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  10月30日(金)
一週間ぶりになってしまいました。この間、忙しくてなかなかパソコンに向かう気力もなく、つい日が過ぎてしまったと・・・・これは言い訳。

横浜から引っ越してくるお隣さんの工事が始まって、いま基礎工事の真っ最中。見慣れた業者の顔ですから、3年前に我が家を作ったときのことを思い出して、その工事の進行を眺めていました。来年3月に引き渡しということらしく、寒い冬の間中工事が続くようです。

この間私が最も力を入れていたのは例のハーブセンターのゆくえ。現在、町が「募集要項」を発表し、11月2日から13日まで業者・団体を募集することになっており、先日その説明会が開かれました。説明会に来た団体は町外・町内合わせて8団体。町内からは2団体が応募の意志を明確にしています。
私の問題意識は単純で、この施設が町の共有財産である以上、町民の利益、町の発展に寄与できる方向で業者選定や今後の運営が行われるべきだという一点。従って、「町が財政を圧迫しているからというだけで財政的な裏付けなしに業者に丸投げし、問題をいっそう複雑にすることは避けなければならない」という思いで、この間いろんな人たちに会い検討を続けてきたのでした。

2008年度末でハーブセンター(池田町振興公社)の財務状況は収支決算総括表で次のようになっています。
収入については、事業収入が約6800万円、町からの補助金などが約3200万円(公共施設の管理費・委託費含む)が主なもの。支出についての主なものは、施設全体の管理運営費が約9500万円、各種委託事業その他が750万円、単純にいえばハーブセンターのために町から支出されているのは約2500万円です。ハーブセンターの収支はこの町からの管理運営費補助を入れてなお500万円の赤字となるのです。
ハーブセンターの新管理者へどれだけの管理費が支払われるのかは定かではありませんが、仮に町からの管理費が1000万円としてもまだ2000万円不足します。新管理者は家賃を払い、さらに自前でそれだけの利益を上げなければならないということになります。
なお、指定管理者の募集のための資料として公表されている「損益計算比較表」によれば、ハーブセンターの営業売上高が6500万円、売上原価を引いた売上利益が2400万円。支出の管理費が3300万円で、営業利益は900万円の赤字。営業外の損益を含めると600万円の赤字。それにこれまでのマイナスの繰り越し利益を加えて現在1600万円の負債を抱えているということがわかります。
この表だけでは町からどれだけ補助があり、もしこれがなくなればどのような運営になるのかはまったく見えてこないという仕組みになっています。従ってこれだけの資料を公表しただけでは、応募しようとする事業者はとんでもないことになります。
つまりこの損益計算書だけを見て「5〜600万円くらいの単年度赤字なら運営の中で何とかできる」と思って応募したはいいが、いざやってみたら実際は町の管理運営費補助の道が閉ざされたために2000万円ほどの欠損が出てしまったということになりかねないのです。
ところがこの「管理運営規則」では、結局「口は出すがカネは出さない」という指定管理者泣かせのものとなっていて、重大な問題をはらんでいます。これについてはすでに指摘をしたとおりです。

町の二つの団体ともに、11月1日に受け皿作りの団体を正式に立ち上げ応募に向けて準備を重ねています。私としては、どれかの団体に肩入れするということではなく、町民のためになる施設を作りたいという願いをもって進めている団体を側面から援助し、町当局の方針の問題点が正されるようにあれこれ努力をしてきたというわけ。
「ハーブセンターを考えるシンポジウム」を開く方向で一時はいろいろやってみましたが、現在のところまだその状況にはないというので、今日それを一時棚上げして様子をもう少し見ることにしました。願わくば、これらの団体が町民に問題を率直に投げかけてともに考える姿勢を堅持し、オープンに準備を進めてほしいと思います。

これまでの様々な動きをみていると、最悪「引き受け手が誰もいない」ということになりかねないわけですから、非常に問題の根が深く、解決しようにも並大抵の努力では追いつかないとさえ思われてきます。
その根の深さはどこにあるのか。
まず第1は、行政の姿勢です。町の財政が厳しく持ち出しが大きいから民営化し管理を丸投げする姿勢。そこには町の共有財産をどのように活用しようとするのかという計画も方針も見あたりません。まして、町づくりの大きな見通しのもとでハーブセンターをどう位置づけるのかという視点をまったく欠いています。カネの問題だけで事態を何とかしようというこの姿勢を改めない限り問題は解決しないでしょう。
第2は、何と言ってもこれまでのハーブセンターの運営の欠陥がどこにあり、町の方針のどこに問題があったのかを率直に見直すことがないままで現在まで来たことからくる深刻さです。経営の責任の所在が不明確で、しかも町も公社に運営を任せているので口出しはしないという無責任体制。これが延々と続いてこうした事態がもたらされたのですから、原点にもどってしっかり見直しをすべきだったのです。
第3は、町民の関与です。町に任せっきりで町の共有財産であることや、産業・観光の拠点施設であるという認識がきわめて甘かったことからくる問題。ここにきてようやく町民の中で、自分たちで何とかしなければならないという機運が持ち上がってきたことは一つの光明です。行政がこれを評価できないようでは救いようがない。

ひょっとして、引き受け手が誰もなく、にっちもさっちもいかなくなって、ようやく原点に戻るということになるのかもしれません。そうなったらなったでかえってハーブセンターの抱える問題点や行政の姿勢が明確になり、そこから初めて町民参加による本格的な改革が始まるということになるのでしょうか。町長のお手並み拝見といきましょう。

ハーブセンターに関する意見書(5月29日提出)再録

ハーブセンターについての要望書(10月8日数名の町議に提出して要請)再録



  10月23日(金)
塾に行かない数少ない曜日なので、やはり気持ちは楽。毎日こうだったらと思うけれど、本当にそうだったらやはり困ることになりますね。
今日も昼頃は汗ばむ陽気。午前中はファンクラブニュースの校正、最終作業に追われて昼過ぎにようやく完成。いろんな人の意見を聞いているとなかなか仕上がらず、生き違いがあったりして編集の仕事というのは難しいものです。
昼近く、原稿に使う写真の許可を得るために近くで陶芸をやっている方のところにお邪魔しました。家族と里山に住んで、地元の土を使い焼き締めの手法で作品を生み出している陶芸家のOさんです。ウオーキングイベントでは必ずその家の前を通るので、そうした陶芸家がいることは知ってはいましたが、話をするのは初めて。気さくな方だったので、つい話題が広がっていろいろ話し込んでしまいました。
登り窯を自分で作っている最中にもかかわらず、写真にも快くポーズを決めもらい満足。後日またゆっくりお話を伺いたいと申し出て快諾を得てきました。作品もじっくり見せてもらうことにしましょう。


午後からは家の回りの片付けのつづき。今度は南側の縁側の掃除。結構汚れていたので、ホースで水を流しながらゴシゴシ。ペンキを塗ろうとして日没のために中断して、つづきはまたあした。それから食事の支度をして、妻の帰りを待ちました。
妻に「食事の準備・片付けは今日までですよ」と言ったら「毎日してくれてもいいよ」。そりゃそうだよね。

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昨日、妻が無事沖縄から帰りました。友人達からいろんなお土産をもらってきたようで、食卓もにぎやかです。
さて、その沖縄。民主党政権の岡田外相が普天間基地の移転先について「嘉手納空軍基地への統合も一つの選択肢」と述べて波紋を広げています。嘉手納市長は「絶対に容認できない」と拒否の姿勢を明確にしているし、「野党」の自民党も「昨日は・・・といったかと思うと、今日は***と言う」と民主党の「揺れ」を批判。それが自分のところに返ってくるのを知ってか知らずでか。一方のアメリカは「早く決めろ」と強硬な圧力。さて、民主党はどのように収束しようとしているのでしょうか。いろいろやってみたけれど、結局「辺野古沿岸案を受け入れる他ない」とならなければいいのですけど。
そもそも外国の中に膨大な広さの基地を我が物顔に使い、どんな被害を与えても「守ってやっている」といわんばかりの横柄な態度。長年の自民党政権のあまりにもひどい対米従属にアメリカも日本をなめきっていると言わなければなりません。
その沖縄の基地が、日本を守るどころか日本をアメリカの戦争に巻き込む最前線基地になっているということは周知の事実。百害あって一理もないこの基地軍はアメリカにひきとってもらう以外に根本的な解決の道はありません。
日米同盟を大事にするという鳩山政権にとって、おそらく基地問題はアキレス腱の一つであり、政権の限界を示すものになることでしょう。押すに押せず、引くに引けず。その間に沖縄の苦痛は続き広がり続ける。



  10月21日(水)
生徒の間に急速に新型インフルエンザが広がって、私もいつうつされるか分からないことに。塾でも「マスク着用義務づけ」というようなことになりそうです。

さて、今日は午後から「平成21年度 生活・介護支援サポーター養成講座」(全10回)に出席しました。最終回が12月22日。それまで1週間に一回ずつ10回にわたって生活支援や介護をとりまくさまざまな問題を考えたり実態を見聞きしたりし、さらに介護の基本や技術を学ぶというもの。簡単にいうと地域でサポートするボランティアを養成することが主な目的の講座です。
私としては町の福祉の実情をサポートする立場から現場で実情を見てみたいという気持ちから参加を申し込んだのですが、予想通り参加者は圧倒的に女性。かなり淋しい気がしました。介護は女性の役割などということになっては困りますから。
今日は「住み慣れた池田町で暮らすために」と題していくつかの角度から生活支援・介護についての説明がありました。松本大学松商短大の講師がコーディネーターとなって講演したり司会したり。
地域で支え合うということはとても大事なことだし、積極的に地域に関わることはサービスを提供する側もされる側も大切なことですから、こうした講座が開かれるのは積極的な意味があります。今後が楽しみです。
最後に参加者の感想や意見を言う場があり、冒頭に発言した人が「池田町でなくなったときのことを考えているのか。隣の市と合併することが既定事実となっている以上、今話し合っていることは意味がなくなるのではないか」という趣旨の話をし出したのには驚いた。
これに対して町の担当者が「生活圏ということはとても大事なことで、行政として町がどうなろうと地域で支え合う環境を作っていくことが大事」と答えたのにはまた驚いた。
最後に「熱心にメモをとっていた」からとかで何か発言をと求められ、私が池田町に住むようになった簡単な経緯(母の介護)を話した後、次のような話をしました。
「行政は行政としてやるべき福祉の仕事がある。行政がサービスを低下させてその分をボランティアなどに肩代わりさせることがあってはならない。近隣市町村よりもサービスが落ちている部分も指摘される池田町だから、行政が果たすべき責任をしっかりやることがすべての前提となる。そのうえで、住民が自治を大切にし、自分たちの地域をよくするために積極的に行動していくことはとても重要なことだと思う。
また合併については、議会の傍聴や町の動きをつぶさに見聞きする限りでは、そのような事実はなく当面「自立を選んだ町」としての対応をしていこうとしている。従って、池田町をどうよくしていくのかがいっそう大切になってきている。・・・」
講座が終わったあと、一人の参加者が私に「隣の市と合併する話ってないですよね」と念を押すので「ないですよ」と答えておきました。しかし、どうしてこんな話がまことしやかに、しかも断定的にでてくるのでしょうか。



  10月20日(火)
今日は朝早くから外回りの掃除とペンキ(防腐剤)塗り。この家を建ててから外回りはほとんど手をかけずそのままにしていたので、柱やベランダにホコリが分厚く積み重なりきたないこと。ずっと気になりながら、そのうちそのうちと思っているうちに日がたってしまった。
これからしばらく晴天が続くという予報と、一日ゆっくりした時間があったので思い切って、懸案の作業に取りかかったというわけです。
午前中は汚れやホコリの拭き取り、午後からはペンキ塗り。午後3時頃ペンキがなくなって終了です。あと一日、塗り残したところを終えないといけませんが、ようやく懸案が一つ片付きそうでよかった。

車の故障は思いがけないときにやってくるもので、昨日塾から帰ろうと何気なくタイヤをみたら、見事にフラット。そういえば日曜日に広津に行ったときに山道で何かを踏んづけたのかもしれません。帰りにスリップするような感じがあって変だなと思い、昨日もブレーキがかかったように感じてこれも変だなと思いつつ、別にそれ以外は普段とかわらないのでそのまま乗っていたのですが、今にして思えば、相当に空気の抜けた状態で走っていたらしい。ゾッとします。
後輪だったことと、少しずつ空気が抜けていったために、ハンドルを取られるようなこともなかったのが不幸中の幸いでした。
タイヤ交換をしようとして工具を取り出したまではよかったのですが、ナットがちゃちな工具では回らない。仕方なくJAFを呼んでタイヤを取り替えてもらう羽目になってしまいました。(会員なので無料)
最近は仕業点検などしたこともなく安心して乗っていましたが、やはりエンジンオイルやタイヤの状態はしっかり見ておくことが大事だとあらためて思わされました。無事だったのが何より。



  10月19日(月)
今日もまた最高のお天気。朝はかなり冷え込みましたが、昼下がりの日だまりはじっとりと汗ばむほどで、ひなたぼっこには何ともいえないほど気持ちのいい陽気。燕山頂に降った雪も、この日差しですっかり解けしまったらしい。
今日は物干しに絡まっていたヘチマを取り払い、窓も拭いて南側をスッキリしました。午前中は家のお掃除に精を出して、これまで忙しさに紛れてできなかった場所の拭き掃除などを徹底的に。

そうこうしていると、あの2匹のネコが窓際によってきて、何か呉れるのではないかという期待の目をしています。最近、家の庭を引っかき回して困るので追い払うのですが、どういうわけかまたすぐに近づいてくる。追い払われたことを忘れてしまうのでしょうかね。2匹ともずうずうしく家の中まで入り込んだことがありましたが、すぐに戸をしめ中に閉じ込めたらびっくりしてギャーギャー出してくれと鳴きわめいていました。さすがにもう懲りたろうと思うのはこっちの浅はかさ?オッド・アイズの狸顔が最近は結構ひょうきんに見えてきました。しかし相変わらずハルちゃんとは相性が合わないらしい。ハルちゃん、オッド・アイズの寝転んでいるところをまったく無視してスタスタと通り過ぎていきますから。






午前中掃除の後はファンクラブの新聞づくり。今月号は「ハーブセンター特集」として二人の「共産党町議に聞く」という企画にしたので、校正に時間がかかりそうです。しかし、こうして町民の関心事にも的確に情報を流せるニュースはとても大事ではないかと思って、一生懸命につくっているところです。







  10月18日(日)
妻は同期会出席のために現在里帰り。今週末に帰るまで、ただいま一人暮らし(ハルも一緒だけど・・・)中です。気楽と言えば気楽ですが、食事は毎日妻に任せきりだったので、仕事があるときはほとんどコンビニか外食です。トホホ・・・。明日からは久々に何か作って食べようかな・・・・。

今日は池田町の広津地区で行われる「広津トレッキング」の日。昨日は冷たい雨が一日降っていましたが、今日は早朝は深い霧に包まれ霧が晴れれば素晴らしい晴天。雨に洗われた山々は紅葉もひときわ美しく青空に映えていました。


集合場所の旧広津小学校グランドには、実行委員・ガイドマスター10数名と参加者70名近くが集まりました。池田町はもちろんですが、松本・松川など近隣の市町村からもたくさん参加。中にはホームページを見て名古屋から単身参加した女性もいましたよ。この情熱ってどこからくるのでしょうか。聞くと、全国あちこちというより、すきな地域(長野方面が中心)があるみたいで結構池田町のことをよく知っていました。


私は午後早い時間から仕事があるので、開会式を終え、皆さんを見送っただけ。帰りがけに大峰高原の「大カエデ」を見てきました。
よいお天気と紅葉の始まりというので、カメラの放列ができていました。観光バスも一台。
ここの大カエデはただ大きいだけではなく、紅葉の美しさ、枝振りのよさがみどころ。見る角度によっていろんな表情があるので、これは一見の価値がありますよ。ぜひ見に来てくださいね。





  10月15日(木)
フジテレビ開局50周年記念ドラマ「不毛地帯」はさすがに見所が多く、またいろんなことを考えさせました。
前半は抑留された旧ソ連のシベリアでの捕虜の生活が克明に描かれます。捕虜に対する扱いは非人間的で過酷を極め、そのために日本の土を踏むことなく多数が命を落としていきます。
前半、ソ連から天皇に戦争責任があることを認めるよう迫られたが、「指揮命令系統にはそのような事実はない」とかたくなにこれを拒むシーンが出てきます。戦闘行為が「直接に」天皇の指令によって行われるという事実はなくても、3軍の統帥権は大元帥たる天皇が持っているわけですから、論理的には責任の所在は明白です。
前半のソ連抑留のシーンを見ながら思ったのは、スターリン支配下のソ連が、社会主義路線から完全に逸脱・変節を経ていく一つの表れが、日本軍捕虜に対するシベリア抑留と強制労働という姿を取っていたということであり、それ故に、ソ連崩壊はこのときすでに準備されていたに相違ないということでした。
ソ連が対日参戦を「日露戦争の報復」と意義づけ、まさしく「自分をツァーリズム後継者の位置におく」(不破哲三「スターリンと大国主義」113頁)愚行を重ねたことを問わず語りに描いていると思われました。
従って、そうしたシーンを見る際に大事なことは、ソ連=非人間的という図式を単純に描くのではなく、中国全土に侵略を拡大した日本軍と中国国民への恐るべき蛮行の数々を直視しつつ、同時にスターリンの暴力的な国内・国外支配の実態をも歴史の中でしっかり見ることが必要なのだとあらためて思わされたことでした。
ドラマの後半は、商社に入った主人公が、やがて防衛庁の2次防での次期主力戦闘機導入を巡る商戦に巻き込まれていくまでのやりとりを生々しく描いています。
防衛庁・自衛隊の中に、戦前からの軍の中枢部がしっかり生き残ってきたことを見れば、現在の日本の権力の姿がいかに戦前との連続性をもっているかが理解できます。
主人公の「同じ誤りをおかしたくない」という思いが果たしてこれからどのように展開するのか。次回が待たれます。

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台風が去った後、よい天気が一週間ほども続いています。13日には妻と二人で裏山にキノコが出ていないかどうかを見てきました。久しぶりに東山に登って気持ちの良いこと。キノコは「リコボウ」が少し採れただけで、まったく不作。それでもキノコ汁にしたらおいしかった。





  10月12日(月)
今朝は深い霧。日がのぼって次第にそれが晴れる頃、朝露をびっしりつけたスギナの葉が光を反射して、とてもあのスギナとは思えないまばゆさ。気持ちも晴れ晴れとするような久しぶりのよいお天気です。遠く北アルプスの白馬岳方面はすでに初雪に覆われているのがくっきりと見えました。冬将軍は北アルプス山頂にもう来ています。





今日は、共産党ファンクラブ主催の「きのこ狩り」の日です。総勢30人が役場前に集まり車に分乗して、キノコ狩りを予定する「馬羅尾高原キャンプ場」に行きました。
このキノコ狩りには前回の参議院選挙で立候補した中野さなえさんや、会員の遠来のお客さんで飛び入り参加した数名の方もいて、なかなかの盛況。
今年はキノコの不作の年と言われていたし、事前に下見をした情報ではあまりキノコも出ていないという話もあったので、それぞれ余り期待しないで雑木林に散っていきました。
それでも、歩き回ること2時間、私は大きなリコボウを一つ取っただけでしたが、みなさんは「クリタケ」を中心にそれなりに収穫もあったのでよかった。
キノコ狩りを終えた後はキノコの鑑定会。毒キノコがあると怖いので、しっかり専門的な知識のある会員が一人一人の収穫キノコを鑑定します。たくさん取ってきたと思っても大半が食べられなかったりすると落胆も大きく悲喜こもごも。ワイワイガヤガヤとみんなでいろんなことを言いながら鑑定するのを見ているのもまた楽しい。
その後は、キャンプ場でせせらぎの音を聞きながらバーベキューを楽しみました。何しろ快晴の素晴らしい天気に恵まれたおかげで和やかに懇親会もすすみ、一同大満足のうちにイベントを終えることができました。









  10月9日(金)
この間から頻繁に庭先にくるようになった親子ネコ、ちょっと気を許してやさしくしていたら、ほとんど毎日庭先に来ては畑をほじくり返してトイレにしてしまい、せっかく植えた苗や種を引っかき回してくれました。そのうち、戸が開いていると遠慮なく家にも上がり込んで家を泥だらけに。ここまで図々しいヤツだったのかと私もとうとうプッツンして敷地には近づけないように追い返すことにしました。
時々来ては「ニャーニャー」やっていますが、一旦優しくするとどこまでも図に乗るので「心を鬼にして」石をなげています。
我が家のハルちゃんは「ほれ見ろ」という顔をして、いっしょに追い払っているのがおかしい。先日までちょっとやさしくしていたのが気に入らなくて「嫉妬心」が芽生えていたのかもしれませんね。少し様子がおかしかったですから。ネコも嫉妬するのでしょうか。

ネコを追い払っていたら庭先に先に写真を撮った「ツマグロヒョウモン」のオスがやってきて、どうにか一枚だけカメラに収めることができました。ネットで調べてみると、この蝶は「もともと南方系のチョウだが、幼虫がパンジーなどスミレ類を広く食べることから園芸植物にまぎれて広がった。また、地球の温暖化もこのチョウの隆盛に一役買っている。(ただし北国では冬越しできずに死んでしまう)」と書いてありました。池田にもパンジーは広く植えられているので、広がっているのかもしれません。いずれにしても、ひなたぼっこがうれしい秋の庭先にこうした蝶が訪れてくれるのはとても心和むことです。



今日の午前11時から開かれた池田町議会臨時会の傍聴に出かけてきました。傍聴者は数名。2,3人の新聞記者も来ていました。
今日の議題は二つで、一つは教育委員会委員の任期切れにともなう委員任命に対する承認。二つ目は例のハーブセンター設置条例改正案。
問題の多くは、設置条例改正案そのものよりも、規則や指定管理者募集要項の方にあるので、これからの議会での議論が重要になってくるといえるでしょう。
それでも、何人かの議員から積極的な意見が出され、ハーブセンターを利潤追求型の企業に丸投げするというようなやり方には一定の歯止めをかけることができたと思われます。
別記で今日の議会の模様をお知らせします。メモが十分でなくまた、取り切れなかったところもあるので、細部では発言内容と食い違いがあるかもしれません。これは後日議会事務局の正式記録と照らし合わせて、正確な記述を期したいと思っています。今はとりあえずということでご容赦を。

池田町10月臨時会の記録



  10月8日(木)
台風直撃かと昨日から構えて、風で吹き飛ばされそうなものを片付けたりコスモスの刈り取りをしたりしていましたが、今朝から拍子抜け。すぐ近くを通っているはずなのに風のカの字もありません。たぶん、西よりの強い風が北アルプスに阻まれて平野部には届かなかったのかもしれませんね。ただ、長野県内でもところによっては強い風にリンゴの落果などもあったようで、被害が少なければいいがと思います。
雨だけは昨夜から激しく降って、溝掘りをしていた畑もその甲斐なく水浸しです。昨年はそうでもなかったのに、今年はなかなか水が引かず、水位が上がっているのだろうかと思ってしまいます。せっかくニンニクなどを植え付けたばかりなのに、球根が腐ってしまわなければいいのですが。

明日は、ハーブセンターに関する臨時議会。ハーブセンターの設置条例の改正案が提出されるのです。
条例案はそのものは、これまで公社として町営に近い形で運営されてきたものを、指定管理者による運営に切り替えるためのもので、その目的と指定管理者による運営であることをはっきりさせるだけですから、目的さえしっかり書き込まれていればさしたる問題はありません。
どのようにこの審議が行われるのか、明日はちょっと見に行ってこようと思っています。
と思っていたら、囲碁の会の世話人から「明日は定例の囲碁の会だよ」という連絡。あいにくここ最近別の用事とぶつかってご無沙汰していました。しかし、これまでの関わりからバーブセンターについての審議も無視できず・・・、

ところで、すぐ近くに住む友人から新しい囲碁ソフトを紹介してもらって、ここ半月ほど、コンピュータ相手に囲碁三昧。しかも負け通しなので、しゃくなこと。今日電話してくれた世話人も、「2段を誇る新しいソフトを手に入れた」という話があり、ますます負けが込んできそう。
先日も紹介した「天頂の囲碁」というソフトは、相手をいやな方向へと向かわせる力を持っているので、実力は額面通りなのでしょう。ただ、ソフトの方が負けてくるとメチャメチャ打ち始めるので、一体どうしたことか。さらなるバーションアップが楽しみです。


  10月6日(火)
稲刈りや祭りも終わっていよいよ秋深しという感じになってきました。家の回りに花をたくさんつけていたコスモスもほとんど終わり。咲いているうちはきれいですが、終わりにはちょっと惨めな姿になって倒れたり枯れたりしているので、今日はその片付け。根っこから引き抜いて回りの草も取って来年に備えます。

ちょっと一休みしていたら、きれいな蝶が一匹。まだきれいに残っていたコスモスの花の蜜を吸いに来たのでしょう。急いでカメラを取りに戻って、何とか飛び立つ前にカメラに収めることができました。いろんな蝶が来ても、なかなかチャンスがありません。今日はラッキーでした。しかもぐるぐると回りながらポーズまで取ってくれましたから。
あとでネットで調べてみたら、「ツマグロヒョウモン」という蝶(メス)らしい。ごくありふれた蝶のようですが、白や黄色の蝶以外にこうしてカラフルな個体に接するとやばりうれしいものです。





  10月4日(日)
今日夜塾でのこと、オーナーのお母さんが転んで頭を打って意識が一時戻らない状態になって、すぐに救急車を呼び病院へ搬送することに。以前から足腰が弱く認知症気味だったこともあって、ずっと介護をしてきていましたが、24時間そばに付いているわけにもいかず、ちょっと目を離したすきに立ってどこかに行こうとして躓いたものと思えます。
病院からの連絡では、転倒による「くも膜下出血」という診断で集中治療室に入ったということでした。治療が効果を上げて、早くよくなってほしいものです。
そのお母さん、どことなくたたずまいが晩年の母とよく似ているところがあって、かつて介護していた頃の母を思い出して辛くなってしまいました。
私が母を見ていたときも、「あわや」ということが幾度かありました。一番の危機的状況はお風呂に入れていて、それこそほんのわずか気を許して目を離した間に、のぼせて風呂の中で気を失いそうになってしまったことでした。いままでは自分で風呂からあがれたのに、そのときに限って入ったまま。幸い軽症で済んで事なきを得ましたが、今から思い出しても胸が苦しくなってしまいます。
「目を離したすきに」はどう理屈をつけようと介護者の「責任」から完全に解放してくれる理由にはならないということです。やむを得ない事由であったとしても、悔悟の念をどうしてもぬぐい去ることはできません。介護者の宿命とでも言うほかありませんね。多かれ少なかれそうした危険と隣り合わせで、気を張り詰めながら介護している人たちがほとんどでしょう。ともかくそうした介護を一人でしょいこまず、可能な限りたくさんの専門家の人たちの応援も得ることが何より大切だと思います。

昨日と今日は地元集落のお祭り。今年は順番で「年番」に当たって、今日がその引き継ぎの日になっていました。
現在の住所に越してから、土日に仕事が入っていたことからほとんど見たこともなかった神社の祭りに参加せざるをえないはめに。そこで私たちがやることは祭りのいくつかの準備やら後片付けやらの裏方です。
というわけで、今日は祭りが終わるまでの間、神社の境内で行われるいくつかの催しをを見ることができました。その一つはずっと受け継がれてきた獅子舞とおかめ、ひょっとこのひょうきんな踊り。
獅子舞は、動きのほとんどない奉納の舞のようで、描いていたものとはずいぶん違いました。近くに神社でも同様の舞が残っているということ。おかめとひょっとこの踊りもかなり古くから伝えられているようで、神主さんも「何とか長く保存できないものか」と言っておりました。
この時期の神社の秋祭りはどのような趣旨で行われるのか、また、船引とか様々な踊りなどはどのように伝えられてきたのか、もう少し聞き取りをして後世に伝えていくべきと思わされたことでした。

写真は上から、神社での神事、獅子舞1、獅子舞2、おかめ・ひょっとこの踊り。











  10月2日(金)
昨日は姨捨のTさん宅に招かれて、鮎料理をごちそうになりました。鮎料理の店は上田市戸倉温泉に近い千曲川河川敷にある「川萬寿(せんます)」というところ。
鮎は産卵のため下流域へ下っていく「落ち鮎」で、たまごで丸々と太ったものばかり。体長25〜30pくらいの鮎が、塩焼き、甘露、天ぷら、さしみ・・・と次々と出てくるので一同唖然。とても全部は食べきれず、おみやげに持って帰ったほどでした。
刺身は、コリコリとしてなかなか美味く、塩焼きはやっぱり鮎の定番。刺身の残りを味噌汁にしたものも、良い味が出ていました。ビールで乾杯するのはやっぱり妻たちだけ。いやいやうらやましい。
詳細は妻のページに譲ることにして、ともかく旬の味をごちそうしてくださったTさん夫妻に感謝。今度は安曇野で何か美味しいものを楽しむことにしましょう。



さて、昨日から有志で町政の勉強会をはじめました。町の財政やら課題やらを話題に少しずつ知識を蓄積していこうという趣旨で、昨夜はその第1回。月1のペースでゆっくり、じっくり学習を積んでいくことを確認しました。
最近は、情報公開に関して市町村民の関心が高まり、自分たちで財政の勉強や自治体白書をつくろうという機運が起こっていると報じられています。
その背景には自公政権下での公共事業優先政策や保守系首長らによる再開発政策の推進があり、これと町民福祉などとの矛盾が吹き出してきたということがあります。それだけではなく、夕張の事例をきっかけに自分たちの住んでいる町の財政がどうなっており、どのように使われているのかを知りたいという意識が高まっていることもあり、我々の勉強会も時宜を得たものだろうと思っています。成果はともかく少しでも足を前にすすめることが大事で、長続きさせなければと思います。明らかになったことについては、有志のみなさんの了解を得てこのページでも紹介していくことにします。



  10月1日(木)
ようやく少し日差しが見えてきた今日。私は仕事が休みなので朝早くから午前中いっぱい、庭の整備と畑仕事に精を出しました。裏の畑はようやく草取りが終わって秋から来年にかけての植え付けの準備が完了。
この雨で、先日草のない畝にしたはずなのに、もう野菜よりも元気に草が芽を出しています。まあ、これは冬が近いのでそれほど気にしなくてもいいでしょう。

日本時間で、30日未明にはサモア諸島近海でM8.0の大地震が発生し6b超の津波に襲われて多数の死者が出たというニュース。それだけではなく30日には、インドネシア・スマトラ島西部パダンの沖合でもM7.6の地震。ここでも多数の死者・行方不明者が出たという報道がありました。被災者を早く救出することは何よりも優先されるべきだし、国際的な援助(不正がないように厳重な監視下で)も得て早く立ち直れるように願うばかりです。復旧できるように

インドネシア南岸一帯はオーストラリアを含むオーストラリアン・プレートの沈み込みの海溝になっていて、南から強い圧力を受けているところ。日本付近はさらに複雑なプレートの沈み込みの場所ですから、この地震は人ごとではない。
地震の怖さは、いつどのように発生するかわからないこと。日本付近のいくつかの地域で大地震発生の可能性が強く指摘されているわけですから、家屋の耐震化はもちろん、避難ルート、防災グッズの整備などをしっかりしておくことが急務になっていると思います。
我が家でも昨年から少しずつ緊急用のグッズを用意してはいるのですが、これはあくまで平時の頭で用意したもの。大きな地震が起こったとして、いろんなケースを想定して一度しっかり対策を立てておくべきでしょうね。しかも早急に。
Wikipediaによれば、日本でのM8.0以上の発生頻度は10年に一回ということですから、1995年1月の兵庫県南部地震(直下型M7.3)からすでに10年以上たっているわけで、その意味でも警戒は怠らないことが必要ですね。

東海地震
フォッサマグナと地震
「糸魚川−静岡構造線」活断層情報ステーション





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