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  1月31日(月)   
厳冬期という言葉がピッタリなここ数日。夜はマイナス10度くらいになって、零度が暖かく感じられるほどです。外は全てが凍り付き、ほんの少し降った雪もただ道路をチリのように舞っているだけ。あんまり寒いと頭の中まで凍り付いて、モノを考える気力もなくなってしまいます。早く春になってほしいとひたすら願う毎日です。

夕方は、2月6日の農業シンポジウムの第2回実行委員会。事務局長の私としてはいろいろな資料をつくらなくてはならず、朝から1日かかり切りでした。
今日の議題は、これまでの経過の確認と当日の運営の詳細を決めること。問題提起をする人は4人まですんなり決まったのですが、「消費者」代表が最後まできまらず、結局4人だけということになりました。それぞれの団体で、あと一回り参加者をふやそうと確認して散会。

夜はTBS系列の月曜ゴールデン特別企画「私は屈しない」を見ていました。厚労省の村木局長のえん罪事件=検察の権力犯罪を丁寧な筆致で描いた秀作でした。
主人公をして「支えてくれる人たちがいるから闘える」と言わせた家族の絆の深さ、検察に仕組まれていく犯罪図式を最後まで拒絶し屈しない人間としての誇りが静かに伝わってきます。当事者でなければわからない苦悩を少しでも視聴者に共有させようとする演出も心憎い。また、マスメディアのありようも的確に描き出してはいましたが、何しろ2時間ではちょっと消化不良でしたね。
それにしても、何ゆえこうした検察の権力犯罪が性懲りもなく繰り返されてくるのか、このドラマの第2弾ではそのあたりに焦点をしぼって、もっとどろどろした検察内部の告発をやってほしいものです。



  1月29日(土)   
比較的天気がよかったので、スムーズに運転できて無事池田に戻ってきました。夜にはまた雪模様、明日まで少し積もりそうな気配です。

栃木では、息子の連れ合いのお母さんの遺志で、身内だけの簡単なお見送りの会とお骨収めの儀式でした。2ヶ月前の面影もほとんどなくやつれた遺体の姿からは壮絶な病との闘いが見て取れましたが、同時に今はそれから解放されて静かに眠る安らかさも。孫たちがせめて学校を卒業するくらいまでは元気でいたかったろうに、その無念も何もかもこめて、今は生きている者たちにその思いは受け継がれていく他はありません。
折しも今日は私の65才の誕生日。何とか64年間生きてきたという感慨以上のものはないとはいえ、息子や娘、妻からのお祝いの言葉をうけて、残された命の日々はせめて悔いなく恥じないものにせねばと思わされています。今日の葬儀参列はそうした思いを新たにする機会ともなりました。









  1月27日(木)   
地方自治体が住民の生活と健康を守り、子どもたちやお年寄りの権利を擁護する砦となるにはどのような理念と指針が求められているのか、今日ほど真剣に考えるべきときはないでしょう。
大都市では名古屋、大阪を中心に、首長の権限を肥大化させ、トップダウンで財界が求めるような広域の経済圏をつくろうという動きが活発になり、同時に地方の小さい自治体では、債務を減らすために人員削減やコストダウンを余儀なくされ、住民の立場からの町づくりはどこかに置き去りにされるような動きがあちこちで展開されています。
その一方で、地方からの草の根の動きともいうべき貴重な自治の経験が積み重ねられてきています。その一つが「小さくても輝く自治体フォーラム」の恒常的会員組織への発展です。
昨年10月に開かれた第15回フォーラムでは、参加者アピールのなかで、「住民を主人公とする協働の取り組み」の重要性や、「住民自治を保障している小さい自治体だからこその価値と、それを支える行財政制度の仕組み」の必要性が語られ、さらに「これまでの『平成の市町村合併』や『三位一体の改革』によって広がった、都市対農村、東京対地方の間の深刻な格差を是正する方向と、憲法で保障された健康で文化的な生活と個人の社会権を、自治体の規模に関わらず、いずれの地域に住んでいても保障できる制度的・財政的裏打ち」が切に求められていると強調しています。
小規模自治体のいくつかが、このように貴重で重要な先導的な役割を果たし実践を積み重ねていることは、多くの自治体の住民に限りない励ましを与え、学ぶべき多くの教訓を提供してくれています。
言い換えれば、「その自治体だからできる」のではなく、全国どこでも住民の力を集めれば、そうした自治体への脱皮が可能であることを示しているのです。

ひるがえって我が町の実態はどうか。以下に記すように、実に寒々とした光景がひろがっています。住民が本気になって自分たちの町のことを考え始めたときに、行政がそれに水をかける・・・
行政の側の言い分は当然あるでしょう。しかし、一連の経過の中で、行政がどんな役割を客観的に果たしてきたかを考えてみたとき、そのお粗末さに唖然とするだけですし、そのレベルの低さは目を覆うばかりです。

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今日町長名で、「サポートセンター運営協議会委員の皆様へ」という文書(「礼状」)が届きました。要旨は次の4点です。

@運営協議会で協議した内容が、町長・教育長の考える「小さく産んで大きく育てる」という開所のあり方と相違するので、これ以上協議会を続けることは困難であると判断した。
Aサポートセンターは、公民館の生涯学習の一環として「個性を持った町民の皆さまが趣味を生かしながら、夢や希望をかなえ、また、町づくりへの思いを、仲間を増やしながら実現するにはどうしたら良いのか」を手伝いすることが設立趣旨である。
B公民館を拠点に4月から正式発足をし、今後「場所」・「予算」・「人員配置」を再度検討する。
Cこれまでの協議会は一旦白紙に戻し、再構築する。その際、町の考えに賛同できる人は引き続いて活動をしてほしい。


これほど、運営協議会の委員に対して礼を欠く文書もみあたらない。一片の反省もなく、総括もなく、ただ町の方針と違うから白紙に戻すという言い方はないでしょう。
しかしこの文書では、事情のわからない人が見たら、どっちもどっちということになりそうですね。いやいやそれどころか、問題を発生させたのは運営協議会の方だということになりかねない書き方になっています。1月12日の町長の説明も基本的には同じでした。従って、委員としてこれに関わってきた立場から、どうしても必要なことだけは言っておくべきだと思われます。今後のためにも、このことは重要です。

第1に、サポートセンターを「小さく産んで大きく育てる」というきわめて抽象的な言い方は、センターを準備するどの段階でも言われていないということ。これは第5回協議会ではじめて教育長の口から出た言葉です。だから、その際に事務局の松澤氏が「小さく産むにしても、出産費用はかかるものだ」と発言されたわけで、まだ記憶に新しいことでしょう。
「小さく産んで」そのあとどうするのか。教育長の説明によれば、松本や大町などの経験では自治体がセンターを開設したが、訪れる人は数えるほど。だから認知されるまでは小さくてもいいのだということです。そして「大きく育つ」のは、センターが認知されて相談に来る人が1日に何十人にもなったときだというのです。
一見スジが通っているように見えて、実は全くの行政目線。こういうのを「上から目線」というのです。「センターをつくればそのうち困った住民が来てくれる」というのが前提なのですから。それがいかに運営協議会で議論された立場と異なるか、おそらく今でもトップの皆さんにはわからないのでしょうね。

第2に、サポートセンターが「公民館の生涯学習の一環」であるなどという方針は、これまた一度も示されたことがなかったということです。これは1月12日の町長説明会で町長から口頭ではじめて言及された方針であり、それをこの文書で再確認したにすぎません。これは重大な問題で今後大きな問題になるでしょう。
もし、公民館活動の一環であり、生涯活動の一環だとするなら、何故運営協議会などを開いて方針を検討しなければならなかったのか。また何故場所や予算も含めて庁内のプロジェクト会議で延々と準備作業をしてきたのか。公民館の片隅で1人のコーディネーターが電話片手に出来るほどの内容であれば、教育委員会生涯学習係でほんの少しの準備をすれば事足りたのではないのか。
実は、問題はそんなところにはないのであって、「生涯学習の一環」などという方針は、いわば町長・教育委員会による「後付け」の言い訳にすぎません。もし初めからそう考えていたというのであれば、どこでそのような方針が示されているのかを明示すべきです。
町民の様々な自主的な活動は、「生涯学習」という範疇ではとらえきれない広範なものであり、生涯学習で活躍する人々をも含んでさらに幅広い町民活動を包摂し、町民主導でその活性化と推進を図ろうとしたのが運営協議会の方向であったはずです。
町長のこの文書では、そうした議論はすべてなかったものとして、ひたすら町長・教育長の「思い」だけで突っ走っていこうとすることしかうかがえない。

第3に上のことと関連して、サポートセンターがどのような機関であるべきかについて、プロジェクト会議でも運営協議会でも議論されたことのない、「町の下請け」機関としての位置づけがなされていること。つまり町民の主体的・自主的な様々な活動を援助し、様々な団体の連携を促し、交流を促進するというものではなく、町(町長、教育長)の考える様々な業務に賛同出来る町民を集め実行する機関として位置づけていることです。これは、少なくとも運営協議会が議論してきたことと180度異なります。このことを鮮明に打ち出したのが、1月12日の教育長の説明です。だから、「サポートセンターの主人公はコーディネーターです(職員ではない)」という見当外れの方針(同1/12)がでてくるのです。サポートセンターの主人公はあくまで「町民」です。そんな初歩的なこともわからなくなっているのでしょうか。
この町の立場は、今後サポートセンターに関わる人がいるとすれば知っておくべきだし、経過としてもこの際明確にしておかなければなりません。

第4に、運営協議会は解散するわけではなく、「町の考えに賛同できる方は引き続き活動をお願いします」としていること。賛同できなければ辞めてほしいということの裏返しであるわけで、「白紙」が解散を意味するのか、それとも現委員は町長の委嘱撤回(=「解雇」)ということになるのか、それも不明。多分クビだということを丁寧におっしゃっているのでしょう。
しかし、一方で「開催が困難になった」といいながら、他方で運営協議会という組織は残して「町の考えに賛同出来る方は、引き続き・・・」と平然と口にする自己矛盾。賛同出来る人をお集めくださいとしか言いようがありません。
現在の公募委員にしてみれば、ここまでの扱いを受けて残れるわけがないではありませんか。だいいち、開催を困難にしたのは誰なのか一番よく知っているのは委員だからです。そして、町長が示した曖昧模糊とした意味不明の「サポートセンター」では何をどうしたらいいのか、まるで見えてこないからです。
それでも、委員を引き受けてもよいという人がいるなら別に止めはしませんけれど、せめてこれまでの経過を踏まえた上でやってほしいものです。

第5に、「町の考えと相違する」から「協議会を続けるのが困難」だという判断について、何らの反省も総括もない点です。
「運営協議会が『はじめに予算ありき』という立場で議論をしてきたのは、町の考えとは異なる」というのがこれまでの町長見解でした。そもそも、予算を含めて一定の方針を立てたのは町の方だったのです。これは何度も指摘してきたことですが、これについても「確定したものではなかった」などと逃げている(1/12説明会)。今回の文書ではこのことにはひと言も触れず、「白紙に戻す」のはただ「町の方針と相違する」からだというのです。
町民主体のサポートセンターを標榜してスタートしたのですから、協議の過程で町の方針とずれが生じることは大いにあり得ることです。それすら否定して、全てカネの問題にすりかえ、当初の方針と違ったというのは協議会の主体性を否定するものでしょう。教育長にはそれをキチンと調整する当事者能力が要求されたのです。
もし仮に町長の考えが「予算を使わずに公民館で生涯学習の一環として『小さく産んで大きく育てる』もの」だったとしましょう。それを担当主管である教育長に”明確に”指示し、そのもとで準備が進んでくればこんなことにはならなかったのです。これがすべてです。
教育長がこの方針を周知していたのであれば、準備段階のプロジェクト会議でも第1回、または第2回の運営協議会で示せたはずです。それをしてこなかったのはいかなる理由なのか。
側聞するに「言おうと思ったがタイミングがつかめなかった」ということらしい。これは言い逃れも甚だしい。よろしいか、根は運営協議会にあるのではなく、庁内での5回のプロジェクト会議にさかのぼったところにあるのです。そこでしっかりと方針を提示できたのです。

これらの経過が示すものはただひとつ、問題の所在が教育長の指導責任にあるということです。したがって今回の問題で町長がなすべきことは、自らと担当主管の責任を明確にし、そのうえで運営協議会に謝罪し、あらためて町長の方針の下でとりくみを再構築することです。それなら委員会公募メンバーも納得するでしょう。
事態は全く正反対。町長・担当主管が一体になり、事務局・運営委員会の側が「町の方針と異なる」方向で検討を進めてきたから白紙に戻したというシナリオを描いていること。これは許し難い。町長も教育長もこの点では同罪です。これら点については、私自身は、公募委員として何らかの態度表明を町民にしなければならないと考えていますし、議会でも多くの議員から追及してほしいと考えています。

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昨日、息子の連れ合いのお母さんが亡くなったという訃報が入りました。いままでガンで長い間闘病生活をしていたのですが、とうとう力尽きて永眠されたということでした。
先日見舞いに訪問したときはまだ歩いてロビーまで出てきてあれこれ話していたのですが、その後「家に帰りたい」と言い、自宅でしばらく静養していたのですが、結局病状は好転しなかったようでした。まだお若いのに本当に残念なことです。心からご冥福をお祈りします。
向こうでは、式場で葬儀などはせず、内々に自宅で見送るだけということにしたいそうなので、私たちは明日から明後日まで栃木に行ってお見送りしてきます。



  1月24日(月)   
夕方からは大北労連の「新春のつどい」に参加しました。
折しも、昨年は朝鮮併合100年という節目でもあるし、大逆事件100年で今日は幸徳秋水ら11人が処刑(菅野スガは25日)された日にあたるということもあってか、講演のテーマは「大町市と朝鮮半島出身者の労働と歴史」。犠牲になった人を供養する碑のある長性院住職の藤井さんが講演されました。
アジア・太平洋戦争期に故国を追い出されたり強制連行されたりして日本に来た朝鮮人の中には、大町市のダム工事や昭和電工などで働かされた人々が多数にのぼっていること。事故などで死亡した人を供養した碑が戦後建てられ、日本と朝鮮の友好の印として桜が植えられたが最近にいたるまでほとんど知られることもなく冷たく時間が経過したこと。地元の高校生が桜を追跡し特定するドキュメントを作成したことをきっかけに関心が高まり町も動き始めたこと、今日北朝鮮や中国に対する拝外主義的な動きが強まっていることに警戒する必要があることなどが語られました。
権力の側からすると、世論を動かすには歴史に目を閉ざさせ「考えさせない」ことが一番。したがって、我々からすれば、過去に目を開き「考えること」が最も有効なその対抗策となります。
現代の中国や北朝鮮を問題にする前に、まず過去の日本の行為を見つめて、それを土台に対話を築くしかこれからの友好の道はあり得ない。今日のような勉強の機会をもっと広げなければならないと感じさせられた集会でした。


さて、昨日ある方からメールを頂きました。松本市出身で現在はオーストラリアに住む方で、「ホームページの記事を読みました」とわざわざ伝えてくださったのです。
ホームページの内容とは1月11日のピークオイルの記事のことです。メールはこれに対する賛同と激励のお便りでした。びっくりすると同時に感激です。

何と、その方は、「未来のシナリオ」(デビッド・ホルムグレン著)の翻訳者の方でした。さっそくブログを拝見させていただきましたが、多彩な分野での活動と才知あふれる執筆活動などが満載で目をまるくしました。
メールには「『日本におけるパーマ』を翻訳中とのこと、出来上がりましたらぜひ見せてください」とあり冷や汗タラタラ・・・。あんなこと書くんじゃかなったと思ったけれど、後の祭りです。まあ、時間を切ったわけでもなし、彼の胸を借りて直してもらうことにしましょうか。彼は訳さなければならないものが山のようにあって、とても手がまわらないと書いていました。語学に堪能な方は、ぜひお手伝いを!!
メールには、「ネットの力ですね、どんなところにいてもどうにかつながりができるものです。ピークはホルムグレンなどが指摘するように、生態系としての人間の基盤であるということをもう少したくさんの人が気付いてくれるとありがたいです」とも書いてありました。その通りだと思います。
彼は最新の記事で、オーストラリアのある町での面白い試みを紹介しています。ピークオイルを意識した様々な取り組みが海外では少しずつ実践されている様子がうかがえる記事です。何より住民の意識のレベルが日本とはケタ違いですね。思いがけないいろんな情報が知らせてもらえて、いや〜ネットっていいものですね。

今日はまた2月6日のTPPを考えるシンポの案内に商工会や観光協会をまわりました。快くポスターを貼ってもらえることになりました。部屋の定員オーバーを真剣に考えなければならなくなりそうですよ。これは。
下のポスターにはPDFファイルのリンクが張ってあります。自由にお使いください。



白黒用は
こちらです。



  1月20日(木)   
月齢15.7の満月が冴え渡り、北アルプスが白くたなびいて見える夜。またまた冷え込むのでしょう。
今日は朝から夕方まで、2月6日に開く「農業シンポジウム」の準備をしていました。
準備といっても、自分自身がTPPについてよく知らないといけませんから、あらためて「TPP反対の大義」を読み直しつつ、一方で日本経団連、農水省、民主党などが発表している資料を集め、それらを整理していたという程度です。

いろいろ見直してみると、このTPP問題は一筋縄ではいかない猛烈に大きな問題であり、その影響は計り知れないものがあると感じさせられます。
もともとはアジアに農産物や工業製品を売り込むための足がかりをつくりたいアメリカと、日本の輸出関連大企業の利害が一致して、積極的に進めようとしているものですが、民主党政権が完全にそのお先棒を担いで政治の面でその先兵になろうとしていることが大問題。しかも重大なことは大手のマスメディアがこぞってその方向を支持して国民を扇動しているのですから、ひどい状況です。
日本は韓国や中国などに遅れをとり、経済的に孤立するとか、龍馬よろしく「開国」と言われると何となくそうかなと思わせられる雰囲気がどんどん醸成されていく。日本の農業が高い関税と保護政策のもとで民間のように苦労していないなどと言われるとまたそうかなと思わせられてしまいます。
次の日経ビジネスONLINEの安藤毅記者の署名記事(2010/11/1)などはその最たるものです。

時事深層 第3の「開国」TPPを決断せよ(その1)
時事深層 第3の「開国」TPPを決断せよ(その1)

政府でも農水省はこのTPPが締結されたら日本の農業がどうなるのかという試算をして公表しています。一方では、数字の根拠は薄い、農水省の勝手な推測に過ぎないというなどという「批判」も財界よりの「知識人」などから投げられているとはいえ、農水省はこのファイルの試算根拠をかなり克明に示しているわけですから、政府自身がこのような資料を公開している事実の方がはるかに重い。
それによれば、日本の米の9割、小麦の100%、砂糖など甘味資源作物の100%が外国産に置き換わり・・・結局その結果として食糧自給率は14%に、農産物の生産減少額は4兆1千億円程度、農業の多面的機能の喪失額は3兆7千億円、GDPの減少額は7兆9千億円、雇用の喪失は現在の失業者数に匹敵する340万人などとしているのです。これさえ、低めの見積もりだと思わないわけにはいきません。
妻の実家のある沖縄では主要作物であるサトウキビなどは全滅。サトウキビによって島の土地が護られ土壌の豊かさが保たれているわけですから、サトウキビの全滅は沖縄の産業・雇用・景観の死滅を意味します。
実は農水省はこれ以外にもう一つ、林業や水産業も視野にいれた試算も公表しています。こうした資料を見れば、慄然とするのは私だけではないでしょう。

これを尻目に前原外務大臣のあの発言です。

日本経済新聞社−CSIS共催シンポジウムにおける前原外務大臣講演

下に引用した一部分だけが報道されて「有名」になっていますが、全体の文脈から彼がいかに日米同盟=日米安保路線の忠実かつ積極的な推進者かということがわかります。
冒頭で「国益」というコトバを使っていますが、彼にとっては「国益」=企業益・米国益でしかない。そう翻訳すればスジが通ります。
日本の農業がどのような役割を果たし、今後とも重要になってくるのか、まるで眼中にない。それどころか、農業を犠牲にして巨大企業の利益をいかに得させようとしているかが如実にわかる、まさに「売国」の講演というべきでしょう。
彼はまず日本の現状について、少子・高齢化と人口減少、社会保障費の増大、巨額の財政赤字をあげて「惨憺たる」というコトバを使っています。惨憺たる状態に誰がしたのかは全く不問、しかも大企業の巨額の内部留保や雇用・賃金低下などには目をとざしていますから、彼にとっての惨憺たる状態とは今後の企業の暴利にとっては惨憺たる状態といったところでしょうか。
次に「経済外交」の節では、「1400兆円の個人の金融資産をどう生かすか」ということと、「世界の成長の中心はアジアであるからこれを取り込まなければならない」ことを考えると、日本の取るべき道は「開国」しかないと断定するのです。なけなしの個人資産をどう吐き出させるか・・・彼は「消費税だ」といいいたかったんじゃないですかね。
それに続いて、いよいよ「皆さんはどう思われますか」という例の「問いかけ」が出てくるのです。

もう一度,質問させていただきます。日本のGDP における第一次産業の割合はどのぐらいだと思われますか。おっしゃるとおり,1.5%です。では,二種兼業農家が中心ですが,守ってきた農業の従事者の平均年齢は何歳だと思われますか。65.8歳です。長寿社会になって,農業に携わる方々に長生きしていただくことは大変良いことですけれども,韓国の事例から見ても,1.5%を守るために,98.5%という大部分のものが犠牲になっているのではないかと思います。

ここでは、自動車などの輸送用機器のGDPにおけるシェアが2.7%、製造業全体でも19.9%、「犠牲」の対象とされている輸出もGDPの17.5%(「TPP論議と農業・農山村」=小田切徳美)程度だということは全く語られない。さらにTPPで影響を受けるであろう農漁業を含めた食品産業のGDPに占める割合は9.6%である(同論文)ことも意図的に削られている。
だから、98.5%を守るつもりでTPPに賛成したが、実は犠牲になったのは国民自分だったという将来の悲惨な構図が実に見事に隠されているのです。そのときにはもう大臣ではないでしょうから、責任を問われることもない。
前原大臣の罪深さはそれにとどまらない。「日米関係」の節では、日米ガイドラインの見直しにも踏み込んで、いっそうアメリカの戦略と一体化しようとしているのです。

民主党のTPP協定への道筋には、世界の食糧難、食料価格の高騰、気候変動のファクター、エネルギー資源の枯渇、食の安全と国民の健康などという視点はまるでありません。
今日も、中国がGDPで日本を抜き、世界第2位になることは確実というニュースが駆け巡っていましたが、その中国にしても今ではアメリカと一蓮托生になっているわけですから、アメリカと中国が同時に破綻していくというシナリオもそれほど荒唐無稽ではない。むしろ、格差の拡大や人口の増大、資源の枯渇などによって中国のバブルがはじければ、アメリカもまた同時に凋落するという時期が迫っているように思えてなりません。そのとき、TPPを結んで丸裸になった日本は一体どうしているのでしょう。
一時は、輸出で潤い、安い海外の農産物で生活も豊かになったかに見えたとたん、海外からの農作物が入らなくなった都会生活。それはもはや地獄でしょう。食料を安定供給すべき農業はもうそこにはないのですから。
「都会ではメキシコのように暴動が起きる」「おれは農家だからいいけど」・・・という話が今日の実行委員会でも出ましたが、暴動どころでは済まなくなるでしょう。それでもあなたはTPPを支持しますか??



  1月17日(月)   
今朝まで断続的に雪が降り続いて、周りはもう真っ白の世界です。気温が低いので降った雪も融けず、車で農道を走っていると道もわからないほど。妻は丸2日外に出ていなかったので、妻の車には20センチほどもこんもり雪が積もっていました。


今日はバラ愛好会の例会の日。「バラの基礎知識」を勉強しようと講師を含め10人が集まりました。第一回目のチューターはこの私。
インターネットからのにわか勉強で、バラの歴史、バラの種類、バラの植え付けなどについて説明をしました。おかげでこれまで知らなかったバラのことが結構わかって、一番得したのはひょっとしてこの私だったかも。
日本にもバラの原種(たとえばハマナスもその一つ)がいくつもあって品種改良に貢献していること、ハイブリッド・ティーやフロリパンダの名前の由来、オールドロース、イングリッシュ・ローズなどがどのようなものなのか・・・などです。
植え付けについては、講師のEさんが、いろいろとアドバイス。専門家がついているので、心強い限りです。
これから雪解けを待って3月までに、穴掘りをしたり、土作りをしたりして4月には植え始めることになりました。苗はEさんの取引先の「京成バラ園」から大量に仕入れることになっています。
会員も現在まで15人に。4月までには20人を越す会員にしようと頑張っているところ。自然相手のガーデンづくりですから、苦労はつきものですが、みんなで気持ちを合わせてやればとても楽しい。そしてまた新しい仲間との出会い、語らいなどの楽しみも大木のです。
もしこれをお読みになっている人で、会員になっていただける方は是非ご連絡ください。さっそく資料などをお送りします。




これからの私の役目はホームページを立ち上げること、ニュースを発行すること、会員をまとめていくことなど。みんなで手分けして力を合わせればすごいことができるということを示したいと考えています。



  1月16日(日)   
昨日から降り続いた雪で、センター試験に向かう生徒たちの足が心配です。今日は数学がある2日目。どのように取り組んでくれるでしょうか。
大学であれ、高校であれ、入試が近づくと生徒も親も気が気でなくなる時期です。昨日も中学3年の生徒が母親とともに塾にどうしたら苦手科目を引き上げられるのか相談に。
急激に成績をあげる方法は存在しません。ただやみくもに問題を解くのではなくて、一つ一つの問題を通して問われていることの意味を深く考えること、時間がかかっても基本に立ち返ることが大切だというのが私の苦い苦い経験です・・・。
おまけに昨日は、すでに進路が決まった高3の生徒が、学校の数学が全くわからなくなっていると言って、半日我が家まで押しかけて勉強を教わっていきました。学校も学校で、復習と称して看護関係の割合の問題とか、高度な因数分解とかの問題をいっぱい課題に出して、ここからテストの問題を出すと言っているらしい。そりゃできないわ。
夕方からは大町高校の一年生の生徒たちに「重複組合せ」と「2項定理」について熱弁をふるってきました。
まだ高一の間は、確率の初歩をやる程度なのでいいとしても、それ以後はもはや確率・統計にすすむ手立てがない。統計学を系統的に学ばない課程になって久しい高校数学ですから、時代遅れのユークリッド幾何などやめてしっかり統計学を学んだほうがいいと思うんですけどねえ。

さて冒頭にも触れた通り、ゆうべから今日にかけて池田にしては大雪。はじめて雪かきをしました。10センチくらい積もったかな。午前中も降り続いています。太陽光発電も夜の状態で起動すらしていない。





  1月15日(土)   
昨日の取材に対して今日の信濃毎日には下のような記事が掲載されました。


もういい加減にしてくれといいたいところですが、町の中でも町長の対応に批判的な見方が強くある一方で、「そこまで町長を追い詰めなくてもいいのではないか」とか、「500万円なければやらないなどというのはおかしいのではないか」という空気もないわけでもありません。町役場内での反応も様々ということも聞いています。だとすれば、一つの見方が一人歩きする懸念も当然あるわけで、今後必要に応じて、事実に基づいて正確に対処していくことが必要になるかもしれません。
幸い、今年度初頭の発足当時から事務局も詳細な記録を残しているし、会議録その他も十分すぎるくらい残されているので、必要であれば「ボランティアバンク」構想が出発した時点からの経過をまとめことも考えられます。善意であれ、どっちもどっちという見方が広がるのであれば、それは今後の町政にとって大きな問題を残すと思うからです。
もともと町長の言い出した「ボランティアバンク」とは何だったのか。はじめにコーディネーターを委嘱したNさんが何故辞職するはめになったのか、サポートセンターと改称して教育委員会が引き受けてから、新しいコーディネーターを委嘱する経過はどうであったのか、その後の役場内での話し合いはどのように進められたのか、町長の関与はどうだったのか・・・運営協議会が発足する前の段階ですでに総括すべきことは山のようにあるのです。
役場が真に町民のよりどころとして信頼に足る場所であるには、そうした総括と謙虚な反省なしには実現し得ないはずです。このサポートセンターをめぐる経過が、池田町の現状を反映しているとはいえ、ある意味では今後の町政改革の重要な足がかりを残してくれたともいえます。これをどう受け止め、どう改革していくのか、それは役場職員にとっても町民にとっても避けては通れない課題です。



  1月14日(金)   
午前中から結構慌ただしい1日となりました。それというのも、例のサポートセンターをめぐって新聞社からの取材が入ったためです。
そのことは後にするとして、今日の市民タイムス、大糸タイムスには運営協議会の解散の記事が大きく掲載されました。




この記事でおおよそわかるとおりなのですが、実際はもっと生々しく、ここに書くことさえはばかられるようなお粗末だらけの顛末だということです。

今日の信濃毎日からの取材の対象は委員長、コーディネータで、私はいわば委員としての立ち会いのようなもので、ほとんど取材のなりゆきを見守っていました。
取材の中でお二人が明らかにしたことは、つぎのような諸点です。

@運営協議会に先立って、役場内での5回にわたる協議があり、予算、会場など運営協議会に提出された案はすべて検討されていた。運営協議会はそれを土台に話し合ったのであり、途中から町長と意見が異なってしまったのではない。
本来主管部局としっかり打ち合わせをしているべき町長が何らの情報も持たず、一年近く話がすすめられ、具体的な段取りを話し合う時点になって自分の考えと違うとして白紙に戻そうとしたことに問題のすべてがあること。
A運営協議会が「500万円の予算をつけなければ審議に応じない」とか「辞職する」なとどした事実は一切なく、むしろ事態は全く逆であり、当初の予算を含めて準備資料を出したのは町側であること。これは何度強調してもしすぎることはない。
このことについて「寝耳に水」といい、しかも過去の庁内プロジェクト会議の経過を確認した運営委員側に対して、あたかも運営協議会が「予算を要求した」かのように描き出し、自分の考えと異なるから解散するというのはどこから見ても異常であり、自分が委嘱した運営委員のメンバーに対して失礼極まりない態度であること。
B4月から9月までの間には町長の方針を述べる機会が何度でもあったにもかかわらず、一切表明されず、そればかりかコーディネーターが着任する際の確認でも1月12日に述べたような方針は一切示されていないこと。
C1月12日に示された町長からの方針は、コーディネーターがサポート活動の主役であり、1人のコーディネーターが町の示した方針で公民館で業務にあたるだけ(例示されたその業務の内容も問題が多い)というもので、それまで運営協議会で議論されてきた町民主体で運営委員みずからがボランティアとなって町民活動の活性化に貢献しようとする方針とは根本的に異なるものであること。
D昨年末の第5回運営協議会以降、議会答弁やその後の町側の態度を見極めて今後の方針を話し合う予定であった協議会を、町長の職権で開かせずに解散させたことは事務局や運営委員に対する背信行為であるだけではなく、今後の町政運営に大きな禍根を残す行為であること。


私が思うに、ここにいたる全経過は、現在の町の現状を象徴的に表しているのでしょう。町長・教育長は、こうした事態を引き起こしたことについて何の反省もなく、すでに次のステップ(4月からの開設)にむけて準備を始めているという厚顔さ。一体これは何なのでしょうか。町長室を訪れた人に、冗談交じりにせよ「自分はいじめられている」と公言する破廉恥さ。
一連の経過からはっきりしたことは、町長はこの問題に関する限り、何の策ももたず、具体的な方針を示すこともできず、ただ自分の思いに従わないものを排除しただけであること。また「役場は役場の体をなしていない」ことを白日のもとにさらしただけだということです。今後誰がコーディネーターをやろうが、もっと大きな破綻をきたすであろうことは指摘するまでもないでしょう。

それに比して、運営協議会に集った公募委員とコーディネーターの議論に示された理念とアイディア、具体的な方針の的確さ、レベルの高さは特筆すべきものであり、それらはいずれどこかで真価を発揮する場面が必ずあるだろうことを私は確信します。



  1月13日(木)   
2日後からいよいよセンター試験。私立の受験や推薦で、数学が必要でなくなる子が多くいて、ちょっと拍子抜け。最後まで頑張っている子に対しての授業は先日終わりました。あとはこれまでの研磨を発揮してよい点を残してくれることを願うだけです。

久しぶりに過去5〜6年の数学のセンター試験をいっしょに解いていて、先日書いたような思いをさらに強くしました。結局よほどの進学校でもない限り、学校で学ぶことをていねいにやっていたとしても絶対に高得点はとれない。たとえば2009年の追試などは異常な問題揃いで、追試といえど何故こんな難度の高いものをわずか60分でやらせるのか私には全くわかりませんでした。
数学I・AよりもU・Bの方がより計算の煩雑さがあって、大学入試センターで委嘱する教授たちの努力にもかかわらず、試験の目的という点からみて袋小路に入り込んでしまっているような気がしました。
年によっては、とてもよく考えられている良問もあるのですが、続かない。せめて120分にしてじっくり解かせるようにでもすれば、時間制限という問題はかなりの程度解決されるはずです。

さらに、たとえば大町高校普通科、理数科の様子を見ていても、一年前からセンター対策をやっている。私に言わせればセンター試験などと言うのは本来対策など大して必要ではないのです。つまりしっかりと問題の本質に迫るような理解力がつけば、誘導に簡単に乗れるし見通しも立てられる。それを一つの技術力にしてしまっているので、よけいに彼らの理解力をバラバラにしているのではないかと思います。数学(教科書)の質そのものがかつてから見れば相当にダウンしているにもかかわらず、テストのレベルはあまり変わっていない。だからよけい現役生にとってはつらい受験になっているのですね。

高校の数学は学年を追うにしたがってボリュームが増え、数学V・Cが終わっていないのに受験を迎える不合理。文理コースを分ける時期がどんどん早まって、生徒には受験に必要でない教科・科目はいらないという空気を助長していく。数理ができないから文系という生徒たちがどれほど増えていることか。
相も変わらぬ「受験数学」を遠くに控えるのではなく、小学、中学から現実のさまざまな量や空間や関係をていねいに扱っていけば、面白い実践が無数に生み出されるのにと思います。そしてこれまた相も変わらぬ「部活」、とくに運動部への傾斜をコントロールすれば、文学や芸術にとどまらず理数への関心ももっと深められるはずです。大町高校クラスの生徒たちなら、その半分くらい現役で国公立に進学してもおかしくないのです。



  1月12日(水)   クビ?
夜遅くになってから池田町も雪で真っ白になってきました。妻は朝早くから友人との会合のために富山へ。大町から北の方は富山までずっと雪で大変だったと言っていました。気をつけて帰るように電話しました。

夕方からは、サポートセンターについて町長から説明があるというので気が重かったけれど出掛けてきました。
そこでは、いろいろと町の考えが披瀝されましたが、結局町長から「現運営審議会は一旦解散し、新しく出直すというのが一番良い」という意思表示があり、「解散してほしい」と求められました。
私たちが解散を決めたのではなく、自ら委嘱した委員会の解散を求めたわけですから、体の良い「クビ」ということですかね。そう、解雇ですよね、これは。
それなら条例に基づいて6回分の手当を払ってもらわなくっちゃ。守秘義務だの何だのといいつつ、明確な条例違反(例規集をご存じですよね)をしているのは町長さん、そっちの方ですよ。これも「寝耳に水」???
事ほどさように、あっけなく「第2幕」が幕をおろしました。一回目も誰かさんの横やりでコーディネーターが辞任し、今度も三顧の礼を尽くして迎えたコーディネーターが怒って辞職し、運営協議会も解散、いや解散命令。もう3度目はありませんね。明日ローカル紙がどのように書いてくれるのか見ものです。
町長がことここに至ってもなお、「事務局や公募委員がカネがなければやらないと言った」という態度で終始するなら、事務局も公募委員も黙ってはいますまい。

さて、私のホームページを意外とたくさんの方がお読みくださっていることを聞いて喜んでいます。(カウンターをつけていないもんで普段わかりません・・・)
昨年の後半はかなりサポートセンター・モードだったのですが、もうそれもありませんので、これからは当面の農業シンポジウム(2月6日)、バラの会、町政研究会にしっかり軸足を移して頑張っていくことにします。個人的には、昨日も書いたピークオイル問題とその対応に目をむけていろいろ調べたり実践したりしていこうと思っています。今後ともご愛読のほどを。



  1月11日(火)   ピークオイル
先日紹介した「TPP反対の大義」に掲載された小論はどれもそれぞれの分野での知見を最大限に盛り込んで読みでがあります。その中の一つに、評論家・思想史家「関曠野」さんの「世界貿易の崩壊と日本の未来」という一文があって、冒頭に次のように書かれています。

昨今の日本のマスコミを見ていると、昔の旧ソ連の共産党御用マスコミや北朝鮮国営放送のことを嗤えなくなってくる。リーマンショックで世界経済が揺らいで以来、マスコミはこぞって財界応援団と化している。大企業は国益など眼中になく自社が生き延びることしか考えていないのに、である・・・TPPは目下この世論誘導の一大焦点になっており・・・

この小論が発行されたのは昨年末の12月25日だから、書かれたのは当然それより一ヶ月ほども前ということになります。
年が明けて新年の社説などでは商業全国新聞やテレビで一斉に消費税増税・TPPの大合唱ですから、まさに異様な雰囲気が醸し出されています。マスコミが世論誘導をはかって国民をある一つの方向に動かすというのは「戦争前夜」にしかなかったことですよね。
「地に落ちた昨今の日本のマスコミ報道」というのは今にはじまったことではありませんが、こと国民1人ひとりの「いのちの根源」にかかわる問題でこのありさまでは、関さんの指摘を待つまでもなく恐ろしいことです。
このことにキチンと批判の目を向けているのは「しんぶん赤旗」のみ。


関さんの小論では終わりの方に次のような一文があります。

そしてTPPで騒ぐマスコミが知らん振りをしているのは、ピークオイルの問題である。
国際エネルギー機関はこの2010年11月に、「世界の原油生産は2006年にピーク(増産の限界点)を越したと見られる」と発表した。もう経済成長はありえないのだ。今後は原油生産の低減で、工業経済はガス欠状態に陥り、徐々に収縮していくだろう。貿易を支える海運も、燃料の高騰で採算がきつくなる。ピークオイルの厳然たる事実は、今世紀はエネルギーと食料の危機の世紀であること、そして人類の未来は長期的には農業中心の地域共同体にあることを示している。
この危機は、中国などですでに表面化してきている。TPPどころではない。われわれは手遅れにならないうちに、文明の転換のための作業を始めなければならない。・・・そうした方向転換を中央の政府には期待しない方がいい。おそらくそうした転換は地方の、地域の人々の草の根の動きとして始まり、それが自治体を動かし、自治体が国を突き上げる形で始まるだろう。そこに日本の未来があることを、私は確信している。


ちょっと長々と引用したのは、このピークオイルの問題こそ、地球温暖化と相まって今世紀の人類の生存そのものをゆるがす重大事なのだということを端的に指摘していたからです。

デビッド・ホルムグレンという人の最近の著作に「未来のシナリオ ピークオイル・温暖化の時代とパーマカルチャー」というのがあります。衝撃的で刺激的、新鮮でラジカル(根源的)な本書は、私たちの生活の質そのものを再考させ、かつ地域の産業や暮らしのありかたに至るまでとらえ直しを迫っています。

まず、次の表を見てみましょう。上の表は2050年頃までの利用可能エネルギー全量(単位はMTOE=million tons of oil equivalent 石油100万トン換算のエネルギー量)で、ポール・チェフーカ氏のウエブサイトに掲載されています。日本語で見やすくしたものがデビッド・ホルムグレン氏の本に掲載されています。
その下は21世紀に入ってからのオイルピークの様子を表にしたもの。http://www.oilcrisis.com/他いろんなところで紹介されています。 )




これらの表から読み取れることは(チェフーカ氏の研究によれば)、現在世界のエネルギー生産の多くを占める原油・石炭などの生産が2020年頃に頭打ちになり、2050年には2005年の7割になるということです。
50年後といえば、今年生まれた人の一生よりもはるかに短い。世界の人口が2050年には90億人と予想されていること、日本がエネルギーのほとんどを外国からの輸入に頼っていることを考えるとこれは本当に深刻な事態と言わなければなりません。
原油の質、石炭の質など他の要素を考慮したエネルギー総量は現在の5割を切るという予想も書かれています。気候変動などの影響は考慮されていません。
次はホルムグレン氏の記述です。

もっと確かなことは、石炭を含む化石燃料のエネルギー純益が低下するため、2050年までに人類の使用可能なエネルギーは現在の約4割になるという計算はそれでも楽観的だということだ。

この本では、こうしたエネルギーの劇的減少に対して悲観的になるのではなくて、どのようにしてそれを乗り切るか、どのように行動しなければならないのかという一つの提言としてパーマカルチャーの思想とデザインを紹介しています。

本書では、最初に「未来予測に欠けている視点」として歴史をみるスケールとして100年とか千年という尺度が必要だとして、それから見ると4つのエネルギーの可能性(シナリオ)があると指摘します。「テクノロジー無限成長時代」「テクノロジー安定時代」「エネルギー下降時代」「崩壊」の4つです。本書の後半ではそうしたシナリオを読解していくのですが、ここではそれらを紹介する余裕もないし、そのつもりもありません。
私が注目するのは、マスコミ、経済学者などがほとんど考慮しないエネルギー下降時代に直面しての、パーマカルチャーを主導する人たちの考えや行動です。
本書の50ページでは次のように述べられます。

パーマカルチャーとは1970年代のエネルギーや資源の入手状況に関する議論から生まれたひとつの環境デザインの概念であり、次のエネルギー移行期には生態システムが経済や社会の中心に再び据えられるに違いないという仮設の基に生まれたものだ。パーマカルチャーのデザインや教育、運動が描いたのは、食料や再生可能エネルギーを地場生産し、家庭経済や地域経済を再活性化させ、その結果、バイオリージョンに根ざす政治体制が生まれ、恒久的で持続可能な文化が確立されるだろうといものだった。

本書の日本語版への序文でホルムグレン氏は面白いことを書いています。

日本で最も興奮した「発見は」、特に田舎で、質素に自立する伝統的な生活やエネルギーをあまりかけない小規模な農業が残っていることだった。身の丈規模のシステムに頼る自立した文化は、エネルギー低減時代を前に、日本だけでなく、こうした文化をすでに失ってしまったほかの富裕国にとっても大きな資産である。(中略)
日本の田舎をエネルギー下降時代の理想的なモデルであると美化するつもりはない。しかし、高齢者が多く、人口が減少する一方の田舎は、エネルギー低減時代を控え、特に都会の若者が技術を学んだり、土地とつながりを持ち、地域社会を作り上げるための絶好の機会になるのではないだろうか。(中略)
日本の田舎では保守的な文化のおかげで、伝統的な持続可能なシステムが維持されてきた。しかし、生産性やしなやかさの向上に必要な新種の導入や新しい方法の採用を阻んできたのも同じ保守的な文化である。パーマカルチャー運動は、在来の生態学と海外の生態学を融合し、気候変動と経済の変化に対応する新しいデザインを生み出し、地道でゆっくりとした進化のプロセスに貢献することだろう


100年のスケールで見れば、TPPへの参加は、日本に残された小規模農業経営という資産を根こそぎ破壊し、したがってエネルギー下降過程に何ら対応することができない不毛の荒野のみを残すということになります。
そうではなく、今日の田園風景や里山の景観を形成してきた日本の農業を新しい観点でより洗練されたものに再生すれば、世界の大きな資産ともいえるフィールドを形成することが可能であることを本書は教えてくれています。

なお、ホルムグレン氏が2004年に書いた「日本におけるパーマカルチャー」という論文がありますが、邦訳がない。そこで、英語の学習のつもりで日本語に直しているのですが、これが甘い仕事ではありません。友人のR氏ご夫妻の援助を得て、気長に読んで見ることにしますので、折りがあったらまた紹介しますね。



  1月10日(月)
我が家にひとつだけある出窓が温室がわりになっています。秋に芽が出て、そのままおけば枯れてしまうようなトマトの苗をそこに入れておいたら真っ赤な実をつけました。おいしそうな顔をしていますけど、食べるのが何となくもったいない・・・。


これだけの記事の日も、さっぱりしていいもんですね。



  1月6日(木)
朝は久しぶりに1〜2センチほどの降雪がありました。季節風が強まって雪が北アルプスを越えてきたのです。


冬は私にとって一つの稼ぎの季節。といっても別に商売をやるわけではなく、趣味の蔓細工の材料取りの季節になるというだけの話です。
最近は開発のために採取場もほとんどなくなってきて一時はもう足を洗おうと思っていましたが、小さいカゴが結構人気だし実用的なので昨年からまた作り始めたのです。
カゴは私のオリジナルで、今年はできればこれにバラを飾って置物にできたらいいと思っています。ただプリザーブド・フラワーのバラは高いし、わざわざ朝日村の東京堂クレアまで仕入れに行かないといけないので、ほんの小さなカゴしか作れません。
カゴの編み方も研究してオリジナリティを高めるように努力することにしますか。だれかいっしょにやる人いませんか?ランプシェードは手間暇がかかるし材料もないので、今後はまだ計画なし。

午後から短時間近くの山に入って蔓を取ってきました。一時は取り尽くしたかにみえる山も何年か経つとまた復活しますから、山がそのままになってさえいれば、材料には事欠かない。池田より南なのでほとんど雪はなかったけれど寒い寒い。結局一時間弱で帰ってきました。たくさん蔓があることを確認しただけでも収穫としなければなりませんね。


早速帰ってから小さいカゴをつくって、バラならぬミカンを入れて飾っておきましたよ。今年の目標はこのくらいのカゴを20個。1つ500円として1万円・・・と捕らぬタヌキの皮算用です。観光協会のUさん、Hさん、販売をよろしくお願いします。






  1月5日(水)
3日間でしたけれど午前中からの冬期講習が修了。もう10日もすればセンター試験がはじまるし、あと3,4週間すれば私大入試がはじまる受験の季節。
中3生はあいかわらず元気で、休み時間ともなると地響きをたてて騒いでいる。ただし授業時間は静か。ガムテープの効果はまだ続いています。

元日から新聞もろくに目を通さずにいましたが、時間をみてすこしずつ読んでいました。そのなかで気になったのは例のハーバード大教授のジョセフ・ナイさんが元日の信濃毎日にも、3日の読売(コンビニ買)にも出てきていること。どうしてこんな人物をこうも一生懸命持ち上げるんですかね。

1月3日の読売新聞一面見出しは「日米同盟重みます」。ジョセフ・ナイ氏と前藪中外務次官とネット対談という趣向です。
その内容を見てみると、予想通りといえばそれだけになりますが、だいたい次のようなものでした。

まず現状認識について、日本は政治・経済・外交から生活スタイルにいたるあらゆる面で行き詰まり感に覆われており、ブレークスルー必要がある(藪中)。
しかし、昨年の中国や北朝鮮の動向で日本人は覚醒させられた(藪中)。そのなかで日米同盟に対する日本人の意識は飛躍的に高まり、日米同盟の重みが実感できた(ナイ)。
従って、今後の政治の基本は、中国や北朝鮮のナショナリズムに基づく挑発を許さない強い日米同盟、日米韓の緊密な連携であり、これが北東アジアの安定に不可欠だということ(ナイ)。
その同盟の一つの柱として国連平和維持活動や政府開発援助などの文民活動を地球規模で展開することであり、これに基づく安全保障は世界の公共財である(藪中、ナイ)。
アメリカの指導力が落ちたというのは間違いであり、アメリカの経済力、軍事力、ソフトパワーには中国は簡単に追いつけない。
中国は通貨改革、気候変動への対応、国内の人権問題、北朝鮮問題などでの対応が国際的な批判を受けており、その対応が注目されている(ナイ、藪中)。

これはアメリカ政府の対応そのものだろうし、日本の政府や財界・「大新聞」その他のメディアで主流となっている論調ですね。これはまた、俗受けする論調でもあるし、国内の閉塞感を海外の出来事にそらしナショナリズムをあおる論法としてはありふれたものです。
文民活動といってみたところで、日米同盟の要は日米安保に基づく日米軍事同盟すなわち軍事力の強化と一体化であるわけだから、軍事力を背景とした「文民活動」にならざるを得ません。ここが肝心な点で日本国憲法に基づく平和的な文民活動とは180度異なるのは明らか。
領土問題に対しても、中国や韓国に対してものを言おうとすれば、ここでもアメリカの軍事力にすり寄りそれを背景とした圧力外交をすすめる以外にあり得ません。そうでなければ独自の核を含めた軍事力を背景とする他はないでしょうに。

ことほどさように、アメリカの支配層の立場でしかモノが見えない日本の政権担当者や高級官僚の思惑は、結局は上記のような実に卑屈で低レベルのものだということをこの対談は明らかにしています。
こうした論調の最先端を大新聞が担い、菅首相の年頭所感に見られるごとく民主党もまたこの道にどっぷりとつかって「動的防衛力」などと言い始めているわけですから、この不幸こそ1011年初頭の特徴であるといえませんか??
疑問をお持ちの方は元日付の「しんぶん赤旗」で紹介されていた志位委員長の新春インタビューと比べてご覧になることをおすすめします。目からウロコであること間違いなしです。



  1月4日(火)
昨日も今日も快晴のお天気。池田はすっかり雪もなくなりましたが、大町はまだ日陰に硬い氷状に残っていて、歩くにも危険がともないます。朝方は北アルプスもすっきり見えるし、昨夜は星がものすごくたくさん見えました。光がいつもの半分以下であることや空気が澄んでいることなどが影響したのでしょう。
昨日書いた「TPP反対の大義」の中に、TPPに日本が加入した場合、「衛星から夜に写真を撮ると、関東から近畿にかけての地帯は不夜城のように輝き、それ以外の地域は北朝鮮のように真っ暗で何も写らないようになるかもしれない」というくだりがありました。さもありなん。そうなれば、さぞ星がきれいにみえることでしょうね。ただし、地上は荒んで星の観測どころではありませんが・・・。




冬期講習もあと一日。中3生徒はほとんどが男子であるために、ときどきふざけてうるさすぎることがあります。まわりの状況がわからないのですね。迷惑になるという意識がまるでない。そこで今日は、1人の生徒にオーナーのところにガムテープを取りに行かせました。もちろんうるさい生徒の口に貼り付けるためです。
生徒たちは最初「本気なのか?」と信じていない風でしたが、実際にその生徒がオーナーに事情を話してテープをもらってきたのを見て「これはヤバイ」と思ったらしい。それからは逆に怖いくらい「し〜〜〜ん」。
ガムテープは机の前に貼り付けておいて、いつでも口に貼れるようにしておきました。しばらくはこれで静かになるでしょう。どうだまいったか。

夜は共産党ファンクラブの新春座談会。町議会議員および予定候補者に集まってもらい、もちよったそれぞれの発言内容を検討して新春にふさわしい座談会となるようにと開いたものです。
座談会の内容は主に4月の町議会議員選挙を意識して、よりよい町づくりをすすめるための政策や意見です。
あとは写真撮影。誰かが目を閉じているので、たくさん撮っても使える写真はごくわずか。苦労します。山本議員、私のホームページではちゃんとカラーで紹介しますからね。きれいですよ。(何が?)





  1月2日(日)
1月1日に新聞各社は年頭社説をかかげ、内閣総理大臣は年頭所感を出し、我が町の広報には町長の「年頭のご挨拶」が掲載されています。
ここでは菅首相の年頭所感の一部について取り上げてみましょう。ネット上ではすでに、これは「開国」ではなく「売国だ」という投書があふれているあのシロモノです。
それは「年の始まりに当たり、私が目指す国づくりの方針、理念を改めて提示したいと思います」と始まる次のような一文です。

要約すると、「世界が大きく変動しているいま内向きの発想では新しい展望は見えないから、第3の開国とも言うべき「平成の開国」に踏み出す。これにはとくに農業の分野で衰退が懸念されるが、今年前半までに貿易自由化と農業の存続とを両立させる政策を提示する。安全保障面では日米同盟を21世紀型にする」というもの。(くわしくは原文にあたってください)

TPPを推進しなければ「世界の孤児になる」「鎖国状態でいいのか」という声がマスコミにもあふれている状態はいったい何故、どのようにしてつくられたのかきわめて興味あることです。
推進派の声で最も端的にそれを表明しているのは11月1日の日本経団連「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉への早期参加を求める」でしょう。これを読めば菅首相の年頭所感がうり二つであることがすぐにバレる。「TPP推進と農業の産業基盤強化との両立を図る必要」というくだりには、農地法を改正して自由に農地を買いたたけるようにし、企業の利益追求の手段にしたいという「思惑」が見え隠れします。
それに先だって10月8日にはすでに日米財界人会議がひらかれ、「両協議会は、日本が他国同様の条件で速やかにTPPの交渉に参加すること、ならびに高度な日米EPAの交渉においてビルディング・ブロック・アプローチが取られることを要請する」とする共同声明(邦文)(英文)が発表されているのです。前原さんはこの席上でのスピーチで、「我が国のTPP交渉への参加の検討を含め,私は外務大臣としてFTA/EPAをできる限り推進したいと考えています」と表明。
マスコミ応援団の筆頭を務める日経は11月1日付けの日経ビジネスで、「第3の開国『TPP』を決断せよ」と題して、「全就業者数の5%を擁してもGDPの1.5%しか生み出せない農林水産業保護を名目に、世界の流れに背を向けるのは皮肉というほかない。『日本は、1%を守るために、成長力を捨てるのか』。かつて米通商代表を務めたロバート・ゼーリック世界銀行総裁は、貿易自由化に後ろ向きな日本にこう疑問を投げかけた」と誰かさんと同じことを書いています。

これらから明らかなことは、このTPPはアジア地域で強力な貿易圏が形成されることを警戒したアメリカが日本に強い圧力をかけ、日本の輸出関連大企業がこれに呼応して自由に利益をむさぼれる経済圏を形成しようとする協定だということ。したがって農業従事者の側からも庶民の側からも求めていることなどでは全くないということははっきりしています。
それをさも、坂本龍馬よろしく、日経、朝日、読売などの大手マスコミが全面支援。政財官の総力を挙げて「日本の開国」に邁進しようというのですから恐ろしい話です。NHKなども「むしろこれを好機に農業の体質を改善すべきだ」などとする一部農業従事者を取材したりして側面応援の姿勢です。

これに最も敏感に反応したのはもちろん当の農業者たち。各地で反対の運動が巻き起こり、全国の自治体でも反対決議が続々と採択され、民主党内でも慎重派が急速に増えている(ただし7割が小沢派だというので、つぶされる可能性も)と伝えられます。
しかし、考えてみるとこの問題について正面から理論的にも実践的にもきちんと反論し、反対運動の道筋を示しているのは少ない。政党では日本共産党くらいでしょう。あってもそれほど知られていないし、マスコミの攻勢の前には微力のように見えます。しかし、それはおそらく一時的なことになるでしょう。
農業従事者にとってはまさに死活問題だし、農村部を中心とする自治体では産業基盤が崩壊するのですから他人事ではない。都市の住民にとっても食糧主権・安保に関わる重大問題だから「安ければ輸入品でもよい」などというノーテンキな立場でいられるばずもない。だから、財界側も手を変え品を変えて国民の支持を得ようとやっきになる。

毎日安くて安全な食料品を求めている消費者の側からも、このTPP問題は避けて通れません。そんな時期にタイムリーに発売されたのが「TPP反対の大義」と題する農文協の小冊子。理論的・歴史的な評価と分析については11人の研究者が執筆、消費者、農業従事者、その他多数の人が執筆しており、このTPPがいかに「亡国」の道であるのかをきわめて説得的に明らかにしています。(現在半分まで読んだところ)
私としては、これらを参考にしつつ、足下(食卓、地域、自治体)からこの問題を見据えて、生活と労働の現場から自分の言葉で対応できるようにしないといけないなと考えているところです。



  1月1日(土)
飼い猫のハルちゃんが私の後ろであどけない顔をして無防備にひっくり返って寝ており、外は星がきらめいて、車の窓はガチガチに凍りついて、新しい年が明けました。私はまもなく「前期高齢者」の仲間入りです!
子どもたちはそれぞれの事情で「里帰り」できず、今年は2人+1匹の静かな新年の幕開け。というわけで、後先になりましたが、明けましておめでとうございます。また息子の方のお母さんの病が早く全快されますように。
相変わらず新年を迎えてから年賀状を出してしまったことをお詫びしつつ、ひとまずこの場をかりて新年のご挨拶を申し上げます。


いつも特段、新年の抱負などということを考える習慣がないし、この年になると「父が死んだ年まであと2年だな」くらいの感慨しかないので、それらしいことはほとんど書けません。ただ、ホームページの更新のために過去のこの日記の履歴を見ると、私も妻もまる7年それぞれの生活を記録し続け、この1月から(妻は2月から)8年目に入ることにちょっとした驚きを感じています。
続けることに意味があるなどとも思いませんし、いつまでも続けようという気負いも今更ありませんから、何かを書いていることは老化防止にはなるだろうくらいのつもりでできるだけ間をおかないようにして書いていこうと思っています。(老化防止につきあわされているの?とお怒りの方は「ブックマーク」「お気に入り」からどうか抹消してくださいませ)

昨年はこれまでのいくつかの「仕事」(報酬をともなわない)に加えて、「バラ・ガーデンづくり」と「町政研究会」が加わって、それなりに充実感がありました。今年はこの両方ともに結構時間を取られそうで、相当生活を改善しないといけなくなります。その分、本業の方(塾)からできるだけ撤退して、健康な生活を心がけるようにするつもりでいます。収入は半減するから、節約も仕事のうち。
昨年あまりできなかったことは「本を読む」ということ。いろんな人のいろんな考えに触れることはとても大事だとわかっているのに、頭が追いつかず、つい億劫になって・・・そうこうするうちに何だか頭がしぼんでいくように思えてきました。今読んだことを、3歩歩いたらもう忘れてしまっている!困ったものです・・・
今年心がけたいのは、どこまで出来るか分からないけれど、それにちょっとだけ抵抗してみるかということ、かな。

寝正月にしたかったけれど、妻の血圧計の音で目が覚めて、それから毎年欠かさずやっているお雑煮づくり。私にできるのはそれくらい。今年は息子、娘たちがこないので「料理の腕」をふるうこともなく、妻にまかせっきりになりました。いつもありがとね。ささやかにおせち料理の卓に着くことにしますか。
ハルちゃんは、寒いのに車の上でどこか遠くを見ています。のんびり一日過ごすことにしましょう。






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