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  12月9日(土)
昨夜は猛烈に冷え込んで、辺りはすべて氷漬け。零下5〜8度という感じです。
幸い雪は、昨日夕方に集中的に降っただけで済んだので、それはそれでよかったものの、降った雪が凍り付いて道行く車は「バリバリ」音を立てて走っています。朝のうちの走行は気を付けないといけません。
下は午前7時の我が家の周辺。




昨夜のうちに車の雪を払っておいたので、8時ごろからすぐに米・野菜の積み込みを行うことができました。予想通り軽トラの荷台が一杯に。9時過ぎに妻といっしょに松本に向かいました。
松本周辺はほんの少し雪があった程度で道は乾燥して問題なし。10時過ぎから三々五々集まってくれたお母さんや子どもたち、スタッフとともに段ボール箱に詰め込む作業。
予約してくれた保護者は15人でしたが、会場を借りている病院で働いている方たちの中で欲しいという人たちもいて、大量の野菜も無事すべて分けることができました。大学生のスタッフにも少しお裾分け。
米、野菜を提供して下さった方々に心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。みなさん喜んで持ちかえっていただくことができました。
昼近くには、こどもじゅくを応援してくれている教会の牧師さんたちが大量の焼きたてパンを運んで来てくれました。スタッフの一部は野菜分けとは別に豚汁作り。昼頃から手伝いに集まってくれた子ども、保護者、スタッフみんなでパンと豚汁で仲良く昼食。すっかりお腹がいっぱいになりました。
もちろんこの日は午後からいつものようにお勉強。3時半頃まで机に向かいました。








  12月8日(金)
夕方まだ明るいうちから本格的な雪。午後6時過ぎまでに10センチほど積もりました。午後7時ごろには雲も晴れて星空が。
明朝は沢山の野菜を運ばなければならないので、軽トラに水をかけて雪を融かしました。しかし水をかける先から窓が氷つき、明日の朝が思いやられます。

ところで今日のニュースで、防衛省が来年度予算に長距離巡航ミサイル関連予算を盛り込むと発表しました。
小野寺防衛相は「敵基地攻撃を目的としたものではなく、専守防衛に反するものではない」と言いますが、誰が見ても敵基地攻撃能力の保持でしょう。こんな詭弁を許しておけば、たとえば核兵器を保有しても専守防衛に反するものではないという論理になってしまいます。
北朝鮮の脅威を最大の口実として、このような軍事力強化と9条改憲とをパッケージに一気に押し通そうというのですから、本当に危険極まりない。

奇しくも今日は12月8日。太平洋戦争に突入した日です。
「大本営発表」と聞けば、当時のことを多少でも知る人にとっては権力者の大言壮語と虚偽報道の代名詞のようになっています。しかし、大本営とは何であったのか、その発表とはどのようなものであったのかを知る人は今ではもう少なくなっているのではないでしょうか。
戦後生まれの私は「大本営発表」を直接聞いたはずもありませんが、当時の模様の映画あるいは録音で聞いたことは何度もありましたから、その放送の果たした役割については何度も考えさせられてきました。
当時、「国策遂行」の基礎となる一般宣伝の計画、実施、政府内の事務の連絡・調整を担当していた内閣情報部が、1940年に内閣情報局となり陸海軍省をはじめ政府内の各省庁の情報、言論統制検閲関係をすべて統括し言論界を統制する中心となります。しかし、それから1年後の日米開戦時から発表の中心が陸海軍の報道部に移り、初めは陸軍部、海軍部別々に発表、しかし、1942年1月からは「大本営発表」とだけになります。

さて、1941年12月8日午前6時、大本営発表の第1号が出されます。その内容はよく知られたとおり、次の文面でした。

大本営陸海軍部発表(昭和16年12月8日午前6時)
帝国陸海軍は今八日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり


発表は陸軍省記者クラブで行われ、午前6時ちょうどに、つめかけた記者たちの前で陸軍省報道部長の大平秀雄大佐が読み上げたとされています。(以上、「大本営発表の真相史」富永謙吉)
国民には午前7時の臨時ニュースで知らされることになりますが、「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」というものだったようです。
当時の新聞がどのように報じていたかも上記の本に紹介されていますので、ちょっと抜き書きしてみましょう。

ああ、この一瞬、戦わんかな時至る。永久に忘れ得ぬこの名句、その長さは僅か三十字の短文であるが、正に敵性国家群の心臓部にドカンと叩きつけた切り札である。

今日の信濃毎日新聞のコラムでも、当時の国民がこの臨時ニュースを聞いてどれほど胸躍らせたかが紹介されています。それほどに大政翼賛体制を形作った教育と言論統制、社会統制の「効果」はすさまじかったということでしょう。
元外務省国際情報局長の孫崎さんは「日米開戦の正体」(祥伝社)の終わりで、「最終章を書いていながら、まだ筆を置けない」として、無謀な太平洋戦争に突入していき無残な敗戦、甚大な人的・物的被害をもたらしたあの戦争の教訓について、「最後に教訓を一点挙げるとすれば、『発言すべきことを発言できる』、それを確保する社会を維持していくことだ と書いています。そして、「『自分が正しいことを述べる』ことで制裁を受ける時代」に入ってしまったことを深く憂いながら、どうしたら「正しいことを述べる」社会を復活・維持できるかを皆で考えようと結んでいます。
まだ人間一人の寿命にも満たない過去の時代なのだから、パソコンを駆使すればすぐにでも見られる映像などをたぐり寄せ、わずかな時間でも今日につなげて考えることは決して無駄なことではないはずです。



  12月7日(木)
今日は朝から文句なしの快晴。予定通りのメンバーがバラ園に集結し、軽トラ3台ずつの二手に分かれて落ち葉集めに出かけました。
私のグループは、昨日下見をしてきた我が家の裏手から東山を登って向こう側に行く道の道路脇。ところどころに落ち葉の吹きだまりが出来て、1箇所で3台の軽トラに十分な量の落ち葉を集めることが出来ました。


1時間もかからずにバラ園に戻って、今度はすでに仕入れていた牛糞とまぜて堆肥箱に詰め込む作業。これは結構大変な労力のいる仕事なので、両方のグループが戻ってから全員で汗を流してせっせと箱を満杯にしました。
今日は総勢13名。よく集まってくれて効率よく作業ができたために何とか時間内に終えて、あとは昼食。おにぎりと豚汁でお腹を満たし、柔らかい日差しのもとで今年最後の作業を終えました。みなさんお疲れ様でした!!




帰ってから夕方にかけて、9日の「こどもじゅく」のための準備。サツマイモ、ニンジンを洗って渇かしたり、沢山寄せてもらったお米を3キロずつ分けて袋に詰める仕事。
お米は、3キロの袋で35個もできましたから、ざっと110キロもあったことになります。
それ以外に、今日持ってきてもらった大根、ネギなどを合わせると、ものすごい量の野菜が集まりました。明日もうすこし準備をして、あさっての朝運び込むことになります。沢山取りに来てくれると嬉しいのですが。

昨日から今日にかけてのニュースで、いくつか看過できない問題が。1つはトランプによる「エルサレムをイスラエルの首都と宣言」した暴挙。パレスチナ問題の平和的な解決に完全に逆行し、再び暴力の連鎖を引き起こす愚行です。
2つ目は、沖縄での事件。宜野湾市野嵩にある保育園に米軍機のものと思われる部品が落下した事件です。周辺では米軍ヘリやオスプレイが飛び回っていたといいますから、一歩間違えば子ども達に取り返しのつかない被害を与えていたかもしれないのです。
辺野古新基地建設にからんで、日本政府は完全に米軍のいいなり。看過できないのは、山城議長に対して検察側は懲役2年6カ月を求刑したというのです。軽犯罪にもならないような鉄条網の切断という事件に対して、「被告人らの犯行は主義主張を違法な手段で実現しようとしていて、法治国家においては到底正当化できず、強い非難を免れない」「それぞれの犯行を指揮・主導した首謀者であり、共犯者の中でも一番重い非難が妥当。再犯のおそれも高い」というのですから、本末転倒というべきでしょう。
沖縄県民の世論に背を向け、自然を破壊し、単にアメリカのためにのみ無法なやり方で基地建設を強行しているのは日本政府であり、この求刑文はそっくりそのまま対象を「安倍晋三」としてお返しするのが最も妥当ではないのでしょうか。
これに「本土」の極右のみなさんが飛びついて、沖縄への差別的言動を強めていることもひとつの特徴。事実と道理で、こうしためちゃくちゃな「言論」を打ち破っていかなければなりません。「本土」側から、徹底した批判を集中すべきです。



  12月6日(水)
パソコンを閉じて寝ようと思った瞬間、ゴーッと音をたてて大地が揺れた。ほとんど前触れなく家全体がギシギシと不気味な音をたてている。P波はほとんどなくていきなりS波だったので、これは近い。
幸い停電もなく、とくに家具が倒れたり落ちたりするようなこともなかったので、すぐにテレビをつけて情報収集。地震の直後に「大地震です」という無線放送が入り、携帯が鳴った。順序が逆になってしまいました。
長野県中部が震源、池田町は周辺の市町村と同様に震度4。松本市、上田市、安曇野市、千曲市などで震度4ですから結構広い範囲で強い揺れが観測されたことになります。
情報によれば、震源は北緯36.4度、東経138度でしたから、マップで調べると池田町から東約10キロほどにある篠ノ井線西条駅の近く、長野自動車道の真下10キロということになるらしい。
最近、地震の勉強会をやったばかりですから、みなさん「来たぁ〜〜」と思ったんじゃないかなあ。やはり日頃からの準備を整えておかないといけないと、私を含め今回は本気で思わされたことでしょうね。とにかく地震は怖い。

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明日は午前中バラの会の堆肥作り。計画では例年通り大峰高原まで行き落ち葉を集めてくることになっていたのですが、今日下見に行ってみると一面の雪。5センチくらいですからそれほど大雪というわけではありませんが、雪をかき分けて枯れ葉を集めるというのも骨の折れることだし、雪をたくさん積んで帰らなければならないので、大峰はパス。明日集まってから場所を検討することにしました。
バラ園に戻ってからは、すでに購入してある牛糞とまぜて堆肥箱に詰め込む作業があります。これはまた牛糞まみれの作業になるので、いつも大変。明日は晴れの予報なので、作業自体はスムーズに行くのではないかと期待しています。

さらに土曜日には、松本で子ども塾応援野菜フェア。主として池田町から米や野菜を運び、じゅくに通ってくれている子ども達の親を対象にたくさんの野菜を持っていってもらおうという初の試みです。
米や野菜が結構たくさん集まっているので、あとはどれだけの方が来てくれるのか。野菜も高くなっている時期ですから、役立ってくれるといいのですが。




  12月5日(火)
センター試験に代わる大学入試共通テストの試行調査が行われその問題が公開されました。結果速報によれば、全国で高校2年生以上のべ17万人(実数で6万名余)が受験したと報告されています。
入試試験制度の改革は「『高校・大学において何をどのように学び何ができるようになるのか』を明確にしながらそれぞれの教育の充実を図る」とともに、高大接続を効果的にはかるために実施するのだとされています。
入試センターは「高校生にとっての試行調査の意義」として、「深い理解を伴った知識や思考力、判断力、表現力を問うことをより重視」しているとして、自分の力を試してほしいと述べています。

数学に限ってしか評価できませんが、作問のねらいである「思考力・判断力・表現力」はそれなりに問題に反映され、これまでの「知識量、計算力」といった出題とは様相を異にするものになっています。出題者の努力は並大抵のものではないと思われますが、そのために勢い「力が入りすぎ」て受験生にはずいぶんと苦しい問題だったのではないかと想像されます。
何を隠そう、私も昨日から時間を見て数学TA、UBの両方を試して見たところ、時間が足りない。ところどころによほど深く考えないとつまづくような落とし穴はあるにはあるのですが、そのようなところこそ時間を一定程度かけて考え抜くことが求められると思わされました。

数学TAで70分、UBで60分という時間設定は、このレベルの出題とする限りは全く不適切です。せめて数学TA、UBともに90分とすることを提案します。
短い時間で素早く本質を見抜き、素早く計算し正解にたどり着く・・・それだけを目指しているのなら、このような試験は何の意味もありませんね。そんな人間だけを求めているのなら別ですが。「深い理解」と時間にはほとんど相関関係はないのです。
受験生よりははるかに経験のある私でさえ時間いっぱいかまたは時間オーバーになるような問題では、一体何を目指そうとしているのかわかりません。ただ、受験生を苦しめるだけとなれば、彼らは共通テストをさけて私立に流れることも大いにあり得るのですから、大学教員のレベルを高校生に押しつけてはなりません。
問題自体は大変面白い意欲的なものなので、それだけに時間には十分配慮して欲しいと強く要望します。
大学側は出題する側。だとすれば、解答する側は高校生ではなく全国の高校の教員であるべきです。教師がまずこの手の試行テストを受けてその「実体験」から改革への提言を行うべきですね。そのことを強く主張します。

TAがやたら力作ぞろいで、問題のボリュームがハンパじゃない。受験生はこれを見ただけでゾッとしたんじゃないかなあ。いずれも実際の事象に題材をとっているので、読み込むにこれまた時間がかかる。
日頃のいい加減な学習ではおそらく半分以上の受験生は全く歯がたたないのではないかと思われます。「高校の授業のあり方も相当な改変が求められる」という一部新聞の評価もうなづけます。
しかし、現在のようなカリキュラムで果たして対応できるのかどうか。考えさせるといいながら、「何をどのように」となると、現在の教育と共通テストの求めるものとではあまりに落差がありすぎるからです。この方向で改革するのは決して悪いことではないにしても、学校側にも相当な力量が求められることになるのは間違いない。

一方で、UBの一部に手抜きが見られます。UBでは第一問の[1][2][4]は相当にやさしく[4]などは1分もかからない。それに比べて選択第3問(数列)はよく作り込まれてた問題で、TAの出題の仕方と共通するもので、なかなか面白い。ただし難しい。数列の後半の正答率が20%程度になっているのもうなづけます。

これから試行を重ねて、よりよいやり方に改めて行くことになるのでしょうが、大学側の努力だけではなく高校の現場でも大胆に改革をはかれるように積極的な提言を出していくべきですね。「思考力」といいながら、ただ生徒を苦しめるような改革にはすべきではありません。

ここまでは数学に限った話ですが、たとえば社会とくに歴史はどんな問題になるのでしょうね。思考力は批判力が無くては育ちません。歴史修正主義が跋扈し、歴史の改竄を平気でやるような人物が大学に大きな顔をしているようでは大学入試も思いやられます。出題にあたっては公平に批判的見地を失わず、「そんたく」など絶対にないようにしてほしいものですね。



  12月4日(月)
一昨日から昨日にかけて開かれていた共産党第3回中央委員会総会で、志位委員長は安倍内閣の9条改憲の動きに対して「安倍9条改憲反対の一点での空前の国民的大運動をよびかける」として、その先頭に立つ決意を語りました。
そのたたかいの意義は「安倍内閣による憲法9条改定許さないたたかいは、文字通り日本の命運を左右する歴史的闘争」であり、「草の根のたたかいと共闘が、たたかいを勝利に導く要」だというのです。
私自身は、その位置づけと今日の日本での意義は全くその通りだと思います。そのうえで、あえて言えば「空前の国民的大運動」とはいったい何を指すのか、それはどのように可能なのか、コトバだけが踊っているのではないかという疑問を禁じ得ません。
一昨年の安保法制反対の国民的な大運動が起こったとき、「総がかり行動」実行委員会は全国2000万人署名を訴えました。これに呼応して池田町でも「戦争法に反対する池田町民の会」を中心に署名推進委員会を組織し、3000筆を越える署名を集め実行委員会に届けました。それでも全国ではこの署名の到達点は2000万には届かなかったのです。
このとりくみを振り返って、署名活動だけが先行してここまでの到達点が得られたわけではありませんでした。くみ取るべき教訓は、どのように安倍改憲の危険性を知らせ町民の意識を変え、署名活動として意志を結集していくのかの緻密な計画が必要だということです。
残念ながら、安倍政権と日本会議の熱心さに比べて、それに対峙する市民運動・政党の側の「執念・熱気」は、私自身を含めて余りに乏しい。まず、この闘いの歴史的意義、安倍の狙いの本質を心底とらえきることが大事なのでしょう。
これまでにない創意工夫もいるし、数多くの心ある人々との結びつきを深め、運動への賛同を求めていくことが必要になります。
私自身、あれこれ考えてはいるものの、なかなか足を前に踏み出せないでいる。もどかしい思いで、形だけ前にでても何も生み出すことはできないことは明らかです。
まず安倍改憲の巧妙さ、つまり「単なる条文の追加にすぎない」というやり口の「敷居の低さ」をどう見て、どのように対抗軸をたてるのかをクリアしなければなりません。北朝鮮の好戦性、中国の大国主義がことさらに強調して宣伝されているこの国において、憲法を含め一定の防衛体制を整えることの重要性という意味においては、安倍改憲を一撃で潰すなどということはまず不可能だからです。安倍の狙いが、自衛隊の認知にあるなどというレベルで対抗できるはずもありません。
日本会議系の巧妙で大規模な宣伝が繰り広げられば、容易になびく空気は醸成されつつあるのですから、なおさら事態は複雑で重大。それに打ち勝つには、地域のすみずみで、この問題の本質がどこにあるのかを学び、議論し、住民の中での関心を広げていく以外にないのではないか。

「空前」とは「いままでに例をみない」ということでそれをさらに強めれば「空前絶後」となる。共産党も思い切ったコトバを使ったものです。
運動の主人公は国民であり共産党はそれを支えともにたたかう勢力なのだという共産党の姿勢は一貫しています。採択された中央委員会の決意を、様々なレベルの組織で具体化し、どのように地域で訴えてくれるのか私自身は大いに注目しているところです。



  12月3日(日)
松本で仕事をした帰り、空を見上げるときれいな満月が浮かんで、北アルプスの峰を白く照らし出していました。
今朝は多分マイナス5度くらいあったんじゃないかな。いつにない霜の降り方で、外に出してあったレタス、大根が凍ってしまっていました。これからは、安曇野の夜は冷凍庫。肉などを保存するには戸外に限ります。

今日の午前中から午後にかけて、妻は再び「チョロギ」の収穫のお手伝いに出かけました。私は午後から仕事で出かけなければならなかったので、午前中はゆっくり家の掃除などをして過ごしました。
その合間に、昔の音楽ファイルを整理していたら、たままたある曲を見つけた。Filippa Jiordanoの「Casta Diva 」です。結構メジャーな歌曲(アリア)ですから、ご存じの方も多いのではとは思いますが、ヴィンチェンツォ・ベッリーニのオペラ「ノルマ(Norma)」中の有名なアリアなんですね。
フィリッパのは、全くオペラらしくないフィリッパ節とでもいったらいいような歌い方なんですが、聞いていて実に気持ちがいい。
Casta Divaは日本語では「清らかな女神よ」となっていて、「清らかな女神よ、あなたの銀色に輝く光で・・・どうぞ 地上に熱く燃えている火種を 鎮めてください、荒ぶる気配 猛々しい興奮を 和らげてください、地上に平和の安らぎを そそぎ込んでください、天を治める あなたの優しさで この地球を 包み込んでください」と、まあ神に祈る歌なんですが、こんな私でも女神にそう頼みたくなるような美しい旋律です。
まずMonica Zanettinの歌で正調「Casta Diva」を聞き、次にフィリッパの歌声で聞き比べてみましょうか。実は数え切れないくらいのソプラノ歌手がこの曲を歌っていて、YouTubeでもよりどりみどり。有名どころではマリア・カラスとかルネ・フレミングとか・・・。Carmen Giannattasioの歌声もとてもいい。しかし、ここでは私にとっての歌声で。




私がこのベッリーニの曲に触れたのは、ずいぶん昔のことで、芳賀詔八郎さんが歌詞をつけた「閉じ込められた小鳥」という日本語の歌だったのです。芳賀さんの歌詞では以前紹介したこともある「哀しみのソレアード」があります。
歌は、これまた知る人ぞ知る太田真季。さきに歌詞を紹介しておきましょうね。

作曲 ベルリーニ
歌詞 芳賀詔八郎
編曲 赤堀文雄
閉じ込められた小鳥

1 空高く 飛び立つ
  小鳥見つめて
  あなたは遠い
  愛の星に 住むという
  私はひとり 落ち葉舞う
  牢獄の窓辺に たたずみ
  あなたを想う
  二人がすごした
  愛の季節 去り
  禁じられた おきてに
  あなたは帰らず

2 空を飛ぶ 鳥たち
  伝えて 翼にのせて
  ああ 愛しています
  遠く離れていたとても
  私はひとり 落ち葉舞う
  牢獄の窓辺に たたずみ
  あなたを想う
  壁に描いた
  牢獄の小鳥たちも
  今こそ飛びたて
  あなたのもとへ


囚人となって牢獄に閉じ込められながら、愛を交わした人のことを想って切々と気持ちを歌うという内容。多分、信念を曲げずに囚われ、今もなおその気持ちを胸に熱くたぎらせながらも、いつ終わるともしれない牢獄の生活の中で、支えはやはり心から愛するあの人なのだという・・・・これはもうオペラのCasta Divaなんていう神様のお話ではありません。
ひょっとしたら、牢獄とはそれと同じ意味を持って私を封じ込めているある空間や関係のたとえなのかもしれませんが・・・。

太田真己子「閉じ込められた小鳥」(mp3)

私の気持ちを掴んだのは実はこっちの方で、もと歌があったことを知ったのはそのあとのこと。だから、私にとってはあくまでこっちが本家なんですね。情感たっぷりに歌い上げる太田真己子の歌声は、若い私のハートをしっかりととらえたのでした。
誰かがひとつの曲を耳にして、その胸に響くかどうかというのは、ホントに微妙なタイミングというか心の波打ち方というか、それに左右されるのでしょうね。



  12月2日(土)
12月に入ってしまいました。このサイトの更新をしようと過去の日記の月別一覧を見たら丁度14年分が埋まったところ。数年たったころはまだそんなものかと思っていたらもうこんなになるのですね。
「あっという間」という言い方は適切ではありません。とにかくいろんなことがありましたから。「1から出直し」の人生記録ですし私だけの記録ではないので、それなりに意味があるのではないかと考えています。

昨日から今日にかけては比較的良いお天気で、予定もなかったので久しぶりに畑に出て農作業。汗はかかないのですが、来年のための土起こしがメインなので結構重労働です。しばらく身体を動かしていなかったので、あまり遅い時間までは作業できず、だいたい2時頃引き上げてきました。
今日は妻も出て、もっぱら土から掘り出した大きな石を1箇所に移動する仕事。私も大変なら妻もまた大変で、いつまでこんな石掘り起こしが続くのかと思うとうんざりです。

あとの時間は、サブマシンの高速化作業。メインマシンの記憶ドライブはSSDなので処理はすこぶる速いのに比べ、サブマシンはHDDなので、OSの起動からソフトの起動までの遅いことこの上ない。待てど暮らせど起動完了しないので、イライラが募ってついにサブマシンも起動ドライブをSSDに換装しようと思い立ったというわけです。
しかし、OSはDVDでは持っていないし新しく買うのももったいないので、今使っているドライブそそっくりSSDにクローン化しようと考えました。しかし、現在システムが入っているドライブは1テラバイト、SSDは512ギガバイトですから、多分ドライブの容量が合わない。
そこで、システムの入っているボリュームを縮小して半分くらいのパーティションに。これなら大丈夫だろうと、Acronis True Imageというソフトを使ってSSDにクローンを作りました。
手続きは至って簡単で、思いのほか速くきれいにシステムを移すことができたので満足。その後、メインマシンから諸々のフォルダ、ファイルを移行してほぼ同じ環境を作ることができました。
さて、起動してみると、想像通り速い速い、あっという間に起動してしまいます。約10分の1位・・・・いやもっと速いかも・・・の速さ。SSDも今ではずいぶん求めやすくなっているので、技術の進歩には凄いものがありますね。
そうこうしているうちに、12月も2日が過ぎてしまいました・・・トホホです。




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