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  11月29日(木)
日本の警察も司法も、さらにはマスメディアも、ある容疑がかかり仮に逮捕されたとしてその瞬間に「推定有罪」と本気で思っているのではないのか。逮捕した以上は容疑を立件し何としても有罪に持ち込む。そのためにはたとえどんなに長期拘留になろうと、人権が無視されようと、見せしめ的に決して留置所から出そうとしない。
沖縄での山城博治さんの場合は微細な容疑で長期拘留され、その間、家族にも会えない接見禁止下に置かれました。国際人権団体などから日本がいかに後進的な警察システムになっているのかを問う厳しい批判にさらされてようやく保釈したのは逮捕から5ヶ月(152日間)もたってから。普通の人なら気がおかしくなって自白強要に屈したとしても不思議ではありません。
籠池夫妻も全く同様に2017年9月11日に起訴されたあと、拘留と接見禁止が続き保釈されたのはなんと10ヶ月後。山城博治さんでさえ、「籠池さんが心配でならない」と述懐したほどなのです。
そして、あの日産もと会長のゴーンさん。容疑はどうであれ、長期拘留になる懸念が指摘されて、日本の警察制度のあり方にヨーロッパなどから厳しい目が注がれ初めています。
自白するまで拘禁するという戦前の代用監獄制度が現在も温存され、「人質司法」と呼ばれている後進性は恐るべきものがあります。これが、推定有罪を助長し、有罪が確定したわけでもないのに顔写真がばらまかれ、家族の生活が暴かれ、嫌がらせが横行する1つの有力がベースとなっているのです。
日産内部のクーデターかと言われるだけあって、ニュースで報じられる事象を見れば容疑にはそれなりの説得力はあるにせよ、検察が容疑を立証するにはあまりにもずさん。鳴り物入りでマスコミが報道した“約50億円の報酬の有価証券報告書虚偽記載”という検察のシナリオがもはや崩れてしまっているのですから。さて、このままゴーン氏を極悪人として描くシナリオが続くのかどうか。ヨーロッパ各国からの痛撃にさらされて日産・三菱は持ちこたえられるのかどうか。これを引き金に株の大暴落の予感すらするこのゴーン氏逮捕と長期拘留。おそらくどんな事態になっても誰も責任をとらないことだけば間違いない。
断っておきますが、日産労働者の立場からは、ゴーン氏本人がどんなに高額報酬であろうが、自らの権利が守られ雇用が守られ、安心して働ける職場を作ってくれさえすれば何も問題ない。それだけの仕事をしたのだからといえるでしょう。しかし、これまでのゴーン氏の日産立て直しの「手腕」とは、あくまで労働者の犠牲のうえに成り立つものでした。その点では、擁護できる何ものもない。これは何日か前に書いたことでしたね。
これほど強欲な資本主義は日本と本家アメリカぐらいのものでしょう。日本の大企業の後進性が、日本の警察・司法の後進性と相まって、とんでもない事態を引き起こそうとしているのではないかとさえ思えます。
外国人労働者をこの国では人材=人的資材という。ひと頃、派遣労働者を資材としか見なかった企業もあった。



  11月28日(水)
昨年12月に例の公民館問題が中間的ではあれ一定のまとめを行い、教委が手続きの誤りを謝罪して「つどい」側と今後の方向での合意をかわしました。それからほぼ一年。
合意文書によれば、引き続き協議を行うはず(!)であったのに、再三にわたる「つどい」側からの要請にもかかわらず教委は十分な返事をしてきませんでした。人事異動や内部での調整が1つの理由ではあるにせよ、教委の誠意を疑わせるものでした。
今年11月末になって、ようやく事務レベル協議に応じた公民館側。その協議とこちらからの要請に応じて、今度はさっそく教委の見解(案)を示してきました。
社会教育法の解釈については依然大きな隔たりはあるにしても、新しい社会教育センターとして生まれ変わる施設をどのように運営するのかが問われる現在、そろそろ一定の結論を得て公民館問題を終結させるべきではないかというこちらの提案に答えたものです。
詳しくはまだここでは書けませんが、双方の真面目な協議を積み重ねて一定の結論を導くという態度で最後まできちんと対応することが大切になっています。
今日夕方はその対策会議。こちら側の意見をまとめて、あらためて事務レベル協議を行い、年内の決着に向かう予定です。

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公民館問題とは直接関係はありませんが、公的施設が右翼的な人間の電話などでの妨害にさらされ、予定していた講演が中止されるという事件が京都で起きました。
その講演会とは、11月24日、京都府南丹市の市国際交流会館で開かれる予定であった精神科医香山リカさんの子育て応援をテーマとしたもの。
「日の丸の服を着て行ってもいいのか」といった匿名の電話など電話での抗議が5件、一人の人物が「香山さんをよく思わない人が行くかもしれない。大音量を発する車が来たり、イベント会場で暴力を振るわれ、けが人が出たら大変だろう」と中止を迫った事例(京都新聞)があったといい、市は「本来は警備体制をしいてでもやるべきだが、会場の混乱を避けるためにやむを得ず、講師の差し替えを決めた」(京都新聞)のだそう。
市は警察に相談したというものの、こうした脅迫めいた電話や右翼の妨害をほのめかす言動は明らかに威力業務妨害罪。香山さんの言うとおり「行政は毅然とした態度」で臨むべきです。
ネット上で明らかにされているこの問題の背景を見ると、訪問した男性は地元の右翼団体の代表。その妻が夫の所業であることをはからずも全国にネットで言いふらしているのですから始末に負えない。
実際にこのお方のフェイスブックでの書き込みをご覧になるといい。ム○○氏も真っ青な超右翼ぶりがよくわかります。

11月14日16:58
  今日中学生の娘が学校から持ち帰った連絡プリントです。
  こんな輩に子育て応援されたくない!
  今主人が早速役場に抗議に出かけてます(`Δ´)
11月17日12:26
  先日投稿した子供が持ち帰ったお知らせプリント
  『子育て応援後援会』講師(極左有名精神科女医)
  南丹市に講義したところ、インターネット検索でどんな女医かを関係者が初めて知り、
  緊急会議ののち今回は講演見送り、別の講師をということで難を免れました。
  よー調べてから呼ばんかい!
11月23日17:08
 『民族運動の成果』と主人は申しております。


先にも書いた表現の自由という観点から、ネット上で右翼的な意見を書き連ねることを否定するわけではありません。しかし、明らかな民族差別、レッテル張りによる暴力的な排除、傷害予告、脅迫などは犯罪の範疇に入るものであり、言論の自由とは異質な次元もの。市に抗議に行ったのは「愛国団体敬愛倭塾(代表・小嶋和正)という田舎ネトウヨ」(妻は先に紹介した小嶋由紀氏)(たかひら正明氏のブログ)。
自分の意思で講演の主旨に抗議するのはかまわないでしょう。しかし、香山氏が「極左」だから中止を求めるというのは講演の主旨とは関係がありません。
LITERAでも指摘されているように、香山氏が代理店から中止の連絡を受けたのは11月19日。しかし、この書き込みのお方は11月17日にすでに知っているのですから異様なことです。

この手の脅迫まがいの電話や抗議は昔からいくらでもあった。今日の問題の1つはネットでのこの種の情報の意図的拡散(とりわけネトウヨ)であり、もう一つは、行政の対応です。
ネット右翼の跋扈については、しばらく前まではカウンターらしい言動はほとんどなかったけれど、現在は相当に様相が異なってきています。積極的な発言が多くなっている。これは喜ばしいことです。
もう一方の行政の対応では、この事件のように、とにかく「事なかれ主義」で無難に過ごす、あるいは政府に逆らわないように「忖度」(住民の意図は忖度しない)するという態度が、ここ数年ますます顕著になってきています。
「子どもやお年寄りに危険」などという言い訳が通用するなら、この種のどんな行事も行えないことになる。とくに今回は「子育て」がテーマであって、とくに政治的な発言が目的で企画されたわけではない。そして、この集会の内容とは全く別の香山氏の政治的見解を理由に中止を求めているのですから、その異常さは際立っています。
行政に対しては、道理を尽くして中止の不条理を明らかにし、それでも行政が聞く耳を持たないならば大衆的に断固としてたたかう以外にありません。基本的人権が脅かされるときに黙っていることは加担するも同然だからです。
問題は政治的な偏りがあるかどうかではなく、政治的立場にかかわらず言論の自由が公的な場で守られるかどうかの問題です(この点では篠田博之氏の論考が参考になる)。もちろん集会や講演会を潰せというヘイト勢力からの言いがかりは言論の自由とは別次元です。



  11月27日(火)
今日はまた何という日差し。朝は霜が降りるほどの気温でしたが、日が高くなるにつれて気温がどんどん上昇、車のエアコンをつけなければいけないほどの陽気になりました。

昼過ぎから予定通り整形外科へ。ここ2ヶ月ほど理学療法士のリハビリを受けていて、いろいろ試していたのですが、一向によくならない。ところが前回から腰のやや上部にバスタオルの巻いたものを当てて脊柱の湾曲を矯正する動作を取り入れたところ、なんとなく痛みが改善し始めたのです。
今日、そのことを報告すると主治医が顔をほころばせて、「もう少し早く気がつくべきでしたね。かえって教えてもらったようです」と言う。
「なぜ、この運動が痛みの改善につながっているのでしょうか」と聞くと、「腰をそらすと普通は負担がかかるのだが、手術によって脊柱管の通りがよくなっており、身体を反らせても前のように神経を圧迫することがなくなっているではないか。周りの筋力をつけることで、より改善することが期待できる」というような話をしてくれました。
分かったようでもあり分からないようでもあり、ともかくあとしばらく運動を続けて背筋・腹筋を鍛えるように努力してみることにし、年明けにまた診察をうけることになりました。いままで使っていない筋肉をほぐし、筋力をつけることに主眼を置いて、痛みを軽減できるようにすることが冬の日課になります。まじめにやろっと。

夕方には、松本協立病院の歯科センターで歯のお掃除。4月に手術前の口腔ケアの際、歯の掃除はやってはいましたが、虫歯にならないうちに改めて歯の検査と歯石取りをやっておこうと先日から通っているのです。
広いフロアにはたくさんの診察台が並んでいて、2年前からさらに5台ほども台が増えていて壮観。たくさんの歯科衛生士の方が医者とともに忙しく立ち働いている。歯石を取ってくれるのは若い歯科衛生士。マスクをしているからみんな美人に見えてしまうのですねえ(実際みんなそうなんだろうなあ・・・)。
タバコのヤニで黄色くなった歯だし・・・本当に申し訳ないなあと思いつつ、「はい開けてください」「ゆすいでくださいね」という優しい声に恐縮してただただ言われるままになっていたことでした。
担当の歯科衛生士の女性、歯磨き指導と称して、やさしくていねいにゆっくりと表裏を磨いてくれましたよ。こんなことは初めて。「ああ、毎日通いたい」と思わず言いたくなりましたっけ。

午後6時からは、こどもじゅく特別教室。進級および受験のために特別な手立てを必要としている子を、いつもの木・土以外に年内をメドに短期開設しているのです。
学校に普通に通えなかった子が増えているのが最近の特徴で、それだけに対応が難しくなってきています。ただ、学生のみなさんが大勢参加してくれているので、ずいぶん助かっている。
迎えに来たお母さんに集めた米を配っていたとき、ある方が「安売り店で10キロ1500円の米を買ったら臭いがひどかった」とぽつり。どんな思いで、できるだけ安い米を買っているのか。
「これは一年前の米だけど、籾から精米しているので美味しいですよ。私も食べてみましたから」と言うと、「年末に上の子たちが帰ってくるから、そのとき食べさせてやりたい」と答えながら本当に嬉しそうに受け取ってくれました。そんな母親の顔を見ていると涙が出そうになります。
子育てをしながら必死で働いて、それでもやりくりに窮する人たちの存在を忘れるわけにはいかない。「お子さん達が独り立ちして稼ぐことができるようになったら、今度は私が助けてもらわなければね」と私の思いも忘れず伝えておきました。
私たちの「こどもじゅく」は救貧慈善事業ではありません。かんたんに言えば自立支援の社会活動。「お互いさま」の助け合いと連帯の活動です。私たちとともに父母も参加する自己実現の活動なのです。子どもたちも「じゅく」の主体者ですから、クリスマス会などでは準備から運営まで父母とともにかかわります。
経験を理論化し実践を通して検証しより豊かな活動へとすすめる。なんだか学生時代の地域子ども会活動を思い出してしまいます。



  11月26日(月)
明日は市民劇場の例会なのですが、私が医者通いとこどもじゅくで予定がいっぱいなので、一日早い松本市民劇場の例会に行ってきました。出し物はメーテルリンクの「青い鳥」(ミュージカル)。ピュアマリーの舞台です。
こちらは「全労済文化フェスティバル2018夏参加作品」として夏に上演された舞台の(株)スペースゼロによる紹介。おなじみのストーリーだったし、発声もそれぞれマイクを潜ませていてクリア。コーラス部分が少しうるさすぎになるのが気になりましたが。
どちらかというと子どもが家族連れで観賞するのにピッタリのファンタジーで、くつろいで楽しく観ることができました。

ファンタジーといえば、MNEMOさんの連載小説「蹉跌集め」が昨日(とりあえず)完結しました。おめでとうございます。
すでにPDF版ですが、まとめて読めるようにいたしましたのでお収めください。なお前作のトーホグマンも合わせて読みたい方にはこちらへ。
中断があるため、MNEMOさんのブログをたどって読むのも一苦労なので、自分自身のために(が中心)PDFファイルにまとめたものというのが正直なところですかね。ただ、都合のよい人も結構いるのではないかと思い勝手に公開した次第です。
ただし、スマホで読むには、大きなファイルをダウンロードしなければならないので、全く不適切。ゆっくりPCでお読みになることをお勧めします。

大学生のバンド仲間の音楽作りや美しく若い一人の女性(悠奈)をめぐる確執からはじまるこの小説、第1部から第2部ではMNEMOさん自身がアメリカ公演中に凶弾に視力を失うという衝撃のストーリーが展開し、最後にはトーホグマンと区別がつかなくなるようなファンタジーの世界に入り込んでいくのですが・・・。
あらすじをちょっと書き始めて、全部消してしまいましたよ。とてもじゃないけれど一口で言うのは難しい。ま、あえて言えば「MNEMOワールド全開小説」かな。MNEMO流ダジャレも各所で炸裂していますから、それだけでも(失礼!)面白い(今回は感想にちゃんと書きました!)。
MNEMOさん自身、「荒唐無稽」という言葉を何度か使っていましたが、先の「青い鳥」だって、ある意味「荒唐無稽」。人間の本質をえぐり出すためには不可欠の手法です。
MNEMOさんが前作を含めて執拗に追求しているのが、今に生きる人々につながる過去何世代もの人間たちの「血」。流された血という意味ではなく血脈ですね。「〜の血を引く」というあの血です。
もちろん優秀な血筋とか、劣等の血とかという俗っぽい意味は全くありません。遡ればアフリカで誕生した人類から連綿と続く血とでもいえるほどの多様性にこそ人間の本姓があり、それゆえに鳥獣・草木に至るまで愛おしいこの世界の中の人間という観点が不可欠なのだと訴えているように私には思えました。
単なる血スジなどと言われれば、私には相当な違和感があります。「それがどうした」といいたくなる。妻だって、分厚い家系図をたどって琉球王朝の末裔であることを知って、1つの語り草にはなってもやはり「それがどうした」なのです。沖縄の人々はおそらくほとんどが何らかの形で琉球王朝につながっているのですから。貴賎貧富などと関連付けられるはずがない。
MNEMOさんがこだわっているのは、そうした血スジの善し悪しということではなく、間違いなく今日の自分自身の中には過去の歴史(世界史、人類史)の中で生きた様々な人々の喜びや哀しみ、愛情、憎悪、葛藤・・・などが織り込まれているはずであり、自らの人格を形成している(する)土台・素地となっているはずだろうということです。その自覚が、よりよい自己を作り上げていく大本となるということです。

この小説の読み方は人それぞれ。自分自身にとって書いた意味はあっても、絶対にこう読んでほしいなどとMNEMOさんは言わないでしょう。だいたいMNEMOさん自身「執筆中の余録」で、「実はすさまじい愛の物語を書いてみたいという願望があります」と書いているのですから、「悠奈」が今後どのような愛の世界に踏み込むのか、その1つの「前史」を書いたのだ、そんな読み方もできるかもしれません。
忘れてはならないのは、トーホグマン同様、「まつろわぬ者」への共感、人々を踏みにじる暴力への抵抗などが音楽を通して、文学を通して表現されていること。

それにしても、MNEMOさんの博学ぶりには毎回舌を巻きますね。知識だけならコピペで済みますが、そうではなく歴史的事象(歴史的であってもなくても)がMNEMOさんに取り込まれて、やがて確かな意味をもってアウトプットされていくその醍醐味。何と言ってもそれが「MNEMOワールド」の核心であり魅力なのです。
それに比べればどうでもいいような私のブログでもお読み下さっている方は、ぜひMNEMOワールドに触れてみてくださいね。



  11月25日(日)
気象庁地震情報によれば、20日から25日にかけて震度3〜4の地震が東北、四国などで起こっています。
11月25日18時19分 震度3 徳島県北部・南部
11月23日23時30分 震度4 福島県浜通り 震度3 宮城県南部 福島県中通り 茨城県北部 栃木県北部
11月23日23時30分 震度4 福島県浜通り 震度3 宮城県南部 福島県中通り
11月21日04時10分 震度3 宮崎県南部平野部
11月20日15時10分 震度3 青森県下北
過去の状況から見れば、あちこちで起こっている地震の1つかもしれませんが、今日の徳島県の地震は中央構造線断層帯から南に少し離れた海に近い地域で起こり、南海トラフ地震との関連で気になる地震ではあります。
南海トラフでのM8〜M9クラスの発生確率は今後30年で70%〜80%(2013年では60〜70%)。南海トラフでM9.1規模の地震が発生した場合、大阪府の2013年の被害想定では、府内の死者が最大13万3891人(=早期避難率が低い場合:津波11万4千人、堤防沈下1万9千人など)となるとしていました。
大阪では今年の6月18日には大阪府北部を震源としてM6.1、最大震度6弱の地震が発生、死者5名を含む大きな被害が出たことは記憶に新しいところです。

大阪での2025年万博開催が決まって、大阪府ではさっそく会場整備などの予算140億円を補正、湾岸部の人工島への地下鉄延伸の調査費などを盛り込むのだとか。
菅官房長官などは「関西圏の活況にはものすごく大きなインパクトがある。大阪に一つの核ができた」と手放しの喜びよう。
人工島「夢洲」は大阪府・市が万博会場の隣にカジノを中心とする統合型リゾートの誘致を目指しており、万博+カジノのセットというのが狙い。
私は、現在府や政府が考えているような万博なら辞めるべきだとと思っていますが、その理由は、万博の内容や持ち方よりも、南海トラフ巨大地震の心配をする方が先だと思うからです。
発生確率70〜80%というのは、本当にいつ起こってもおかしくないという切迫した数値です。大阪府は、それなりに被害想定もし、対策を立ててはいるものの、巨大な津波や建物倒壊、火災などから住民をどう守りどう避難させるのか、また、膨大な数のけが人や帰宅困難者をどうするのか、現在の対策の状況は全くお寒い限りです。だから「自助・共助」が必要だと強調するんでしょうね。被害が大きくなればそれは逃げるのが遅かったためであり、防災対策を怠ったからであり、すべて「自己責任」なのだというわけです(ちょっと強調しすぎですけれど)。
私は言葉は嫌いだけれど、「自助」「共助」を否定するものではありません。現に我が自主防災会でも今年の強調点はまさにこの点にあるからです。
だが、仮にこの言葉を使うとしても「自助・共助」は「公助」を前提としたものであって、逆ではありません。行政は大体このことを取り違えている。
大阪府も市も、この10年ほどは切迫した巨大地震から住民をどう守り、産業基盤を保存するのかに腐心すべきであって、万博に浮かれている時期ではないのではないか。巨大地震が起きてからでは遅いのです。

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ここしばらくの写真をご紹介しますね。
まず、先週バラ園から持ってきた冬薔薇。私たちはバラ園の冬装備。


続いて、低気圧通過後の昨日の北アルプス。もう麓まで雪が迫ってきました。昼になると頂きを残して消えてしまいますが・・・。


下は昨日のこどもじゅくに持って行ったお米。量が多いので、古米からどんどん持って行ってもらっているのですが、さすがに新米(写真:米袋入り)は12月6日に行うクリスマス会でのプレゼント用に保管しているところ。まだ私の家に20袋くらい残っているので、この次に運ぶ予定です。軽トラで4回も運んでいます。
昨日は、お米とともに、畑でとれたニンジン60本、大根30本も運びました。中学生が、ニンジンを生でガリガリかじって、「うまい」といいながら3本も食べてしまった。たのもしい。
私も食べてみましたが、確かに甘くて美味しかったです。何しろ、こどもじゅくに行く前に妻と畑で掘り起こした新鮮そのもののニンジンですからね。






毎回、持って行った野菜はスタッフが懸命に仕分けし、帰りに持っていってもらうのです。来週には知人が長ネギを提供してくれるので、仲間たちと掘り起こして運ぶ予定ですが、何しろ大量。軽トラいっぱいになりそうでコワい



  11月20日(火)
Mr.Ghosn's gone....なんて言っている場合でないのかな、影響は想像できないくらい大きいのですから。
ゴーン氏は労働者の側からいえば非情な経営者でしかありません。日産を短期間で立て直したといっても、首切り、工場閉鎖など「資本主義的合理化」を徹底したわけですから「経営立て直しのカリスマ経営者」などと美化する余地はありません。
その報酬を「国際水準」だとして受け取りながら、なおかつ有価証券報告書虚偽記載の疑いというのですから、徹底的に調べて証拠が固まったならば法に基づいて厳正に裁いてほしい。
企業が物作りの原点を忘れ利益のみを追求し、労働者の労働環境や暮らしをないがしろにするならば、必ずそこには不正・腐敗の落とし穴が大きく口をあけている。今日の大企業の姿はまさにそれです。不正が明るみに出て、経営者が頭を下げない日はない。
こうした企業の代弁者となっている政治家のみなさんも、結局はその土壌に育ち同じ空気を吸っているわけですから、政治腐敗への道をたどることになる。そんな風景に慣れっこにさせられてはたまりませんね。
そういえば、今日畑に出かけて、1ヶ月ほど前に植えたタマネギの苗を見たら、かなり「根腐れ」になっていた。隣のキュウリ農家のおばあさん(90歳近い)の畑も、2/3ほどの苗が立ち枯れて、根が腐っている。世の中の「根腐れ」菌がこんなところにまではびこってきたんじゃないかと思わされたことでしたよ。

今朝、朝日系のモーニングショーを見ていたら、2歳のときに自閉症と診断されたピアニストの紀平少年を紹介していました。絶対音感の持ち主で、一度聞いた曲をピアノで再現する能力にも優れている。こんな子がいるんですねえ。
でも、それは本人の潜在能力だけではなく、家族の理解と支えによるところが大きい。苦労をいとわず我が子の才能を伸ばしてやろうとする愛情の深さが、その子の天才を伸ばしていくのでしょうね。
昨日の夜、たまたま録画していた「シャイン」を妻と観ていただけに、正反対の家族像とピアノとの関わりについて考えさせられました。

ところで、GPシリーズ第5戦ロシア大会で羽生結弦くんがショートプログラムで使った「秋に寄せて」に人気が集まっていますね。ネット上でも結構な話題に。
この曲の美しさが彼に乗り移ったように氷上を舞った彼の演技は過去の羽生君の演技とは別次元のように私には見えましたっけ。
私が触れたいのは、この曲のことではなくこの曲の作曲者Raul Di Blasioのこと。
アルゼンチンの南部に生まれ幼少の時からクラシック音楽とピアノに興味を持ち、20歳でブエノスアイレスに出てからビートルズの影響を受けてロックバンドを結成。その頃も一日12時間もピアノを弾き「指に羽根が生えたよう」と言っていたという逸話が何かに書いてあった。
70年代には活動拠点をチリに移して、ピアニストとして積極的な活動を開始。その曲にはクラシックとともにラテン音楽、映画音楽など多様な要素が完全に彼のものとして融合されているように思えます。だから、「Raul Di Blasio - Otonal(秋に寄せて)」のように、遠く離れた日本にいても、リリカルで、郷愁を誘う曲想に思わず引き込まれてしまうのでしょう。
反面、こんな曲「Gitano」もカッコいいの一語に尽きる。
しかし、彼のすごさはそれにとどまらない。人々を楽しませるすべを心得ている超一流のエンタテイナーなんですね。
かつて、イタリアの歌手や演奏者について触れたときにも同様のことを書いたことがあったかもしれませんが彼本人も聴衆も「オトナ」なんです。若者から年配者の、誰にも愛されるピアニストであり、作曲家であり、舞台を作る人でもある。日本じゃ考えられない。
「秋に・・」を聴いているだけでは単なる「音鳴る」。Raul Di Blasioの音楽への情熱と心意気に応える南米の人々・・・下のコンサート(Guayaquilとありますから多分エクアドル)のような、こんな世界があるのだということを知るだけでも楽しい。心が躍ります。(再生できない場合はこちら





  11月16日(金)
朝7時少し前、いつものように縁側に出てみたら、燕岳頂上近くの燕山荘が朝日に輝いていました。燕山荘の窓ガラスに朝日が反射して、ただ強烈な輝きだけが見えるという、それだけの話なんですが、山の頂が強い光を放っている光景はなんだか心引かれるものがあります。
数日前にも同じことがあってカメラを持ってさて撮そうとしたら、もう光が弱まってほとんど見えなくなってしまった。今日もまた外にでて撮そうとしたら同じように光が弱くなってしまった。よほど運が悪いのでしょうか。
10分ほどして見たら、また強い光が。ところがすでに雲がかかって、雲の切れ間から光が漏れている。雲間に光る一等星のような感じでした。写真上部山頂中央の白い点が燕山荘。カメラがよくないので光なのかキズなのかわからない。
とにかく雲の流れが速くて、あっという間に山が見えなくなり、諦めて家に戻り、8時頃外を見たら今度はあたり一面深い霧。冬が近くなるとこんな情景が繰り返されるんですかね。






14日の日ロ首脳会談で「『日ソ共同宣言』(1956年)に基礎を置き平和条約交渉を加速化させると一致した」(毎日)との報道が流れています。
日ソ共同宣言』とは言うまでもなく「日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する」ことを取り決めた合意事項です。しかし、上の条項に続いて、次のような文言が見えます。
「ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」
この宣言自体、領土問題を歯舞・色丹2島に限定していることや平和条約締結後に「引き渡す」としている点で、領土問題の解決でも平和条約のあり方という点でも日本の主権放棄に等しい宣言でした・・・が、それはひとまず置くとしましょう。
問題は、プーチンの対応です。メディアによれば、シンガポールで15日に行われた記者会見で、「歯舞群島と色丹島の2島の引き渡しについて『どのような基準が設けられて、どちらの主権になるのかが記されていない』と述べた」(毎日web)というのです。歯舞・色丹の主権がどちらになるのかを交渉しようというのですからひどいもんです。
時事通信は専門家の分析として「2島返還も簡単でない」とし「対日関係に詳しいロシアの専門家は過去のプーチン氏の発言を考慮すれば、ロシアが『簡単に2島を引き渡すことはない』と指摘」したと書いていましたっけ。

共産党志位委員長は昨日のツイッターで次のように書きこんでいました。

「北方2島の主権は交渉対象=日ソ共同宣言でロ大統領」 首相よ、ここまで馬鹿にされて黙っているのか。日ソ共同宣言には「歯舞、色丹を日本国に引き渡すことに同意する」と明記。「引き渡す」が主権は交渉対象などありえない話ではないか。

もっともスジの通った領土・外交政策を持っている共産党ならでしか言えないことでしょう。今日の「しんぶん赤旗」はその政策に基づいて、「『2島返還で平和条約』は絶対にやってはならない」と委員長の会見の内容を伝えていましたし。

そもそも、いわゆる「北方領土問題」について全く前進しなかった背景には、最大の要因としてスターリンの領土不拡大の原則に反したヤルタ密約があり、次に、それを明確にすることをせず千島列島を含む島嶼部分が日本の領土であることを明確に主張し得ず4島のみに限定した日本側の外交方針があり、最後に日米安保密約による米軍の日本支配がありました。
昨年8月に出版された矢部宏治さんの「知ってはいけない隠された日本支配の構造」の「はしがき」で、矢部さんは次のように書いていたことが想起されます。

外務省がつくった高級官僚向けの極秘マニュアル(「日米地位協定の考え方増補版」1983年12月)のなかに、
○アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる。
○日本は合理的な理由なしにその要求を拒否することはできず、現実に提供が困難な場合以外、アメリカの要求に同意しないケースは想定されていない。
という見解が、明確に書かれているからです。
つまり、日米安全保障条約を結んでいる以上、日本政府の独自の政策判断で、アメリカ側の基地提供要求に「NO」ということはできな。そう外務省がはっきりと認めているのです。

さらに、この話にはもっとひどい続きがあって、・・・たとえば日本とロシアとの外交交渉には、次のような大原則が存在するというのです。
○だから、北方領土の交渉をするときも、返還された島に米軍基地を置かないというような約束をしてはならない。(原文は本文末に別記)
こんな条件をロシアが呑むはずないことは小学生でもわかるでしょう。
たとえ日本の首相が何か大きな決断をし、担当部局が頑張って素晴らしい条約案をつくったとしても、最終的にはこの日米合意を根拠として、その案が外務省主流派の手で握りつぶされてしまうことは確実です。
2016年、安倍晋三首相による「北方領土返還交渉」は大きな注目を集めました。・・・・
ほとんどの日本人は知らなかったわけですが、この時点ですでに、1ヶ月後の日本での領土返還交渉がゼロ回答に終わることは、完全に確定していたのです。


プーチンの頭には、当然日米密約があり、それが歯舞・色丹の主権は譲れないという態度につながっていることは容易に推測できることです。安倍の頭にそのことが座っているのかどうか。まずないでしょうね。
2016年11月の日ロ首脳会談で、安倍がプーチンから「君の側近が『島に米軍基地が置かれる可能性はある』と言ったそうだが、それでは交渉は終わる」と迫ったとき、首相は「全くの誤解。これから交渉しよう」と応じたと朝日新聞が書いていましたが、安倍さん日米密約の恐ろしさを本当に知っていたとは思われません。
プーチンに頭をなでられ「シンゾー」と呼ばれて、自分にしか領土問題は解決できないと思い込んでいる安倍さん、結局いいように言いくるめられ、平和条約の締結はしたが領土問題は一切解決せずということになりかねない、本当に危うく屈辱的な外交です。

【原文】・・・「このような考え方からすれば、例えば北方領土の返還の条件として「返還後の北方領土」には施設・区域を設けない」との法的義務をあらかじめ一般的に日本側が負うようなことをソ連側と約することは、安保条約・地位協定上問題があるということになる」(「知ってはいけない隠された日本支配の構造」14ページ)



  11月12日(月)
土曜日は定例の「こどもじゅく」、昨日は大町9条の会主催の映画会「コスタリカの奇跡」に出かけました。そして今日は、午前中は例の公民館使用許可取り消し問題での教委との事務レベル協議。午後からは「ちょろぎ」の収穫と、結構あれこれ忙しい。

今日は「コスタリカの奇跡」について少しだけ。
コスタリカという中米の小国が軍隊を廃止した国としてだけは昔から知ってはいたもの、その経過や今日の姿は全く認識の外にあったので、映画の内容には驚くばかりであり、深い感銘をうけました。
この作品については、ここであれこれ書くより、シネマガイドやいくつかのブログの解説(たとえばこちらこちら)が一番でしょうね。
監督兼プロデューサーが二人ともアメリカの大学(准)教授であるのがスゴい。二人とはマシュー・エディー(Matthew Eddy)氏とマイケル・ドレリング(Michael Dreiling)氏。
マシュー・エディー氏はサザン・ユタ大学の社会学の准教授、マイケル・ドレリング氏はオレゴン大学の社会学の教授。両氏ともアメリカでの社会的な活動に積極的に関わっており、とくにマシュー・エディー氏はこの映画の撮影のために3年の間の夏を使ってデータ収集やインタビューを敢行したとのこと(プロフィールはこちら)。また予告編は次のとおりです。


内戦という痛苦の歴史を経るとともに、アメリカの中米干渉・戦争政策にさらされながらも、戦後の経済改革と有能な指導者のイニシアチブによって軍隊を廃止、その予算を教育・医療にまわすことによって「地球幸福度」世界一の国作りに成功する。
結果、教育費、医療費は無料、国土の4分の1以上を自然保護しており、面積当たりの生物多様性は世界一といわれ、さらに電力の発電は自然エネルギーでほぼ100%を達成、世界初のカーボンニュートラル国家を目指していると言われているのです。(データの引用はこちらのブログから)
軍事力のない世界を想像することすらできない人々、軍隊でなければ国を守れないと考える人々からは、アメリカの庇護のもとにあるできるのだとか、有事の際は徴兵制があるだとかという見当外れの「批判」がありますけれど、中米の小国がアメリカの執拗な干渉を見事にかわしてこのような国作りに挑戦して成功を収めることができたことからは、いくら学んでも学びきれるものではありません。この驚異の小国は、その存在は巨大であり世界の希望です。
映画に見るコスタリカの指導者も国民も一様に知性にあふれ、前向き志向です。トランプのアメリカも病んでいる部分は多く人々の中に反知性主義がはびこってはいるけれど、反面若者のなかには社会的に活動し理知的な人々が数多く生まれているのは希望です。
自分の考えを自分の言葉で語ることができることは理知的であることの第1条件でしょう。さらに、行動するかどうかは別として、見識の中に社会的な存在としての自己(他者への理解と共感・敬意)が座っていることも必要条件の1つ。

憲法9条をなきものにしようとする勢力によって、戦争政策がじわじわと国民の中に持ち込まれ広げられてきているこの国の姿は、小国コスタリカの足下にも及ばない。
さて、我々はコスタリカから何を学ぶのか。その前に映画をしっかり見ないといけませんね。
会場で上映されたのは60分バージョン。90分バージョンにはアメリカの干渉政策の実態などがさらに克明に描かれているのだとか。5000円出してもDVD手に入れたいものだと(まだ実行していませんが)、つい思ってしまったことでした。 



  11月10日(土)
戦時性奴隷制度(いわゆる「従軍慰安婦」)の報道をめぐって、元朝日新聞記者だった植村隆氏に対して「記事をねつ造した」などと誹謗中傷を重ねた文藝春秋社、西岡力氏、櫻井よし子氏らを名誉毀損で訴えていた裁判で、札幌地裁が昨日原告の請求を棄却するという判決を出したことが小さく報道されました。
「ねつ造」キャンペーンが始まったのは、もう5年も前の話。桜井、西岡氏などの記事に触発されて、植村氏に対する常軌を逸した脅迫・嫌がらせが頻発、さらにはそれが植村氏の高校生(当時)だった娘さんへの殺害予告にも発展、当時働いていた神戸の大学教授職を断念せざるを得なくなり、講師を務めていた北星学園大学にも爆破脅迫などが相次いだのでした。
こうした異常な行動をあおったのが、週刊新潮、週刊ダイヤモンド、月刊WiLLなどであり、執筆した中心人物が櫻井よし子氏であり、当時週刊文春の記者だった西岡力氏であったのです。

そもそもこの問題は、もう今から27年近くも前の植村氏の署名記事が発端でした。それが右の記事。ただし、写真は不鮮明なので本文はこちら
朝日新聞社は2014年に検証記事を掲載し、この植村氏の記事に対して「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と断言しました。
桜井氏や西岡氏は、植村氏が一体何をどのように「ねつ造」したというのか。
先の朝日の記事では、「批判する側の主な論点は、@元慰安婦の裁判支援をした団体の幹部である義母から便宜を図ってもらったA元慰安婦がキーセン(妓生)学校に通っていたことを隠し、人身売買であるのに強制連行されたように書いたという点」だとしています。
しかし、その後の週刊誌、雑誌での「批判」はそれにとどまらず、「この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」「慰安婦とは無関係の『女子挺身隊』と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである」(桜井よし子)=植村氏の冒頭陳述=などと、「ねつ造」を全面に押し出してきたのでした。
当時読売新聞も、植村氏の報道があたかも軍による強制連行を示唆するというような書きぶりで、「『日本軍に強制連行され、慰安婦にさせられた女性』という印象を前面に出している」(2014年8月29日=ネットでの記事はすでに削除)と書いていました。

「従軍慰安婦は職業売春婦だった」だとか「軍による強制連行の事実はない」という、歴史修正主義者、極右からの歴史の歪曲・改ざんは、学問的にはすでに決着がついていますが、今もなお執拗に出てくるのはこの国の底流にある根深いアジア諸国民への差別と日本大国意識、選民意識なのでしょう。
毎日のように国会で大汗をかいているオリパラ大臣も2016年1月14日、「職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ」(その日に撤回)とおっしゃっていましたし。

植村氏自身による裁判での冒頭陳述を読んでみました。陳述は約20分、提訴に至った経緯とその意味を語り、最後に「私の記事が「捏造」でないことを証明したい」と結んでいます。
事実裁判では、第1回から植村氏側は桜井氏のコラムの誤りを指摘し、「調べればすぐわかることを調べず、私の記事を捏造と決めつけ、憎悪を煽っている」と批判。当初は様々なメディアでの表現は単なる「評論」としていた桜井氏も弁護団側の追及に第4回になって「一部は『事実の摘示』(名誉毀損を構成する公然とした意思表示)である、と準備書面で認めた」ものの、「事実の摘示であっても、植村氏の社会的評価を低下させない」などと言い逃れ。
第7回では、「植村さんや大学への脅迫メールや手紙の内容と本数を明らかにし、櫻井言説がネット上で拡散し植村バッシングを引き起こしたことを時系列データをもとに指摘」。そして第11回審理では、植村さんと櫻井氏の本人尋問が終日行われ、「櫻井氏の著作の重要な誤りを詳細に指摘した。櫻井氏は誤りを認め、訂正することを約束した」(札幌訴訟 これまでの経過)のでした。
今年になって、産経新聞は過去に載せた桜井氏のコラムについて、謝罪なしの 訂正記事を出し、事実上桜井氏が「ねつ造」としてきた根拠が崩れます。
月刊WiLLも今年の7月号で同様の訂正記事を出さざるを得なくなりました。(依然として櫻井氏の論調を擁護しているが)

さて、ようやく結審を迎えた裁判だったが、結果は「原告の請求を棄却する」というもの。
まず判決は、「札幌地裁の判決は『捏造』を事実の摘示であることを認め、櫻井氏はその表現により植村氏の名誉を毀損したことを認め」ます。が、その後がいけない。
「しかしながら,櫻井氏は金学順氏が日本政府を訴えた訴状等の記載から,継父によって人身売買された女性であることを信じ,原告の妻が太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部の娘であることから植村氏の本件記事の公正さに疑問を持って,原告が事実と異なる記事を敢えて執筆したこと,つまり『捏造』したと信じたことには理由があると判断」(以上、括弧内は弁護団の声明から)したのだ、だから名誉毀損にはあたらないというわけです。

こうなったら、日本の一部の裁判官はネトウヨと手を結んで、批判的なジャーナリズム(ジャーナリズムは権力に対してもともと批判的であるはずだが)を根絶やしにする役割を果たしているのかと思えてきます。辺野古裁判も同類です。
自身だけではなく家族にも命の危険をもたらすようなバッシングの口火を切った桜井、西岡氏などは、ウソ・デマのたぐいの拡散などによって植村氏に対して名誉毀損どころではない重大な打撃を与えているのですから。もっとも日本会議の先頭に立って安倍政権を持ち上げる櫻井氏、この裁判で「提灯持ち川へはまる」ですけど。したたかですから、3歩歩くと忘れてしまうニワトリのように、またまたどこかで同じことを繰り返すのでしょうかね。

いつになく長たらしく書いてしまいましたが、実は新聞記事を見落としていて、岩上安身さんのツイッターで知りました。
その岩上さんのツイッターの件は「Osprey Fuan Club」の記述からたどりつきました。ツイッター・ジャパンが独立ウエブジャーナル(IWJ)を封殺しようとしている今日の姿(これは重大です)に恐ろしさを感じた私、ついついネットをたどっていろいろと調べてしまったのでした。
岩上さん曰く、「昨日、5つ凍結され、今日また新たに1つ凍結されました。もうむちゃくちゃ。」

*      *      *

うちのハルちゃん、こんな風に「お手」してくれないかなあ。

動画



  11月6日(火)
予報通り朝から本格的な雨。畑の水遣りをどうしようかと思っていた矢先だったので、久しぶりの雨にホッとしています。
昨日は昼前から暖かくてよいお天気だったのと、二人とも用事がなかったので急遽「チョロギ」の収穫をすることにしました。チョロギの栽培を強く勧めてくれた友人ご夫婦も手伝いに来てくれて4人で終日収穫に専念。
チョロギは、シソ科の植物の根の先端にできるネジネジの小さい球根(実は塊茎)で「ぼけ防止」によいのだとか。
ところが、はびこった根は畝の下にまで伸びて、むしろ脇の方に球根が多い。しかも2〜4センチと小粒なので落花生のようにはいかない。一つ一つ泥を落として主格するのですから、その作業たるや気の遠くなるような細かい仕事なのです。短気な人には絶対に向かない。
昨日一日でようやく二畝の主格を終えることができました。収穫量は約20キロ。1キロ800円で栃木の食品会社に買い取ってもらえるので、1万6千円の収入ということになります。一人当たり4000円。一日約5時間で4000円とすると時給換算800円。こりゃ割にあわない作業ですね。
そうはいっても、野良仕事でみんなでわいわいおしゃべりしながら小遣い稼ぎができるのだから、ま、よしとしなければなりません。友人は来年はもっと大々的に畝を増やして栽培してはどうかといいますが、柔らかい土でないと掘るのに一苦労しますから、まず土作り、そして掘り起こしの手間、それらを考えるとやはり二の足を踏んでしまいます。だれかやる人いませんかね。




  11月4日(日)
11月3日、辺野古キャンプシュワブ前では雨の中1000人が集まって新基地建設反対の大行動が行われました。琉球新報の報道では、「テント村には入り切らないほど多くの市民らが駆け付け」と、民意を無視して恥じない政府への怒りの声を上げていたことを伝えていました。(下の写真はいずれも北上田さんのブログより)


1日から大浦湾にフロートなどを張り出して工事の再開と埋め立て準備を始めたことはすでに報道されていますが、ここに来て政府に大きな誤算が生じたことが分かりました。本部港から埋め立て用の土砂が海上輸送できない!!本部港岸壁の半分ほどが先の台風で壊れ、生きている方も別の業者の使用が決まっていて、防衛局の本部港利用申請が受理されなかったというのです。
もともと埋め立て用の土砂は海上輸送しか想定されておらず、陸上でのダンプでの運搬はありません。従って、少なくとも年内は「物理的に不可能」というのですから、政府・防衛局はさぞ慌てたことでしょう。
先日から繰り返し書いているように、護岸工事が一応終わったところは下の図の通り(琉球新報による)。浅い海からとにかく早く埋めたてて既成事実を作ってしまおうというわけです。

ところが、埋め立てようという矢先に土砂投入が年内はほぼ絶望的というのですからお笑いぐさです。もちろん、一般の事業所の港からの積み出しや荷揚げにも支障がでているわけですから、破損箇所は早く直すべきであるのは当然ですが。




  11月2日(金)
今朝はまた霜の朝。昨日畑で様子を見てきたら、キュウリ、ジャガイモの葉は黒ずんでご臨終。レタス、キャベツなどは寒さなど関係ないという顔をしています。私もどちらかというと、ご臨終に近い。

昨日よりさらによいお天気になり、空は雲ひとつない快晴。カメラを持って、軽トラで付近を周回してきました。
はじめは長福寺。誰もいない境内は雲間から光が漏れ、遠くから見てもくっきり黄色く見える大銀杏は逆港の中でそびえていました。下のカエデは完全に葉が落ちて(ダメになった?)黄色だけになったせいか、大銀杏もなんだか元気がないように見受けられました。
この境内の隅っこからは、我が家を見下ろす角度で、遠く白馬三山が見えます。いたるところ柿の木がたわわに実をつけて、青と褐色と緑と白と紅葉のさまざまな色が混在して、いいですねえ。
では安曇野の秋をどうぞ。






そこから滝沢神社を回り込んで、「下界」を見はるかす。遠く見える爺ヶ岳、鹿島槍、白馬三山は大天井、燕とは次元の違う雪白。
天気予報では寒さは今日までと言っていましたが、朝晩の冷え込みはこれからもずっと続きながら冬に向かっていくのでしょうか。







  11月1日(木)
沖縄県民の民意を踏みにじって沖縄防衛局が辺野古新基地建設工事を再開。次は琉球新報の号外です。



キャンプシュワブの米軍基地前では抗議の座り込み、大浦湾ではカヌーでの抗議行動が続けられたものの、海上ではフロートを張り出す作業が行われ、海保のボートが30台も出て排除にあたったのだとか。本当に許しがたい暴挙です。

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今朝は相当に冷え込んで、びっしり霜が降りました。裏の空き地の草むらは白くなり、庭の草木も霜で覆われ、花を持ったイチゴの苗も寒そう。逆にこの寒さは、先日つるした「つるし柿」にはよい条件なんでしょうね。






飼い猫のハルちゃんは、夜になると私たちの布団にもぐってくるようになったし、私たちと居間でいっしょにいるときも、ときどきこんな感じ。


11月に入り、バラの作業もいよいよ今年最後の月となりました。集まりはいまいちですが、今日は最高のお天気に恵まれて草取りに精を出しました。今月の終わりには新しい苗を植えて作業の締めとなります。






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