今日は朝から東御市「雷電くるみの里」という道の駅に行ってきました。池田から1時間半、少々遠いが。
夫はしぶしぶという感じでしたが、たまには私の言うことも聞いておかないと思ったのでしょうね。それでも何でもいいありがとう。
この道の駅は2回ほど行っているのですが、先日テレビで雷電生誕150年の記念に「雷電焼き」というまんじゅうが発売されたと宣伝していたのを見ました。 一度食べてみたいなと言うこともあったけど、その道の駅は野菜など品数が豊富で買い物も楽しめるのです。
いつ行っても大変な賑わいです。今日も連休で混雑していました。夫は多分混雑が嫌だったのでしょうけど。暑いのでソフトクリームの前は並んでいました。
その並びに「雷電焼き」も販売しているのでこちらも並びました。クルミとあんが入っており、「まんじゅう」というより鯛焼きの形を相撲取り雷電に変えて焼いたものでした。マメの餡で皮にくるみが練り込んであってとても美味しく食べてきました。
雷電という人は身長が187センチあったとか。昔では大男で負け知らずと言うこともうなずけますね。
野菜の苗も買った来ました。中国野菜の一種で「ハンダマ」というものがありますが、ここでもこの呼び方で売っているのでびっくりしました。紫色でご飯に入れると紫色になり、巻き寿司などの色づけにもよく使われて沖縄では多く食べられています。季節的にまだ野菜は多くなかったけどクルミの産地でもあるのでクルミが入ったお菓子や餅なども買ってきました。
ところで、私にはとても不思議な事があります。頭の悪い私は何年生の時何を習ったとか教科書に何があったとかについての記憶は全くないに等しいし、勉強した覚えもあまりありません。
それなのにここ長野に来て不思議なことがふたつあるのです。
ひとつは小林一茶の故郷信州を歌った歌と、相撲取り「雷電為衛門」のこと。長野の人にとっては当たり前に歌っている歌をなんで自分が知ってたのだろうか。また雷電為衛門という人を何処で知っていたのかとっても不思議です(富山県に来てからはいった情報ではない。おそらく沖縄にいた頃の事)。
長野県人だったことは知らなかったけど。いつの間にか記憶の中に入っていたのでしょうか。時々別のことでもふと思い出すこともあり、なにか脳に変化が起きているのか気になりますね。夢も見るのは昔のことばかり、変ですよね。認知症の前兆かと・・・。
話は変わりますが、「美空ひばり生誕80周年コンサート」というのが先日あり、その日は見られずに録画してありました。いまそれを見ながら日記を書いています。
昔の映画が出ていて懐かしい。歌も懐かしい。でももういないので寂しいです。なぜか?私は小さいときから身空ひばりの大のファンでした。
近くの村に映画館があったので貧乏だったわりにはよく映画を見に行っていました。東映の時代劇が多く、びばりの映画が多く上映されていました。びばりの人生は波乱にみちていていろいろ悪い噂もあったけどぶれずにファンでしたね〜。生の舞台を見にいけなかったのが悔いが残ります。京都に行ったときには必ず「ひばり館」に行っていました。また行ってみたいものです。