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  3月29日(水)
午前中はMさんと一緒に役場に出かけて、池田町副町長と約1時間半ほど懇談しました。
その目的の1つは、我がバラ愛好会について詳しく知ってもらうことと、4月に入ってから会員との懇談の機会を持ってほしいという要望を伝えることでした。
副町長は1年前までは県の職員だった方なので池田町での生活はまだ日が浅いこともあって、この機会に是非理解を深めてほしいと考えたのです。
昨年のバラ祭りには行ったよというお話だったし、12月に行った糸魚川支援の活動でもいち早くご夫婦で物資集めの場所に来ていただいた方でした。私自身は初めてお目にかかりましたが、終始にこやかに気さくに対応してもらえました。
4月終わりまでには、バラ愛好会の女性会員たちの強い要望を受けて、町長以下担当課の職員を含めた池田町の幹部のみなさんと対話ができることになるでしょう。

目的の2つ目は、公民館問題の今後についての情報交換。こちらから提案したのは、もっと事務レベルを含めて話合いを密にして、誤りを認めるところは認め、新しい方向で足を踏み出すようにしてほしいということ、そのために再質問への回答については単に書類だけではなく必ず説明と交渉の場を設けてほしいと伝えました。
人事異動によって、役場として新たな陣容で私たちに臨むことになりますから、今日はとりあえずの様子見。新年度に入ってから、具体的に対応を詰めていくことになります。

午後は、畑にでかけて冬の間霜柱で荒れた土をほぐし、それでも旺盛に背を伸ばし始めた雑草を取り除いて、作物を収穫した後については春に植える野菜のための土起こし。それほど腰を使う仕事ではないので、ゆっくりじっくり午後5時頃まで作業をしました。とりあえずはジャガイモを植える準備。4月に入れば苗作り。これから5月にかけていろいろと手入れをしなければならないことが山積みです。

今日届いた池田町の広報誌。見ると結構レイアウトも工夫されているようで、様変わりの感じがしました。・・・が、内容については極めて問題が多い。
役場の方で、このブログをご覧になっている方もいらっしゃるはずですから、2点ほど指摘しておきたいと思います。

まず1点目。池田町は「花とハーブの里再ブランド化」を政策の1つの柱とするとありました。そのために「ハーバルヘルスツーリズム事業」に取り組むのだという。それはそれで結構でしょう。またその事業の推進のために「花とハーブの里ブランド化推進委員会」が設置されたといいます。これも特段問題視するわけではありません。
別のページには「『日本で最も美しい村』連合を退会します」とありました。その情報はかねてから知ってはいいたので驚くほどのこともありませんでしたが、その理由には目をパチクリさせられた。
美しい村連合に加盟して7年が経過し、@町民が自ら美しい地域を創るという意識醸成が図られた、A連合加盟の自治体の視察などを通して事例を学び一定の成果を得た・・・この2つからB連合加盟による初期の目的を達成した、よって町議会の了解を得て3月末で退会することとした、というのです。
もともと、美しい村連合への加盟は前町長が就任直後に突然打ち出して、何とか基準をクリアしたものの、その後はひょっとしたら再審査で不合格になるかも知れないというほどの町であり続けたのです。
北アルプスの借景を除けば他市町村に比べてそれほど優れた景観があるわけでも、町全体が美しいわけでもない、ごくありふれた町ですから、連合の精神を生かすとすればよほどの覚悟と方針がなければいけなかったはずなのです。
部分的に、さまざまな場所で取り組まれている活動を否定するつもりは全くありません。それどころか、住民の意欲を土台に進められている活動には目を見張るようなものもあるのです。しかし、如何せん行政としての大局的な政策が欠如しているために、個々バラバラの活動で終わっていた。むしろその点こそが総括の眼目だったのではないのでしょうか。
「町民が自ら美しい地域を創るという意識醸成が図られた」と、本気で思っているのですか?初期の目的が達成できたと本気で考えていらっしゃる??私には全く理解できません。初期の目的が達せられたどころか、あらためて課題が浮き彫りになっているんじゃないですか。
ことほどさように、この町の行政の最大の弱点・欠点は「総括できない」ということだと私は断言したい。新しい方針を出すのは結構。しかし、それも過去の取り組みの十分な反省と総括のうえに築かれるべきものでしょう。
私自身は、連合に加わるときから問題視ししていましたから、今更という感じではいます。加盟か脱退かは大した問題ではないとさえ思います。問題は町のビジョンにどれだけ住民の声が反映しているのか、どれだけの住民が自主的にそうした活動に参加しているのかという点です。それを欠いたままでは、おそらく何年経っても「日本で最も美しい」どころか、スローガンだけが走っているということになってしまうでしょうね。

さて、次のページをめくると「そうだ、町民活動サポートセンターを利用してみよう」とデカデカと出ているではありませんか。白々しいにもほどがある。しかも、地域おこし協力隊員がその担い手として出ているのです。何かの間違いではないかと思いました。(隊員の方には全く責任はありませんので念のため)
この町は、過去のことはすっかり忘れてしまっているらしい。町長が替わって、前町長のやったことはやったこととして水に流してしまうのでしょうか。いやいや、教育長はご健在ではありませんか。よもや忘れたとは言わせません。
これは町長の問題ではなく、池田町役場全体の問題だったのです。「煮え湯」を呑まされた過去のいきさつをここで蒸し返そうとは思いません。私の過去のページ(2010年頃)を調べていただければ嫌ほど出てきますから。
そうではなく、過去の問題点を何ら問うことなく、臆面もなくこうしたページを掲げる神経を問題にしているのです。ここでも「総括抜きの年度毎の思いつき」が現れている。
こんなやり方をやっている限りは、失敗は約束されていると私には思えます。私だけではありません。当時サポートセンター発足に向けて奮闘していた町民有志10名余はおそらくすべて同じ気持ちでしょう。これに対して何らかの反論でもあれば聞いてみたいものです。
繰り返しますが、前町長は自らの不始末で今はいらっしゃいませんが、過去のいきさつを知っていらっしゃる方は教育長以下大勢いらっしゃる。にもかかわらず、何の問題も感じないとすれば、機能不全以前の問題ではないのかということを言いたいのです。ついでに、地域おこし協力隊員にこれをまかせる神経も私は問いたい。



  3月28日(火)
栃木県のスキー場で、またまた痛ましい事故が起こってしまいました。大田原高校の生徒、職員8人が雪崩に巻き込まれ死亡、その他にも重軽傷者が多数でたというのです。
「春山安全登山講習」とのうたい文句とは裏腹の事態に、未来ある前途を断たれた生徒たちの無念はいかほどだったでしょう。自分より先に若い子どもが逝ってしまうご両親の苦しみは想像を絶するものがあります。こんなことが2度と起こらないように願いたい。
大田原といえば、息子夫婦が以前住んでいた町。一度訪ねて行ったことがありましたっけ。息子の連れ合いと孫は那須塩原駅からそう遠くないところに住んでいます(息子は川崎市麻生区に単身赴任)から、なんとなくすぐ近くで起こった事故のように感じてしまいます。亡くなられた高校生・教師のみなさまのご冥福をお祈り申し上げます。

政治の世界では、わけのわからないことばかり。森友学園では、籠池氏から昭恵総理夫人付きの政府職員の方に手紙が送られ、国有地の早期売却を陳情していたという事実を共産党が手紙のコピーとともに発表したとのニュースがありました。
やり玉に挙げられている谷さん、夫人付きにならなければこんなことにはならなかったのにとほぞを噛んでいるかどうか。
また原発を巡っては、昨年3月大津地裁が高浜原発の運転を差し止める仮処分を出したのに、大阪高裁が関電の抗告を認めてそれを取り消す決定をしたのだという。
裁判所による司法判断というものの不思議さを痛感させます。その後仮に関西電力が重大事故を起こしたとしても、その時点での最高度の科学的知見に基づく判断でありこうした事故は予測できなかったといえば済むんですからね。要する政府の方を向いて、その意向にくみ取り、つじつまさえ合わせていればいいということかな??
「忖度」という言葉流行っていますねえ。きっと今年度の流行語大賞受けますよ。そのうち「ソンタクのうた」とか「ソンタクダンス」なんてのもできるのかも。ま、そのあたりはMNEMOさんの得意分野だからきっと麗しい歌詞をつくってくださるかも・・・。
沖縄では、翁長知事が「埋め立て承認撤回」に踏み切ったら、政府は知事個人に損害賠償を求めることが「あり得る」のだという。正式の知事権限として行使する行為に途方もない脅しをかけるのですから、識者からは抵抗する市民の萎縮を狙った「スラップ訴訟」との批判の声も上がっていると琉球新報は伝えています。沖縄県民に対する露骨な脅迫です。

私および私の仲間の課題としては、何といっても言論の自由を守るために公民館問題に全力を挙げることがさしあたりの急務。池田町では新年度に向けて大幅な人事異動が内示されていて、教育委員会も他の部局もメンバーが替わります。さて、これによって何か動きがあるのでしょうか。



  3月27日(月)
朝はまだ凍り付くようなのですが、昼の日差しは日増しに強くなってちょっと身体を動かすと汗ばむほど。今日は午前中は近くの中学生の勉強のお手伝いをして、そのあとアンネのバラの発送準備をしました。
昨年、高齢者の文化祭で景品にアンネのバラを出品し、当選した人に送ると約束してあったので、ようやくその約束を果たしたというわけです。
何しろ鉢植えで、しかも大きいときているので、梱包が大変。適当なサイズの段ボールを買ってきて、一番下に発泡スチロールを敷き、さらに発泡スチロールを2段重ねにして鉢を周りから固定。動かないように荷造りをして送ったのです。
アンネのバラは夜間に家のなかに入れているのでもうかなり葉が伸びて元気そのもの。きっと良い株に育ってくれることでしょう。
池田町では、ようやく梅の花がほころび始めています。サンシュウはまだ蕾。スイセンもやっと花を伸ばし始めたところ。4月に入って暖かくなれば一斉に花を咲かせてくれるのでしょう。




ところで、今日お昼前に、思わぬ方からの電話で妻も私もびっくり。かつて富山で高校に勤めていた頃(20代終わり〜40代初め)の教職員組合の委員長だったHさんからでした。たまたま私のブログを読んで、懐かしくなって電話したということでした。
「いろいろやっているんだね。しかし、文章長すぎて、どこまで行っても終わらん・・・」とお小言をひとつ。とはいえ、随所に妻と出かけたりしている様子を書いているので「仲良くやっているようだな」とも。
Hさんは、本人の言い方ではまもなく90歳に手が届くというのですが、話しぶりはまだまだカクシャクとしていらっしゃる。何しろ、現役時代は「泣く子も黙る」鬼の委員長でしたから、その厳しさには定評がありました。
私は30代の終わりから40代にかけて5年間組合の専従役員をしていた関係で、Hさんには本当にお世話になった。組合活動の役員ともなれば、機関誌であれ方針書であれ文章が書けなければ通用しません。うまくいかずどれほど泣かされたことでしょう。
出来上がった原案を持って行くと、何も言わずそのまま返される。2度3度そんなことをやっていると、まず自分に嫌気がさしてくる。そうすると、「あの人の書いた文章を読んで見ろ」というアドバイス。そんな日々を繰り返して、5年も経つ頃には少しは分かってきたかなという実感を持てたのでした。
それ以外にも、いろいろと面倒をかけてしまったことが苦い思い出とともによみがえってきます。不出来な人間でしたが、Hさんには本当にお世話になったし、かわいがってももらった。私が今日あるのも、Hさんのおかげと言っても過言ではありません。
ここしばらく顔を見せていなかったので、4,5月にはかならず妻といっしょに顔を見せにいきますからね。そう言ったら、「来てもらっても、あんた誰け?と言うかもしれん」とのこと。それもお互い様ですねといいながら電話を切りました。
声は相変わらず昔のまま。どうしていらっしゃるかと黒部を通るたびに思っていたのですが、本当に安心した。お目にかかる日が楽しみです。



  3月26日(日)
金曜日は朝から夜まで生徒たちとお勉強。昨日は昼から「こどもじゅく」で卒業生を祝う会、その後夜まで松本でお勉強。パソコンに向かう時間が取れませんでした。今日も午後から、自治会の総会と改築された集落センターの落成記念パーティーがあります。

「こどもじゅく」は2時間のうち、前半が学習。後半がパーティー。今日は時間前から子どもたちがやってきて、こんなに子どもたちがいたかと思うほどの大盛況。学習は二部屋にわけてやらざるをえませんでした。
後半のパーティーには、入試が終わってからしばらく顔を見なかった子たちもやってきたので、総勢30人くらい。スタッフも入れて小さな部屋は歩く隙間もないほどになってしまいました。
これも創設以来の数年間、地面にへばりつくようにして頑張ってきた仲間達の地道な努力の結果なのでしょうね。最近どんどん希望する子どもが増えているので、「新聞広告」を出すのをやめようかというほど。
子どもたちが信頼してきてくれるのは有り難い反面、子どもたちが増えればスタッフの数もそれに応じて必要になります。ところが手伝ってくれている学生は流動的ですから日によっては殺人的な忙しさになることも起こります。
部屋の広さ、子どもの数、スタッフの数について、バランスの取れた運営をしないと、問題が生じることになるので、ここいらで現状をふまえて対策を講じておくことが求められているように思えました。
上は学習の様子(主に中学生、小学生は別室)、下は祝う会の様子(会の性格上、顔はボカしてあります)。




昨日、沖縄辺野古キャンプシュワブ前での大集会(3500人)に初めて翁長知事が参加しました。翁長知事の挨拶の模様は次の動画で見ることができます。


翁長知事の決意表明は、圧倒的多数の沖縄県民の気持ちを代弁していて、心にしみる言葉です。私は、知事の「埋め立て承認撤回」の決意を万感の思いで聞きました。本土の人々は、まず翁長さんの話にしっかり、じっくりと耳を傾けてほしいものですね。
この集会は、オール沖縄勢力の総結集の感がありましたが、いまひとつのサプライズは先日保釈されたばかりの山城博治さんがキャンプシュワブ前でみんなの前に姿を見せたこと。五ヶ月間の勾留の苦労も見せず、「山城節」を披露した張りのある声に、涙を浮かべて聞き入る人々の姿があったと現地紙は報じていました。
ボロボロになりながらも「辺野古唯一」にしがみつく安倍政権と追随勢力対オール沖縄勢力という構図はますます鮮明になり、誰が誰の利益を守っているのかがいよいよい浮き彫りになる情勢になっていると感じます。(写真はいずれも「チョイさんの沖縄日記」より)






  3月23日(木)
食べ物がないからなのか、先日から一羽の小鳥(多分ヒヨドリ)が庭の春キャベツをついばみに来ていました。
この春キャベツは寒さよけの寒冷紗のトンネルが張ってあるのですが、落雪のために一部破れたところがあって、そこから中に侵入してくるのです。
その破れをカゴで覆っておいたのに、昨日はその隙間から入り込んで出られなくなってしまったらしい。ハルちゃんは追っかける、ヒヨドリはピーピー鳴きながら逃げ回る。しばらくは収拾のつかない状態になっていましたが、隅っこに追いやられたところを捕まえることができました。ハルちゃんは残念そう。
幸いケガはしていなかったので、もう入るんじゃないよと言い聞かせて、離してやったことでした。春キャベツは柔らかくて美味しいので、そりゃ鳥たちにとってもごちそうでしょうが・・・。


今日は久々のバラ園の手入れ。丁度国会での籠池理事長の証人喚問の時間でしたが、バラ園に集まったメンバーは悪い奴らが政府や大阪にいるというくらいの認識で、森友の話などはほとんどなし。いつものように10人ほどで植え付けの穴を掘ったり、周回路の最終工事を行ったり、通路の整備をしたりと2時間以上たっぷり仕事をしました。
4月いっぱいくらいで、ほぼバラ園の整備は終わって、あとは蕾をつけてくるバラの手入れに集中することになるでしょう。このあと、6月かけていちばん忙しい時期になってきます。


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「週刊金曜日」3月17日号で、評論家の佐高信さんが、作家住井すゑさん(故人)の提言について書いていました。
住井さんの提言とは、教科書に「教育勅語」と「水平社宣言」を並べて印刷したらどうかというものです。
住井さんは次のように言う。

どっちが人間的であるか、どっちが人間的真実を訴えているか、どっちがより人間的哲学を生かしているか、一目でわかると思うんですね。『教育勅語』をむざむざと葬ってしまって、今の子どもが知らないというのも、ある意味ではマイナスですね。明治、大正、昭和の敗戦まで、このような教育の名のもとに調教をやってきたんだということをくりかえしくり返しみんなで反省する必要があるんじゃないかと思いますね。

「私は(右翼)が来るのを待っているんですがね。もし来てくれれば帰りには左翼にして返しますから」というのは住井さんの有名なセリフですが、この人の文章はそんな勇ましい言葉とは裏腹にしっとりとした情感に満ちている。そしてあるときはキラキラとしてつややか。
住井さんのライフワーク「橋のない川」は10代から20代の私にとって忘れがたい小説でした。小説の第一部が1961年、第六部が1973年(第七部はそれからずっと遅れて1992年)ですから、私の高校から大学の時代とピッタリ重なるのです。1日中下宿に閉じこもって読み続けたことを思い出します。
部落差別以外にも、主人公の畑中孝二と杉本まちえとの関係が私には人ごととは思えなかったという事情もありましたが・・・(意味深)。
似たような気持ちをかかえて夢中で読んだといえば、ロジェ・マルタン・デュ・ガールの「チボー家の人々」もそうだったかなあ。

後に住井さんが永六輔さんと対談した「人間宣言(じんかんせんげん)」(光文社)という本がでました。佐高さんはこの本にも触れて「『いい話』がたくさんでてくる」と書いていましたが、その通りです。いい話というより本物のラディカル(根源的)な思考に接する気がして身震いが出たものです。
ラディカルといえば、3.11が誕生日という石牟礼道子さんもそうですね。週刊金曜日には、今年90歳を迎えた石牟礼さんへの短いインタビューも載っていて、住井さんの言葉に感じたと似たような印象を持ちました。すごい「おばあ」がいたし、いるのですねえ。



  3月22日(水)
しばらく前から、高校生の数学の勉強のお手伝いをしているのですが、数学Vの課程に入ることになり、以前とあまり変わっていないだろうと高をくくっていたら、実は相当に様変わりしていた。
これまで相手をしてきた生徒たちは理系がおらず数学TA・UB止まりで、しかも長野に来てからというもの数学V・Cとはほとんどおつきあいが無かったのですから無理もありません。教育課程の改定で数学Cがなくなり、行列が高校から消えてしまったことも知らないという有様。いやまいった。
生徒たちはまだ教材がありませんから、何とか市販のもので間に合わせようと準備をしているところなのですが、数学Vそのものの中身も結構様変わり。行列がなくなったかわりに複素平面が大きな比重を占め、数学Cにあった2次曲線が数学Vに入り、後は従来の数学Vの内容というもの。
私には行列をなくした理由がさっぱり理解できません。複素数の扱いは確かに数学では重要ですが、この複素数はかなり昔から出たり入ったりした高校数学では曰く付きのもの。これまでは行列・ベクトルといった線形代数でカバーできたのです。むしろ大学では文理を問わず線形代数の理解が不可欠なのにです。なんとなく大学教師の懐古趣味のようなものを感じて気持ちがすっきりしない。早晩、また消えていくのかもしれません。翻弄されるのは高校生です。

というわけで、引退してからずいぶんになる私としても10年以上も前の(いや、東京でも理系数学Vはあまりやらなかった)古い記憶を辿らねばならないので、昨日から慌てておさらいにかかっているという次第です。
高校数学はTA・UBについては問題も含めてほとんど頭に収納されているのですが、Vになるとそうはいかない。やむなく高校生と同様に予習をしっかりやる羽目になっているのです。これを機会にあらためて大学への数学の醍醐味をつかみ直しておくことにしましょうか。
もちろん、内容はTA・UBなどとは比較にならないくらい深く面白いので、やっていても飽きません。できるなら他のことはすべて放っておいて問題とにらめっこしていたい気分です。
脳細胞がどれだけダメージを受けているのかを診断する素材にもなるので、意外とショックの方が大きいかも・・・。



  3月21日(火)
昨夜の予報では、朝から雪になり今日一日で10センチぐらい降るだろうということだったのに、雪ではなく雨。ジトジトとずっと降り続いています。一昨日畑に肥料をまいたので「よかったね」と妻。その彼女も朝早くからボーリングの服装で一日お留守です。

昨日はまたまた突然思い立って妻と二人で糸魚川経由で黒部まで。魚を見に(買いに)行ったのです。
途中白馬方面はさすがにまだかなりの積雪。スキー場はあまりコンディションがよくないのか、スキー客はそれほどでもなさそうでした。幸い気温も高く花曇りというお天気で、糸魚川ちかくでは軒先の梅もあちこちで咲いていました。
黒部の魚市場は、連休を利用した「魚祭り」とやらで、やけに人が多い。相変わらず「カニ」が中心でお目当ての魚はさっぱりでした。もうそろそろ魚も終わりのようで、ここへ来るのも今回がシーズン最後かなと思ったことでした。
ちょうどホタルイカが旬を迎えているようで、これから4月初めまではホタルイカ一色。結局、ホタルイカと昆布〆を少々買っただけで、あとはお決まりの「きときと寿司」へ。安い皿ばかり沢山食べて満腹して帰ってきました。
二人とも予定がない日はめずらしく、たまたま昨日はそんな日にあたったのでした。ゆっくりドライブしてあちこち見てくるのも悪くない、とは思うものの、何時間も車にいると腰が痛くなってしまい、あまり無理できないなと思った次第。

いまほど、「こどもじゅく」の世話係の方から、通っていた中3生の進学先がそれぞれ決まったことがメールで届きました。それぞれの実状に応じて進んだ学校はまちまちですが、中には高校生になっても通いたいという子もいて励まされます。
松本での「こどもじゅく」には比較的年配の(私のような)スタッフと、信州大学などの大学生たちとがうまくタッグを組んで子どもたちに接しており、本当によい家庭的な雰囲気で運営ができています。
発足してから6年ほどになりますが、2年ほど前までは隔週1回。私や私の友人が参加するようになってから週1回になり、会場も固定してようやく軌道に乗せることができたのでした。スタッフの確保、会場の狭さなど、まだまだ問題はありますが、いっそう地域に密着した活動になるよう、わずかでも貢献できたらいいなと思っています。

さて、共謀罪が閣議決定されました。NHKのニュースを聞いていると、「客観的な報道」に心がけているようですが、実は巧妙に政府の言い分を通していることがわかります。
要するに政府案は、対象犯罪を277に限定し、対象を限定しているから拡大解釈の余地はないという言い方。「テロ等準備罪」としか言わず、決して共謀罪と呼んでいないことに注意する必要があるでしょう。
日本ペンクラブ日弁連一部マスメディアの批判を見れば一目瞭然、いかに曖昧で抜け道の多い危険な法案であるかがわかります。
私は例によって、政府電子窓口から政府にあてて、共謀罪の閣議決定に抗議するメールを送付しました。吹けば飛ぶような声かもしれないけれど、声はあげるときにあげておかないと。後悔はしたくない。



  3月19日(日)
「アメリカ・インディアン秘史」(朝日選書)最終章で、著者の藤永茂さんはD・ブラウンの著書「Bury My Heart at Wounded Knee」(邦訳:わが魂を聖地に埋めよ)」によせて次のように書きました。

西部のインディアンのたちに、アパッチに、シャイエンに、コマンチに、スーに、ネ・ペルセに本当には何が起こったかを、この書物で初めて知る読者にとって、その読後感は、不信のねがいをもこめたおどろきであろう。しかし再読を試みれば、そこから優にやさしい人間たちの声がきこえてくるに違いない。自分たちをあくまで大自然のほんの一部と見做し、マスクラット(注:北米の沼などに住むラット)の賢さに無心におどろき、森に入れば無言の木々の誠実と愛につつまれた自分を感じ、スポーツとしての狩猟を受けいれず、奪い合うよりもわけ会うことをよころこびとし、欲望と競争心に支えられた勤勉を知らず、何よりもまず「生きる」ことを知っていた人間たちの声が聞こえてくるに違いない。若者たちはいまそれぞれの内なる辺境に立って、そのやさしき声に一心に耳を傾けている。過去をではなく、未来を聞こうとしているのだ。

これを読みながら、もし日本の若者が、この「アメリカ・インディアン秘史」をひもとき最後まで読み終えたとき、同様の思いに打たれるのではないかと私は思うのです。
たしかに、初めはアメリカ大陸に上陸し勢力圏を広げていった征服者による原住民への余りに凄惨なジェノサイドの数々に目を覆いたくなるに違いない。しかし、2度目には、北アメリカ・インディアンの苦痛と悲哀、嘆きとあきらめのかなたに、彼らの尊厳と高貴さを見届けるに違いないのです。人間とは何か、生きるとはどのようなことなのかを否応なしに考えさせられます。
ダコタ・アクセス・パイプラインに必至で抵抗するスタンディングロック・スー族と全米からの支援者たちの模様を以前にこのブログで紹介したことがありました。この工事再開を促すトランプ、雇われたガードマンや警察の暴力的な排除の姿を見るにつけ、アメリカ「開拓史」に刻まれたインディアン迫害・抹殺の歴史を重ねざるを得ません。
アメリカ・インディアンを沖縄県民と置き換え、トランプを安倍と置き直せば、そのまま同じ絵が浮き出てくる。
ヨーロッパ系アメリカ人がいかに残虐であったかのみを見るのではなく、どのようなときにどのような考えでこのようなことが起こるのかを考えること、そして、それを自らに引き寄せて考えることの方が大切かもしれない。たとえば、いまから70数年前に日本軍が中国大陸で、アジア諸国で何をしたのか、なぜそうしたのかを知り考える・・というように。
それゆえ、この国の若者たちに、先のD・ブラウンの著書についてニューズ・ウイーク誌が書いた書評の結びである次の言葉を、根源的な問いとして自らに返してみて欲しいと私は思うのです。もちろん私自身に対してもです。

We really don't know who we are, or where we came from, or what we have done, or why.



  3月17日(金) その2
ことここに及んで、籠池さんプッツンした。そりゃ、日本会議大阪の役員として、安倍首相のかかげる「美しい日本」を日々実践し、教育勅語を奉読し、安倍朋美じゃなかった、稲田朋美防衛大臣からも表彰状をいただいたにもかかわらず、「そんなヤツと会ったこともない」とか「しつこい」とか言われれば、そりゃプッツンしても不思議ではありませんね。
その結果がこれ。MNEMOさんが「なんだかすごい図でしたね」という構図ができあがってしまった。
こうなったら籠池さん、洗いざらいぶっちゃけてください。そうなりゃ少しは男を上げるかもよ。いや、友倒れということもあるか。

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沖縄の知人から「やんばるすわりこみ日記」No.70が届きました。
東村の隣村大宜味村に住むYさんから毎月届けられる座り込みの記録です。彼女はここ何年かにわたって夫婦で毎週1回担当で高江に通っているのです。私も、この何年か沖縄に行ったときにはよくお会いしていました。一昨年のこと、毎週通っていた関係で彼女から「今度はあなたが来た人に高江のことを説明してあげてね」と言われて、「それだけはやめてくれ」と固く辞退したことがありました。だいたいの知識があることと説明することとはまるで違いますからね。
彼女が出掛けるのは月曜日。座り込みテントで起こったことを時系列で書き留めて贈ってくれているのですが、これを読むと、実にいろいろな人が訪れていることがわかります。
2月13日には、京都からの家族連れが4名、続いて東京から4名、さらにドイツからの青年男女が4名。午後に入って3時半に歌手の横井久美子さん一行45人がバスで訪問、最後に32名のツアー客がバスで到着という具合。
2月20日、テントには現地行動連絡会のメンバーが詰め監視活動にあたります。そこへ衆議院議員の赤嶺政賢さんが来訪、その後2,3,5人・・・と8組が訪問し、最後にはインドネシアからの研究者が琉球タイムスの記者に同伴されて来訪・・・という調子です。
2月28日からは鳥が営巣期に入るので、音の出る工事はもう出来ないとのこと。しかし米軍ヘリやオスプレイはお構いなし。
どこからか派遣されてくる暴力的シルバー部隊が固めていると信じ込んでいる「ニュース女子」出演の皆さんには想像もできない世界でしょう。「かわいい」子を侍らせて面白可笑しく沖縄を笑いものにし続けるオヤジたちには高江や辺野古での毎日は分かるはずもなく、言うだけ無駄ですけどね。
彼らはウソやデマを口にしても、これは言論の自由なのだとうそぶく。ま、トランプとどっこいどっこいですわ。
ニュースを送ってくれた女性は次のように書いていました。

高江の闘いを嘘と詭弁で誹謗中傷するテレビ番組に対して、その嘘に反論する取り組みで来られる報道陣が後を絶ちません。つい先日は、私の友人に紹介されたという沖縄に住む女性から、「あの報道は本当ではないのですか。日当を5万円もらっているのは本当なのでしょうか」という質問が私の自宅の電話に入り、あっけにとられました。

翁長知事は、岩礁破砕許可が3月末で期限切れになるのを機に、「県は4月にも対抗措置として無許可の岩礁破砕を確認した上で工事の差し止め訴訟を提起する」との腹を固めたとの報道がありました。政府は地元漁協が漁業権を放棄したことを受けて「岩礁破砕許可の前提となる漁業権が消滅したため、再申請は必要ない」と法律をねじ曲げた都合のよい「解釈」をして埋め立て工事を強行しようという姿勢。
同じ国(沖縄総合事務局)が、漁協が漁業権放棄を決定した那覇空港の第2滑走路建設工事で岩礁破砕許可の更新を申請しているという事実を見ても、まさしくダブルスタンダード。
もしこのような態度でくるなら、今度こそ公有水面埋立申請を撤回すべきです。大浦湾では、今日もカヌー隊が工事に抗議し、海保と攻防を繰り広げています。





  3月17日(金)
東京MXテレビが、1月2日「ニュース女子」で放映した沖縄番組(YouTubeでは現在見ることができません)を検証すると称して、ネット上で流したものを見ました。全編、前回とほとんど同じ調子の、沖縄県民のたたかいを揶揄し嘲笑する俗悪なもので、とても見るに耐えないものでした。
何よりも、この番組が、沖縄辺野古・高江で何故これほど強引に基地建設を行っているのかという政治的な背景には一切触れず、ただ基地反対闘争のはみ出た部分をことさら全てであるかのように取り上げて放送するという手法そのものに、この番組の意図があるのです。
基地建設にわずかでも疑問があるのであれば、それを切り口になぜ住民が反対するのかを聞き取る姿勢が生まれるはずです。しかし、その観点は一切なし。それゆえ、検証の観点も的外れで、辺野古に結集する住民のホンネにはまるで関心のない、ただテロリスト的な視点での取材姿勢になってしまうのです。


番組は、マスコミから叩かれBPOで審議入りしたことを受け、「ニュース女子の何が問題だったのか」と問いを立てて以下の6つの観点から「検証」を行っています。

@高齢者を「逮捕されても生活に影響がないシルバー部隊」と表現したのは問題だったのか?
A一部の基地反対派の活動を「テロリストみたい」と表現したのは問題だったのか?
B「なぜ韓国や朝鮮の人が反対運動しているの?」と疑問を投げかけることはヘイトスピーチなのか?
C高江のはるか手前の「二見杉田トンネル」で危険だと引き返したのは問題だったのか?
D現場から拾われた茶封筒には2万円の表記、「反対派は日当を貰っている!?」と疑問を呈するのは問題だったのか?
E「反対派は救急車の通行も妨害している」という証言の真実は?


「マスコミが報道しない真実 沖縄・高江ヘリパッド問題の”いま”」と称して放送されたこの番組の意図はそもそも何だったのでしょうか。私は、1月23日にこの問題を取り上げた際に、あまりの低劣さにその一部をテープ起こししています。番組をご覧になっていない方は、多少とも雰囲気はつかめるでしょうから是非お読み下さい。
この「検証番組」と合わせてご覧になれば、番組制作者も出演者ももともと基地問題そのものには全く無関心であって、辺野古や高江に行く県民は単なる「反対派過激集団」としか見ていないということです。
この番組に参加している面子をよく記憶しておいていただきたい。彼らにどれほども沖縄問題を語る資格などありません。なぜなら彼らが相手にしているのは「反対派集団」であるかのように装っていますが、実は圧倒的な沖縄県民を愚弄し、嘲笑しているということにはまるで気がついていない。どれほど沖縄県民を傷つけているのか、まるで無頓着であるその神経が私には恐ろしいのです。おそらく本人たちは至ってまじめに沖縄の反対運動のことを語っているつもりなのかもしれません。しかし、座り込みの現場に何度か通って実際になにがどのようになっているのかを見聞きした人は一人もいないのではないのでしょうか。
このような「評論家」的、冷笑的な見方は、ひょっとしたら「本土」の沖縄を見る眼が深いところでそれを支えているのではないのか、という恐ろしさにも繋がる。番組を支配している空気は、いたるところに蔓延しているように思えます。

番組を司会した(続編の検証番組も同じ)長谷川幸洋前東京新聞論説副主幹は、東京新聞による「処分」に反論して「『処分は言論の自由の侵害になる』と考え、受け入れられない旨を返答」したのだという。「反対運動に反対する人々がいるのも番組が伝えた通りである。だから番組が『沖縄の人々を傷つけたか』どうかは見方によって分かれる」「意見が新聞と異なるのを理由に私を処分するのは、言論の自由に反する」とも述べています。
処分するかどうかは東京新聞内部の問題ですから、ここではそのことを論評したいわけではありません。動画を全部見てから彼がどんな役割を果たしたのか、このようなデマ番組の司会を務め疑義も差し挟まないということはどんなことなのか、この長谷川という人には全く分かっていない。むしろ「なにが不始末なのか」と開き直るのですから、東京新聞の副主幹だったということの方が私には驚きでした。

結局この「検証」番組は、なにも検証することなく、ただ自分たちの主張の正しさを論点をすり替えたり新たな「証拠」を取り出して正当化するというだけのもの。
沖縄で何が起きているのか、私たちは何をしなければならないのか、現場でさらに考察を深めたいとの思いを改めて深くしています。



  3月16日(木)
今日は2回も松本に出掛けました。一回目は、協立病院の整形外科へ。
腰の状態の経過報告と今後の処置の検討が目的でした。少しずつ身体を動かすことも増えたために、腰の痛みもまた復活してきたので、今後どうするか相談したのです。
もっとも、身体を動かすといっても、偏った動かし方なので、勢い腰に負担がかかってしまいます。もっと筋力をつけなければいけないことは分かっているので、主治医にその旨を伝えて、あと2ヶ月経過を見ることにしました。
ウオーキングと筋力トレーニングと、薬をしっかり飲むことの2つを日課にしなければならないことになりそうです。どう続けるか??

夕方は再び協立病院へ。今度は病院の施設を利用して開かれている「こども塾」へ参加。隔週の木曜日は夕方6時から7時半までがお勉強の時間なのです。
今日はまたたくさんの小中学生、高校生が来ていつもなら一部屋でできるものが、あふれてしまって二部屋に。教える側も、学生を含めてかなりの人数になるので、なかなかの盛況です。休んでいる子が来てパンク状態になるのが心配です。
I go to school ( ) seven o'clock.などという懐かしい問題をやっている子がいた。私が中学生の頃、「日はあっという間に過ぎるのでat、日は温暖だからon、むかし月は陰暦だからin」などというシャレを言う英語教師がいて、いまだに頭の隅っこに刷り込まれ何かの弾みで出てくるのです。思わず「時間はあっという間に」と教えてしまったことでしたよ。

さて、昨日の町議会での公民館問題のやりとり。傍聴にはいけなかったので録画を観てその主な部分をテープ起こししました。
やりとりを聞いていて、現在のところ教育委員会、町長の考えは以前と全く変わっていないと感じます。
ただ、経過に関して、トラブルになったのは「時間が足りずに、双方が話を詰めることが十分できず中途半端に終わってしまったことが要因」という言い方に比重が移ってきているという印象を受けました。
要するに、チラシを入手することが直前だったために、話合いを十分行うことが出来なかったという趣旨です。しかし、本当にそうだったのでしょうか。
このことを考える際に重要なのは、話し合うまでもなく教育委員会は「チラシの文面では社会教育法第23条に触れるから公民館を貸すわけにはいかない」との判断を固めていたのですから、たとえ申請書を修正しようがチラシを撤回するか、またはチラシに書いてあっても公民館では「選挙に関する話題・議論を一切しない」と誓約でもしない限りは使用を認めないという話なのです。
むしろ、確認書をめぐって話を続ける意思を無視したのは教育委員会の方だったのではないのか。
教育委員会は、服部議員からの質問に、肝心なことについての答弁を避けています。第1は、政治的中立について政党が借りる場合に政治的中立など困難だろうと聞いたことに答えていません。第2に、文科省の通達について、全く答えていません。そして第3に、憲法違反であると言う点についても全く無視。

まず、前にも書いたとおり、政治的中立を公民館利用者に求めること自体憲法違反だということに何故気がつかないのでしょうか。
教育長はこんなことまで言っていましたね。「相手を否定するような言葉があったときにはどうかなと」。批判と非難の区別すら出来ないようなら、教育長は失格ではないですか。政党が自らの政策を語るときに他党の批判を一切しなかったらどうなるのでしょうか。政党は自らの存立の基盤を失ってしまうのではありませんか。
批判を否定と言い替えて、私たちの発言や記述をいかにもヘイトスピーチのように排他的・差別的言辞と同様にあつかう神経が私には理解できません。
教育長、教育委員会、町長の描く公民館像は、「みんな仲良く楽しく」という程度なのでしょうか。「侃侃諤諤」の議論とは無縁なのでしょうかね。こと政治に関する限り、お互いに批判し合うことは政治活動の基本原理なのであり、kこのことこそがお互いを高め合う原動力ではないのでしょうか。
公民館は、一切政治的な批判の言動をしてはならない「聖域」とでもいうのでしょうか。まさに「公民館は誰のものか」という問いが切実さをもって迫ってきます。

第2に、答弁では、社会教育法の解釈については前議会のように明確に解釈を述べることは避けています。しかし、意図するところは全く替わっていません。
しかし、それが通用しなくなりつつあることにはお気づきのようで、教育課長は社会教育法第23条が「公民館の運営規則」であることははっきり認めました。しかし、公民館は貸し館事業もあるというので、貸し館をする際にはこの運営規則が適用されるというのです。その際にも、誰にどのように規則が適用されるかには触れないで、ただ「公民館の使用禁止事項等に触れない」という確認をするのだと述べるのです。
これでは、文科省の通達に対してまともに答えることができないのは無理もありません。
第3の憲法違反という指摘に対しては、自分たちが解釈する社会教育法第23条の規定の方が大切なのですから、憲法違反を行っている自覚ももはやないのでしょう。
昨日の答弁は、お粗末の一言に尽きます。

次は、4月9日に予定する「公民館問題学習討論会」の案内チラシ(リンクしたファイルはpdf)です。





  3月15日(水)
午前中は、助成金の報告書類(収支報告)の準備で副代表のMさんと作業。午後は、4月6日に行う「公民館問題学習集会」のチラシ印刷。夕方からは、北アルプス市民劇場の例会で大町文化会館へ。あれこれ忙しい1日でした。
ちょうどいま芝居から帰って、WBCの対イスラエル戦の最終局面をみて、パソコンに向かっているところ。今日は別として、普段はほとんど観たことのない野球も、WBCは結構観ていましたよ。
どの試合も気合いが入って見応えのあるいい試合ばかり。海外チームのパワーには圧倒されるものがありました。日本チームは日に日にチームとしての連携が見事に決まるようになって、応援している人たちはシビレっぱなしだったでしょうね。

それはともかく、今日観た芝居はシーエイティプロデュースの「さくら色 オカンの嫁入り」。観る前はなんとなく気乗りがしなかったのですが、途中からそんな気分もどこへやら。人物設定が行き届いて、庶民の哀歓をしみじみと歌い上げる舞台に胸を熱くして見入ったことでした。
普段気がつかないでいる他人への気遣いや、他人が抱える心の傷をさりげないセリフや舞台の暗転を通して際立たせて伝える演出はなかなかのもの。漫才の庄司花江が脇役として笑いをさそういい味をだしていました。

国会の例の大臣のお方のことや、池田町町議会での一般質問のことなど、いろいろ書くべきことがあるのですが、今日は全く時間がありません。これらは明日以降に。



  3月13日(月)
今日は免許証の更新に地元の警察まで出掛けました。本籍などはチップに書かれていて「あちらの機械で確認できます」だと言われ、試してみたらその通りでした。交通違反や事故などがあれば履歴にこれに書き込まれてしまうんですかね。ともかく、「平成33年間まで」の5年間はこれでいくということです。この次は、認知症検査などがしっかり行われるはず。ゴールド免許ですから、汚さないように安全運転に努めることにしましょう。

先日「上越タウンジャーナル」に登録したら、今日突然パソコンに「頸北消防署管内 柿崎区阿弥陀瀬281付近で発生した建物火災は19:32鎮火」の情報が出てきてびっくり。こんな案内もやるんだとびっくりしました。
ページを見てみたら、今日日米共同訓練が新潟県上越市中郷区と妙高市にまたがる関山演習場で行われたことが詳しく紹介されていました。地元ならではの取材で、こんな情報がどこでもきっちり提供されていたらいいのにと思わされたことでした。
今日「13日がオスプレイの離着陸や敵陣への侵攻などを行う総合訓練の初日となった」こと、「米海兵隊との実動訓練としては、国内で過去最多となる4機のオスプレイが集まった」ことなどが書かれていました。次はオスプレイが参加した訓練の模様。


このプロペラ音は、昨年沖縄ですぐ脇から飛び上がっておったまげたオスプレイのあの音。米軍機の傍若無人の振る舞いにもっと強く抗議の声をあげなければなりません。これらに反対する集会が3月4日に上越市で、650人を集めて開かれたことも別のニュースで紹介されていました。
そういえば、最近毎日のように夕方戦闘機と思われる爆音が上空で聞こえます。今日も、知人と離していたらその方、「あの音は何だ、まさかオスプレイじゃないよね」というので、「多分自衛隊の戦闘機だろうね、最近ひんぱんにあの音が聞こえる」と私。
北朝鮮の徴発に対応しての情報収集やスクランブルが多発しているのでしょうか?

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朝はまだ霜が降りるほど寒いのですが、昼は比較的暖かいお天気に。今日からようやく庭いじりを始めました。
今日の仕事は、ハマナスの剪定と、鉢植えのモモの木を路地植えに移し替えること。大きな穴を掘り肥料をやって、鉢から妻と二人がかりで木を抜き取って穴に。周りを石で囲って植え付けを終わりました。
昨年、4輪花を咲かせ、1個だけ実がついた桜桃。何年か前に買ってきたモモの実を放り投げておいたら芽がでて、大きくなりました。小さな鉢に植えていたので3年ほどは大きくならなかったのですが、昨年鉢を大きなものに変えたら急に元気になって花が咲いたのです。
実生ですが、何とも美味しいモモだったので、大切に育てようと苦心しているところ。沢山実がなったらいいですね。



  3月11日(土)
朝から、3.11に関する報道が流れています。忘れてはならない、風化をどう防ぎ、体験を次の世代にどうつなぐか。遅れている復興、戻らない住民、避難先でのいじめや不安定な暮らし。原発の廃炉事業に必死に取り組む現場作業員たちと、いまだに故郷を離れて苦しい思いを重ねている被災者・・・。全くその通りです。その通りなのだが、何かが違うのではないかという思いに一方では駆られてしまう。
安倍首相は復興を加速させるのだという。それは本当なのか。3.11を振り返るとき、地震津波は確かに天災だが、その後の問題は単に「人災」というだけではなく「政治災害」ですらあったのではないかと思ってしまうのです。
仮設住宅で暮らさざるを得なかった人たちは2年あるいは長くても3年と思って耐えてきた。5年もすれば自分の家も建ち、避難していた人たちも帰っててもとの活気が取り戻せるのではないか・・・2年目に女川に買い物ツアーにでかけ、地元の人たちと交流したとき、そんな言葉を聞きました。
ところが、被災地の中には、いまだに災害公営住宅に入れないで仮設暮らしを余儀なくされている人たちがいる。
原発の被災者はもっと深刻でしょう。同じ町村の中をを分断し引き裂く賠償額の後遺症。帰りたいが、子ども達への影響が心配だし、高齢者を抱えている場合は施設がない。あっても人手がない。医療費助成に至っては、自治体によって対応がまちまちで助成が続けられたり打ち切られたりと混乱を招き、被災者の気持ちを逆なでしている。
さらに大きな問題をいえば、原発なくせは圧倒的な世論であるのに、依然としてそれを容認し推進しさえする勢力を許しているこの矛盾。きっちりと政治的な解決をはかるしかない課題なのです。
原発がなくてもやっていけることはすでに証明済み。にもかかわらず、核武装論まで飛び出しながら固執しようとしている勢力の跋扈を許している。
そして、次の大震災にどう備えるのか。これは3.11の復興と並んで待ったなしの課題です。財源がないといいいながら、あるところにはあるのです。財政の仕組みをそのままにして今後に備えるなどということは不可能に近い。ここにも政治の問題がある。解決する意思も能力もない勢力にいつまで政治を続けさせるのか。
おそらく年内に行われるだろう衆議院選挙がそれらの矛盾を解決する方向への試金石となるでしょう。とりわけ民進党さんよ、どうするのですか。いつまで自民補完勢力にすぎない連合に義理立てをするのですか。むしろ野党統一の音頭をとって、自公勢力に対抗軸をうち立てる好機ではないのですか。



  3月10日(金) その2
オスプレイが長野、千曲など広範囲で低空飛行するのが目撃されたと報じられました。どうやら米軍横田基地から訓練が予定されている自衛隊関山演習場(新潟県)に移動する2機であったようです。6機程度が参加するというのですから、これからも目撃情報が相次ぐかもしれません。
2月27日に県が訓練に関する情報提供を防衛局に要請していたにもかかわらず、この突然の飛来。住民の自治体関係者も驚きと不安を隠せなかったのは当然です。長野県まで「MV-22オスプレイの訓練飛行の実態を把握するため、県民の皆様からの目撃情報を収集します」という呼びかけを発表する異例の事態に。
上越タウンジャーナルは、動画も含めてくわしく今回の訓練の様子を報道しています。
米軍の訓練情報は仮にあったとしても全くあてにならず、住宅密集地であってもお構いなく飛び回るのは沖縄で経験済み。今後訓練空域が本土上空に広がるにつれて、さまざまな問題が生じることになるでしょう。
米軍の訓練については何も言えない政府・防衛省ですから、これらのやりたい放題を止めるのは住民の声しかありません。墜落事故が起きたあとでは遅いのです。


何だか最近、こちらの身が削られていくような出来事ばかり。追跡する方も消耗感にとらわれてしまいますね。
明日は、東日本大震災から6年目。昨日は原発被災地の深刻な映像が流されていましたが、一時同情はしてもすぐに忘れてしまうこのご時世。私としては、もう少し暖かくなり、体調をととのえることができたら、原発被災地を訪れてしっかりこの目で実状を見てきたいと思っています。



  3月10日(金)
務台政務官、被災地だけではなく全国からの批判の声をうけ、与党内からも許しがたいという声があがって、さすがにそれらに耐えられず政務官については辞表をお出しになったとか。ついでに議員もお辞めになったら? その根拠を次にお示ししますから。

昨日紹介した、昨年12月の務台議員およびその応援者の書き込みは、同時進行した町と教育委員会による公民館使用許可取り消し問題を考える上で、大変貴重な資料となっています。
お二人の主張は、ほとんど池田町・教育委員会(町当局と書く)の見解と同じであり、12月1日の町当局の庁議でも務台氏の出席要請を断ったことが公民館側から報告されているという事実と合わせて考えると、ここで書き込まれた主張を検討しておくことはあながち無駄なことではないでしょう。むしろ、長靴事件やそれによる政務官辞任以上に重要な問題をはらんでいるからです。

集会に出席させろ、いやそれは困るという部分はとりあえず脇に置くとして、務台氏と平岡氏の主張はつぎのようになっています。

@「町民と政党のつどい」という標題は全政党に開かれていると思わせるが実際はそうではないのだから、中立を装うものであって、欺瞞である。
A政治的に一方に偏った政治集会には公民館は使えない。中立を装って公民館に使用許可申請をしているのだから、公民館は騙されている。
Bつどい実行委員会は、誓約書に政治目的ではないと書いたと聞いている。これは明らかにウソなのだから問題。
C公民館の利用原則は「非営利、政治的中立、宗教的中立」。今回の実行委員会のは公民館の(政治的)中立性に違反している。
D問題は、国の基準ではなく、池田町の取り扱い基準に照らしてどうかということである。

@についてはすでに書き込みの中で反論されています。務台氏はチラシの「政党」という部分だけを取り出して「欺瞞」とまで言っているのですが、チラシそのものをご覧になれば彼の読解力のなさ、あるいは為にする「言いがかり」であることがすぐに分かるでしょう。彼はこの集会に参加してどうしようというつもりだったのでしょうか。

ACは同じ内容で、要するに公民館の使用基準に反するということを言いたいのです。
実は、この点について、12月5日、抗議に赴いた実行委員会のメンバーに平林教育長が次のように答えていました(収録DVDより)。

(社会教育法第23条について)私たちの考えと実行委員会の考えとがちょっと違ったので、そこはなかなか相容れるものがなかったと思います。
私たちのいままでの(社会教育法第23条の)考え方は、公民館というのは職員も守らなければならないし、借りていただく皆さんにも是非ルールを守ってほしいという解釈できましたので、当然公民館長が政治的中立を乱すものはまずいと思いますし、また借りる皆さんもやはり政治的中立のなかで(公民)館を使っていただきたいと思っていましたので、今回チラシを見せていただいたときに、少し偏りがあるかなと感じたものですから、話をさせていただきました。


すでにお分かりですね。言い分は務台氏や平岡氏も教育委員会も全く同じです。
(ア)社会教育法第23条は、公民館職員も利用者も守るべき基準を定めている。
(イ)したがって、利用者も政治的中立性を守るべきである

という見解です。
これがどんなに見当外れで誤った見解であるかは、過去に何度も触れてきました。社会教育法の解釈から「公民館を利用する者が政治的中立を守るべきである」というのは驚くべき議論です。
もしこのことをまともに考えているなら、先の「杉尾秀哉参議院議員国会報告会」は間違いなくこの政治的中立に違反します。よって、公民館使用を拒否しなければならなかったはずなのです。しかし、そうはできなかった。そりゃもう、国会で追及されちゃいますからね。
政治的中立とは何か。公民館運営者が、特定の政党だけに加担するような運営をしてはならないという意味での「政治的中立」ならばまだ話はわかります。しかし、利用する側の人間に政治的中立を求めることは、明らかに思想信条の自由の侵害です。利用者は憲法を外に置いて公民館に入れと言っているのと同じです。教育長は、公民館運営にあたっての「政治的中立性」を一般住民に意図的にすり替えて要求しているのです。
つまり、書き込んだ方も町当局も、「政治的中立」とは何かを全く分かっていないことを露呈しただけじゃありませんか。あるいは、「政治的中立」を私たちに施設を利用させたくなかった口実にしたということに過ぎません。こんな理屈、とても議論に耐えられるものではありませんね。

Bの「誓約書に政治目的ではないと書いた」・・・ですか。「語るに落ちる」とはこのことです。どこからその情報を仕入れたのでしょうか。実行委員会の一部のメンバー以外には知らないことですし、そもそも「誓約書」とは何でしょうね。もし万が一「確認事項」を意味するのならこれは重大問題です。現職国会議員で政務官にそのような文書を示した公民館職員もしくは教育委員会職員が存在するということになりますからね。国会で追及してもらわなければならない、長靴事件どころのさわぎではない不当介入事件ということになります。
言うまでもありませんが、私たちは公民館利用にあたって「政治目的でない」などと約束するわけがありません。なぜこんな書き込みをしたのか。この点も大きな疑惑です。なぜなら教育委員会が30日夕方に示した「確認事項」には「選挙に関する話題。議論は一切しない」という一項が入っているからです。「政治目的ではないと書いた」とする根拠はそれしか考えられないのですから。
しかも「誓約書」のことを口にしているのは11月30日なのです。だから務台氏の残したこれらの書き込みは実に面白い。踏み荒らした足跡をたくさん残していただいたということですよ、務台議員。国会でこの点、問いただしてもらいましょうか。

D「国の基準ではなく、池田町の取り扱い基準に照らして」はどうか。池田町の取り扱い基準もウエブ上で明らかにしています。
ご覧の通り、政党について規定しているだけで、一般町民団体についての規定はありません。 したがって、この事案以前は問題なく「戦争法に反対する池田町民の会」の集会などで公民館を利用してきたのです。
務台氏はこのことを全くわかっていません。町当局は今回なぜあえて「池田町の公民館規定に抵触しない」ではなく「該当しない」として、「確認書」まで書かせようとしたのか。この点だけは務台氏の理解を超えるものでした。従って全くトンチンカンな書き込みをしたことになりますね。
それは、やはり「この種の政治的な色彩をもった集会を公民館で行わせたくなかった」ことに尽きます。野党が参加する集会はダメだが、現職国会議員の集会は許可というちぐはぐな対応のうちに務台氏や町当局の混乱が示されているといってよいでしょう。
なんだかんだと言っても、自分の選挙区でこのような集会が行われるのはどうにも許せなかった、それに尽きるんじゃありませんか。

務台氏の思いに添ったのかどうだか知りませんが、町当局が最後に「根拠」とするのは、「考えが違う」と称する社会教育法第23条の解釈なのです。この点は、何度も書いたように、昨年の文科省の通達で間違いははっきりしています。
ところが、弁護士のみなさんは、そこすら問題にしていません。公民館の使用許可取消処分は明らかに日本国憲法第21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」に違反すると断言しているのです。裁判をすれば必ず勝てるとまで言っているのですから。
社会教育法第23条の条文にこだわる限り、町当局は「見解の相違」にしがみつく恐れがあります。その点は大変重要な争点ではありますが、この事件は明らかに憲法違反の行政処分です。私たちはやはり、基本的人権としての「自由権」を前面に押し出して、今回の問題に光を当てていく必要があると思います。



  3月9日(木) その2
今日は3月2回目バラ園作業日。10人ほどが集まって、冬の霜や雪で荒れた園内を整備しました。風が強く寒さが身にしみる1日、作業後に熱いコーヒーでおしゃべり会。こっちの方が長くなったかな。


政治家の最も大事な資質は「誠実さ」ではないでしょうか。ウソをつかない、自分の言動に責任をもつ、人々の暮らしや思いをしっかり受け止める・・・保守であれ、革新であれ(もはやそんな分類は古いのは承知の上で)全く同じことです。そのうえで、ユーモアを解し、清濁併せ呑む度量があればなおよい。
いつもは勝手なことを言い散らしている私ですが、そんな私でさえ(!)誠実でありたいと願い、根拠なく無責任に人を貶めることは絶対にしたくはありません。しかし、政治家に求められる資質は私たち庶民のレベルとは次元がまるで違いますよね。

安曇野市のご出身である務台俊介氏。今日のお昼のニュースでまたまたこのお名前とお顔にお目にかかることになろうとは。
務台氏は2016年9月に台風被害にあった岩手県岩泉市を訪問した際に、長靴を持参せず職員に「おんぶ」されて水たまりを渡ったことで一躍有名になった方。その務台氏がこともあろうに、8日夜の自身の政治資金パーティーで「長靴業界がだいぶ儲かった」とまるで反省の色のない発言をしていたことが暴露されてしまったのでした。
結果、このニュースは、今日のテレビ電波に乗って全国を駆け巡ってしまった。
「その後、政府が持つ長靴が、えらい整備されたと聞いている」「たぶん長靴業界は、だいぶ、もうかったんじゃないか」・・・この発言、自分では自虐ネタだとおっしゃるが、果たしてそうか。菅官房長官もさすがに「反省しているのか疑われかねない発言だ」と言わざるを得なかった。
ところで、このお方、長靴事件のあと民進党の階猛議員に追及されて国会で何とおっしゃっていたか。

今回私が長靴を持参せず、あまつさえ職員に背負われて(水たまりを)渡ったと言うことは、大変被災地のみなさまのお気持ちを逆なですることだということで、深く反省させていただいております。

政治家の反省なんてこんなもんかな、と思わせる今回の発言じゃありませんか。ネット上では、「まだいたのか」とか「早く辞めろ」という声が圧倒的。

ここまでお読みのみなさまは、このお方の名前、私のブログで見かけたよなと気付かれたと思います。そうです。池田町公民館での私たちの集会に関してネット上でさんざん書き込みをなさったあのお方ですから、池田町の心ある人々にとっては「ああ、またか」という話なのです。
ここで彼に対する個人的な誹謗中傷しようという魂胆は全くありません。あくまで事実を通しての感想や意見をのべているだけです。
池田町公民館事件とは、去年の12月2日に池田町公民館で予定していた「町民と政党のつどい」が前日に会場の使用許可が取り消しにされたという事件です。ちょうどそれと全く符丁を合わせるように、この議員からの「横やり的、嫌がらせ的」書き込みが行われたのです。おおよその経過は当時の私のブログでも触れています。
念のために申し上げますが、彼の書き込みによって使用許可が取り消されたと言うのではありません。ただ、あまりにも符丁が合いすぎ、かつ、彼自身の書き込みには相当に不自然な部分があることだけははっきり申し上げておきましょう。
公民館問題でのこの方の発言には何重にも事実に基づかない、あるいは法的解釈を誤った無責任な部分が多く見られることも付け加えておく必要があります。
すでにイベントページで公開された書き込みですので、お読みになった方もあるのではないかと思いますが、初めての方に知っていただくためにもここで、画像ですが紹介しておきましょう。(ただし、務台氏と務台氏の応援者と思われる方以外は名前を伏せています)

現職国会議員が、国会開会中(昨年末)の重要段階で、信州の片田舎の野党を呼んでの集会に「出席させろ」と横やりを入れ、それができないとなると、集会は「公民館規則に反する」とか「誓約書に、政治目的ではないと書いたそうですね」と私さえ知らないような「事実」を書き込む無理無体さが、私にはまるで理解不能です。「権威」をかさにきて自分の思いを強権的に押し通そうとする・・・一連の言動を見て、それがこのお方(安倍政権に共通する)の本質なのだろうとしか思えません。
もちろん公民館問題については、私たちは憲法の精神をこの地で生かすように徹底的にたたかいますからね、務台さん。ついでに、次の衆議院選挙楽しみです。



  3月9日(木)
森友学園で小学校認可を巡って、あとからあとから出てくる疑惑。
何々?まず籠池理事長が学歴詐称?卒業が関西大学法学部でなく商学部で、その後自治省に入省したあと奈良県に出向としていたが、実は自治省に入ったことはないという。
続いて、国と大阪府に異なる契約書を提出していたとの疑惑。補助金の申請額を国土交通省へは建築費・設計費として計21億8000万円を計上、大阪府には建築費を7億5600万円として国から多くの補助金をせしめようという魂胆だったのだとか。
瑞穂の國小学校で雇用する予定職員のリストに、本人に無断で大阪府南部の公立小学校に勤める男性校長の名前を載せていた疑惑

これらと合わせて、重要なのはこのような教育基本法違反の幼稚園、小学校を運営している学園を擁護し、安倍首相および昭恵夫人の政治的・道義的責任を不問に付そうという動きが根強いこと。最近では稲田防衛相の不埒な言動を絶対に許してはならないでしょう。
3月8日の参議院予算委員会で、明治憲法下の教育理念である教育勅語について、「勅語の精神は親孝行、友達を大切にする、夫婦仲良くする、高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すことだ」「勅語自体が全く誤っているというのは違う」「『日本が道義国家を目指すべきだ』という精神は、取り戻すべきだと考えている」と述べたことが報道されました。
このお方は、実は教育勅語とは何かをよ〜く知っていらっしゃる。にもかかわらず家訓か何かのように平然と言い募るこの図太さ、したたかさに騙されてはいけません。
「世界中から尊敬を集める教育」と言いながら安倍さんの庇護のもとにすすめる籠池さんの求める国家像とは、実際には「世界中から嘲笑される道化国家」ではありませんか。彼女のいう「高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家」が聞いてあきれてしまいます。
2月末の衆議院予算委員会で野党議員から「籠池理事長を面識があるか」と質問された稲田防衛相、「『面識はありますが、ここ10年お会いしておりません』『か、ご、い、け?やすのり?さん』とたどたどしく読み、『面識はあるが、どういった機会で会ったか定かではない』などと曖昧な答弁をしていた」(LITERA)ようでしたが、実は2006年の「WiLL」(ワック)2006年10月号の新人議員座談会で次のように発言していたことが明らかになっているのです。

教育勅語の素読をしている幼稚園が大阪にあるのですが、そこを取材した新聞が文科省に問い合わせをしたら、「教育勅語を幼稚園で教えるのは適当ではない」とコメントしたそうなんです。
そこで文科省の方に、「教育勅語のどこがいけないのか」と聞きました。すると、「教育勅語が適当ではないのではなくて、幼稚園児に丸覚えさせる教育方法自体が適当ではないという主旨だった」と逃げたのです。
しかし新聞の読者は、文科省が教育勅語の内容自体に反対していると理解します。今、国会で教育基本法を改正し、占領政策で失われてきた日本の道徳や価値観を取り戻そうとしている時期に、このような誤ったメッセージが国民に伝えられることは非常に問題だと思います」


おいおい、教育基本法は、教育勅語を容認する体系に沿っているとでも思っていらっしゃるのか。教育勅語失効と排除が戦後政治・教育の出発点であったことぐらいは弁護士なら知っているはずのこと。

まず衆議院の排除決議。

ヘ育勅語等排除に關する決議  1948年(昭和23年)6月19日 衆議院本会議
 民主平和國家として世界史的建設途上にあるわが國の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことはヘ育基本法に則り、ヘ育の革新と振興とをはかることにある。しかるに既に過去の文書となつているヘ育勅語並びに陸海軍軍人に賜わりたる勅諭その他のヘ育に関する諸詔勅が、今日もなお國民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如く誤解されるのは、從來の行政上の措置が不十分であつたがためである。
 思うに、これらの詔勅の根本的理念が主権在君並びに神話的國体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ國際信義に対して疑点を残すもととなる。
よつて憲法第九十八條の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。
 右決議する。


次に、参議院での失効決議。

教育勅語等の失効確認に関する決議  1948年(昭和23年)6月19日 参議院本会議
 われらは、さきに日本国憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定して、わが国家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に払拭し、真理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した。その結果として、教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失つている。
 しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかり、われらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる。
 われらはここに、教育の真の権威の確立と国民道徳の振興のために、全国民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力をいたすべきことを期する。
 右決議する。


当時衆参両議院でそれぞれ独自に決議をあげることとなったために、このような形式になっています。稲田さんのようなお方がまだいらっしゃるから、わざわざこのような決議を両議院で行ったのですよね。
国会議員ならこのくらいは知っているべきです。知っているだけではなく遵守義務があるのです。
にもかかわらず、ぬけぬけと次のように言うのですから、稲田朋美と日本会議の闇は底なしです。

教育勅語は、天皇陛下が象徴するところの日本という国、民族全体のために命をかけるということだから、(略)教育勅語の精神は取り戻すべきなのではないかなと思ってるんです。

教育勅語の「核の部分」を守るべきとする稲田さん、大臣も議員も辞めていただくほかありません。



  3月8日(水)
ぐずついたお天気で、3月に入って少し春めいた光景も寒々としたモノトーンに逆戻り。
雨は落ちてはいなかったので、予定通りバラ園へ。今日はさすがに一人だけでしたが、やる仕事はいろいろ。幹線道路だけをきれいにすればいいわけではなく、それに接続する通路も整備しなければならないので、今日は周辺整備の仕事で約2時間費やしました。
土や砂利を一輪車で運ぶだけでも結構な力仕事なので、うっすら汗ばむほど。いい運動になりました。4月に入って若葉が揃う頃には見違えるようにバラ園らしくなるはずです。


いまから10数年前、東京時代に使っていたデスクトップ機に、PowerMac G3MTというのがありました。当時DTP、DTMの世界では何と言ってもMacが主流で、問題は多かったとはいえ、熱狂的なAppleファンは次々に発表されるOSやマシンに一喜一憂していたものでした。
その頃のことについては、数年前までいろいろと書いていたのですが、世界的にスマホ時代に入ってからは全く見向きもされなくなり、勢い私も忘れていることが多くなっていました。
それでも、私のパソコン黎明期を飾ってくれたマシンですから、OSだけではなく様々なソフトを含めて思い入れは強いものがあります。時折、起動しているのですが、とくに何をするわけでもなく、ただ動くかどうかたしかめているだけ。
かつてのマックファンも多くはそうなのでしょうね。マシンを集めるだけで楽しいという時代がありましたから。

パソコンというのはインターネットとブラウザ技術の発達によって、おそらく世界的にコミュニケーション・ツールとしての使い方が第1であることは間違いない。
第2は、買い物、音楽、交通などの情報収集の手段。しかし、いずれもほとんどスマホに取って替わられていますから、特別デスクトップ機である必要は全くありません。スマホの技術はますます高度化していくのでしょうから、生活の一部としてのパソコンは、ほとんど使命を終えつつあるのではないかとさえ思えてきます。そこまでIT技術が進化してきたということですね。
ただし、パソコンは官庁や病院、その他会社関係ではこれからも必要不可欠な道具ですから、そう簡単に退場することはないでしょうが、それでもデスクトップ機はいくつかの特別な場合を除いてあまり見られなくなるのではないかと思われます。

いまでは見向きもされなくなったPowerMac G3MTで何をしようというのかと聞かれれば、さすがに返事に困ります。無事に起動するのを見て喜んでいるというのがマニアのマニアたる所以ですから。
ただ、多少時間があるときに起動して、画面を眺めていると、人間ってどうしてこんなもったいないことをしているのだろうとつくづく思ってしまいます。
次々に新しいものを発売し、便利にして、売り込む。確かに便利にはなっているし、効率化している。でもどこか寂しい。この感覚、なんとなく昭和30年代の町並みと生活を回顧しているような感覚に似ているのかも。モノを大事にしていたよな、土間だって板塀だって磨いていたし。服だって結構使い回していたし・・・。
使い捨ての時代が始まってからです。こんな機械のつかいかたが始まったのは。

そうこう考えていて、動いている間は、ソフトを使って何かをやってやろうとふと思い立ちました。
そこで、昨日から始めたこと。それは、読書のデータベースをつくるということ。マルクスさんに習って、抜き書き帳をつくろうというわけです。
実はかなり前に、マックでは有名なデータベースソフト、ファイルメーカーPro6を使って記録するひな形は自分で作成していたのです。そのうち、検索などの機能も充実して本格的なデータベースになればいいなとは思っていますが、いまは、ただ書き込むだけ。


いかがです?そんなのエクセルでも出来るし、データベースならアクセスでも出来るよというかもしれませんね。ま、そう言わないでくださいませ。古い資産を利用するというところに価値があるのですから。
参考までに、マックの画面キャプチャー(スクリーンショット)のし方はホントに簡単。上のようなのを作りたかったら、「shift + command + 4」のあと、十字ボタンでドラッグしてマウス(トラックパッドボタン)を離して終わり。
もちろん、ウインドウズでもSnipping Tool(Windowsアクセサリ)を使うと簡単にできます(実はいま初めて知った!!)。


どんな本のデータベースかって?よりによって、アドルフ・ヒトラーの「わが闘争」なんですよ。最近ヒトラーづいているものですから。
彼の思想遍歴、考えかたの流れなどを詳細につかもうとすれば、やっぱりこれでしょう。この本、現在の自民党の政治家さんたちには、逆立ちしても書けないような彼なりにごまかしのない「理論」が展開されていると同時に、自民党の連中が利用したいような「教訓」が多数書き込まれてもいるのです。
「ヒトラーの大衆心理の洞察力は極めて優れており、宣伝・世論操作についてのかれの見解は注目に値するものである」(下巻訳者)であることや、天才的な扇動者であったことは間違いがない。このような人物の再来を許さないためにも、彼の思考の根源に遡ってものごとを考えて見ることが大事です。
今日、日本において一人の扇動者が大衆をある方向に導くことは考えにくいことです。むしろ、安部首相が言うように「印象操作」を巨大な宣伝組織・会社が担って、全体としてヒトラーが行ったような集団的な意識操作を行うと考えた方がよい。その意味でも、この本から「学ぶ」ことは多いのです。
何ページかを抜き書きしていて、気がついたことがあります。読めば読み飛ばしてしまうところにも実は大事なところがあること、大事なところを注意して抜き書きすることで論旨が極めて明解に理解できることに気がつかされたのは大きな収穫でした。しばらくはこつこつと続けてみようと思っています。



  3月7日(火) その3
森友学園の疑惑を形成する一翼を安倍首相夫人の安倍昭恵さんがになっている。私人か公人かという議論がありますが、それ自体おかしな話ではないでしょうか。安倍首相はこう言い放った。

「妻は私人なんです。妻をまるで犯罪者扱いするのは不愉快ですよ」

もし完全に私人であるなら、安倍首相が私人たる夫人を連れてアメリカに行き、ファーストレディとして国費を使うなんてのは、おかしなことを通り越して違法ですよね。交通費はすべて自費としなければならないし、海外へ行ってもおとなしくホテルで待機してもらわなければなりません。もちろんホテル代も自費。
さらに、政府の派遣する5人の職員を伴って森友学園に出掛けて講演をしているのです。5人の職員の費用は彼女が出しているのですかね。んなわけないでしょう。だから、私人であるはずがない。

そりゃまあ、彼らが国民を騙すのはまず「コトバ」からなのですから。「共謀罪」ではなく「テロ対策」なのだし、「戦闘」ではなく「武力衝突」なのだし、「墜落」ではなく「不時着」なのだし、果ては「戦争法」ではなく「平和安全法制」なんですからね。公人ではなく私人だということに何のためらいもないのでしょう。

私がよく立ち寄るサイトに「安曇野賛歌」があります。ペンネーム(のはず)北林あずみさんのブログです。
私よりはるかに長文の「論文」を書くので、読むのも大変なことがよくありますが、最近はこの森友学園こそ安倍を葬る絶好の機会だとして、ツイート、リツイートしまくっていると自ら書いていらっしゃる。
自称、里山主義を掲げた「保守主義者」だが、政党では共産党の熱烈な支持者である(彼の信条である里山主義からの帰結)ことも明言しつつ、独自の立場で辛辣な論陣を張っているので、いつも大変興味深く読ませてもらっています。
その彼が、やはり最新のブログで、安倍首相夫人の問題を取り上げて、公人であるわけがなく、だとすれば当然ながら政治的責任が伴う。その責任はきっちり果たさなければならないという趣旨の発言をされていました。
同時に、加害者を被害者として描き出す政府のやり口にも大いに警戒をすべきだとも書いている。責任回避と責任転嫁は他の閣僚にやらせる。それが下村幹事長代行の発言「学園に利用されたのだろう。明確に拒否すべきだった」につながっていく。その通りです。

ただ、この方の文面を読む限り、大衆運動として地域でどのような運動を構築し、そのために何か出来るのか、何をしてきたのかの視点が欠如しているために、やや主張が上滑りしている点が見られることが残念です。
物書きであることとそれらとは時間的に両立しないのか、または敢えてその部分を書いていないのか、私にわかりません。あるいは、地域でさまざまな活動をされているのかもしれません。そうした関わりがあれば、もっと主張と運動に幅が出てくるのにと思っているところです。
それでも、これだけのことを主張し続ける熱意と正義感には深く共感できますから、今後とも注目していきたいと思っています。



  3月7日(火) その2
「帰ってきたヒトラー」(小説:ティムール・ベルメシュ著)は、映画になって話題を呼びましたね。その作者ベルメシュ(49歳)が、ドイツ南部のミュンヘンで語った一部が今日の信濃毎日新聞に紹介されていました。その内容を少しだけ抜き書きしてみます。

・笑わせたかったんだ、読者を。そして笑った自分にぞっとしてほしかった。・・・僕はヒトラーを怪物でも、おバカでもなく、彼自身に極めて近くシリアスに書いた。本の成功は多分、そこにある。
・ヒトラーとナチスは、議論なしに批判するー。戦後ドイツの徹底した方針は、人々の思考停止を招いたと思う。・・・学校ではヒトラーを「手に負えない異常者」と教えられた。時代を記念碑で避難し続け、責任を「怪物」に押しつける。安易だよね。彼は一人であんなことがやれたの?人々は怪物に投票したのか。違う。

この映画で、しがないフリーカメラマンと全国を回ることになったアドルフ・ヒトラーが、テレビ受像器に写されているテレビ番組の「愚劣さ」に憤激するシーンがあります。
それを機にヒトラーは庶民の本心を聞きまくる。
人々は、何を言っても政治は変わらないと実感して諦めている。だが、どこかで何かが変わってほしいとも願っている。
テレビに現れる姿は日本と何も変わらない。さきに私が書いた、テレビで映し出されるこの国の政治や文化状況の「愚劣さ」とほとんど同じ。庶民の多くは、内心そう思いながら日頃のうっぷんを晴らしている。そこを映像は見事に突いてくる。

・ヒトラーが選出された30年代と現在とは、とても似ている点がある。人々は自分に都合のいい話、信じたい話しか聞こうとしない。あのひどい戦争はスマホがなかった頃のことで、情報があふれる現代ではありえないーなんて説は大人向けのおとぎ話。理解しようとする意思や議論がない状況は危険だ。
・ヒトラーはウソをつかなかった。ユダヤ人迫害も戦争も「やる」と言っていた。世界恐慌などで生活が困窮していた人々には、言葉の危険性はどうでもよく、親しみを感じる「誰か違う人」に投票した。・・・多くの人は独裁政権下で「自分は犠牲者になる」と思っているが、たいていは残虐行為を奨励する側になる。
・笑いが独裁者や全体主義に勝てるか、僕は悲観的だ。ブラックユーモアの効力は短い。もし僕の本に力があるとすれば、読者は笑った後に気付くはずだ。「問題はヒトラーじゃない。自分だ」と。


劇中劇ならぬ、映画中映画の撮影シーンの最後のワンシーン。ヒトラーを偶然助けるはめになったフリーカメラマン・ザヴァツキによって屋上に追い詰められたヒトラーは平然と言い放つ。

ザヴァツキ:歴史は繰り返すものだ。また大衆を扇動する気か?
ヒトラー:分かっとらん。1933年の当時、大衆が扇動されたわけではない。彼らは計画を明示した者を指導者に選んだ。私を選んだのだ。
ザ:(屋上で)行け。怪物め。
ヒ:私が?なら怪物を選んだ者を責めるんだな。選んだ者たちは普通の人間だ。優れた人物を選んでー国の運命を託したのさ。どうする?選挙を禁止するか?
ザ:いや、あんたを止める。
ヒ:なぜ人々が私に従うのか考えたことはあるか?彼らの本質は私と同じだ。価値観も同じ。私を撃てるか?

(ザヴァッキの放った弾丸がヒトラーを貫く。屋上から落ちたはずのヒトラーが再びザヴァッキの背後に。
ヒ:私から逃れられん。私は人々の一部なのだ。よいこともあった。

ここで、撮影中の映画は<カット>を迎える。ヒトラーが本物であることに気付いた本物のザヴァツキは精神異常者として施設に監禁。エンディングで「名優」ヒトラーに手を振る民衆。「好機到来だ」と確信を抱くヒトラー。

信濃毎日新聞は、この本と映画について書いた後、「ヒトラー」が現れたら、その危険に気が付けるだろうか、と書き、「あの時代に似るいま、議論の契機に」と呼びかける。
ヒトラーは決して同じ顔、同じ出で立ち、同じ性格で現れ出るわけではありません。さて、私たちはどのように答えるのか。



  3月7日(火)
今朝はずいぶん寒くなって、ふわふわと雪が舞っています。土に触れる前に消えてしまうほどの淡い雪です。なごり雪ってのはこんなのを言うのでしょうか。
晴れたらバラ園に行って、少しは作業をしようと思っていたのですが、この調子ではダメですね。1日家にいて映画でも見ましょう。

ところで、このホームページは自分でソースを書いているのでカウンターなども付けておらずどのくらいの方が読んで下さっているのかは全くわかりません。ただ、ときどき読んだよと言って下さる方に出会うとうれしいという程度。
英語を駆使したシンガーソングライターで、最近は「小説家」にレパートリーを広げ、ときに俳句をよみ、漱石文学にも造詣が深いという、エドモン・ロスタンのシラノが第5幕の終わりでつぶやくセリフ(「哲学者たり、理学者たり、詩人、剣客、音楽家、将た天空の旅行者たり・・・」)を彷彿とさせるようなお方。私から見るとスーパースターのようなMNEMOさんが、折に触れて私のブログを紹介して下さっているので、そのご縁でこちらにお立ち寄りの方もいらっしゃるのではないかと思います。有り難いことです。
MNEMOさんの最新小説「蹉跌集め」はかなり力が入っているので、「トーホグマン」同様、初めから”追跡”しておりまして、現在私のブログの「リンク」の一番終わりにNo.1、No.2にわけて収録しています。例によって富山弁のみ、私と私の家族が勝手に「監修」にあたらせてもらっています。できるだけ通してよむことができ、前後がわかるようにしていくつもりです。スマホ用に画像でアップした方がよいのであれば、ページ毎のファイルになりますが、工夫してみます。どなたかご連絡下さい。

蹉跌集め その1(第1回〜第24回)<pdf 約13.3M>
蹉跌集め その2(第25回〜第41回)<pdf 約11.7M>

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先日、ある新聞記者の方と話をする機会があって、その際に「なぜ安倍内閣の支持率が高いのか」という話になりました。その方は、先に自分の意見を述べたわけではなくて、私にただ聞いてみようという気持ちだったのでしょう。
そのとき、私は皮肉交じりに、「そりゃもう、現在のテレビの現状がその根源ではないですか。まあ、新聞はともかく、テレビはひどいですね」と答えました。「テレビで映している番組といえば、刑事物にクイズ番組、バラエティ番組(個々にはいいものもありますよ、念のため)、民放ではその合間にこれでもかという宣伝、それに慣らされれば、この国にどんなことが起こっていようが、ものを考えるということはなくなるでしょうに。そしてもう一方で、ニュースさえ見る時間も無いほどに朝から深夜まで働かされている若い労働者たち。ここでもモノを考える力が奪われているじゃないですか」・・・おおすじ、そんなことを話したような気がします。
森友学園の名前はさすがに多くの人が知るところとなりましたが、それでも、安倍の「国有地売却は何も法律に違反してやったわけではないから、全く問題はない」と言い募り、それにあと一歩打撃を与えることが出来ないでいる。安倍の「教育理念」をそのまま実践している学校にもかかわらず、私たちには怒りがぜんぜん足りません。
共謀罪についてはどうか。「共謀罪?何それ?」という人がまだ圧倒的じゃないでしょうか。沖縄だって、北朝鮮があんなことやっていれば、そりゃ沖縄に米軍がいて日本を守ってくれているから基地は必要だという宣伝に完全に同調してしまうことになりかねない。共謀罪や沖縄でも、声をあげることを忘れている。安倍さんの支持率が下がらないのも道理ではないかと思います。

「共謀罪とは何か」・・・「組織的犯罪者集団」が「テロ同等行為」つまり「過激な」街頭行動、デモ、集会などを準備し計画した集団を狙い撃ちにすることこそ、とどのつまりは「国民が自由にモノをいい、批判し抵抗する力を根こそぎ奪うこと」がその主目的だと私は考えています。いつ倒れるかもわかならない今日の政治権力にとって、比較的安定勢力でいるうちに、あらゆる手を使って反対勢力の芽を摘んでおこうとしている。
その対象は、沖縄でいえば、辺野古で座りこみ闘争をつづけている団体や個人であり、政党でいえば共産党、労働組合で言えば全労連、その他民主団体ということになる。その先には、戦前と全く同じ構図が待っている。
治安維持法と同じように、一旦成立すれば、際限なく適用範囲を広げ、処罰を重くすることができるのです。
最も目につくところからつぶし、次第にモノを言えない監視社会・密告社会に持ち込む、これが安倍・日本会議の狙いということです。その先にあるのは、確実に侵略戦争。

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富山弁なんてずいぶん忘れていたのに、MNEMOさんのおかげで懐かしく思い出してしまいましよ。方言というものは身体に染みついたものですから、何かにつけて「否応なしに」ふと出てきてしまいますね。
ただ、私自身は、子どもの頃からどちらかというと男性の使う富山方言の「きたなさ」にほとほと嫌気がさしていて、富山から脱出したいという思いが強かった。「だらめ、あんにゃ、なにしとんがよ」という調子が。
とはいえ、過去に何度も書くように、イントネーションだけは無自覚に出てしまいますから、東京で生徒に「なまってる〜〜」と言われると、クシュンとしてしまうのでした。
しかし、「好きなが、好きやちゅが」という女性に出会っていたら人生変わっていたかも知れませんし、MNEMOさんが言うように、方言には方言にしか表せない生活のリズムというのがあるのですね。
東北では、できるだけ口をあけないように短くものを言うと聞いたことがありましたが、富山でもいくつかそれに類したことばがあります。
か、何け? = What is this?
さ、何け? = What is that?
さ、何言うとんがけ(言うとんがいね) ? = What are you talking about?
といった感じは、他の方言ではなかなかニュアンスは伝わりませんね。豪雪地帯であまり口を開けたくなかった名残なんでしょうか。




  3月6日(月)
長野県松本市、岡谷市などにまたがる鉢伏山山腹で、訓練に向かう予定だった県の消防防災ヘリが墜落し、消防隊員ら9人全員の死亡が確認されたとの報道が県内をかけめぐり、衝撃を与えています。
消防隊員はいずれも30台から40台の働き盛りの若手の方々ばかり。災害があれば最も便りになる年齢層の人たちだったでしょう。本当に残念です。
ヘリの操縦者も自衛隊を経て5000時間無事故で航空機を運航していたほどのベテラン。何がおこったのか、しっかり解明することが、亡くなられた方々へのせめてもの手向けとなるのはないでしょうか。
亡くなられた方々に心よりご冥福をお祈りいたします。

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MNEMOさんがいまブログで連載している小説「蹉跌集め」について、「トーホグマンと同じで、私に起こった、起こりつつあることを経(たていと)にし、空想の緯(よこいと)を絡め、一枚の粗い布を織っているということです」と書いていらっしゃる。
バンド仲間の絡み合う人間模様を自らのバンド体験と関わらせて織りなしていくというお話で、同じようにグループで何かを成し遂げようとしている若い仲間のみなさんには興味津々というところではないでしょうか。この後の展開が待たれます。
第26回までの分を私が一括してpdfファイルにしました。表紙は本文に関係のない適当なものですのであしからず。またファイルが相当に大きいのでスマホで読むのは難しいかもしれませんね。

小説 蹉跌集め その1   根本龍樹 作

さて、そのお話の中に幸嗣という人物とその母親が登場します(21回)。幸嗣は黒部出身だが、その母親は氷見市の生まれという設定。富山県人なのです。
MNEMOさん、その母親のセリフ(富山弁)について私と富山在住のある方に「ご教示を」と書かれた。それは次のような場面での会話です。私の忘れかけている富山弁を思い出しながら綴ったものを参考にMNEMOさんが早速手直しされていました。( )内は私のコメント。

外付けの鉄製階段をコーン・カーンと音を立てながら四人は上って行った。
ドアを周平が叩く。
まもなく出てきたのは初老の女性(氷見市出身)だった。
「はい。」
「あ、こんにちは。僕ら幸嗣君(黒部市出身)の友人でして、お見舞いに・・・。」
女性は顔を曇らせた。
「バンドのお仲間?」
「あ、そうです。」
「せっかく(だ・・不要)やけど、帰ってもらえんけ。」
「え?」
「だれにも会いたくない(って・・・不要)言うとるがですちゃ。特にバンドの人とは。」
「・・・。」
「バンドも続けるかどうか、決めとらん(って・・・不要)言うとるし。
精神状態もいつまた悪くなるかわからんしね。」
女性は外に出てドアを閉めた。
「私、幸嗣の母やけど、悠奈さんちゅう人は一緒に来とられ(ね・・・不要)んがけ。」
「いや、今日は一緒じゃないです。」
「その人だけは絶対に来んようにゆうて。何が起こるかわからんからね。」
母親は中に入って、ちょっとだけ頭を下げ、ドアをゆっくり閉めた。
四人は項垂れて階段を下りた。


富山では、中央部を南北に走る呉羽山を境に呉西、呉東と読んでいます。方言もそれぞれで微妙に違う。また男女、年齢によっても使い方が違うのです。(五箇山はまた別)
私の育ったのは富山市内、それもど真ん中でしたが、高校卒業後は富山弁を使うということはほとんどありませんでした。そのために、いざ富山弁について聞かれると全く困ってしまいます。

高岡市の少し東寄りの大門に住む娘の夫である「Youちゃん」に今日電話して、呉西方面の使い方について聞きましたよ。小説の設定では母親は氷見市から黒部市に嫁いでいるようなので、どちらかというと呉東的な使い方になるのかなとは思いますが、方言というのは少年少女期、青春期の使い方で決まるので、なかなか難しい。
参考までに、Youちゃんが解説してくれた母親のセリフ。

「せっかくやけど、帰ってもらえんかね〜」
「だれにも会いたない言うとんがぃけど。とくにバンドの人とは。」
「バンドも続けっかどうか、決めとらん言うとっし〜、精神状態もいつまた悪なっかわからんからねえ。」
「私、幸嗣の母ながぃけど、悠奈さんちゅ人も一緒け?」
「その人だけは絶対に来んように言うといて。何起こっかわからんから〜。」

この方が、よりリアル富山弁かもしれません。東では「言(ゆ)うとんがやけど」と「や」が入り、西では「言うとんがぃけど」と「ぃ」(「や」と「い」の中間音)となる。
同時に、コトバだけを並べても富山弁にはならないのは、全国どこでもいっしょですね。イントネーションがからんでくるから言い回しはいっそう難しくなる。
若い子たちに昔の富山弁を聞かせても分からないんじゃないかなあ。お年寄りの使っている富山弁と現在とではまた異なりますからね。
若い女の子といえば、こんなのはいかが。水越ユカが歌う「あいのかぜ」富山弁バーション。


その他、富山県教委が収集した富山弁のコーナーがありましたよ。あんまり参考にはならんねえ。どちらかというと超年配の方々のおしゃべりですから。
ついでにiPhone4Sのコマーシャル富山版。これは若い男の子。
富山弁長いこと使わんから、おらも、な〜んわからんがになってしもたちゃ。ふう〜〜。



  3月4日(土)
何かとお騒がせの「塚本幼稚園幼児教育学園」のホームページをみると、「園長の部屋」というのがあります。こんなところ入りたいとは思わないけれど、今日の沖縄タイムスの記事を見て、ちょっとだけ覗いてみようという気になりました。2010年からお書きになっているようで、結構歴史がある。沖縄県で問題となっているのは、「平成27年2学期 園長の部屋」。そこには次のような記述があるのです。

沖縄県の状況も異常である。当初、沖縄だけでなく日本全体が占領され、日本全体が精神的に蹂躙された。大東亜戦争当時(昭和20年)は本土決戦準備に入り、一億玉砕を覚悟していた。昭和20年4月の連合国軍の沖縄進攻時には、戦艦大和も急行し、多くの特攻隊も散華した。当時の沖縄県知事は、先任の知事が逃げた後、大阪府内務部長が自分の命がなくなるのを知りながら赴任し、6月に県庁の職員とともに亡くなった。決して見殺しにはしていない。現知事は親中華人民共和国派、娘婿も支那の人である。もともと中共に従いたいと心から思っているので、中共の手先かもしれない。沖縄だけでなく、日本全国に米軍基地がある。日本のみで日本を守れない憲法の制約がある。まだ、武器を捨て、守ってもらっているという感覚である。

翁長知事が「中国と親しいのでは」という質問をした沖縄県議がいる。それに対しての答弁が沖縄タイムスに載っていました。
現体制を批判すれば「反日」といい、教育の分野ならば「日教組が子どもたちをダメにした」的なウソとデマの類いですから、まともに相手にすることもはばかられますが、ネット上では匿名をいいことにそうしたデマをまことしやかに流す連中に事欠かない。籠池理事長の余りにも下劣な「中共の手先」発言には開いた口がふさがりません。
「人間は姿形からみると すべての人は同じように見えるが よく見ると偽物と本物の人間がいる」んだそうですから、ご自身はどうなのでしょうか。

昨日の日刊ゲンダイによると、12日に国会前で2000人デモ、19日に3万人デモが計画されているということです。
レイバーネットでは、さらにくわしい行動予定が書き込まれていました。
『野党×市民の共闘で、森友10万人デモを起そう!』・・・怒りを行動へ。いまやらなくていつやるのかということですね。



  3月3日(金)  その2
午後からバラ園へ。3日連続の作業です。今日の目的は芽が動き出す前の消毒。今年はチームをつくって、機材も購入し、しっかり殺菌・消毒して木が病気になったり虫にやられたりするのを防ごうと総会で決め、さっそく実践したのでした。
昨日は昼頃から雨が降り出して適当なお湿りになったのですが、今日は昼前から一転してよいお天気に。木も渇いたのでしっかり消毒することができました。仲間の中に農家で機材を持っているメンバーがいるので助かります。
バラは芽が少し動いてきて、4月に入ればかなり葉が出てきそうです。園内は剪定を終えてすっきり。「こんなに見通しがよくなるんだねえ」と口々に言いながら見渡しています。
時間があったので、男3人で周回路の作業の続きをおこないました。この分だと割と早く仕上がるのではないかと思われます。もちろん作業はこれから山のようにあるので、6月初旬のバラ祭りまでせっせと手入れを行わないといけません。


さて、今日は石原元都知事の記者会見の日。バラ園でラジオを持ってきたメンバーがいましたが、電波の状態が悪く、さっぱり。帰ってニュースで聞く限りでは、責任逃れに終始。結局都知事として何も仕事をしてこなかったことを告白しているようなものでした。
こんな男であることは、都知事になる前から分かっていたことなのに、何を今更と思わない訳でもありませんけれど、責任の所在は明確にしなければなりません。安倍の支持率といい、これからは支持した人たちの責任が問われるということを自覚しなければならない時代。もちろん支持しなかった人たちは、それを言い訳には当然ながらできません。
それにしてもこの国の政治(=政権政党の政治家および官僚)の劣化はすさまじい。都合の悪いものは破棄したといえばいいし、言葉すら意味を持たない。政治とはそんなものだという日常に慣らされないように、声を上げ続けましょうね。



  3月3日(金)
「論語」(学而第一)の一節にある「有朋自遠方来 不亦楽」を持ち出すまでもなく、「友」あるいは「ともだち」は、人間の生活にとってある意味では恋人や夫婦以上に大切な存在であることもある。
ところで、「とも」とは何かを定義しようとしても、そんなに簡単なものではないことはすぐにわかります。
一般的な定義をしようとしてもほとんど意味がない。広辞苑でさえ、「常に親しく交わるなかま また、志を同じくする人。友人、ともだち」と実にそっけない。じゃあ、「常に親しく交わっていないといけないのかい?」と突っ込みを入れたくなる。「あいつとは志ぜんぜんちがうよなあ」とも。
今日の「しんぶん赤旗」に、坪内 稔典(つぼうち としのり、俳号ではねんてん)さんが、文化欄に面白いことを紹介していました。「ねんてん先生の文学のある日々」です。ねんてん先生は、俳人で日本文学研究者、京都教育大学名誉教授。正岡子規に造詣が深い方です。
その記事というのは、正岡子規が学生時代(21歳)、ノート「筆まかせ」に書き込んだという友達リストのこと。
それによると、友だちはいろいろ分類されていて、「正直で学識のある友」が第1等の友。「学問はそれほどでないが正直で淡泊な人」が第2等の友。「学識はあるが不淡泊、利己心が強く、同感の情の薄い者」が第3の友。やむを得ざる場合以外はこの第3等の友とは交際しないのだそうです。
それに続けて、友をさまざまに色づける。
愛友、良友、好友、敬友、益友、旧友、厳友、畏友、文友、親友、酒友、温友、剛友、賢友、郷友、亡友、高友、直友、少友。
もちろんそれぞれに名前が入っています。ちなみに、畏友は夏目金之助、剛友は秋山真之(のちの日露戦争時の海軍参謀)、高友は学生時代の漱石に作家になることをすすめた天然居士・米山保三郎という具合。友達にはいろんな友があっていいんだよと教えてくれているんじゃないでしょうかね。酒友や郷友、亡友なんて何等の友に当たるのか見当もつきませんが。
もっとも最近では、本当に「友」なのかどうか疑わしい「ママ友」とか「墓友」なんてのもありますから、その意味も変わってきているのか・・・。

話はちょっと脱線しますけれど、goo辞書(デジタル大辞泉)には、【補説】として、2013年に「あなたの言葉を辞書に載せよう」という企画があって、そこで応募された「私の定義」をたくさん紹介しています。これがなかなか面白い。

ともだち【友達】の意味

◆一緒にいて楽しいのが普通の友達。一緒にいるとお互いを高めあえるのが良い友達。一緒にいると足を引っ張るのが悪い友達。 (みちこさんの投稿)
◆何年ぶりかに会っても、昨日も会ってても、その距離が変わらない存在。 (mine-zouさんの投稿)

まあ、これらは普通の定義ですよね。

◆お金も肩も貸してくれる人。 (Synさんの投稿)
◆遊びに行ったとき、「あいつもくればよかったのにな」と思い出す人。 (kawatoさんの投稿)


このあたりになると、う〜〜ん、そうだよな、と思う。

◆一般的には、大事なものだが、好きな女性には言われたくない一言。「あなたとはこれからも―でいましょうね」 (高雄さんの投稿)
◆自分の人生を映画にした時、エンドロールで極めて最初の方に名前が出てくる人たち。 (JUGENDさんの投稿)


こういうのは、友達であるかどうかは別としてなかなかいいですね。
最初に方に名前が出てきても、忘れがたい悪友かもしれないし・・・。
さて、私の一生を振り返って、子規のリストには誰が入るのか。

最後にねんてん先生が記事の冒頭で中国・明代の詩人、高啓の「胡隠君を尋ぬ」を紹介しているので載せておきましょう。
川をいくつも渡り、途中の花を楽しんだ。春風の吹く川沿いの道はなんともすてき。いつのまにか君の家に着いたよ。以上のような詩だが、私も誰かをこの詩の感じで訪ねてみたい・・・ねんてん先生の言葉です。

  水を渡り 復(ま)た 水を渡る
  花を看(み) 還(ま)た 花を 看る
  春風(しゅんぷう) 江上(こうじょう)の路(みち)
  覚えず 君が家に至る



  3月2日(木)
午前9時からの国会中継で、共産党小池書記局長の質問を聞いていました。聞いていた人たちは私同様、あまりにひどい国有地売却の実態と理財局長の答弁にならない答弁と、首相のいい加減な態度に怒りを募らせ、小池さんの追及の鋭さに溜飲を下げたのではないでしょうか。
いよいよ具体的な政治家の名前が登場し、学園側から政治家への働きかけが明白になってきて、その実態解明が待ったなしになってきました。
自民党の鴻池祥肇元防災担当相の記者会見の模様は、なかなか興味深かった。札束の1つを「こんにゃく」っていうんですね。「無礼者!」という時代がかったセリフもなかなかのものですが、「野党に頑張って欲しい」「あんな小学校は認めちゃいかんですよ」という彼の言い方も火の粉を払いのけようという必至さが伝わってきて興味津々。
さて、口利きをした政治家はいなかったのかどうか。安倍首相はまるで人ごとみたいに自分は潔白だというだけで、真相を究明しようという意思はまるでない。
小池さんのすぐ近くで「頑張れ、もっとやれ」とばかりの顔で質問を見守る杉尾ひでや議員の顔も見えました。共産党にはさらに頑張って安倍内閣と、とんでも学校法人の森友学園の息の根を止めてほしいものです。

森友学園のような幼稚園、小学校(予定)が幅をきかせる素地は残念ながらこの国に広く存在する。まず籠池理事長自身が日本会議大阪の役員であるということ。安倍内閣の大半が日本会議国会議員懇談会に所属しているのですから、思想的系譜は同じ。同根ということです。
小学校認可の経過から日本維新の会(当時)との関係も当然疑われる。週刊朝日によれば上西小百合衆議院議員が自身のブログで「13年12月、当時所属していた日本維新の会の命令で塚本幼稚園を視察。園の素晴らしさを広めるのが命令の趣旨だったというが、「異様」と判断したためブログなどにアップしなかった」と書いていることを紹介しています。
ここで、あらためて森友学園のホームページを見てみましょう。
その教育理念には、「日本人としての誇り・貢献・達成力の確保 国家有為の人材育成」を目標とし、教育方針の柱として「五箇条のご誓文」「教育勅語の全文と十二の徳目」「歴史と伝統に基づいた教育」の3つが書かれています。このような小学校を設立することを大阪の審議会が条件付きながら「認可適当」と認めたのだとすれば、審議委員も含めて違憲行為を行ったことになる。
なぜなら、憲法に基づく教育基本法には「ここに、我々は、日本国憲法 の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する」と教育の基本方針を述べているからです。
戦後教育は、戦前の教育勅語を否定するところから出発したのですから、この学校の前提からして間違っている。その行き着く先が、「北朝鮮か」と言われるほどのあの幼稚園運動会のおぞましい姿です。
話は飛びますが、池田町で起こっている公民館使用許可取り消し問題に見られる一連の対応の背景に、憲法、教育基本法軽視の「素地」が全くないと断言できるのかどうか。
森友学園の突出した違法行為にマユをひそめたり笑ったりするまえに、身の回りに深いところで同様の事象が引き起こされていないか、見過ごしていないかを改めて検証したいものです。



  3月1日(水)
この頃またあちこちで地震が多く発生しています。忘れた頃にドッカーンとくる可能性がありますから、決して気を抜いてはいけないということですね。
私の住む地域に自治会は滝沢自治会といい、池田町でも規模の大きい方で4つの常会から構成されています。3年ほどまえに地域公民館(分館)の館長を務めたことはここでもたびたび紹介してきました。
その自治会で、かねてから懸案になっていた自主防災会の再構築問題にようやく決着がついて、今度の総会でその役員人事を含めて正式発足することになっています。
これまでは自治会の役員が変わる度に、防災会の役員も自動的に変わっていたのですが、それでは災害が発生したときに対応しきれないこと、日頃から組織機構の面からも常設に近い形を整えておくべきだという意見がかなり前から出ていて、その線にそって機構改革が検討されてきたのでした。
当然、組織編成は平常時と災害時のふた通りになりますが、先日準備に当たっていた自治会役員が訪れて、私にも役員に加わって貰えないかという要望があったのです。断る理由もないので、お役に立てるならということで、今度の自治会総会で信任されれば班長の役割を担うことになりそうです。
災害時には自分のことで精一杯になりそうですが、これからは自治会全体のことを見ながら物事を考えていかないといけません。被災地支援ネットの経験や、そこで出来た人脈などを活かす局面もあるかもしれません。さらに勉強もしないとダメでしょうから、何だか今後の人生設計がちょっと狂ってしまいそう。

今日も午前中バラ園に出掛けて作業をしました。役員全員(6名)が来てくれて、剪定の続きをやったり周回路の作業にあたったりと午前中一杯汗を流しました。
暖かい日差しが降り注いで、身体を動かすと汗が出てきます。朝はさすがにマイナス5度くらいですから、霜がびっしり。しかし、一旦日が昇ると暖かくなって、例年より早い春の訪れを感じさせます。近くの庭では梅の花が咲いていました。
明日は午後から雨の予報ですが、晴れていれば春を探しにでかけようかと思っています。




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