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  1月17日(水) その2
昨年末一斉に流れたニュースに、「防衛省が『護衛艦いずも』を空母に改修することを検討」というのがありました。世界中に発信されて、中国などからも強い反発があったことも報道されています。
「いずも」は哨戒ヘリコプター搭載の空母ですが、ロイター通信などによれば、「もともとF35Bの運用を前提に設計され、格納庫と甲板をつなぐエレベーターは同機を乗せることが可能」だというのですから、初めから攻撃型軽空母への改修をめざしていたことは明らかです。


こんな記事を読んでいると、あの太平洋戦争時、父の乗っていた海軍の空母「龍鳳」のことを思い出してしまいます。
「龍鳳」の前身は「大鯨」という潜水母艦で、ロンドン条約を考慮し「第1状態は潜水母艦として、有事の際には速やかに第2状態の航空母艦に改造できるよう」初めから設計されていたのです。何だか、いずも型ヘリ艦載艦とよく似たことを考えています。いやいやその逆で、かつての海軍の教訓を生かしているというべきか。写真上が「大鯨」、下が空母に改修された「龍鳳」




Wikipediaには「大鯨」就航までのいきさつが詳しく書かれていますが、その後「龍鳳」になってからはそれほど詳しくありません。
父の遺品の中にあった戦友会誌には、多少その成り行きが書かれており、興味深く読みました。
「潜水母艦からサッと航空母艦に変えようという着想が巧妙だった割りに、そのあとの狂いが多すぎて、改装は骨の折れる仕事になった」と記録は伝えます。
まず、機関室から作りかえなければならなかったこと。その作業に集中しているとき、1942年(昭和17年)4月18日、思いもよらない米軍機B25の空襲を受ける羽目になったのでした。米軍は空母「ホーネット」からB25を発進させ、空爆を行った後中国の蒋介石の基地へ行くという奇策「ドゥーリトル計画」によって、横須賀にいた「大鯨」も格好の標的とされたのです。幸い爆弾一発で外板の一部を破損しただけの「はなむけ」だったと記録にあります。
改装が完了したのはその年の11月、その名も「龍鳳」に変えられます。そして横須賀から呉軍港へと向かうのですが、その途中、今度はアメリカ潜水艦の格好の標的とされて魚雷一発。沈没は免れてかろうじて横須賀に逆戻りとなるのです。
横須賀の作業員たちは「この艦はよほどツイていない」と思ったらしい。しかし「ツキの悪さはこれで終わり」で、緒戦は飾れなかったものの、その後は「たたかっては傷つき、傷から立ち直るとまたたたかってという血みどろな戦争後期へと突入した」とも書かれておりました。
途中で沈められていれば、あるいは私はこの世には生まれていなかったのでしょうが、1945年(昭和20年)に呉で爆弾をあびて大火災を起こすまで無事だったのですから、ツキには見放されていなかったということでしょうかね。

こうした「戦友」たちも今はほとんどこの世から姿を消し、当時のことを語れる人はいなくなってしまい、戦争を知らない安倍などの世代がせっせと戦争準備を進めている。
当時はまだ戦闘にも”人間くささ”があったといえるのかもしれませんが、今日の戦闘は様相が一変。電子戦ですし武器の質もまるで異なっていますから、みかけの”かっこよさ”などに捕らわれていると「戦争」の本質=「”他国の人々”を”大量に殺害”すること」を見落としてしまうことになります。

しばらく前に紹介したことのある早稲田大学法学学術院教授の水島朝穂さんが、「年のはじめに武器の話」として2回の記事(まだ続く予定?)をアップされています。読んで背筋が寒くなるようなこの国の「武器と戦争準備」の話。読み応えがあります。

年のはじめに武器の話(その1)――空母、爆撃機、ミサイル
年のはじめに武器の話(その2)――変わる自民党国防部会の風景

父の話を書いたついでに、母のことも少し。
下は富山市N国民学校の卒業写真。3学級のうち1クラスをもっていたようです。みんなゲタを履いていますね。他のクラスには裸足の子もいます。
この写真が撮られたのは1945年(昭和21年)の3月。私が生まれたのはその翌年1月ですから、え〜計算してみると、左端に写っている母のお腹にはまだ入っていなかったらしい。敗戦直前、富山大空襲の前の貴重な写真です。
「龍鳳」が撃沈されていれば、私はおらず、富山大空襲が半年早く母もろとも小学校を直撃していれば、これまた私はおらず・・・
妻にしても、沖縄戦当時父の都合で北部にいたから助かったものの、そのまま南部玉城にいればどうなっていたか。激戦に巻きこまれた公算は極めて高い。いずれにしても戦争は金輪際ゴメンです。





  1月17日(水)
先日の教委の謝罪と「撤回」で池田町公民館問題の一応の区切りはつきましたが、法的な問題は依然残ったままです。今日はこれを整理し、今後の教委との協議に備えたいと思います。

まず、社会教育法第23条第1項は次の通りです。2項は宗教についての規定。

第二十三条 公民館は、次の行為を行つてはならない。
一 もつぱら営利を目的として事業を行い、特定の営利事務に公民館の名称を利用させその他営利事業を援助すること。
二 特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること。


これに対する教育委員会の見解はこうです。

@ 同法 23 条の条文は、公民館事業の運営方針を規定している。
A 公民館の事業として同法第21条は第6項で「その施設を住民の集会その他の公共的利用に供すること」と規定している。この項で定める貸し館事業にも当然ながら同法第23条は適用される。
B 公民館が事業(貸館)を行う(許可する)にあたっては、その申請内容が 23 条の適用を受け、同法に抵触する事業は許可できない。


教委は、この論理に最後までこだわり続け、今もその見解は変わっていません。それゆえ取り消し処分そのものの遡っての取り消しではなく、「処分書の撤回」という中途半端なやり方をとらざるを得なかったのです。以下教委の論法を順次検討していくことにします。

第1 社会教育法は、公民館の運営規則を定めている。

公民館が守るべき基準を定めているという点では教委も認めている通りです。私たちも全く依存ありません。
この条文は、公民館が行ってはならないことは次の通りだとまず述べて、その「行為」の具体的な内容を2つに分けてその後に記載しています。
(注:社会教育法で公民館という場合は公民館運営者もしくは公民館という建物のふた通りの使い方をしています。たとえば第20条は運営者、第21条は建物というように)
第1号は、(公民館は)営利目的の事業を行ってはならない、と釘をさし、次に特定の営利事務(第3者)に公民館の名前を利用させて営利事業を援助してはならないと言っています。
この場で何度も指摘したように、ここでは第3者に対しては「させてはならない」と、させる主体が公民館であることを明示しています。公民館が「してはならないこと」と「させてはならないこと」を厳密に区別していることに注意しておくことが大事です。
続いて、第2号で、公民館は特定の政党の利害に関する事業を行ってはならないと述べています。第3者に行わせてはならないとは書いてありません。
さらに、公私の選挙に関して公民館は特定の候補者を支持してはならないと続きます。
素直に読めば、全くその通りです。ここでも特定の候補者あるいは団体に貸してはならないとはなっていません。
公民館運営者が、特定の候補を支持したり、特定の候補だけに公民館を貸したりしてはならないことは誰にもわかる道理です。

第2 公民館の事業には貸し館事業があり、この貸し館事業にも当然ながら第23条は適用される。

公民館が、特定の政党もしくは候補者だけに貸し館を行うなどということがあってはならないと言っているのですから、その限りでは当然のことを述べています。全くそのとおりですね。
問題はその次です。教委の理屈はこうです。

第3 公民館が貸し館事業を行うにあたって、貸し館事業にも同法第23条は適用されるのだから、その事業=利用者にも適用される。

貸し館事業を行う主体である公民館が守るべき基準を定めたはずの同法第23条が、事業を媒介にして利用者にも適用されると「すり替わって」いることに容易に気がつきます。
教育長はこのことを協議の席上で次のように例えました。
"公民館とは事業体なのだ。事業全体に対して同法第23条がかかっている。だとすれば、その事業を運営する側も利用する側も同法23条に縛られる。"
事業体といえば、利用者も自動的にそれに包含されると言いたいのでしょう。しかし、事業体という意味不明の抽象的な物体が勝手に誰かを選んだり、貸し館をしたりすることはあり得ません。
もし教育長の論理に幾分でも正当性があるとすれば、それはその事業体の運営に町民が深く関わり、人的にもその事業のあり方や方向性に意見を述べられる保障がある場合だけでしょう。しかし、運営が教委にある以上はこの論理は通用するものでありません。
事業体と主体をぼかすのは、あたかも運営者も利用者も同じように規制されると描き出したいための便法にすぎませんから、こうした論法を意図的に主張することはむしろ有害ですらあります。
さて、なぜ運営者から利用者に社会教育法の適用が広げられたのか、結論から言えば、「広げたかった」という気持ちが先にあり、何とか適用させる手がないかと考えあぐねた結果の無理に過ぎないということです。
条文のどこをどう読めば、”貸し館事業にも社会教育法が適用されるから、貸し館の利用者にも社会教育法が適用される”という論理展開になるのか。まるで説明がつきません。

ここからは反論です。

1 公民館がめざす社会教育とは学校教育以外で展開される町民・市民の主権者としての教養の獲得、社会的見識の習得、学習・交流活動全体をいう。


教育長がいうような狭い意味での教養・研修だけを指すのではありません。社会的な活動の全体を包摂し、広く社会人としてふさわしい教養と社会的活動を促すものであるべきです。
とりわけ、政治的な問題については、公的な場としてどの政党(公党)や政治団体にも開かれ、言論活動が保障されることが求められるのです。
貸し館事業については、差別なく公平に利用されることを保障する手立てが社会教育法に述べられているというべきです。

2.公民館活動を保障あるいは規制するのは社会教育法だけではない。

このことは特別に重要です。公民館活動をつつむ法律は最高法規である憲法はもとより、教育基本法、地方自治法・地方公務員法・行政事件訴訟法などの行政法など諸々の法体系があります。
まず、言論・集会については憲法がその自由を全面的に保障しています。これに抵触するとすれば、それは暴力で破壊活動を行ったり、差別的(人種・性別その他)な言辞で他人を誹謗中傷し、精神的・肉体的に実害を与えたりするなどの反社会的行為だけです。それは社会教育法で規制するべきものではありません。
第2に、公民館が貸し館の利用を断ることができるのは、他の利用者と重なり利用させることが出来ない場合だけです。
たとえ、政党が政治活動のために公民館を利用したいとしても、政党活動は社会的活動の重要な一環ですから、公民館側が断る理由とはなりえません。断ることができるとすれば、公民館を私物化するような使い方をした場合だけでしょう。
むしろ、どの政党、政治団体、市民団体にも公平に利用を認め、その活動を保障することこそ、その地域の活力を高め政治的自覚を促すことにつながるはずです。

3 利用者にも社会教育法第23条が適用されるという論理のすり替えをやめ、公平で自由な使い方を促すべきである。

もうこれは言わずもがなということでしょう。
教育委員会は、私たちが公民館で特定政党の利害に係わる事業を行ったというその証拠としてあげたのは、事前に町民に配ったチラシに載せられた「安倍政権を退陣させよう」とか「野党共闘を成功させよう」という文言だけでした。これは特定政党に対する攻撃であり、社会教育の場である公民館にはふさわしくないというのです。
こうした言動は、この日本では普通に行われていることであり、その文言が気に入らないからといって取り消しの理由にすることは、言論活動に対する干渉以外の何物でもありません。検閲と言ってもいいほどです。しかもそうした文言がチラシに記載されていたというだけで使用許可取り消しになるのですから。
政党批判が公党間、市民間で活発に行われることは、有権者の自覚の表れであって、奨励されこそすれ禁止・抑圧されるいわれは全くありません。文言が適切であるかどうかは教育委員会が判断することではなく、それを見た町民が判断する問題です。町民の批判に晒されるようならば、その集会に出席しないか、批判の言論を行うだけのことです。

4 それでも教育委員会が納得できないというのであれば、自らの見解に法的根拠を明示して、文科省に文書で意見を聞くことが必要です。

行政法に詳しい町民のある人は、行政は法律に従って行うものであって、法律上説明のつかないことは行ってはならないと言い切ります。
文科省は、これまで示した文書では決して池田町教育委員会のような論法は用いていません。むしろ、公民館を誰にもつかえるような方向すら打ち出しているのです。

5 文科省への問い合わせなどを避けて、独自の努力で解決を図りたいのであれば、これまでの方向性をいっそう深めて、誰にも納得のできる解決策を打ち出すことが必要です。

教育委員会は、回答書の中で次のようにのべて、弾力的な解釈を採用する方向を示唆しています。

平成 27 年 7 月 28 日文部科学省生涯学習政策局長による通達にありますように、若者を中心とした政治への関心向上のために同法 23 条第 1 項第 2 号をできるだけ制限をしない形で解釈し、政治的禁止行為を限定する傾向もございます。この通達を考慮し、同法 23 条第 1 項第 2 号について、公民館の貸館に際し「特定の政党」や「特定の候補者」に偏らず、あらゆる政党・政治活動に対して広く公平に公民館を利用していただくことが公民館の政治的中立性を確保するという解釈の採用を検討したい・・・。

教育委員会は、この方向を単に願望するのではなく、具体的な運営方針へと発展させて双方の協議を行い、町民からも意見を聞いて早期に足を前に踏み出すべきでしょう。このことこそ、これまでの公民館問題の真の解決への道です。



  1月16日(火)その2
現在名護市では、2月4日投開票の名護市長選挙で稲嶺候補の3選を勝ち取るための獅子奮迅のたたかいが市内の各地で繰り広げられています。
当然ながら、相手陣営の渡具知武豊候補も必死で、辺野古新基地については態度を曖昧にする戦術をとりつつ、一方では昨年末から菅義偉官房長官や二階俊博幹事長らの支援を全面的に受けて稲嶺候補の打倒を狙っています。「名護市政を奪還すれば県内の空気は一変する。翁長氏が頼りにする(移設反対の)『民意』は崩れる」(自民党県連幹部)というわけです。
今回の選挙では、前の選挙で自主投票とした公明党が渡久知支持を打ち出したこともあって、接戦が予想される極めて厳しい選挙。
産経は相変わらずのタイコ持ち、政府広報記事で、市民は「基地より生活優先を望んでいる」とか、「北海道日本ハムファイターズのキャンプができなくなりその経済的損失は計り知れない」とか、果ては「米軍再編交付金を受け取れず、約135億円の財源を失った」などとするキャンペーンを張って、自公候補を応援。稲嶺市政の実績をゆがめることに躍起になっているのです。原発立地自治体で同じような主張を掲げたらどうなんでしょうか。どれほど地元住民を愚弄しているのかも判断できなくなっている。
記事の最後では、こうした選挙でのお決まりの「反共」宣伝。決起集会はさながら共産党大会のようであり、「安倍政権VS共産党の選挙」だという描き方。こんな記事を書いている記者氏、思い込みも甚だしいというより、頭が中が反共意識でねじ曲がっているんじゃありませんか。
こうしたウルトラ右翼「新聞」に痛打をあびせ、グーの音もでないほどの大差での当選を勝ち取らなければなりませんね。

産経の記事の中に、”地元辺野古区の大半は基地賛成で、キャンプシュワブ前で座り込んでいるのはほんの数名しかいない”というのがあります。もし仮にその通りだとしてその論理はまともか? 原発立地自治体の原発周辺のごく限られた人たちが賛成しているからその他の人々も賛成すべきなのだという論理ろ同じで、それが通らないことぐらいすぐにわかる。
辺野古基地は地元だけの問題ではないことぐらい産経だって知っている。沖縄だけの問題でもなく、日本だけの問題でもなく、ことアメリカの基地ですから世界的に大きな影響を持つ基地なのです。それを知っていながら地元の問題にすり替えるのですから、それだけでジャーナリズムとは無関係、低レベルすぎて政府広報誌にもなり得ていないことを自ら論証しているといえます。

この国特有の右からの露骨な宣伝や懐柔にもかかわらず、名護市民、沖縄県民はいま不屈にたたかい続けている。そのことを本土の私たちも忘れるべきではありません。

チョイさん(北上田毅氏)のブログによれば、一昨年高江ヘリパッド建設工事強行のために県道70号線で過剰規制がひんぱんに起こりました。当時私も高江に通っていた。
その規制のために2時間以上にわたって道路に留め置かれ、その間ビデオ撮影されたとして、三宅弁護士が国家賠償法に基づいて国を提訴したのです。その判決が今日言い渡されたというのです。琉球新報もこれを報じています。
結果は、三宅弁護士の完全勝利。「本件留め置き及びビデオ撮影は、いずれも原告の自由を制約するものであり、かつ、警察法5条及び警察法2条1項のいずれによっても正当化することはできないものであるから、国家賠償法上、違法と評価される」として30万万円の賠償を認めたのです。この判決の意義は大きい。(下は今もつづく辺野古の海でのカヌー隊と海保との攻防 写真は北上田氏)





  1月16日(火) 
MNEMOさんが白内障の手術をされて、その術前の生活や気持ちの変化などを「小説風」に書いていらっしゃいました。なかなか生々しい心理描写などもあって「MNEMOさんらしいや」と興味深く読んでいたことでした。私なら、なるようになるさぐらいにしかならないのですから。
今日はその「小説」が中断されて、手術成功のご報告。「すばらしく見えている」と書かれていました。本当によかったですね。かなりの難手術でしたから喜びもひとしおなのではないでしょうか。
以前の小説はひょっとしたら失明していくかもしれない自分の将来を描き出していた、あるいはその気持ちを投影していたのかもしれませんね。ひょいとそんな気がしましたが、それはもうありません。
もう片方も、すっきりくっきり見えるように、現代の医学の進歩に全幅の信頼をおいて、早く直してくださいますように。

昨日から比較的あたたかく、今朝は久しぶりにほとんど霜が見られませんでした。日中は穏やかな日和。このまま暖かくなってくれるといいのですが、そうもいかないかな。

国会では、安倍首相が今国会または次の臨時国会での改憲発議に前のめりの姿勢を打ち出す一方で、民進党は混乱の第2幕を演じていますね。
希望の党との統一会派の協議のニュースを見ていると、この党がもはや政党としての体をなしておらず、風によってあっちにコロコロこっちにコロコロという根無し草の様相を呈していることがよくわかります。希望の党も同じようなもの。小池百合子なんてもう人ごとみたいに振る舞っているのですから、どうしようもありません。
民進の主なメンバーは安保法制後の参議院選挙で他党と統一候補を立ててたたかったことなどとっくの昔に忘れて、安保法制賛成、改憲賛成のグループににじり寄っていくのですから、裏切りと呼ばれても仕方がない。おそらく参議院の民進党議員の中からこのままでは自分の立ち位置が危ないとして立憲民主党に行く議員が出ることだろうし、現実にその動きは始まっている。
このあともそれなりの動きがあって、野党再編の第2幕が落ち着けば、政策的な配置図はほぼ明確になり、どの党が真に国民の利益を代表するのかが見えてくることになるでしょう。
一方、そうした動きを報道する側はどうか。沖縄問題や強制性奴隷制度(従軍慰安婦)問題、南京虐殺問題だけではなく、70年前に権力からの独立を「反省」を込めて誓ったはずの大メディアが、これほど易々と権力との距離を縮めていく情けない姿を見ていると、日本の権力の中枢、国民の意識の中にある「戦前」と地続きがいかに分厚いものかを思わない訳にはいきません。

安倍は北朝鮮への圧力を加え続けるのだという。故瀬島龍三氏はその著書の中であの戦争はABCD包囲網の中で自存自衛を余儀なくされたものであったと正当化しています。さすが、元大本営参謀です。まてまて、そうすると北朝鮮は、A(米)C(中国)J(日本)K(韓国)包囲網の中で自存自衛を余儀なくされているということになるのではないのか。
国際連盟を脱退して国際的孤立を深め、中国侵略と東南アジア侵略で活路を見いだそうとしたこの国の80年前の姿は、そっくりそのまま北朝鮮の姿に重なるのではないのか。絶対的な天皇制のもとで国体護持、聖戦を叫んで日の丸を振った日本国民のあの姿は、現在の北朝鮮の国民の姿ではないのか。
別に北朝鮮の肩をもってそう言っているのではありませんよ、念のため。あんな歴史を繰り返してはならないということです。戦争につながるいかなる行動も許さず理性的に平和的に問題を解決すべきだということです。笠原十九司さんが口を酸っぱくして言うように、戦争とは「他国の人を大量に”殺す”こと」なのですから。
ところが安倍首相とそのとりまきは残念ながらあの戦争から何も学んでいない。このまま安倍を続けさせることは、間違いなく日本沈没、日本崩壊に直結する。ほんとにこれでいいのか。あの歴史について、もっともっと学ばなければならないのではないのか・・・そう思います。
私の人生は、もうそんなに残っていないのだから、そのあとのことを考えても仕方がないけれど、後は野となれでは、それはやっぱり責任放棄でしょう。同じ年頃の連中がこの国を駄目にしていくのを許すのかどうかですからね。

昨日に引き続いて、センター試験の数学UBの問題解いてみました。今年は数学TA同様、例年になく出来のよい問題だったと思います。TAよりは注意深くやらないと計算ミスをしたり勘違いしたりするところが多いため、その分時間がかかった受験生も多かったのではないでしょうか。平均点は、河合塾で51点、東進50点、駿台49点だから、まあそんなものでしょうか。
来年、再来年センター試験を受けるみなさんは、ただテクニックを磨くのではなく、今年の問題をよく分析し、これまで学んできた内容をもう一度見直し、深い理解ができるように心がけてほしいものです。



  1月15日(月) 
CTの結果が到着しているというので、朝早くさっそくかかりつけの医者に出かけました。
一抹の不安はあったものの、ま、何とかなるさという気持ちで医者の前に。結論からいえば、異常な箇所はどこにもありませんでした。ホッとしました。
胸部から腹部にかけてのCT検査で、胸には数ヶ月前に行った簡易CTの結果と全く同じ所見で、その他心配した胸の上部と腹の局所的痛みの箇所はとくに所見がなく、問題ないとのこと。おそらく筋肉の痛みではないかということでした。
これで一先ず安心して沖縄に出かけることができます。もっとも腰の痛みは一昨年と変わっていないので、どこまで耐えられるかだけが問題といえば問題。暖かいところで身体をできるだけ動かすようにしていれば、どうということはないのではないかと思われます。
いままでの日記で触れたように、離島の自衛隊配備を調べようとすればどうしても離島に渡らなければなりません。そう思って、飛行機の便や値段を調べて、ものすごく高いことに今更ながら驚いた。
年金暮らしの私としては、あちこちに行きたいのはヤマヤマなのですが、生活できなくなっては困りますから、今回は見送らざるを得ないようです。伊江島、慶良間諸島などに足を伸ばせるかどうか、沖縄に行ってから考えることにしましょう。

2日間にわたるセンター試験が終わり、入試は第2段階へ。受験生のみなさんは悪天候とのたたかいもあって大変。何とか無事に乗り切ってほしいものです。
ところで、今日は数学TAの問題をやってみました。昨年からみるとずいぶんこなれた感じで、どの問題もよく吟味されたよい問題だったというのが解いてみての感想。河合塾の予想平均点は62点(東進58、駿台57、)ですから、まあ妥当なところではないでしょうか。
統計の問題などは新制度入試をちょっと意識したのではないかという出題形式でしたから、受験生はすこし戸惑ったからもしれませんね。
数学TAではどうしても統計や確率、整数の問題がウエイトを占めるので、高校での授業の比重からみるとちょっと違和感があります。出題分野にはもう少し工夫が必要ではないかと思われました。
3年後からは新しい入試の方式に変わるので、新年度に高2、高3になる生徒たちにとっては、気になるところでしょうね。一発で合格しないと後がない(移行措置がとられるとしても)ということになりますから。



  1月13日(土) 
今日・明日と大学入試センター試験。全国的に寒さが厳しく、とくにすでに積雪のあるところ、まだ大雪の心配あるところも多いようなので、無事終わってくれることを願っていましょう。雪や寒さに負けず、受験生諸君ガンバレ!!

安倍政権が中国や北朝鮮の脅威論を前面に押し出して軍拡をすすめようとしている現在、日本の安全保障という面から問題を見る際に必要な知識と問題点を明らかにしてくれている本は何か。私がいままで手にした限りでは、矢部宏治さんの「日本はなぜ『戦争ができる国』になったのか」(集英社)と、小西誠さんの「オキナワ島嶼戦争」(社会評論社)だろうと思います。
矢部さんの本については以前ここでも取り上げたことがあり、その後、これまでの著作をコンパクトにまとめた「知ってはいけない」(講談社現代新書)を書いて、この国の対米従属の構造を赤裸々に描き出していましたから、ご存じの方も多いのでは?
もう一方の小西さんの本は昨年末に出版されたもので、まだあまり知られていない。私も京都での講演がなければ知らなかったでしょう。しかし、自衛隊強化の現状を掴むにはどうしても避けては通れない本だろうと思っています。

今から30年近く前、まだ冷戦の最中の1990年代初頭、自衛隊・米軍は北からの攻撃・侵略=「ソ連の脅威」=への対処を第1に、東北、北海道に陸自の大部隊、戦車群を展開し、矢臼別などの広大な演習場で激しい訓練を行っていました。
しかし、ソ連の崩壊、冷戦の終結、中国の台頭という歴史的変化とともにアメリカの戦略は一変し、それに伴って日本の防衛計画も大改変とげることになります。
これも小西さんの指摘ですが、上記のことをはっきりと書いているのがこちら(平成27年度版防衛白書「<解説>陸上自衛隊創隊以来の大改革」)。

これらの取組の具現にあたっては、従来にない隊員の大規模な全国異動を必要とし、総じてこの大改革は、組織改革や制度改革のみならず、隊員個人の覚悟に至る意識改革までもが包含される、壮大かつ広範に及ぶものであり、陸上自衛隊は一丸となってこの創隊以来の大改革に取り組んでいる。

短い文ですからすぐに読めますが、その意味しているところは重大です。

本の紹介はこのくらいにして、今日は石垣島での自衛隊配備計画について概観します。
石垣島は宮古島とは全く異なって、起伏に富む変化の多い島ですし相当に広い。最高峰が標高525.5メートルの於茂登岳(沖縄県での最高峰)。
自衛隊配備予定地は、この於茂登岳の裾野、平得大俣地区にあるゴルフ場付近が有力とされています。ミサイルを配備するとなれば、当然車両での移動式発射台が必要となり、偵察衛星の追尾を避けるには山間部でトンネルが必要になる。その点、この地域は最適だ・・・と小西さんは指摘します。
石垣島駐屯地(予定)に配備されるのはミサイル部隊を中心とした600名。
2017年度予算では、石垣市長の動向を見て当初予算にはなかった施設整備に7億円を計上して測量に着手する構え。2018年度概算要求には用地取得、敷地造成などのために136億円が計上されていますから、今後反対派の切り崩しなどを目論みつつ、急ピッチで配備計画が進むことになるのでしょう。

妻の郷里南城市出身で、沖縄では唯一議席を確保した4区自民党西銘恒三朗衆院議員は自らのブログで、「自衛隊がいれば戦争で攻撃される、ならば、警察官がいれば泥棒、殺人などの犯罪が増えるのか?消防隊がいれば火事や災害が増えるのか?冷静に考えて欲しい」と全く情緒的で浅薄・おそまつな賛成論を書いています。中国が攻めてくる式の脅威論はある意味分かりやすいのですが、その論理はちょっと情勢を見てみればすぐに破綻します。
元NHKテレビディレクターの志村建世氏は、「オキナワ島嶼戦争」についての書評で、次のように指摘していました。

自衛隊の作戦では、あくまでも空・海自衛隊の参加による統合指揮が有効という前提で立てられている。つまり制空・海権は保持しているという建前なのだ。
すると、どうして仮想敵国は日本領の島に上陸して占領することができたのかという疑問が生まれる。すぐに反撃されて奪回作戦を発動されるようなところへ、わざわざ上陸してきたりするだろうか。まして今はレーダーや監視システムが整備されている中で、奇襲の上陸作戦などがあり得るのだろうか。
すべてはアメリカの世界戦略に従った中国封じ込めのための「海峡封鎖」が原因になっていることは疑いようがない。
日中関係は尖閣問題以来冷え込んでいると言われるが、これでは日本側から新しい圧力を中国に与えるための作戦を発動したことになる。日中関係をことさらに緊張させることは、今の日本の国益にかなうことなのだろうか。現地島民を危険に巻き込むだけではないのか。


まさしく志村氏の言うとおりです。さらに言えば、中国にとってこれらの島に対して何らかの攻撃を企図することや占領したりすることは国際情勢からみればあり得ない想定です。中国にとっては一文の得にもならないばかりか、国際的な威信を完全に失うことを意味するからです。
従って、冷静に考えれば、中国が責めてくるなどというのは空想・妄想の類いに過ぎない。だからこそ、権力側にとっては、世の人々の”妄想”に働きかけることが必要となっているといえるのかもしれませんが。
2016年には候補地に近い開南、嵩田、於茂登の3地区の合同会議が、同候補地への建設に3地区で反対する方針を全会一致で確認(沖縄タイムス)しました。しかし、同年9月には石垣市議会で推進決議が採択され、その一方で、昨年7月には配備反対の市民集会が600人を集めて開かれています。島を二分する対立の構図を描きながら、沖縄全体を軍事態勢に組み込む流れが作られようとしているのです。

こうした動きが「本土」ではほとんど伝えられていません。せめてしばらくの沖縄滞在ではあっても、このあたりの様子をしっかり見てこようと思っています。

下は2011年に訪問したときの写真。最初は石垣市バンナ公園南口にある八重山戦争マラリア犠牲者慰霊之碑。あとの2枚は2箇所に設置された憲法9条の碑。









  1月12日(金) その2
なぜこんな夢を見るのか見当もつきませんが、ときどきうんと小さい頃の夢を見ることがあります。記憶がどんどん遡って、私が5,6歳〜10歳くらいの頃に戻っている。
最近のことは人の名前も地名もなかなか思い出せないのに、昔の記憶はいわば写真のようにある部分だけはくっきりと残っているのですね。
今朝の夢の中に何が出てきたかというと、何と祖母の実家での1日でした。
1901年生まれの祖母の実家は石川県松任町(当時)の大きな農家で、祖母は2人兄弟姉妹の2番目。長男がその農家を継ぎ、数人の子ども達がいたことを覚えています。
その長男の子はすべて障害者で、長男をのぞいてはほとんど歩行困難でした。それでも、みんなとても朗らかで優しい心根の人たちばかり。祖母に連れられて遊びに行ったときには、藁人形を作ったり畑に連れて行ったりととてもよく面倒を見てくれた。いまだに藁人形(馬)の作り方を覚えています。
女性たちは歩行困難のために縫い物をして1日を過ごし、かろうじて歩ける一人が食事の準備をしていたように覚えています。
下が私の記憶にあるその当時の祖母の実家。


正面の玄関を入ると広い土間があって、藁の匂いがたちこめ、さらに奥に行くとこれまた広い囲炉裏の部屋。藁人形を案でくれたのはこの囲炉裏端。ここではよく囲碁も打たれていた。
乾燥した藁の匂いに包まれながら、右奥の寝室で寝ていると、得体の知れない鳥が鳴き声をあげて子ども心に不思議な気持ちにさせてくれたものです。
当時、皆さんは身体が不自由だったものの、ここはほとんど戦争とは無縁な土地であり米農家でもあったことから、ある程度豊かな暮らしをしていたのだなと思うのです。その証拠が頑丈なつくりの家、漆塗りの黒光りする部屋の仕切り戸・・・しかし、年を経てもうその家もなくなったといつだったか聞きました。
黄金色の稲穂、あぜ道、小魚の沢山見える用水、土間の藁束、スイカ、厩の匂い・・・私の記憶の原風景を形作っているのは、こうした祖母や母の田舎の景色や家のたたずまい。そしてまた、そこに住む人たちの何とも優雅な他人への接し方。これは、物腰だけではなく言葉づかいもそうなんだなあ。

こうした「原風景」を知る人は、いまではもうほとんどいない。農地も宅地化され、集約化されていったとしても、今から20,30年ほど前までは、かなり多くの人の記憶に残っていたはず。しかし、祖母の兄弟もその子たちもほとんど亡くなってしまった今では、誰の記憶にも残っていない。
今日の子たちには、この社会の一断面が「原風景」になるわけで、だとすれば、それにふさわしい舞台を大人がどうつくってやるのか、普段どおりの生活のなかでどう記憶を刻んでやるのか・・・深く考えないといけないのではないだろうか。夢をみながらそんなことを考えた次第。



  1月12日(金)
風は強いものの、朝から比較的良い天気。昼頃にはすっかり晴れ上がって、典型的な冬型の池田空です。
いつもは寝てばかりいるハルちゃんも、久しぶり暖かい日差しに誘われてかどこかに行って帰ってこない・・・と思ったら、上の納戸で寝ていた。心配して損した。




今日は娘と孫のダブル誕生日。その誕生日をお祝いするのか邪魔するのか、富山は久々の大雪で私が子どもの頃の北陸富山という感じの積雪になっているようです。
学校は休み、電車も動かない、喜んでいるのは子どもたちという状況らしい。娘から家の周辺の写真が届きました。山のあっちとこっちではこんなにも違うんですね。今更ながら驚きます。







  1月11日(木)
日本の最西端与那国島に陸上自衛隊が配備されてから2年になります。2015年2月の住民投票で自衛隊配備受け入れが承認され、2016年3月から沿岸監視隊員160人と家族90人が新たに与那国島の島民となったのです。
昨年7月の産経新聞は、自衛隊員が地域に溶け込み、「安心」だけではなく「活気」ももたらし、「国の安全保障を担う自衛隊がこの1年余で、目に見える形で島にもたらした効果は計り知れない」と、自衛隊配備を大絶賛する。
商店や自治体財政への経済的な貢献、インフラの整備、地域活動への参加、災害時への対応などを挙げれば、反対する理由も見当たらず反対運動もほとんど下火になっているのも頷けることでしょう。
産経は「『南西シフト』を図る防衛省は、沖縄県の宮古島(宮古島市)、石垣島(石垣市)に陸自実戦部隊を順次配備する計画を進めており、与那国島での陸自の活動はその足掛かりになる」とこの記事を締めくくっています。
この構図は、原発立地自治体での姿に酷似していはしないか。上に挙げたような理由からならば、何も反対する理由はない。だが本当にそうなのか、その先をどうするのか。なぜ何のためにこれだけの規模の自衛隊をここに配備する必要があるのか。この島でそこまで考えて発言することは容易ではなく、「安心と活気」の前にあえなく潰されてしまう。

琉球新報は、今日のニュースで「『「防衛省の30代男性職員を副町長に』。町議会の3月定例会で外間守吉町長が打診した人事案は野党議員に驚きを与えた」と報じました。防衛省のみから内諾を得たということらしい。外間町長の言い分は、「税収3千万円アップ、隊員の子どもが転入し、複式学級が解消。消費活動の活性化」。自治体のあり方を問う問題意識もなく、手放しの自衛隊との一体化路線。
配備からまる1年を迎えた昨年3月、琉球新報は「島の風景は様変わりした」「自衛隊は存在感を強めている」と書きました。しかし、経済的な面では、産経が強調するほどの効果は見られないことを指摘しています。

こうしたマスメディアの論調とは別に、私が注目するのは与那国島でレストランを経営する「オーナーシェフのブログ」。彼は、息詰まるような地域社会のなかで自らの考えを実名で書くことに苦しさをにじませながらも、「知の最たるものは戦争の可能性を嗅ぎつけることである」と断言する。その勇気に脱帽するのです。

もと自衛官で現在軍事ジャーナリストの小西誠氏は、与那国島への自衛隊配備はオキナワ島嶼戦争の一環であるとして、与那国島の駐屯部隊についてある講演で次のように語っていたのが印象的でした。
まず、久部良地区にある駐屯地は160人の基地としては大きすぎること、そこには巨大弾薬庫が建設されており、おそらくミサイル部隊も配備され、将来的に1000名〜2000名の規模にふくれあがるのではないかということ。また、5基もの対艦レーダー(インビ岳)、対空レーダー(祖納地区)が建設されていて、新しく航空自衛隊の移動警戒隊が配備されることになっていることなど、陸海空の拠点基地として拡大が目論まれていることを明らかにしていました。
それらが、中国抑止戦略を意味するアメリカのエアシーバトル構想と連動し、第1列島線を形成する日本側の島嶼防衛作戦に位置づけられているということです。他国からの侵略に対応するために日頃からの備えをするなどというレベルの配備ではないという点が重要です。

与那国から始まって石垣、宮古などへの自衛隊配備が完成した暁にはどんなことが生じるのか。まして、昨年9月に一部新聞で報じられたように、アメリカが対中衝突時には日本に第1列島線の防衛を任せ、自らは第2列島線に一時的に後退するという構想とリンクすると果たして自衛隊はどこまで行くのか。日本列島本島をのぞいて、沖縄はハリネズミ。果てしのない軍拡のすえに、捨て石にされるほかはないのではないかという疑問が起こっても不思議ではありません。
ちょっと長い話ですが、是非とも小西氏の講演記録を聞いてみることをおすすめします。

下は2011年に訪問したときの写真。上は全体図。次が与那国島祖納地区(町役場がある)、続いて東牧場。のんびりと草を食む与那国島天然記念物の在来種与那国馬。









  1月10日(水)
一昨日から雨が降り続いて比較的暖かかったものの、再び寒波がやってくるという天気予報。どんよりと雲が垂れ込めうすら寒い嫌な空模様で気が滅入ってしまいます。
昨日はあづみ病院で胸部、腹部のCT検査。しばらく前からいくつか局所的な痛みがありずっと消えなくて気になっていたのです。
看護師をからかったために認知症を疑われて撮らされた頭部MRI、先日は蓄膿症を疑われて鼻のCT、定期検診の胸部CT、脊椎管狭窄症の検査のためのMRI、大腸内視鏡検査・・・ここ立て続けにいろんな検査をやり、今のところ何とか大事なく来ているので、あとは胸部、腹部の精密検査で無事が確認されれば、ほぼ全身の検査が完了するのですが・・・検査漬けの毎日ですね。
昨日はMNEMOさんが白内障の手術に入るという記事をアップされていました。今頃は世の中がパッと明るくなって見えているのではないかと期待し、手術の成功を願っています。
私自身は、沖縄から帰ったらすぐに腰のMRI検査が待っています。どの程度進行しているのか、手術の必要があるのかどうかなどを判定することが目的です。
冬は動かないことが多いので、痛みを自覚することはあまりないのですが、いざ立ち続けたり、15分も歩くと左足が言うことを聞かなくなり段差で転けそうになりますから、相当に酷い状態であることは間違いがない。年をとるということはそういうことなのですかね。(自分の不摂生を棚にあげて・・・)

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さて、最近自衛隊の陸海空各幹部学校のホームページを見る機会がありました。といっても、もっぱらどんな研究が行われているのか、とくにアメリカのエアシーバトル構想についての考え方を知りたいと思ってのぞいてみたというだけでしたが。
一番「充実」していると思われるのは海上自衛隊。さまざまな観点からの論考が載せられていて参考になりました。もっとも教育の面では、櫻井よしこあたりが講演しているので、教育の中身は推して知るべしですが。
一方、ダサいのが陸自。ホームページビルダーVer.9(2004年)で作成という懐かしいつくりで中身はとくになし。サイバー攻撃にあえばひとたまりもないという感じですね。
外観はともかく、どんな教育が行われているのかというのは大変興味あるところで、それらは発表されている論文などの質でかなり判断できるはず。
航空自衛隊は、2014年から航空研究センターというのが作られて、エア・パワー研究が刊行されているので、多少はわかるところがあります。ところが陸自は何もわからない。あるはずなのですが、全く公表されていません。
付け足しですが、陸自のホームページを見ると次のような「島嶼防衛」の映像が紹介されていました。みなさんはどうご覧になりますかね。
いったいこの島嶼とはどこを意味するのか、もしそこに住民がいた場合はどうするのか全く不明。陸自がこんなゲームもどきの映像をつくって「カッコいい」と思わせるんですから、どうしようもありませんね。
以上は前置きで、ここからが本論(「先島諸島における自衛隊の配備・強化の実態とねらい」)なんですが、時間がなくなったので、終わり。つづきはまた後にしますね。



  1月8日(月)
今日は二人ともとくに予定はなかったのですが、私は朝から頭が痛くて調子がイマイチ。それを知ってか知らでか、奥様が「映画に行かない?」と聞いてきた。多分「行かない」と言われると思ったのか、返事をしなかったらそれきりになってしまいました。
結論からいえば・・・・結局、昼から、二人で出かけたのです。しかも塩尻まで。
とくに何かを見たいというわけではなかったので、今日やっていたものの中から「ハイジ(実写版)」と「プラハのモーツアルト」を続けて見てきてしまいました。
妻は、映画館で映画を観るのが好きで、一人でもよく行くのです。私は出不精なので、あとでDVDにでもなれば観てもいいかなという程度なので、相当に温度差がある。妻もよくわかっているので、ちょっと聞いてみたんでしょうね。思いがけず「行くよ」と返事をしたので、かえってビックリしたかも。
映画館は昭和レトロな小さい小屋風で、2本とも私たち2人と別の一人の2組だけ。貸し切り状態でした。ずいぶんと寂しい館内。さすがにもっと来て観ればいいのにと真剣に思ってしまいましたね。
映画そのものは、ハイジは小さな子をもつ家族向けの優良映画で子役が何ともかわいらしく、もちろんアルプスの景観もすばらしい。理屈抜きで大人も楽しめる映画に仕上がっていました。それに比べてモーツアルトの方は音楽はともかく、ストーリーそのものはダブル不倫のドロドロB級映画という感じで、時間つぶし。
上映している映画館では、結構優れた映画も上映しているので、これからはときどき覗いてみてもいいかなと思いました。

夜遅くになって帰ってニュースを見ていたら、またまた沖縄で米軍機が不時着。米軍指揮官が「クレージー」というほどですから、もうこれは海兵隊にお引き取り願うしかありません。
改憲問題を考えるときに、沖縄で起こっているこうした米軍の実態を考慮にいれることは当然ですが、もう一つ安倍首相自身が何を考え何を狙っているのか。「極右思想」の実態にもっともっとメスを入れなければならないと私は思うのです。
彼自身をあぶり出すには、彼自身の主張を聞いて判断することはもちろんですが、他方で、どんな人間たちが彼を取り巻いているのかを見るのも手っ取り早い方法です。
その一つの材料になるのが、櫻井よし子主催の「言論さくら組」と称する女性極右グループ。沖縄からは例によって我那覇なる女性がきまって登場します。この人くらいしか使える人物がいないということなんですかね。
このグループの選抜3人と櫻井女史がこともあろうに首相”官邸”を訪問し新春座談会を開いていました。ネット上では「安倍首相に華やか言論さくら組が迫る」というタイトルで紹介されています。
鼻の下を長くしている安倍も安倍だが、おべんちゃらを並べているこれらの女性たちは一体どーゆーお方??それなりに現在右派のステージで使い勝手のいい連中だからだとしかいいようがありません。
もちろん侮るわけにはいきません。何かと物議をかもしてきた北原みのり氏は、次のようにいう。(AERA.dot

もう、彼女たちの声は、決して少数派などではない。安倍さんやそのお友達の力で、沖縄や韓国を嘲笑するような視線は既に権力の顔をしている。日本から沖縄を見ようとしても、深い霧がかかってしまっているかのように、そこに生きている人の顔や痛みが見えなくなっているのかもしれない。

権力に守られ、お友だちでいることはさぞ居心地もいいのでしょうね。歪んだ歴史認識を増幅させ続けている人々にとっては、沖縄であれ韓国であれ、そこは単なる自己主張の舞台に過ぎません。自分と同質でない人々はすべて「反日」として存在自体が一括りにされ単なる異物とされている・・・と言ったら言いすぎなのでしょうか。
時間があったら、これらの人たちの「言論」を聞いてみましょう。そして彼女らがこの国のどんな将来像を描いているのか、憲法をどうしようと考えているのかをぜひ聞いておきましょう。



  1月7日(日)
歴史学上では完全に決着がついている南京虐殺事件について、「あれはウソだった」という類いの書き込みが絶えない。
最近では昨年はじめにアパグループのホテルに南京虐殺がなかったとする本が置かれて国際的に問題になったことや、12月13日にあの稲田朋美が、都内で行われた「外務省 目覚めよ!南京事件はなかった」というタイトルの講演会で「日本の名誉を守るとは、いわれなき非難や事実と違うことに断固として反論することだ」と発言したことなどがあげられる。
また、2015年に日本テレビが放送した「NNNドキュメント15 シリーズ戦後70年 兵士たちの遺言」[について、その内容を検証するという書き込みも「職業的」に行われています。
最近このドキュメント記録を見て、記者たちの優れた時代感覚と考証能力に驚いたものですが、それ以上に歴史改竄の動きが加速する現在に向き合って番組を作成した努力に深い感動を覚えたものです。
ところがこうした努力に何とか水をさそうと、「アラ探し」に狂奔するお方が後をたたない。
どんなレベルか一例を挙げてみましょう。
たとえば、このお方。番組中で紹介されている陣中日誌の表記を取り上げます。クレームはこうです。
<陣中日誌に書かれているのは、当時標準漢字として使われていた文字ではなく略字が使われており、それが常用漢字として定められたのは南京事件から5年も後のことだ。こんな漢字が日誌に書かれる訳がない、「アホすぎて反論する気にもなりません」「馬鹿すぎて話になりません」>
と、最大限の悪罵を投げつけています。
この人には、印刷用の漢字と実際に手紙などで使われる漢字との区別が全くついていないのか、当時の人は印刷用の旧字体を手紙や日記などで使っていたと思いこんでいるらしい。略字体がいつごろからどのように使われていたのかを少しでも調べる努力をするなら、さらには、南京攻略戦に動員された兵士たちがどのような層の人々から構成されていたのかを調べるなら、こんないい加減な「批判」はとても書けなかったはずなのにと失笑を禁じ得ません。
とにかく、どこかヘンなところはないかと見つけようとする根気には呆れるほかありませんが、その先から南京事件否定派の論拠はことごとく崩れ去っていくのです。しかし、あきらめる様子はない。
とすれば、その目的は歴史学的に論証を積み重ねるというより、政治的プロパガンダのために歴史改竄をなりわいとする方々と見做すのが妥当でしょうね。



  1月6日(土)
妻がいま乗っている車はトヨタ・シエンタ。長野に引っ越す直前に購入したものですので、12年ほど経ったことになります。走行距離ももうすぐ20万キロですから、寿命が来ているといってもいいほどの古さ。これで先日富山に出かけてきたのですが、実際にはまだまだ走るのではないかと思わされました。
そうはいっても、燃費やボディを考えると、やはりそろそろ買い換え時。というわけで、今日、知人のお店に車を見に出かけてきました。これからは大きな車は必要なくなるだろうからということで、とりあえずの候補はスズキ。
ハスラーはちょっと遊び向きなので、ワゴンR、最近出たものではスペーシアなどの仕様を聞いてきました。感想ではイチオシはワゴンRかなというところ。ただ、お店の人の言い方では猫も杓子もワゴンRなので敬遠する向きもあるのだとか。
車検までにはまだすこし間があるので、ホンダ、ダイハツなども調べてみることにしようと二人で話し合っているところです。
私自身は、数年前に購入した軽トラが普段使っている「愛車」ということになりますが、それも含めてこのあとどのくらい運転できるのか。そんなことも考えなければならない年になってしまったんですね。ちょっと寂しい。



  1月4日(木)
昨日夕方6時頃池田の自宅に無事帰着しました。高校で教師をしていたときの卒業学年の同窓会に出席、その夜は娘の嫁ぎ先に泊めてもらい、お礼に孫(今年高3になる)のお勉強のお手伝い。あまり遅くならないようにと、どこにも寄らず帰ってきたのです。

2日朝の往路は天気もよく道路も比較的乾燥していてスイスイ運転できたのですが、帰りは糸魚川から大町までずっと雪道。2日夜からの雪で、様子が一変してしまいました。
北陸道もところどころ2,3センチのシャーベット状の雪が積もって大変危険。にもかかわらず、帰省帰りなのかどうかわかりませんが、100キロを優に超える猛スピードで私を追い越していきます。私には死に急いでいるとしか思えない。

さて、37年ぶりに卒業生と再会を果たした今回の同窓会、終わってみればなかなか印象深いものとなりました。担任していた生徒たちの出席は8名と少々寂しかったものの、全体の参加は約80名、勢揃いすれば壮観でした。
なにしろ40年近く経って卒業生はすでに55歳。顔を見て名前を思い出せと言う方が無理な年齢ですよね。それでも特徴のある顔つきや体型、世話をかけてくれた生徒などは記憶に残っていますから、時間が経つにつれて懐かしさが深まっていきました。
いろんなクラス対抗アトラクションも考えられていて、和やかに楽しく時間があっという間に過ぎていきました。
集まったみなさんは会社を取り仕切るような忙しい立場の人ばかり。そんななか、世話をしてくれている幹事のみなさんは本当に労を惜しまず、見事に会を取り仕切ってくれていました。感謝あるのみです。
出不精の私、不良教師であった私としては、本当は、出席すべきかどうかとても迷っていたのです。しかし結果的には思い切って出て見て本当によかったと思っています。記憶が現実とむすびつき、改めてかつての生徒のみなさんとの絆が復活した意味は大きいと感じましたよ。幹事のみなさん本当にお疲れ様でした。
今度集まるのは5年後、還暦を記念するイベントにするのだと語っていました。私自身は80に近づきますから、果たして健康状態が維持できるのかどうか。できるだけ摂生して出席できるように努力しましょうね。








同窓会で、当時の同僚と「そういえば、職員旅行で沖縄に行ったよね」という話が出たことを、帰ってからを妻に話したら、懐かしい写真を一枚引っ張りだしてきました。これはまた・・・絶句。1971年、まだ結婚する前に両親の了解を得るために沖縄にでかけたときのもの。写真左端が昨年末亡くなった義弟です。中央がいまは亡き妻の父。右端はもちろん私。こんなときもあったんですねえ。


下は話題になった沖縄職員旅行の際の写真、これは私が32歳の頃のもの。うしろ右から義父、私、義母、そのとなりの女性は案内してくれた妻の妹(上には写っていない4女)




  1月1日(月) その2
朝の朝日系ニュースショーでは、米朝軍事対決の可能性について真剣な議論が見られました。もし北朝鮮が弾道ミサイルを発射したならアメリカの軍事力行使の可能性30%、核実験なら80%など・・・。
同時に、アメリカの軍事力行使は米本土には影響がないうちに決断するだろうが、そうなれば被害を受けるのは韓国・日本。年を追うごとに被害者数は増えるだろうことも。出席社からは、この国の政治家にはその自覚があるのか、そんな事態にならないようにアメリカに強力に働きかけるべきではないのかという、至極まっとうな意見が出ておりました。

金正恩の正月の談話「新年の辞」では、長距離弾道ミサイルによって米本土攻撃態勢が完成したことを誇示し「核のボタンが私の事務室の机上に置かれている」とする一方、2月の韓国・平昌冬季五輪に代表団を派遣する用意があるとも述べ、アメリカの出方を見る意向を示していました。
日本では、かつての「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」よろしく、「北朝鮮をやっつけてしまえ」とトランプにけしかけるような空気が醸し出されており、それによってどのような危険が生じるか完全に無視されています。米朝対決だからと対岸の火事のような見方です。
一方でこれだけアメリカが軍事力を持っているのだから、北朝鮮もバカなことはできないという楽観論もないわけではない。楽観論ではないにしても、政策的にアメリカは核を持った北朝鮮と共存の道を模索するだろうというアメリカ国内の意見もある。
とはいえ、安倍内閣は政治的には北朝鮮・中国脅威論を振りまいてアメリカとの軍事力一体化をすすめつつ、他方で原発再稼働へまっしくら。国民をどう守るのかに対しては全く無為無策、メディアも連日ノーテンキな番組ばかり流している始末。どれほど安倍の政策が危険なのか警鐘をならして、平和解決への道を提唱すべきなのに、何もしていません。それは単に為政者の責任でもあると同時に、国民の側の問題でもある。
そしてある日、アメリカが軍事介入に踏み切って国民は慌てふためくという図式。それを好機として安倍政権は軍事独裁へと突っ走る構図を描きたいのかもしれません。
しかし、どこに核ミサイルが飛んでくるかもわからないのです。場合に寄っては電磁パルス攻撃という選択肢もあるとなれば、もはや日本の政治・経済は完全にマヒ、電気・水道・ガスその他のインフラはすべて破壊されるのですから、とんでもない死者が出る。核を一発落とすよりもひょっとしたら惨めな結末になるのかもしれません。
まさか、アメリカはそんな結末を描きながら攻撃に踏み切ることはないだろう、と本当に楽観できるのでしょうか。アメリカはアジアをどのように考えているのか、トランプの白人至上主義は筋金入りですから、常識では判断できません。
安倍を一刻も早くやめさせて、安保政策を含めて根本的な変更をする以外にこの国を救う道はない。私は真剣にそのように考えています。
残された時間ははそれほどありません。安倍に「トランプよ、北朝鮮への軍事対決をやめ、平和解決にカジを切れ」とアメリカに直言させること、それができないようなら政権から引きずり下ろすこと、そのような世論と運動をおこさないとこの国に未来はありませんね。



  1月1日(月)
1月1日 息子の家族が帰省して5人で年越し。とくに何をするでもないのですけれど、それぞれ元気な姿を見せ合うだけでよしとしなければなりませんね。


今年は私の干支の年。妻はサルで私はイヌですから、犬猿の仲ではありますが、それは動物だけの話として二人で仲良くやっていきますからね。みなさん、よろしくお願いいたします。
ただ、年末に義弟(妻のいちばん下の弟)が不慮の死という突然の不幸があり、沖縄から帰ったと思ったらまた妻が葬儀に出かけなければならない事態となり、年末もあわただしく過ごすことになってしまいました。それにともない、お断りの連絡もすることができず、みなさんへの年賀状も失礼することになってしまいました。この場を借りてお詫び申し上げます。

さて、安曇野に来てからの私のこだわりはやはり妻の郷里、沖縄のことです。沖縄県民の意思を踏みにじって続けられている辺野古・高江の新基地・オスプレイ基地の建設現場をじかに見てきて、「本土の無関心が基地建設を支えている」という沖縄の声がこの身にこたえます。
安倍の改憲の動きを沖縄から見るとどう見えるのか。昨年末に紹介したことのある目取真さんなどは、無関心はただ無関心なのではない、その底には「日米安保は必要だけど、基地負担は自分たちのところで担いたくないから『沖縄のみなさんにがまんしてもらいましょう』」という「無意識の願望」=本土(皇土)の防波堤、前縁=があるのだと見抜いていらっしゃる。辺見さんも「政治的な見せしめと社会に広がる暗黙の前提」と答える。
お二人ともどちらかというと組織嫌いで一匹狼的なところがあって、それはそれでいいのだけれど、自発的意思は単にその集合として有効に機能するわけではありません。
沖縄でのやむにやまれぬたたかいが、必然的にさまざまな組織形態を生み出してきています。そうした運動論としても本土の運動を照らしだしてみたい。安保抜きの護憲論なんて成立するのかという問題意識も生死に関わる沖縄の日常から生まれたものですから。
だが、考えてみれば「本土」も似たような状態ではないのか。東京上空には広大な米軍横田空域があり、トランプはそれを利用して軍用機で日本に来ているのですからね。北海道千歳・矢臼別演習場、厚木、座間、横須賀、三沢、岩国、佐世保の各基地などがあり、「地域協定」と思いやり予算で保護されている。
自衛隊に関する指揮権の密約(有事の際には自衛隊は米軍の指揮下に入る)が現在も生きていることはすでに明らかになっているのですから、一旦米軍が事を起こせば、自動的に日本は戦争状態に入ることになる。
その危険性、恐ろしさ、つまりこの国に目に見える外国からの侵略という脅威がないにもかかわらず、他国の戦争に加担し、そのために標的にされるという恐ろしさに私たちはもっと敏感になっていいのではないかと思います。沖縄からこの国のあり方を見るというのは、この国をがんじがらめにしている安保体制をリアルに見つめることにほかなりません。
安倍が自衛隊を憲法に書き込むということは、そうした現状を書き込むこと=安保と憲法を一体化し連動させるものであって、単に自衛隊がそこにあるから、認知されるために書き込むなどという生易しいものではありません。

元日の赤旗日刊紙に、今年は志位委員長と神戸女子学院大学教授の石川康宏さんの対談が載っていました。一昨年以来の市民と野党の共闘について展望を語っているところが後半にあって、そこで志位さんは非常に注目すべきこと(当たり前といえばそうなのですが)を発言していました。

立憲主義とは、憲法によって権力を縛ることですが、その究極の目的は何かと考えたら、憲法13条でいう「すべて国民は個人として尊重される」ーーー「個人の尊厳」にある。「個人の尊厳」は基本的人権のなかでも最も根底にある人権といってもよいと思います。・・・
「個人の尊厳」が、たんに平和の問題だけではなく、暮らし、民主主義などあらゆる問題の根底にある権利として押し出されています。


立憲主義の内実を端的に語っているものとして感銘深く読みました。
「立憲主義」をとらえ返す必要があるというのは、この立憲主義に対して、「国際政治学」の立場から、”国内の憲法学者は世界の趨勢から孤立しながら自分たちの狭い憲法意識に縛られガラパゴス化している”という「批判」が、しきりにネット上などで展開されているからです。
たとえば東京外国語大学大学院篠田英朗教授は「ガラパゴス化した憲法論議を超えて」で次のように書いています。

「立憲主義」とは、「権力を制限すること」とか、「アベ政治を許さない」とかということではない。「憲法9条に手を付けるな」という「護憲主義」のことでもない。本来の「立憲主義」の意味は、「constitutionalism」の精神にある。「Constitution」という概念に「主義」を意味する「ism」を付けるのは、「国の構成原理」を信じる、という価値規範を言い表すためだ。人権や国際協調主義という憲法の理念を信じて行動していく立場が、立憲主義だ。・・・「主権者である国民が政府=アベ首相を制限するのが立憲主義だ」、というのは、単なる国民主権論を超えるものではなく、「法の支配」を否定するものであり、全く「立憲主義」的なものではない。

この方によれば、憲法規範(国の構成原理)は「『国の構成原理』を信じる、という価値規範を言い表す」のだから、「主権者をも拘束しなければならない。規範が主権者に優越して初めて、立憲主義が成り立つのだ」という立場なのです。
これが安倍政治に対して何ら有効な批判となりえないことは明らかです。
ここには、立憲主義についての恣意的な、篠田流解釈がすべりこまされています。
立憲主義とは対談でも明らかな通り「憲法によって権力を制限する」という考え方で、戦前の大日本帝国憲法もその形式をとっています。立憲主義だからすべて国民の利益になるというわけではないのです。
しかし、篠田流は、日本の憲法学者が「主権者である国民が政府を制限することだ」と主張していると勘違いしているのですね。国際政治学の先生がこのようにしたり顔で「ガラパゴス」を言い立てるのは、ダーウイン先生に失礼ではないでしょうか。先の対談のレベルとは比較すらできません。
そしてさらに「そうではない、立憲主義とは主権者も制限されるのだ」と続く。これが安倍政治の延命に手を貸す有害な主張につながらないわけがない。
この点については、先にも紹介した水島朝穂早稲田大学教授の長文の反論があるので、是非とも一読しておきたいものです。




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