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11月20日(月)雨のち晴れ   寒いところへ帰ります
いよいよ沖縄で最後の日になりました。明日は帰ります。
昨日は応援に行っていた糸満市の市議選投票日でした。小さい選挙だから載らないか?と思いつつ新聞を広げたら一面に結果が出ていました。共産党現職2名は当選でしたがあと一人は14票差の次点でした。残念。

今回は友人ともゆっくり出来なかったので映画を見て食事をしようということになり那覇まで出かけました。レンタカーは昨日返したので今日はバスです。
見たい映画は沢山会ったのですが、結局は二人とも「カメさん(瀬長亀次郎)」の映画をもう一度見ることになりました。何度見ても元気がでます。どうしてあの細い身体(カメさん体型を「かじづくい」と言う)の何処からあのエネルギーが出てくるのか不思議です。「不屈」とは一体何なんでしょうね。
昼食後はあの昔の庶民の台所「農連市場」へ。最近、名前を「のうれんプラザ」と名前を変えて3階建てのビルになってデビューしました。二人とも懐かしいので見学に行ってきました。
お店はまだ半分くらいしか入っていなくて少々寂しい感はありましたが、食べ物屋が多いのが目立ちました。昔は野菜、特にゴーヤーやヘチマの長いのやら短いのやら沢山の種類が会ったのが記憶に残っています。しかしいまはその雰囲気はありませんでした。まあ近代的というか様がわりしていました。
でも、昔懐かしい天ぷらやはありました。卵の自動販売機や珍しいものもあり時代が変わったことを感じました。
帰りのバス停でパチリ。沖縄には大木に花が咲く街路樹が多い。見かけたのは、下半身はとっくり椰子そっくり、上は枝分かれして桜の花のような花がちょうど今満開です。上だけ見ていると一瞬桜?と思います。いい写真ではありませんが、ちょっと紹介。




他の場所では沢山あるのを車から見かけたのですが、那覇の開南というバス停(多くのバスが止まり比較的賑やかなバス停)には一本だけありました。名前は「トボロチ」だそう。ちょっと覚えられそうにない名前でした。沖縄では「南米ざくら」とか「トックリキワタ」とも言っているらしい。
南米原産の樹木で、50年ほど前に琉球政府の農業技術者だった天野鉄夫氏がボリビアから種子を持ち帰って育て、広げたと言われています。
デイゴの木とこの木が交互に植えられている場所もあるそうです。デイゴは5月、沖縄は一年中花が見られるのでいいですね〜。

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夜、妹と食事をする予定でしたが来たのが遅かったので面倒になり近くの居酒屋に行き、生ビールを飲んできました。
妹は車で帰るのでノンアルコール。おつまみはフーイりチーと三枚肉という沖縄料理。
ちょうどテレビで米軍が飲酒運転で対向車と衝突男性が死亡するとニュースが出た時、妹が「基地なんてなくならないよ。翁長になってから予算が減らされている」と変なことを言い出した。こんな会話はあまりしたことがなかったので「反対運動があるから工事は今難航しているんだよ」と言うと「そうなの」と関心がないのに驚き。
「諦めてはダメ。生きている間は無理かも知れないが、新基地が出来たらまた沖縄は戦争に巻き込まれるよ」とついでに見て来たカメジローの話もした。衆議院も赤嶺さんにお願いしたとき「え〜まだ同じなの」と何のことやらと。彼女は警察に勤めていたので意識は多少違うかも知れないが徐々に話していこうかな・・・と。
年も離れているし、無愛想であまり人とも話もしないので今までは私も余り話もしなかったけど定年になり、いまはパートでつないでいます。友人も少ないようだから、帰ったときは出来るだけ呼び寄せています。たまには居酒屋もいいね〜。


11月18日(土)曇り時々雨    私も医療生協一組合員です
このところ天気がパットしない。長いこと晴れが続いていたかと思うと今度は雨ばかり。帰るにあたり、布団を干したりしたいし、入れ替わりに妹が山形から来るので準備もしたいので晴れてちょうだいと言いたい。気温は23度から24度ですから過ごしやすいのですが。

ずっと延期になっていた医療生協の辺野古行きが本日になり早々に出かけました。友人を介して申し込んであり、彼女たちから今日の目的は聞いていなかったので、てっきり座り込みだとばかり思っていました。
昔の共同病院が今は検診センターと介護センターになっているので辺野古行きのバスはいつもこの場所から出発します。
大型バスが2台、今日は大勢で集会でもあるのかと思っていました。バスの中での話を聞いていると、全県の医療生協の交流集会があるとのこと。ゲート前ではなくて海に面した座り込み行動の場所「テント村」です。最近は余り来ていないので懐かしい。
座り込みは今日で4962日目、頑張っていますね。「医療生協辺野古新基地反対闘争・13周年連帯行動」で各地から大勢の生協職員や組合員さんが参加していました。
毎年この時期、冬に向かって寒くなるので「木炭」を贈呈するのだそうです。思い出した、そういえば何年か前もこの行動に参加したことがありました。一応学習会もするとのことで、北上田さんという抗議船の船長さんという方からお話がありました。本土から家族で移住して10年だそうで、東京の方にも抗議行動によく行くそうです。
「辺野古新基地建設事業の現状と問題点」について話されました。工事は決して「着々」とは進んでいない、騙されてはいけないと。防衛局が本来の工程を大幅に変更しながらやっていることに触れ、簡単な工事からやっているだけで工事は進んでいると宣伝して反対派を諦めさせ要としている。
また、石材などもゲートから搬入できないので海上搬送にしたこと、設計概要の変更には知事の承認が必要なことなど。八方塞がりに陥っている防衛局。何よりも大きな問題は近くを流れている美謝川の流れを切り替えしないと埋め立て工事が始まらないとのことです。
多くの問題点を抱えており簡単には工事ができない状態にあるので、諦めずに運動を進めるとともに名護市長選や県知事選にどうしても勝たなければならない、などとわかりやすく話されました。


「瑞慶覧長敏氏を擁立」・・・南城市長選の候補者がとうとう決まりました。「南城市長選 野党、現職に対抗馬」と新聞に大きく出ました。先日から選挙人名簿作成に言っているときに「人選中」と言っていたので見つかって良かった。
この方は2009年の衆議院で沖縄4区に民主党から出馬し初当選した。2012年は無所属で臨んだが落選。父は元社大党委員長長方氏(私の高校の恩師)。
現職の古謝景春氏は4期目を目指し、すでに立候補を表明して運動を進めています。投票は1月21日。遅れ遅れですが何とか頑張ってほしい。
市議会野党や元県知事公室長の親川盛一氏、元玉城村長の大城晃氏らが支援、話に聞くと衆議院4区で落選した仲里さんも支援するという。
仲里さんは「みんなが主役南城市民の会」のメンバーと行動していたのです。相手は大幅な予算も計上しているとのこと。諦めては負けですよ。


11月17日(金)曇りのち雨     中学校の同期会
4年に一回の中学校の同期会があり出席しました。今回は11回目との事です。何回かは出ているのですが、今年で何回目かということはわかりません。自分の中で良きにしろ悪しきにしろ一番思い出の深いのは中学時代ですので懐かしい。そんな意味でも比較的多く参加している方かな。
4年前に「水城会」という名で正式に会が発足してから2回目ですが、会長によって運営方法が違い、前回は午前中に「パークゴルフ」をし、会場では琉球舞踊やら三線やらあってまあまあ楽しかった。
今回は形式的な総会があり、物故者の黙祷ですぐに懇親会。食べたり飲んだりするが、どうしても自分のテーブルの人だけの交流になってしまい全体の交流はなく、参加者名簿もないし誰が参加しているか全くわからない状態。
前回に折角本土から来るのだからもっと交流が出来ることを考えてほしいと意見を出したのですが、聞き入れてはもらえませんでした。
終了後は自分の部落の人たちだけで集まろうとホテルの喫茶店に行くも閉店。まだ早いのに田舎ですね。ロビーでの交流になってしまったのです。
他の人たちと2次会に行きたかったので残念でした。
部落の同期生は全員で9人中2名が欠席。7人だけでしたが3人が本土に住んでいるので久々に参加という人もいるので話は弾みました。
会の名簿を見ると200人位いたのですが、そのうち45人もなくなっているのでびっくり。20代前半で自殺をした人が3〜4人いたのでもう50年も立ってしまったのかと驚きでした。
部落によっては大半がなくなっているところもあり呪われているのではないかという話も出るくらい。その点私の部落は誰も欠けてはなくてみんな元気です。
次回は4年後、この名簿(物故者)に載らないようにしようねと解散しました。果たして元気にいられるか?です。減っていくだけですからあと何年続くのでしょう。






11月16日(木)曇り時々雨    翁長知事の心境は?
今日は気温24度。少々寒い。自分としては涼しいかなという感じで半袖を着ていたら、兄嫁が「寒くないの」と。
ここ2、3日土産を買いに行ったり、比較的ゆっくりしていました。イオン琉球(本社・南風原)という会社があって、沖縄ではイオンが幅をきかせているようです。
近くにも沢山イオン系列のお店があるのですが、中部の米軍返還地には日本一大きいと噂のイオンモール沖縄ライカムというのがあります。どんなところなのか、品ぞろいがどうかなどを一度見たくて出かけてききました。
この店が出来たのは2015年、ライカムはこの店のある付近の昔からの通称で、近くにはライカム交差点、ライカム坂などがあるそうです。ちなみにライカムとは「琉球米軍司令部」にちなんで付けられたといいます。
実際、相当大きくて何が何処にあるのかさっぱり。ほしかったものもあって、ついでに映画も見て帰りました。

同期会のために従兄弟も大阪から来たので家で食事をすることになり、ティビチやモズクの天ぷら(ここではよく食べられている)、島豆腐入りのゴーヤーチャンプルーなど久しぶりに食事らしきものを作りました。一人だと作るのも面倒で簡単なものばかり。
長野に戻る21日まであと少し、そろそろ帰り支度です。富山の友達と話していたらもう寒いとのこと。「寒いところに帰らないで越冬して行きなさいよ」と友人達に言われています。

最近の新聞やテレビなどの報道によると、新基地建設に伴う辺野古の埋め立てで、石材を海上から搬入しはじめたということです。
平和運動センターの山城博治さんは県が奥港(国頭村)からの石材積み出しを認めた事について、「これまで知事を正面から批判したことはないが」と前置きしつつ、知事が「法律に基づき審査した結果不許可にする理由が見つからなかった」』と答えたことに対して、「あらゆる手法で建設を阻止すると知事は主張してきたが、それは一体何だったのか」と語気を強めて批判、覚悟を決めて翁長県政と向き合う必要があると語っていました。
今日の新聞では「奥港使用許可撤回も」「知事新たな事態」という大きな見出しが出ていました。
資材を海上から辺野古の工事現場に搬入するために出した国頭村の奥港使用許可について、港を往来するダンプカーの騒音や粉塵など環境問題を「新たな事態」として位置づけ、奥港の使用撤回も視野にいれていることが15日にわかったのです。
同日、奥港を利用した海上搬出を停止し、変更承認の手続きを取るよう沖縄防衛局に文書で求めたといいます。
奥港の使用許可を出したことへの市民からの反発が高まっていることについて、知事は「県民からの声は私自身の気持ちと全く同じ。私自身もじくじたるものがある。公約違反ではないかというのも当然素直な気持ちとして出てくるのは否めない」と批判を受け止める姿勢を示したそうです。
埋め立て承認の撤回の時期については「私の責任でやるが、国家権力の大きなものと対峙しているときに時期まで明示しながらやるのは考えていない」とも。
政府から無視され続けている状態でなんだか知事の立場もつらいね。明後日辺野古に行くのでしっかり状況を見て来ます。

世の中全く変わってしまったと感じます。七五三の祝いが各地で盛んです。なんら本土と変わりなく、写真屋さんも子どもたちをいろんなキャラクターに変身させて撮しているのは同じ。沖縄でこんな世の中になるなんて信じられない。
しかし貧富の差はここにもあらわれていて行けない子もいるらしいので騒ぎ立てているのは一部かも知れないね。子だくさんでもあるし。
夫の方が沖縄の歴史や貧困状態などをよく解明してくれているので嬉しい。「生子」についても納得です。

下は最近の子猫たちと庭のみかん。






11月12日(日)雨のち曇り    部落の敬老・生子会
昨夜から雨が降り出し今朝もまだ少し降っている。兄は孫の運動会とかで来られないため、私に猫のえさやりを頼まれていた。
兄が住んでいる浦添の方は雨はどうか気になり電話をしたところ雨は降っていないという。やっぱりカタブイだ。沖縄は結構多い。
おとといも夜に降って、台風以来の久しぶりの雨でした。農家の人は喜んでいるでしょう。

南城市の名簿作成から一転、金・土曜と糸満の選挙事務所に行ってきました。一日中ハガキ書きやビラ折りと家の中の作業が続いたために肩が凝り過ぎ。この仕事も、今日で終わり。やっと開放されたというより自分から解放したのです。糸満の選挙は今日が告示らしい。頑張ってほしいと願いながら自分の事をするためにおいとまをしてきました。

今日は部落の敬老会。台風で延期になっていたようです。兄は欠席の連絡をしてあったのですが、近所の民政委員の方が再度聞きに来たので出席しますとお願いをしました。
私がいるのですから、この日に母が欠席したら何のために来たのか全くわからない状態になるので、昨夕から急遽母を自宅に連れてきました。物忘れがひどくなっているので部落の人の認識があるのか心配ではあったけど。
母は家で久しぶりに泊まって、土が懐かしいのか外で草をむしったっりニラを取って来たり。
家の中にいるときはタンスを開けてカバンや衣類などを物色している。施設では荷物は限られるからと言っても知らん顔。頭にくるけど言ってもダメだと思い、黙って隠しました。
もし覚えていたら大丈夫だと思っていましたが、帰る頃には案の定すっかり忘れていました。頑固だから見えているものはどうしても譲らず仕方がありません。


敬老会は午後3時から公民館で。写真撮影があるからと民政委員の方が早めに迎えに来てくれました。
開始後暫くしてから様子を見に行ったところ、話をしながら余興を楽しんでいたのでよかった。今の状態はマダラ惚けというやつだ。やっぱり家で新聞を読んだりテレビを見たり、畑の草むしりをしていると精神状態も安定するのにな〜と思いながら悲しくなりました。
田舎の人は余程の事情がない限り敬老会に出席しています。自分などはすっかり敬老者ですが、そんな場所に出るにはまだ抵抗があります。しかし同級生も参加していて凄〜い。集落のまとまりを感じました。
またまた余興も長い。生子祝いも一緒ですので子どもの発表や婦人会、青年会など盛りだくさん。弟の嫁さんも踊りに参加していたので練習で大変だったと言っていました。
家中が参加しているので、村中でお祝いしているという感じでした。昔からあるこのような田舎の風習が嫌だったのにちっとも変わっていない。


「子どもは国の宝」なんて昔から言って生めよ増やせよは相変わらず今も同じ。富里、当山、屋嘉部と隣り合わせている部落に4カ所も保育園があるのにまずびっくり。沢山の園児が遊んでいるのを見て納得。
貧困率が高い沖縄、何か関連しているのでしょうね。県も力を入れてはいますが、若い人たちの考えも聞いて見たい気がしました。考えすぎかな。


11月8日(水)晴れ    風邪の症状が出ました
このところ毎日暑い。少し涼しくなったかと思ったら又暑くなり、へそを出して寝ているのでしょうか頭痛と咽頭痛がひどい。大変だ、いつもはしない塩水でうがいをしました。
以前は毎年風邪を引いて咳が長く続いて困っていたのに、気がついたらここ2〜3年風邪を引いてない。風邪を引く暇がなかったから。沖縄に来て風邪を引いたなんて笑いものだ。忙しい思いをしているのに。

ところで沖縄では県の指導を無視して辺野古の新護岸着工やらアメリカのトランプ大統領が来て「辺野古唯一」を再確認なんてとても許せない状況が起きており、辺野古座り込み隊も抗議を強めています。
知事も怒ってコメントしているがいつものように政府は無視の態度。差別以外の何物でもない。本当に腹が立つ。ワジーワジー。

今回は毎日役所に通勤。有権者名簿の作成に励んでいます。草の根から政治を変える運動に参加していると思えば頑張れている。気の遠くなる話ですが、玉城が終わり、大里があと少しで終わりそう。そうすれば知念、佐敷。協力する時間もあと少しですがみんなで頑張ってほしいです。
昨日は忙しい合間を縫って新婦人の仲間達と衆議院選挙の打ち上げと称して那覇までのみの行きました。平日なのに居酒屋は何と満員。入れ替わり立ち替わりよくこんなに来るものだとびっくりです。一人の人はよく来るそうですが、いつも満員とか。私たちも飲んで食べておしゃべりをして最終バスの時間まで気分転換しました。明日は市民運動のメンバーが集まり選挙の話があるとか。誘われているのでどんな会議か参加する予定です。

猫たちは親猫が家出をして帰ってこないので子どもたちだけで寄り添っています。私にも慣れたのか逃げなくなりました、
もともと野良だったそうで野良の習性が出たのか。でも時々は帰ってくるけどまたいなくなるを繰り返しています。
ここの猫たちは人のいない家で生活しているので抱っこは嫌がります。兄貴が時々抱っこして毛並みを解いたりはしているが、やっぱり人と一緒でないと人慣れしないかもね。


11月5日(日)晴れ   糸満は漁業だけではなかった
土日は母を施設から連れて来るのですが、金曜日の文化の日に来たので今日は休みました。食事に連れて行ったりしながら、普段行けない場所を案内することにしています。面会したい人もいるだろうし。
同じ部落の親戚で母と同じ年の仲良しさんが、足も悪くなり、認知症も入ってきたので施設に入いりました。その面会にもいきました。
「誰も来ない人もいるので面会室で会ってね」と職員さんに言われたので何処も一緒だと。私はどうかわかりませんが母はよくわかって懐かしい話をしていました。
あと2年で100才。「凄い世の中で生きているね」と、その「凄い」にどのような意味が込められているのかわかりませんが、そんな会話をしていました。家に帰りたいとも言っていました。
本人の意志に関係なく施設に入れられるなんて切ないね〜。私が帰って面倒見られたらいいけど。
「いらなくなって捨てられるのは人間」、方言でこんな諺があると母が言っていた。初めて聞いたのでびっくり。自分も行く道、あと何年親といられるか。「孝行したい時には親はなし」と言うので、近くに住む私の妹には顔だけでも見せに行くようにと言うけれど、遠くにいる私程には感じないようだ。困ったものです。

今日は休養日にしようかとも思ったのですが、選挙の応援を頼まれていたので行ってみることにしました。
糸満市の市議選が11日に告示で19日投票日だそうです。共産党は現職議員が2名と新人1名の立候補です。新人の方の応援です。
今日はチラシ等の袋詰めと発送準備をしました。南風原や中部方面からも沢山応援来ていて、皆さんは外回りでした。一緒に作業をしていた人は「耳が遠いのでこんな事しか出来ない」とおっしゃってやっぱり会話は出来なかったけど黙々やるだけでした。
候補者は農業をしている方で家の周りは畑ばかり。ハンドマイク隊が出ていて、近くで訴えていました。気合いが入っていました。頑張ってほしいです。


11月4日(土)曇り時々雨    辺野古島ぐるみ集会
毎月第一土曜日は、キャンプシュワブ前での集会は「島ぐるみ集会」となっているそうで、各地区からバスで集まります。集会は時間単位で割り当てられていて、その時間に会わせて出発しています。
私はいつもは医療生協のバスに乗せて貰うのですが、今日は南城市の島ぐるみのバスに乗せてもらうことにしました。女性の会のメンバーと少し親しくなったのでその関係で誘われたのです。
バスは大里の庁舎から出ましたが、何と少ないこと。12人だけ、寂しいですね。やっぱり南部はあまり基地に近くないので、活動家といえども意識が薄いのかもしれないね。
私が思うには決まっている集会だから予定に入れておけば良いものを。どうしても都合が悪い場合は仕方ないけど。もっと盛り上げなければ。
しかし南城市で「しまぐるみ」が出来ただけでも画期的といえそう。保守の壁に少しづつ入り込んで行く人たちを見ただけでも今回の収穫です。どうか大きな「風穴」を開けてほしい。
雨は30%だったのに途中から雨、カッパは持ってきたものの降らないでと願った。願いが届いたのか集会中は天気で良かった。




辺野古についた頃はすでにゲート前で集会が行われていて、あの山城さんが今日から接近禁止が解除になったそうで早速大声で機動隊に怒鳴っていました。
今日は各地から集まっているので12時の時点で600名くらいと言っていました。テントの中に入れず外にも大勢立っていました。国会議員の赤嶺さん、照屋さん、糸数さんと稲嶺名護市長、県会議員、各市町村議員などから報告がありました。
本土からの人たちはそんなに多くはなかったけど印刷関係労組女性部の方たちが来ていました。中でも目を引いたのは政策集団「にぬふぁぶし(注:北極星)」と書いた旗を持った若者達が7〜8人固まって立っていました。
この団体は保守・中道系の金城さん(元那覇市議会議長)を中心に作った会で一ヶ月前に旗揚げをしたとのこと。各地の議員たちで作っているそうで那覇市議のメンバーに翁長知事の次男もいました。
まあまあしっかりとした挨拶をしていました。政府は相変わらず沖縄県民は虫けら同然、いやそれ以下だと思っているのですね。これらに断固立ち向かうと。
これからも数の力で何をやらかしてくるのか。本当に基地問題、オスプレイ配備反対は沖縄だけの問題ではありませんよ。本土の上空にもオスプレイは飛んでいるし。
アメリカに住む沖縄県人会の女性が帰省中とか、持ってきた寄せ書きを広げて訴えていました。アメリカにも届いていますと。

本土でも特に長野は「信州と沖縄を結ぶ会」が、これまで地域ごとに活動していたいろいろな沖縄関係の会による「ネットワーク」を結成しました。
私がここに来るのは1年ぶりですが、集会する場所もゲート側以外にも広がっているし、あちら側も負けずに対抗しているのか小さい監視小屋のような建物が沢山出来ていました。こっちのテントも台風にもびくともしないようにしっかり固定してありました。
根比べですね。諦めた方が負けです。昔駐車場になっていた場所は草ボウボウ。意地悪しないで駐車場にしてくれれば見栄えもいいのに。
名護市長選は現職稲嶺氏に対して野党の自民党からは名護市議だった若い人が立候補。名護を変えたいと意気込んでいるようです。
相手陣営は「オール沖縄も弱くなっている」と宣伝しています。2月の選挙はどうしても負けられません。再度民意を示してほしいです。


11月2日(木)晴れ  もう顔も見たくな〜い(誰の?)
涼しくなって過ごしやすいと思っていたのに今日はまた暑い。いよいよ11月に突入。沖縄での日々はあと何日も残っていませんが、母を連れてくる日もないくらいに忙しくなりました。




11月1日から「のうれんプラザ」新築開店セール開催のニュース。農連市場(那覇市樋川)は昔から市民の台所として親しまれていましたが、時代とともに客が減り閉鎖になっていたのでした。ところが名称を今風にして復活したというのです。先日近くを通ったら3階建てのビルになっていました。懐かしい。
また、今日2日から恩納村で平和PGM選手権という男子ゴルフが開催されます。こちらも是非とも行きたかった行事でした。有名プロが大勢出るので一度は目の前で見たかったのです。
入場券は4枚綴りですから恩納村まで4日間通う訳にもいかないので、残念ですが、諦めるしかなかったのです。単発的にいろいろあるけど要領がわからないために、行かれずに終わっています。

今日は医療生協から辺野古へ行く予定になっていたのですが、日程が変更になっていて急遽中止でした。何もかも振られてばかりです。
仕方なく市役所に選挙人名簿の作成に。1月の市長選挙にどうしても勝ったほしいので少しでも役に立てばと参加しているのです。忙しいけど、今までと違う人たちと知り合いになったのでそれはプラスかな。また今までは散歩時に見つけた店にも一人では入れなかった「タイ料理」と「沖縄餃子の店」での昼食も出来たし良かった。田舎にも洒落た店が出来ています。

本日の新聞には第4次安倍内閣発足のニュース。「首相、改憲案急ぐ」と大きな見出し。衆参両院で安倍が首相に選出されました。憲法改正の具体的条文案の策定を急ぐのでしょうが、「ウセーテーナランドー」=翁長知事がよく使う沖縄の方言「バカにしないでよ〜」、そう簡単にはいかないわよと言いたい。
社会版ページには「沖縄の声聞いて」と県民の意見が載っていました。
〜子や孫に負の遺産を残さないためにも、安倍政権に強く建設反対の意思表示をしたい。
〜貧困率が30%を超える県内では学生の状況は厳しい。教育費は学生個人ではなく、社会への投資と考えるべきだ。
〜基地なき未来へ、教育の無償化を熟議してほしい。
いろいろな立場からの声です。また多くの失言や不祥事が多発するでしょう。しっかりと監視しなくては。

ちょっとバカげた記事もありました。「『記者席』」記者の目から』です。
衆院選翌日の比例九州ブロックで復活当選が決まった下地幹郎氏。最後の1議席への滑り込みを意味する「465当選者」となったので「勝ち運」の強さから「絶対に落ちないミキオ」と受験生から握手を求められたという。
若者の験担ぎになる「思わぬ現象」に驚きつつもそう言われるとうれしい・・と。あなたバカにされているのですよ。もう、わじわじ〜。




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