を取ったりひも掛けをしたりとかがむ仕事は相当に腰に負担があって、痛みの原因になります。
先日予定の診察の際、普通なら3ヶ月後で良かった受診を1ヶ月に縮めて明日MRI、レントゲンを行い経過を見ることなったので、とりあえずその診察待ちです。

時間があるということと、ものを考えかくということとは関連はありません。当然ながら、社会や地域に対する関わり方の豊かさが「思考」を規定するのだとつくづく思います。
結局、この間いろいろと考えることや心を痛めることもあったけれど、コトバにしようとしても形にならず、そのまま消えていくことに。時間はたっぷりあるのですから、むちゃくちゃに本を読むとか、映画をみるとか、それは人それぞれなのでしょうが、外界とのかかわりのなさがそんな気持ちを萎縮させてしまうのでしょか、その気にもなれず・・・。
ついつい、受験生のための対策プログラムに集中するということになってしまいました。合格させてやるには何ができるのか、そのための準備は今しかないのではないかという気持ちだけは持続できているので、ほとんどの時間を20年前のマシンとこれまた古い数学入力ソフトMath Typeを「駆使」して、入試までのだいたいの対策プリントを作成してしまったという次第。

さて、今日はトランプと金正恩の「歴史的」米朝会談の日。核のない世界をどう創るかという真面目な話ではなく、打算と打算のぶつかり合いですから、どんなサプライズが生まれるのか全くわかりません。
首脳本人達には無自覚かもしれませんが、この会談が行われること自体、核のない世界を目指して苦闘してきた無数の人々の悲願、意志が反映しているのです。そのことを無視して国家利益・打算だけの行動をとれるわけがない。世界の良心ともいえるこの圧力こそこの会談の見えざる背景なのだと私には思えます。

袴田さん再審請求の高裁での棄却。沖縄基地問題での判決といい、この高裁判決といい、司法の問題点が噴き出しているように思えます。判決は単に形式的事実認定と法律の解釈・適用で書けるものではないはずです。
そこには裁判官の全人格、倫理性、社会性がすべて反映される。密室での過酷で非人間的な取り調べにもとづく自白がいかに信用性がないかはすでに明白になっており、DNA鑑定だけではなく検察側の証拠の矛盾がさまざまに指摘されていながら、再審を閉ざすという決定は全く合理性がない。
私には、司法試験を通り判事になった裁判官たちの「生い立ち」がなんとなく描けるような気がするのです。つい彼らの「年齢」とその生い立ちの背景を考えてしまいます。
「司法の反動化」「教育の反動化」などというコトバはもう死語に近い今日、それらの意味する内容が、実は権力の末端に位置する人々の習性、自然体となってきているのではないか、人々もまたそれらに慣らされてきたために、それほど違和感なく受け入れてしまうのではないのか・・・。

私の耳に、父母から虐待され死に追いやられた5歳の女の子が書き綴ったコトバがずっと響き続けています。



  6月4日(月)
昨日バラ祭りが無事終了しました。とはいえ、混雑を避けて今日、明日訪問する人もかなりいて、午後バラ園に寄ったときにも関西から来たという10人ほどの団体が三々五々園内を散策していました。
今日は昨日以上に雲1つない快晴で、素晴らしいバラ日和。あまりに日差しが強いので目が痛くなるほどです。
あまり人のいない園内は、秘密の花園っぽくて私は大変気に入っています。森に囲まれ、キジが散歩し、キツツキの音が間近に聞こえ、遠く北アルプスがすべて一望できるこのバラ園のたたずまいはおそらく全国1でしょうね。近くの人でも「こんなところにバラ園があるなんて知らなかった」と言うほどですから、なおよろしい。
昨日はMNEMOさんもわざわざブログで紹介してくださいましたね。ありがとうございます。今からでも遅くありません。安曇野を訪れる機会があれば是非お立ち寄りを。

日曜日は800人ほど。今日も100人近く来ていますから、多分今週中に2千数百人になるでしょう。
思いがけない人も訪問してくれました。古い友人などが思い出してきてくれるのは本当にうれしいことです。わざわざプレゼントを抱えてきてくれたご夫婦もいらっしゃいました。
みなさんのご協力に心から感謝申し上げます。また、会員のみなさん、本当にお疲れ様でした。




















  6月2日(土)
バラ祭り初日。バラは満開、しかも晴天に恵まれ北アルプスもきれいにみえたこともあって、最高の祭り初日になりました。
例年より新聞報道がは遅かったとはいえ、そのおかげで朝からひっきりなしに訪問者があり、駐車場係は例年通り大忙し。私は多少車の整理にあたった程度で、ほとんどの時間をテントで過ごし、訪問客の相手をしました。
池田町からは町長・振興課長・政策企画課長が忙しい合間をぬって訪れてくれ、以前からの約束通り前副町長もご夫妻で来訪。一般の訪問客では県外からの人を含めて遠くからの訪問客が目立ちました。今年はとくに若い人が多かったように思えました。
私の携帯は昨日に続いて朝からひっきりなしに問い合わせがありました。履歴をみるとずら〜〜と名前のない番号が並んでいます。
昨日までの訪問者は約800人、今日も午後4時を過ぎても客足が途絶えませんでしたから一日で800人前後。明日とそれ以後を合わせれば多分例年通り2千数百人の訪問者があるのではないかと予想されます。














  6月1日(金)
一週間ぶりの更新。バラ園に行って「更新していないね」と言われても、なかなかその気になれず、とうとう月が改まってしまいました。
手術から一ヶ月以上たって、車の運転もちょっとはいいかなと思いつつ、あまり調子がよくないので、勢い家の中にいて、何もしないでいると気が滅入ってしまうので、ひたすら大学受験生のために今後の教材作りに打ち込んでいた次第。

明日から恒例のバラ祭りが始まります。今日は前日の準備。私はといえば、妻に10時過ぎに迎えに来てもらって「重役出勤」。肩身の狭い思いをしつつ、テントに座っておりました。
昨日は信濃毎日新聞、今日は市民タイムスが報道してくれたおかげで、私の携帯は鳴りっぱなし(問い合わせ先が私になっている)。遠くから来るので行き方を教えてほしいというのがほとんどです。松本、塩尻などからけっこう来てくれるので、バラの好きな人の何と多いことかといつもながら関心させられています。
バラは、例年より10日ほど早く咲き始め、いままさに満開。昨年はちょうど咲き始めの初々しさが売りでしたけれど、今年は”熟花”が売りになるのかな。天気もよさそうだし、会員のみなさんが協力して準備に精を出してくれているので、うまくいくのではないかと思っています。
写真上は昨日の準備の模様、下は今日のバラ園の風景。きれいです。




次は新聞報道の切り抜き。













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